第6話 軍師田辺の打開策
「ああ、どうしてつい先ほどに火をつけたばかりなのに、今はこんなにも短くなっているのだろう」
「それは煙草が火をつけたらいつか消えるものだからです」
「一瞬の灯ということだね三國さん」
「そーですね田辺さん」
「それにしてもあっという間すぎない?」
「いや、それ結構長いこと頑張ってますよ。だって全然吸ってないですしなんなら外部の酸素に極力触れさせないように手のひらで暖をとっているかの如く大切にされてたじゃないですか」
少しだけ軽蔑の目を向けられている気がするが、気のせいだろう。
「そんなに私といるこの時間が大切で消えてしまいたくないということですかね?」
一転、玩具を見つけたとばかりにキラキラとした瞳へと変わる三國さん。
「まあここから離れたくないのは確か」
「お母さん、ついに田辺さんがデレました」
「お母さんに報告すること!?」
「いつ挨拶にきてくれますか?」
「ちょっと待って心の準備が」
「いやなに本気になってるんですか。いつもの感じでそういう関係じゃないだろ。キリッ。とかやらないんですか。肯定されてもちょっと私が引きます」
唐突な三國さんの裏切りによって結婚を前提に付き合ってるという前提で進んでいた話が崩れる。
ちなみに次のやり取りで否定するつもりだったのだが、想定よりもワンテンポ早くそのやり取りが来てしまったようだった。
引かなくても良くない?
というかキリッてなによ。
「では僕たちの関係はここまでということで」
「そのいかにも別れたいって言ったけどほんとは相手の『別れたくない』が聞きたいだけのメンヘラ系彼女or彼氏みたいな顔で見ないでもらっていいですか」
「……なんかいつもと役割が逆じゃない?」
「たまにはいいじゃないですか。私も相手のデレをクールぶって交わして余裕なフリをしつつも内心『こいつ自分のこと好きなんだなあ』って心の中で優越感に浸りたいです」
「……俺って嫌われてるの?」
「嫌いじゃないですよ?」
得意げな表情で少しだけにんまりと口角を上げて微笑みながらそう言い放つ三國さんはなんとも楽しげに見える。
小悪魔め。
「ただ私はほんの少しだけ田辺さんの考えていることがわかるのです」
えっへんという感じで自慢げにそう言い放つ。
今度は子供みたい。
「ただの同じビルの同居人にそこまでわかられるほど浅い人間ではないぞ」
「『ただの』を否定してくれることを期待していますね?」
「……いや?」
「いやっ……もうっ……わかりやすいですって」
こちらに指を向けながら笑う三國さんはどうやら言葉を続けて出すのが困難なくらに面白いらしい。
「もう勘弁してくれませんか」
自分の事でこれほどまでに笑われている状況をほかの人に見られたくないという思いと、内心を見透かされたことによる気恥ずかしさに耐えかねた。
「じゃあ、私は田辺さんのことをよーくわかってるってことでいいですか?」
「……もう勘弁してくれませんか」
「い・い・で・す・か?」
5つの文字を強調しながら問い詰めてくる三國さんは一文字ずつに表情を変えながらこちらに迫る。
「そういうことで」
そんな三國さんを思わずかわいいと思ってしまった。それがばれないように直視せずに認める。
「こっちを見て言ってくださーい」
今日の三國がそれを許してくれるわけもなく、視線の強要を受ける。
この状況は四面楚歌。窮地である。
「三國さんはいつも俺の事を見てくれているんですね。ありがとう」
「俺も三國さんのこと、いつも見てるから」
「田辺さん……」
起死回生とはこういうことを言う。
先ほどまで面白がって玩具で遊んでいた三國さんがいま、顔を赤らめこちらをちらりと見つめている。
絶望的状況に置かれていても窮地を逃れる術はいくらでもあるのだ。
重要なのは己の身を投げ出すこと。
追い込まれた戦場から安全策で打開することは難しい。
相手が容易に想像できる動きをこちら側がとったところで、追い込んでいる側からすると想定内。いくらでも対処ができるし、相手の想像の範囲内では動けば動くほどに自分を窮地へと追い込む。
だからこそ自分にとってリスクのある相手の想像を上回る一手しかあるまい。
窮鼠猫を噛むということわざ、追い詰められたネズミは己の身を投げ出して猫に襲い掛かることで意表を突かれた猫は一撃をくらう。
この勝負は普段の俺が絶対に言わないであろう少女漫画のイケメンのセリフのような言葉を投げたことで三國さんの意表を突き形勢は逆転した。
「田辺さん……わたしっ」
うんうん。完全に動揺している。
「……おもしろっ、すぎて……もうっ、だめです……」
喫煙所の女の子と仲良くなった。 @iruma-lk
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