第32話 推しヒロインは舞い戻る

 ――再び戻ってきた大聖堂は、半分以上が崩れていた。ノワールが故意に崩したものと、戦闘の余波でやられたものが混在している。



「ぐっ……ぐはあっ」

「ここまですりゃあもう立てねえだろ? ったく、なんて体力だ……人間と魔族の血を混ぜた結果がこれかよ」



 遠目でも見て取れた。ヴィヴィは満身創痍で、何とか肩で息をしている状態だ。今すぐに撤退しなければ、倒れてしまうだろう。



「それにしても、結構時間が立ったな。もういいんじゃねえのか? シュヴァルツは十分遠くに逃げられたさ。まあお前を殺してから追いかけるけど」

「そう言うだろうと思ったから……私は倒れるわけにはいかない。何よりっ……ベルちゃんが悲しむから……」


ベルナデッタなのに親みてえな態度取りやがって……!! 腹が立つんだよ!!」

「そっちこそ、ベルちゃんを物のように扱って……貴方にベルちゃんを幸せにすることはできないわ。やっぱりシュヴァルツ様じゃないとね……」



「僕をコケにしてあいつを崇めるんじゃねえ……!! 気に喰わねえ、ぶっ殺してやる――!!」



 ノワールの爪が振り下ろされ、ヴィヴィに命中しようとしたその時――



 間に入った人影が、剣でその攻撃を弾く。



「てめえっ!! どういう理屈だ……!?」

「……ああ。とても綺麗ね、ベルちゃん」




 剣を持った可憐な少女は、他でもないベルナデッタである。魔力は抜かれても、身体に染みついた剣の腕前は衰えていなかった。


 白いワンピースに花の髪飾りをつけて、どこからどう見ても『黒き竜の聖女』とは思えない。



「僕の力がないと戦えない小娘のくせによぉ!! しかも服なんて着やがって、どこから調達した……!?」

「我が新たに力を与えたからだな。この関係性を失念していたのが、貴様の最期よ」



 そこに堂々と現れる俺。手には黒い球体を浮かべ、『アポカリプス』の発動準備を続けている。


 察しのいいノワールは、すぐ俺に一撃を与えようとする。しかしベルナデッタが間に入り、それを防いだ。



「シュヴァルツに手出しはさせない。お前との因縁もこれが最後だ」

「何がてめえを突き動かす……!? ただの操り人形だったてめえに、一体どんなくだらない思考が宿った!?」

「動かすものがあるとしたら、それは愛だ。お前には決してわからないものだよ」



 ノワールと対峙したベルナデッタには、恐怖も迷いもない。宝物庫で対峙したあの時とは大違いだ。


 そして剣を構えながら、俺の方に振り向いてウインクをしてくる。あまりの可愛さに俺の心臓は握り潰された。



「貴様……好みの衣装を用意してもらっただけで、随分と余裕なものだな」

「服は心を変える効果があるんだ。だからこそ人間は文化としてきたんだよ」

「単なる防護以上の意味を持つと――面白味がある部分が、まさしく文化だな」



 俺はノワールからの攻撃をかわしながら、空いた左手でヴィヴィを抱えて後ろに引く。



 隠れられる場所を見つけたので覗き込むと、そこには他の人狼が待機していた。



「ヴィヴィさん! ああ、こんなにも傷だらけで……!」

「貴様等も無事だったか、何よりだ。彼女を頼むぞ」

「承知しました! シュヴァルツ様も、どうか無理はなさらず……!」

「任せておけ。あと数分で決着をつけてやろう」



 ヴィヴィも無事に保護したし懸念事項は存在しない。俺はベルナデッタに一声かけてから、改めて作戦に移る。



「さて、当初の予定通りに行くぞ。戦えるようになった貴様がノワールの相手をし、その間に我が『アポカリプス』に力を込める」

「任せておけ! 行くぞ!」





 『黒き竜の聖女』ベルナデッタ。この世界の主人公であった彼女は、決して表に出ることはなかった、本当に倒さないといけない敵と戦っている。


 その剣戟は舞のように美しい。黒い竜鱗より、白い衣が一層それを引き立たせている。



「ノワール! お前が暇潰しに私の村を焼き払ったこと、私は決して許さない! 今その罪を償ってもらうぞ!」

「償うだって!? 少し僕に気に入られたからって、所詮てめえは人間!! 何かを命令できる立場じゃねえだろ!! 思い知れ!!」



 これまでたくさんの人々を救い続けてきた彼女は、今度は自分自身や大切なものを救うために、その剣を振るう。



「ここまでされてなお、その付け上がった態度を改めるつもりはないのだな。そのような態度で使役していた私に、貴様は破れることになる。因果応報とはよく言ったものだ」

「付け上がった? 何を言っていやがる? 人間より魔族が偉いのは当然だろう? 何故なら力を持っているからだ!!」



 人間達を助けるという、本来望まれた役割は一切果たしていない。きっと多くの人間が非難するだろうが、少なくとも俺はそれを許す。



「力を持っているからこそ、謙虚になって大切なものを見定めないといけない。シュヴァルツはそれを行えたから強者となった」

「悟ったようなことを……!! この世界は力こそが全てだ!! それに翻弄されたてめえは、誰よりもそれを理解しているだろうに――!!」



「ああ、理解しているさ! その分だけ、力以外の物事がどれだけ大切かも知っている! 力に溺れるあまり忘れていたが、今ようやく思い出せた――!」



 だって、ベルナデッタはここまでたくさん頑張ってきたんだ。故郷の無念を果たすために、あんな畜生と契約してまで突き進んできたんだ。なのにその人間達に裏切られるなんて、あんまりじゃないか。


 もうそろそろ報われたっていいだろ。いや、俺が報わせる。




「そこをどけ、ベルナデッタ――一発決めるぞ」

「準備できたか。では交代だ、あとは任せた」



 俺は両手でやっと抱えきれる大きさの、巨大な黒い魔弾を天に掲げる。身体が魔弾に持ち上げられて、移動するのに苦労したが、無事にベルナデッタと前後を入れ替えられた。



「がっ……!! ぐあああああっ!! この魔法、てめえよくも……!!」

「ほう、流石の『黒竜王』も形無しか。神聖魔法も所詮人間共の付け焼き刃。我が操る究極魔法の前には無意味よ」

「相打ちに……なるつもりか!! こんな魔力をぶつけられたら、てめえも……!!」


「命への執着如きで、我の行動を止められるとでも? 『黒き翼』を浅はかな考えで図ろうとするなど、言語同断だ。さらばだ、我に楯突きし愚かな魔族よ――」

「や、やめろっ……!!」




「――あああああああああああっっっ!!!」




 『アポカリプス』がノワールに衝突した瞬間、奴の断末魔が響き渡る。それは闇に飲み込まれ、一瞬で無に帰した。


 それと同時に俺の意識も飛んでいく。『アポカリプス』に吸い込まれて、自分が消えてなくなる感覚に襲われた――

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