最終話 推しヒロインとパフェを食べる

 こうしてフリューゲル城に帰ってきた俺は、まず風呂に入って寝た。しなくてはならないことがたくさんあるのは承知だったが、それは一旦放っておきたい気分だったのだ。


 もちろんベルナデッタも一緒で、美味しい食事をしてからな。またしても食料庫が空になりそうな勢いで食べていたが、そんなことすらも今は幸福だった。



 そして翌日――全てから解放された、新しい朝が来る。



「おはようシュヴァルツ。今日は私の方が先だったな」

「ん……」



 朝起きると、真っ先にベルナデッタの顔が目に入る。就寝用の緩いワンピースを着た彼女は、どこにでもいる普通の少女のように思えた。



「ああ……おはよう。どうだ、その服の着心地は」

「とてもよかった。おかげでよく眠れたよ。流石最強の魔王に仕える魔物は伊達じゃないな」



 彼女が着ている服は、城に帰ってきた直後、留守番をしていたブラウニー達に大至急作らせたものだ。


 彼らには大まかな型でとりあえず作ってもらって、細かい装飾は後で人狼達に施してもらう予定となっている。その場しのぎでこしらえた感じだな。


 それでもベルナデッタは満足しているのだから、やはり服は素晴らしいということか。人間特有の文化と呼ばれるだけはある。



「これからたくさん飾り付けてもらうんだ。宝物庫に行って、いい装飾品がないか探してこないとな。早速行こう」

「やる気になるのは構わないが、その前に食事を取るぞ。貴様、自分が人間であることを忘れていないか」


「うっ……ぐうの音も出ない。何だシュヴァルツ、魔族なのに人間以上に食事にこだわっているじゃないか」

「貴様がいるから余計にな。全く、我が行きつく所まで生活を管理してやらねば、何をしでかすかわかったものではない」

「そうだな……私はこれから何をして、何がしたいんだろう?」



 自分のことであるのに、他人事のように尋ねるベルナデッタ。でもそれもそのはずで、人間らしい生活は久しぶりだもんな。



「……思うがままにするといい。たとえ貴様がそれで甚大な被害を齎そうとも、我が全て納めてやる。行きつく所まで管理するとはそういうことだ」

「ふふっ、ありがとう。本当に……ありがとう」




 それから起きた俺は、ベルナデッタと一緒に朝食を食べ、宝物庫に向かう。



「さて、約束した通りだ。好きに探して構わないぞ。っと、もう動いていたか」

「シュヴァルツ、この宝石はとても素敵だな。アクセサリーにしたい」



 宝物庫は結構広いはずなのだが、その中でもベルナデッタはさっさと装飾品を探してきた。彼女が手にしていた宝石からは、強い魔力が感じられる。



「ふむ、確かに加工をするのは名案だが……下手に手を加えたら何が起こるかわからないな」

「む……まあ宝物庫にある以上はそうか」

「でしたらこちらの秘宝はいかがでしょおー!」



 俺とベルナデッタが話をしている所に、管理者のミミックが話しかけてくる。独特の黄色い声にも慣れてきたな。



「ミミックよ、もしや貴様は秘宝について詳しいのか」

「そりゃあ管理をしておりますからー! きゃー! 魔王様に褒められるポイントだわー!」



 ミミックが渡してきた棒を俺は振ってみる。すると、宝石から出ていった魔力が、たちまち棒に吸い込まれていった。



「ほう、これは魔力を吸収する効果があるのか」

「偶然触ってみましたところ、そんな効果があることに気づきまして! 魔族を弱体化させる危険物だと思っていましたが、そんな物にも使い道はあるんです!」

「魔力さえ抜いてしまえば、ただの美しい宝石だな。ありがとう」



 ベルナデッタは満足そうに宝石を手に取り眺めている。ミミックも褒められて満更でもなさそうだ。



「これを使えば宝物庫の整理も楽になるな。ベルナデッタが物色するついでに、危険物の処理も進めるとしよう。ミミックよ、貴様は入口の番を頼む」

「承知いたしましたきゃー! おいベルナデッタ、テメエ魔王様に変なことしたら承知しねえからなぁ!?」

「最後の最後に本音が出たな」

「言われなくともそのようなことはするものか」




 一時間程度で探索は完了。俺は処理し切れなかった秘宝をリストにまとめ、ベルナデッタは大量の装飾品や宝石を抱えて宝物庫を出る。



「ブラウニー達にも言って、アクセサリーに合う服を作ってもらわないとな」

「意気込むのは構わないが、連中はそこまで人間に詳しいわけではない。多少要望が通らなくても怒るなよ」


「逆に私の要望を聞いていけば、彼らの技術がどんどん向上していくわけだな。ふふん、楽しみだ」

「その点においては人狼共の方がより詳しそうだがな。両者共に協力して、素晴らしい服を作ってほしいものだ」



 そして宝石系はドワーフに加工してもらわないとな――なんて考えていると、ワイバーンが俺の視界に入ってきた。



「クエーッ! 魔王様、ご報告があります!」

「どうした、喜ばしい知らせではなさそうだが」

「その通りであります! ノワールが死んだことにより、奴に従っていた上位魔族が事情を説明しろと抗議文を送ってきておりまして……」

「ああ……そのような事後処理も存在していたか」



 そりゃそうだよな、ノワールがいなくなるなんて誰もが考えられなかった事態だ。あいつが面倒見ていた連中も、これからは俺がどうにかしなければならない。



「我の自室に送っておけ、後で目を通す。今から我の臣下になりたいという弁明文だろう?」

「宣戦布告も中には混ざっているかと!」

「とんだ自惚れがいたものだな。ノワールですら敵わなかった奴に、何故自分なら勝てると思っているのか」



 一体どんな種類がいるんだろうな、上位魔族。作中ではほとんど描写されていなかったから、数も傾向も想像がつかない。



「いずれにせよ、どのような敵でも軽く捻り潰してくれる。そうだな、貴様等は文書を送ってきた上位魔族の身辺調査でもしておけ」

「かしこまりましたー!」



「……はあ。ノワールがいなくなって清々したと思ったのに、新たな火種の予感だ」

「我の悩みは貴様の悩みでもあるな。だがその分だけ、一緒に解決していくこともできる」

「そうだな……ノワールと契約していた頃より、腕は落ちているかもしれないが、できる限り力になろう」



 ベルナデッタと話していると、先程のワイバーンと入れ替わりにして、フェアリーが報告にやってきた。



「報告報告~。魔王様、頼まれてたブツが全部届いたよ~」

「それは本当か。よし、食堂に行くぞ」

「食べ物が届いたということだな? ふふふ……」

「表情から楽しみにしているのが漏れているな」




 食堂に行くと、調達を頼んでおいた食材が勢揃いしていた。苺ソースにジャム、もちろん本物の苺も。パフェに使う材料が、全部ここに集結していた。



「ああ……全部このまま食べてしまいたい……」

「我慢するのだ、ベルナデッタよ。今からこれをパフェにするのだから。貴様の大好物のな」

「やはり、そうきたか……うっ」



 喜ぶかと思ったら、何と涙を流し出したベルナデッタ。泣く程喜んでくれるのなら、準備に手間をかけた甲斐があったってもんだ。



「まさか人生においてもう一度パフェが食べられるとは……よかった、生きていてよかった……」

「何を言うか。貴様が作れと圧をかけてきたから、それに従ったまでのこと。もっとも今度は我も食すが」

「そうだな、一緒に食べよう。好きなものは一緒に食べると美味しいからな」

「一緒に……そういうものがあるのか。全く、人間の文化とは底が知れぬな」




 パフェグラスもばっちり準備してもらって、好きなように材料を盛り付ける。実に穏やかな時間が流れていた。



「ベルナデッタよ、貴様のはクリームが多すぎないか。腹を壊すぞ」

「別に食べるのは私なんだから、問題はないでしょ。シュヴァルツの方こそ、フレークが多すぎじゃない?」

「これは入れてみたら想像以上の量になっただけであって……我がこの量を好んでいるわけではない」



 などと話しながらパフェを作っていると、魔物達が厨房に詰めかけてきていることに気づいた。



「ん、何だ貴様等。人間の食事に興味があるのか?」

「はい! あります! 何せ欲をそそられる香りがするもんで!」

「でもそれ以上に……魔王様もベルナデッタも、揃ってニコニコしてんのが気になったんですよね~」

「笑っている? ……そうか」



 俺自身がこの状況に対して、思っていたより幸福を感じているということか。



 程なくしてお互いにパフェが完成し、いよいよ実食の時となった。そこにお待ちかねの人物も姿を見せる。



「あら、美味しそうなおやつね。私も食べたくなっちゃう」

「ヴィヴィさん……! しまった、私の分に夢中でヴィヴィさんの分を考えていなかった!」



 ゆっくりと大地を歩いて帰ると言った人狼達のうち、ヴィヴィが一番最初に到着。かなり急いで来たのだろうか、深呼吸を何度も繰り返しながら座った。



「どれだけ時間がかかっても2日はかかると思っていたが……早かったな」

「ふふ、ベルちゃんに会いたいって思ったら足がどんどん動いちゃって。とっても疲れちゃったけど、急いできて正解だったわ」


「ヴィヴィさん、疲れた時には甘い物って言うでしょ。一緒にパフェ食べよう?」

「いいわよ、私は水で十分。それよりもベルちゃんの笑顔を見せてちょうだいな」

「そっか、それなら……」



 ヴィヴィが微笑みながら言うと、ベルナデッタはパフェに向き直って食べ始める。



「今は引き下がっておくけど、いつか絶対に食べようね。他にも美味しいものをいっぱい食べよう。今までできなかった分だけ」

「貴様はヴィヴィといると、本当の娘のような態度を取るな」

「ふふ、これからもうちの子をよろしくお願いしますね」

「すぐ隣からこのような言葉が飛んでくる……」



 とはいえ、これは責任重大だ。俺が世界の展開を変えてしまったのだから、最後まで俺が責任を取らないといけない。ベルナデッタが幸せに生きられるように色んなことを考えなければ。


 次は一体どんなことをしようか――そんなことを考えながら、俺は自分の分のパフェを食べ始める。そしてひとまずの平穏に心を委ねるのだった。

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最強ラスボスな悪役魔王に転生したので、俺を殺して共死にするはずだった推しヒロインを幸せにしてみせる ウェルザンディー @welzandy

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