第17話 恋する姉妹

 しばらくすると、おやつを食べ終えた直後に帰宅した陽葉を入れて三人で遅めの夕食を頂いた。なんだか前回と同じような夜を辿っている気がするが、さすがに今回は日帰りにした。明日が土曜日でお休みなので泊まっても問題はないけど。

 午後九時。玄関前でシューズを履くと、私は正面に立つ未羊と陽葉に言った。


「今日は、本当にありがとう。じゃあ……」

「「暗いから送っていくよ(いきますよ)」」

「……じゃあ?」


 姉妹が声を揃えて気にかけてくれるので、私はお言葉に甘えて受け入れた。たまたまハモったのだからまた面白い。よく見ると、二人は夕食時まで制服を着ていたのに、未羊は白セーターとベージュのマフラーを纏い、陽葉は黒のトップスにグレーのパーカーを重ねており、いつの間にか外出の準備万端だ。

 三人でマンションを出て、街灯だけが頼りの真っ暗な空の下を横並びで歩く。十二月初日の夜は、冬用の学生服を着ていても凄く寒い。


「泉、私のマフラー使って?」


 右隣を歩く未羊は、そう言うと自分の首からマフラーを解いて私の首にふわりと巻く。私の体質を知ってのことだろう。答えを決める間もなく添えられたが、ウールのもこもこ生地がまさに未羊らしく、癒される温もりと質感も相まって口元が緩む。


「ありがとう。すごく、あったかい」

「でしょでしょ」

「え、どうしよう。あのっ……私はパーカーしか無いですがよければ使ってください!」

「さすがに風邪を引くから気持ちだけ受け取っておくわ」


 陽葉も同様に慌ててパーカーを脱ぎ始めたので、すぐに丁重にお断りした。それでは陽葉だけ明らかに薄着だしいくら寒がりの私でも暑苦しい。

「はぁい」と少々残念そうにパーカーのシワを整える陽葉。役に立ちたかったのかなと考えると、健気に未羊あねの真似をした陽葉がなんだか可愛く思えた。




 未羊達と談笑しながら歩いた十分間はあっという間で、自宅の前に到着した。

 私は首からマフラーを外し、未羊に向けて差し出す。


「マフラー、返すね」

「はーい」

「あの、それと……」


 受け取った未羊にそのまま話したいことを伝えようとするも、想像よりも緊張して弱々しい出だしになる。


「これからは、登校も未羊と一緒に行けたら、って思ったんだけど……」

「じゃあ、来週の月曜日から一緒に行こう?」


 しかし、はっきりとしない口調で問う私に未羊は心から嬉しそうに即答した。瞬間、ほっと肩の力が抜けて「うん」と頷く。

 それにしても、私は、未羊に何かをお願いする時に緊張からかよく言葉を選んでしまうけど、なぜだろう。

 なんてことを考えていると、陽葉がさりげなく私達をこの場に残すようにして踵を返すのが視界に入った。


「──陽葉?」

「ちょっと、陽葉ったら。泉にちゃんと挨拶をして?」


 私が呼び止めたり未羊が珍しく姉の世話焼きを発動させるけれど、陽葉は振り返ると、


「…………」


 心なしか不機嫌な表情で、ただ黙って私を見つめるだけ。


「どうしたの……?」

「……ごめんなさい。何でもないです。おやすみなさい」

「あ、うん。おや……すみ……」


 淡々と言葉を並べながら軽くお辞儀をして再び帰り始めた陽葉の背中に曖昧な挨拶を返す。


「私、何か怒らせるようなことしちゃったかな……?」

「ううん? ごめんね、気にしないで? それじゃあ、また連絡するから」

「わかった」


 申し訳なさそうに早めに切り上げる未羊と「おやすみ」を交わすと、彼女はすぐに陽葉を追うように小走りで離れていった。

 いつもはのんびり屋の彼女のギャップを楽しませてもらった反面、やはり陽葉の様子が心配ではあった。未羊の言うように極力気にしないようにはするけど、少しモヤっとする。


「なんとなく、思春期、って感じ……」




「何やってるんだろう、私……」


 帰宅直後、部屋のベッドに前身からダイブすると、口から弱々しい独り言が零れた。

 泉ちゃんとお姉ちゃんのやり取りを傍で見ていたら羨ましくて、悔しくなって、ついつい素っ気ない態度を取ってしまった。ただでさえ年下扱いされているのに、これでは私の子ども感が増しただけだ。

 てゆーか、泉ちゃんも泉ちゃんで甘やかしすぎだよ。私が中学生だからか、幼少期からの付き合いが故か。私は、泉ちゃんと対等になりたい──むしろ格好良い姿を見せたい。今の自分に説得力がないのは分かっているけど。


「三年違うだけで、そんなに子供っぽく見えるのかなぁ。大人になれば、年齢関係なくなる……?」


 泉ちゃんと出会って間もない頃の私は、彼女を「綺麗で可愛いもう一人のお姉ちゃん」という目で見ていただけだった。

 ところが、引っ越しによってしばらく泉ちゃんと離れた時、端正な容姿に限らず女の子らしい仕草とか私に親身に接してくれた姿などの多くの記憶が蘇り、頭の中からはむしろ全然離れてくれなかったのだ。

 引っ越した先でも魅力的に思う女の子は何人か居て、ドキドキしたりして、お陰でその時に自分の恋愛対象が女性そっちであることを自覚した。それでも、泉ちゃんを超えられる女の子とは出会えなくて、認めるしかなかった。私は、泉ちゃんに恋をしているのだと。


 ただ、私だけじゃなく、お姉ちゃんも泉ちゃんに好意を抱いていると感じる節もあったりする。

 例えば、ただの友達の関係では片付けられないぐらいに甘えたり……あー! あの時のお姉ちゃん、泉ちゃんと同じ部屋で寝たのホントずるい! 例えば、線が細い泉ちゃんの肌けた姿に人一倍意識したり……あ、いかん。私も想像しただけで興奮してしまう。

 もちろん、敵は増やしたくないしましてや実の姉なので、私の勘違いであってほしい。


「陽葉ー?」

「何ー?」


 噂をすればドア越しからお姉ちゃんの呼び掛けが聞こえて返事をすると、お姉ちゃんは扉を少しだけ開けて隙間から顔を覗かせた。


「私、今からお風呂に入ってくるけど、陽葉は?」

「ん……後でいい」


 ベッドに顔を伏せながら答えると姉は、そっか、と呟く。昔からの習慣と浴室の回転が早くなることから姉妹で一緒に入る日も多いけど、今はこの場所から離れる気分ではない。

 それから数秒間、姉の声も扉の音もしないのが気になって再び顔を向けると、


「大丈夫? 具合悪い?」

「お姉ちゃんなら、気づいているんじゃないの?」


 私が、体調不良なんかじゃなく姉への嫉妬に頭を抱えていることに。きっと。

 すると、今の発言で察したのか、お姉ちゃんはベッドの傍まで来て体操座りをすると私と目を合わせる。妹を気にかけて寄り添おうとする姉のお手本のような姿勢だ。だから、私はベッドの端に腰を掛けると、そんな親切な姉に甘えて本音をぶつけてしまう。


「お姉ちゃん、ずるいよね。私はお姉ちゃんと違って同級生じゃないし、中学も高校もギリギリ一緒の代に居られないから、泉ちゃんと会える時間がほとんどない」


 やっぱり……。感情を抑えられず、安定のわがまま妹ポジションだ。これでは、年相応に扱われても仕方がない。

 それなのに第一声で「そうだよね」と私の愚痴を受け止めるお姉ちゃんに相変わらず心が広いなぁ、と悔しくも感心していると、


「でも、私だって、泉にそういう対象で見られていないよ」


 そう言いながら、微笑した。このままでは終われないが今の泉ちゃんとの関係性も受け入れるような、そんな表情。

 私は思わず前屈みになって口を開く。


「もしかして、って思うことはあったけど、やっぱり、お姉ちゃんも……」


 お姉ちゃんは、何も言わず、ただはにかみながら口元に人差し指を添えた。

 そっか。

 本当に、姉妹二人して、泉ちゃんに惚れちゃったんだ。

 こんなに身近にこんなに強力なライバルが存在することが発覚し、呑気ではいられなくなった。だって、それが恋なのかは分からないけど、泉ちゃんがお姉ちゃんを大好きなことに間違いはないから。

 このままじゃダメだ。もっと強気に、積極的に行動しないと。

 心に決めると、私は早速ポケットからスマホを取り出して電話を掛けた。耳に当てると、こちらの動向を不思議そうに見つめるお姉ちゃんを横目に、


「もしもし、泉ちゃん? さっきは素っ気なくなってごめんなさい。明日、泉ちゃんに紹介したいカフェがあるので二人で行きませんか?」

「陽葉っ!?」


 お姉ちゃんは大きな目を見開き肩をビクッとさせながら驚く。こんな動揺するお姉ちゃんはレアで、少しでも牽制できた気がして、ついニヤリとしながら泉ちゃんをお出かけに誘う。ちなみに、紹介したいカフェの半分は口実なので、泉ちゃんと二人きりになれるのならどこでも歓迎だ。

 そうして、


「……はい! また連絡しますね! ──おやすみなさい!」


 泉ちゃんから有り難くオーケーの返事をもらい、通話を終了した。

 やった。勢いで行動してしまったけど、おかげで泉ちゃんと初めて二人きりで遊びに出かけられる。さっきまでの憂鬱が嘘のように消え、急に明日が楽しみで特別な日に感じてきた。


「あ、お姉ちゃん? 私やっぱり今からお風呂入るね〜」


 私は、弾んだ声を出しながらベッドから立ち上がり、衣装ケースを目指して歩く。分かりやすいぐらいに調子が良かった。

 すると、背後から姉のこんな呟きが聴こえてきた。


「いいなぁ……陽葉。明日、泉とデートだなんて」

「えっ……!? デート……??」


 思いもよらない一言に足が止まり、体が硬直する。

 今になって気がついた。私がした行為は、デートのお誘い以外の何物でもない。

 確かに理想の関係に発展させたくて誘ったけれど、実際に言語化されるとすごく恥ずかしくて、途端に顔全体に熱が籠もった。

 衝動的だった。

 これ、明日の私、大丈夫……??

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