第33話 推しヒロインと帰ろう

「――ああ。ここは何処だ、我は死んだのか?」

「あの世じゃないぞ、シュヴァルツ。あなたは生きている」



 意識を取り戻した俺の頬に、雫が落ちてくる。何度も瞬きをしていると、ベルナデッタの顔が入ってきた。


 ――ちょっと待て! これは膝枕ってやつじゃなかろうか!? 俺は今推しヒロインに膝枕されてる――!?



「な、何だ貴様か……我は今まで何を……」

「『アポカリプス』を撃った後、あなたも闇に飲み込まれそうになったの。きっと魔法の威力がただでさえ高い所に、魔王の魔力を入れたから、想像を絶する威力になったのだと思う」

「そのようなことが……」



 うっすらと直前のことを思い出してきた。身体が無に飲み込まれ、意識が揺れ動かされる中で、俺はひたすらに泳いでいた。一面真っ白だったのに、海の中にいるような錯覚を覚えたんだ。


 そうしていたら突然手が伸びてきて――生存本能のままにそれにしがみついたところで意識が途切れた。



「だから私があなたを一生懸命掴んで、飲み込まれないようにしたの。私がいなかったら……あなたも」

「……そうか。ならば我は貴様に命を救われたことになるのか」

「うん、そういうことだよ。何か言うことがあるんじゃない?」


「全くだ……ありがとう、ベルナデッタ」

「シュヴァルツ……!」



 魔王一人で戦っていたら、『アポカリプス』に飲み込まれてしまい、勝利はできても生還はできなかったのだろう。相打ちになってしまったら、敗北よりはマシだとノワールは喜ぶはずだ。


 これも二人だったからこそ成せた勝利――最後まで一人を貫き、他人と協調しなかった『黒竜王』は、世界から跡形もなく消滅したのだ。



「しかし想像を絶する威力だったな。秘宝の中には、『アポカリプス』程の威力がある物も少なくはないのかもしれん」

「そういうものはいっそ消滅させた方がいいのかもしれないね。危険因子が減れば、魔王の地位が揺らぐこともないでしょ?」


「はは……ベルナデッタよ。思考が魔族寄りになってきたな」

「当然だよ。だって私は正真正銘、魔王の妻として生きていくんだもの」

「そうか……ああ、そうなのか。もう貴様を縛る物は何もなくなったのだな」



 そのために戦ってきたのに、いざ達成されると、何ともふわふわした気持ちになる。次の目標は何にするか、ぼんやりしすぎて何も考えられない。




「どれ……そろそろ貴様の世話になるのも終わらせよう」

「私としてはずっとこのままでも構わなかったのに」

「馬鹿を言うな、それだと帰れないだろう。おお……これはこれは」



 意を決して、ベルナデッタの膝枕から身体を起こす。そして俺の目の前には、半端に瓦礫が片付けられた平野が広がっている。


 事態を飲み込むのに数秒かかったが、やっと気づいた。大聖堂の一部も『アポカリプス』に飲み込まれてしまったから、歪な光景になってしまったのだと。



「人間の建造物も飲み込んだのか……これでは当分、人間共は我に逆らう気は起こさなくなるだろう」

「ああ、まずは自分の生活を優先するだろうからな。私達にとっては平和な時間だ」

「平和……そうだな」



 物語の結末を知っている俺が介入したことにより、主人公であるベルナデッタが生き残る展開にまで持ってこれた。それすらも今終わろうとしている雰囲気を感じる。


 元々俺が転生した時点で、『ブラッディ・アポカリプス』は完結しようとしていたからな。世界そのものに完結しようとする力が宿っているのかもしれない。




「ベルちゃん! シュヴァルツ様! 二人共よくご無事で……!」

「あっ、ヴィヴィさん! それに皆も、良かった……!」



 ヴィヴィを始めとした人狼達が、俺達の所に向かってくる。彼女とベルナデッタは抱擁を交わした。



「ベルちゃん……ううっ。本当に人間に戻ったんだね……」

「厳密には魔族だよ。だってシュヴァルツから力を得ているから。でも人間らしくいたいって望んだら、ちゃんとその通りにしてくれたよ」


「そうなの……やっぱりシュヴァルツ様は優しいお方ね。ベルちゃんを頼んで正解だった」

「誰も頼まれたつもりはないが。我と因縁があったのが偶然にも奴だった、それだけのことよ」



 人狼達が再会を喜んでいると、今度は町の方から魔物達がやってくる。



「魔王様~!! 町に人間共がぼちぼち戻ってきてるんで、こっちに移動しております!!」

「何か勝手に判断して帰っている奴もいるんですけど!! 我々は指示を仰ぎますよ!!」

「この後はどうするんですか!! もういっそのこと、この一帯の制圧でもしちゃいます!?」



 一斉に声をかけてきたものだから、思わず耳が割れそうになる。それだけ体力が尽きてきているのだろう。


 だがここまで来たならもうひと踏ん張りだ。俺は身体に鞭を打ち、魔物相手に尊大な態度で振る舞う。



「ふん、禄に戦闘もしなかった結果、冗談を抜かす者がいるな。我のこの身体を見て、人間の征服が行えると思うか?」

「あっ……無理です確かに!! ノワールと戦ったんならそりゃあもう!!」

「というかノワールって結局どうなったんです? 辺りの空気から魔力が薄れていったんで、死んだと思ったんですが!!」


「そう考えてくれて構わない。奴は闇に飲み込まれ、この世界から追放されたのだ」

「何ですってぇー!? つまり、魔王様が圧倒的勝利を収めたと!!」

「うおおおおやっぱり『黒き翼』シュヴァルツは最強だー!! 魔王様ばんざーい!!」



 魔物達に祝勝ムードが漂い、一斉に歓声を上げる。俺もそれに便乗したい気分になったが、それはもっと落ち着いた場所でやるべきことだ。



「喜んでいる暇があるのなら、撤退の準備をしろ。酷く荒れてしまったがここは人間の領域。貴様等の命を狙う人間が潜んでいるやもしれんぞ」

「ひえっ!? どこだどこにいる!?」

「馬鹿野郎が今のはたとえだよ!! いるわけねえだろそんなの!! あっ、でも魔王様がいると言うのだからいるんだよな……」


「突撃の際と同様に、飛行する魔物と協力して各自撤退せよ! 最後まで抜かりなく行うように!」

「「「はっ!!!」」」



 俺の指示を受けた魔物達は、早速撤退に向けて動き出していく。指示を出したのは自分とはいえ、彼らが動いているのを見ると、俺にも帰りたい気持ちが生まれてくる。




「では……我等も行くとしよう。とはいっても、人狼を運んでいけるだけの魔物がいるかどうか」

「なら私達はのんびり歩いて帰りましょうかね。人間や魔族に遭遇しても、案外どうにかなりますし」

「ついでに別の人狼の集落に行ってみて、布教活動でもしようかしら。『黒竜王』消え去った今、『黒き翼』の時代が到来したってね」

「更に人狼の戦力が増えるのか? 鬼に金棒とはこのことよ」



 人狼達の方針も固まったところで、俺はベルナデッタとヴィヴィを見つめる。



「私も皆と一緒に歩いて帰ります。ベルちゃんは一足お先にお城に行って、身体を休めてちょうだいな」

「ヴィヴィさん……あ、あとでね。絶対にだよ……」

「大丈夫、大丈夫。私はもうベルちゃんの前から消えたりしないから」

「うん……」



 このままでは別れを引きずりそうな雰囲気だったので、俺はベルナデッタの腕を掴んで引っ張った。



「わっ、何するんだ!」

「我と貴様は先に帰るぞ。我々が動かなければ話が進まん」

「くっ、あなたはいつだって強引だな……!」

「ははっ、今に始まったことではない」



 掴んだ手から魔力を送り込み、来た時と同じように宙に浮く。体力はかなり限界に近いが、まだ飛べるだけの体力は残っていた。



「では帰るとするか。偉大なる魔王の凱旋だ」

「うん、名実共に最強の魔族だ――皆またね!」



 俺は前を向き、ベルナデッタはヴィヴィ達に手を振りながら、すっかり太陽が昇った空を飛んでいくのだった。

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