第5話 クールな人間は誘惑されない・・・はず
歳を重ねるにつれて、1年が短く感じる。
それはつまり春夏秋冬季節の移り変わりを早く感じるということと同義で、ついこの間まで心地のよい春風を感じながらだるそうに通勤していたのに、気づけば太陽に焼かれながら汗だくになってだるそうに通勤している。
「今日からクールビズですっ」
だるさを感じながらの出社をすませ、汗が引くまでの一服といった感じで喫煙所へと赴くと、どことなくいつもよりも涼し気な格好に見える三國さんはどうやら今日からクールビズらしい。
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとうございます......じゃなくって、他に言う事はないんですか」
むぅという表情をして前のめりに問い詰めてくる三國さん。
むぅって流行ってるんですか、心臓に悪いので極力控えてください。
「えーっと、涼し気だね?」
「気の利いた一言を言えない男性って正直ナシですよね」
良い意味で心臓に悪い表情から一転、悪い意味で心臓に悪そうな如何にも幻滅しましたという表情へと変わる。
「ただのビルの同居人に気の利いた一言を求めるのはいかがなものか」
同僚でもあるまいしましては彼氏でもない。
言葉選びが難しいからこういうときは逃げるが吉である、と思う。
「そんな……私たちって”ただの”で済んでしまうような関係だったんですか……」
「その嘘っぽい涙目やめてもらえますかドキッとするんで」
「かわいすぎて?」
「なんか悪いことしたかなっていう心配のやつ」
「はあ……田辺さんは相変わらずクールのフリしたひねくれですね」
クールなフリってなんだよ、俺はクールな人間です。
「いい加減正直になったらどうです?半袖になったことで二の腕が露出していて正直興奮を隠すのに必死だと言ってしまったらいいんですよ」
クールビズという言葉は今では当然のように耳にする言葉で、言葉に対する認知度は高いものだと思う。
男性での話をするのであれば、最も恩恵を受けるのがネクタイの着用から開放されるという点であり煩わしい首周りのストレスからこの期間だけは開放される。
地球温暖化の影響なのかなんなのか知らないけど、年々強まる夏の暑さによる『暑くて仕事なんてできないや』状態を衣服の軽装化により多少なりとも改善してくれる。
あと年々問題視されつつある脱炭素の問題とか。
ほらどうよ。
クールな人間は目の前の目を離せない出来事やいい意味で心臓に悪い出来事から瞬時に別の事に考えを巡らせいつも通りのクールな自分に戻れるのだよ。
いや、でも冷房無しで行けるほど効果ないですよ。まさかそこまで当ビルはしないですよね?
「裸にでもならなきゃうまくいかねえよ」
公務員の職場ではクーラーの使用を辞めて扇風機で暑さを凌ぐこともあるのだとか。
そんな環境では裸にでもなって全身に保冷剤でも巻き付けた状態じゃないと溶けてしまう気がする。
そんなこと考えながら毎年夏場は寒いくらい元気に冷房を入れてくれる当ビルに心の中で感謝していると目の前の三國さんが何やら顔を赤らめていた。
「えーっと・・・さすがに裸にはなれないかなーって」
目を泳がせながらかろうじて耳に届くほどのかすかな声でそう言う。
「なんのこと?裸?」
話の流れが読めず突如として現れたHADAKAという言葉にすぐさま聞き返す。
というか話の流れが思い出せないのだけど、なんの話をしていたんだっけ。
「裸じゃないとうまくいかないとかそれって裸になれば興奮するってことですかいきなりなんてこと言ってるんですか裸になんてなるわけないじゃないですかもし万が一ありえませんがここで裸になったとして別の誰かが来ちゃったりしてそしたらどう責任とってくれるんですかというか裸で興奮するのは当たり前ですし二の腕だってこんなに白くてすべすべで多少むちっとしてるかもですが男の人はこれぐらいがいいといいますし贅沢言ってないで私の二の腕で興奮してもらっていいですか」
息を切らしながら早口で捲し上げる三國さん。
何言ってるか早すぎてほとんど聞き取れなかったんだけど、辛うじて最後の部分だけは聞き取れた。
「二の腕で興奮してほしい・・・ってことでいいのかな」
恐る恐る自分の解釈に誤りがないかと確認をする。
「はい。田辺さんは二の腕で十分です」
自らの手で半袖をまくり上げこれでもかと自分の二の腕を差し出す三國さん。
「えっと、じゃあ二の腕で興奮させてもらいます」
「それでよろしい」
まくり上げていた半袖を下ろしふんっといった満足げな表情の三國さん。
「それでは私は席に戻ります。なんだか今日は暑いですね。半袖に変えたところでまったく効果がありません。冷房をガンガン入れてもらえるよう管理室に言わねばなりませんね」
そう言い残すと三國さんは喫煙所を後にした。
自分もそろそろ席に戻ろう。
吸い始めた時は若干汗ばんでいた体からはいつの間にか熱気を感じなくなっていて、十分に当ビルの冷房は機能していることが確認できた。
それとも自分がなにか恐ろしい発言をしまったが故に汗が引くほど体が冷めているのだろうか。
「あれ・・・二の腕がちらついて他のことなんにも考えられねえや」
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