第7話 賑やかな夜とその後と

 贅沢に一人一人に用意されたミニかぼちゃを器にした丸ごとかぼちゃグラタン、グラタンに合わせて用意されたフランスパン、お化けの形に切り取ったチーズが舞うパスタサラダ、かぼちゃとドラキュラをイメージしたドーナツ。

 目の前のダイニングテーブルにハロウィンにちなんだ完璧な見映えのご馳走がずらりと並んでいる。ドーナツ以外はすべて未羊のお母さんの手料理だ。

 私の右隣に未羊、向かいに左から陽葉、松本母と座り、四人でテーブルを囲んで晩御飯の時間を迎えた。さすがに仮装からは着替え、未羊は桃色縞模様のもこもこルームウェア、陽葉は部屋着が本当に恥ずかしかったようで長袖の黒いTシャツとジーパンの私服コーデに変わっている。


「これ美味しい」などと笑顔でハロウィン料理を召し上がる三人の姿に、私は少し"羨ましい"という感情を抱く。

 うちは母と二人暮らしで一人で過ごす時間も多いから、このように"家族団欒"を感じたことが少ない。正直、心細くなる時がある。

 今日は仕事で不在なのかもしれないが、未羊のお父さんも居る日はもっと賑やかなのだろう。今まで一度もお会いしたことはないけど。


「ほら、泉ちゃんもたくさん食べて?」

「はい。ありがとうございます」


 温かく微笑む松本母に促され、かぼちゃグラタンをスプーンで掬うと口へ運ぶ。

 ……あ。


「おいしい……」


 グラタンが喉を通った瞬間、無意識にそんな一言が零れた。次々と手が進む。

 かぼちゃと乳製品が濃厚で甘くて、だけど塩味も感じて可愛い器には中身がぎっしり詰まっていて、夕食として食べ応えがある。そして、あったかい。身はもちろん、心まで温められていく。最近は母が忙しくてしばらく手料理を口にしていなかったからかな。

 何故だか目頭が熱くなってきた。

 確かに優しいその味に感動してしまったけど、さすがにご飯を食べただけで涙を流したくはない。


「そんな泣かなくても〜」

「え、私、泣いてる……?」

「泉さん、まだ泣いていないです! お姉ちゃんの嘘です!」


 焦った。格好悪い姿を松本ファミリーにお見せする所だった。

 でも、"まだ"って……やっぱり泣きそうになっていたのね。

 泣かないように味変しようとパスタサラダも小皿に取って頂く。瑞々しい野菜とまろやかなチーズとパスタの二種類の味が楽しい副菜。見た目も良いし味も美味しい。未羊のお母さんってこんなに料理が上手だったんだ。

 駄目だ。どれも涙を誘う。


「いつでも待っているわ、泉ちゃん」

「……はい」


 どうにか堪えて松本母に微笑み返す。


 未羊が言っていたように、みんな、確かに昔のように迎え入れてくれて嬉しかった。

 ハロウィンも、結構良いものね。




 食後のドーナツも含めて晩御飯が終わると、私は三人に見送られて松本家をおいとました。

 街灯で辛うじて周囲を確認できる程には暗くなった夜九時前の空の下、思いのほかここから近い自宅に徒歩で向かっている時だった。


「泉さん!」


 名前を呼ばれて振り返ると陽葉が居た。

 不思議に感じたことでしばらく間が空いて、私は答える。


「……どうしたの?」

「せっかく来てくれたので、近くまで泉さんを送ろうかと思って。ほら、夜道に女の人一人にさせるのは危険ですし」

「それを言ったら陽葉の方が中学生なんだし、危ないと思うよ?」

「あ、いや、そうなんですけどっ、少しお話が出来たらいいなと言うのもあって」


 離れようとする私を引き留めるかのように陽葉は言う。


「そうなんだ。それなら、あの公園でちょっと話す?」


 この場所から見える小さな公園に指を差す。会話だけなら、陽葉に私を送らせたりしないでベンチで話せばよいと思った。

 了承してくれた陽葉と連れ立って公園に入ると、私は自販機でミニボトルのカフェラテと緑茶を買って陽葉が腰を下ろすベンチに着く。もちろんホットで。

 街灯や自販機の園内にある光で、なんとか陽葉の姿は目に映っている。


「どっちがいい?」

「じゃあ、カフェラテで……。あの、お金って」

「私のが三つも年上なんだし、気にしないで」


 陽葉にカフェラテを渡すと「ありがとうございます」と返ってきた。

 私は緑茶のボトルキャップを回して、飲み口を口に持っていく。


「泉さんって、好きな人っていますか?」


 早速、本題に入ったのか、陽葉は私にそう訊ねた。

 予想になかった唐突な質問に緑茶でむせる所だったけど、気にせずに、落ち着いてから答える。


「うん。いるよ」

「そうですか。言えたらでいいのですが、お年は?」

「私よりも年上かな」

「そうですか……」


 同じ返事なのに今回は覇気がないように聞こえた。


「それって、男の人ですか?」

「えっ。──そうよ?」


「男の人」以外の選択肢が思い浮かばず、そんな言い方になってしまった。確かに、近年では同性カップルの話もよく聞くようになったけど、まだ多くはないし、自分も恋愛感情を持ったことはない。以前に交際していた二人も男子だし、現に好意を抱いている大橋さんも男性だ。

 ひょっとすると、彼女の恋愛対象は女性で、だから性別を確認したのだろうか。さっき「男の子には興味がない」とも話していたし。

 つまり、


「違っていたら申し訳ないけど、もしかして、陽葉は、女の子同士の恋愛について相談したかった?」

「まあ……はい」


 と、陽葉は目線を膝に向けて頷く。私はそんな彼女を見つめて伝える。


「自分の恋愛対象は男性だけど、私は、誰が誰を好きになってもおかしいことは無いと思うよ。素敵だと思う」

「ありがとうございます。あの、参考までに聞きたいのですが、例えば、泉さんから見た私はどうですか? どんな人、ですか?」


 彼女は顔を上げ、私を見据えて言った。


「明るくて、しっかり者で、可愛い女の子よ。容姿なんてお世辞抜きで美人さんなんだから、自信を持っていいのよ?」


 同性愛にも自身の評価にも不安そうな陽葉に、ポン、と小さな頭に手を添えて伝える。

 大丈夫。陽葉は今のままで、好意を持っている女の子にアプローチをしていけばいい。応援している。


「へへ。ありがとうございます」


 頭を撫でられる陽葉はそうはにかむけど、目は下を向いていて、どこか心ここに在らずのように感じられた。


「もう夜も遅いし、そろそろ帰ろうか? うちまで送って行くよ」


 ベンチから立ち上がり陽葉に体を向けると、彼女も腰を上げて、


「あ……はい。ごめんなさい」


 と、申し訳なさそうな声色と表情で私に言った。さっきから陽葉は時々浮かない様子で、少し心配になる。


「いいのよ。全然。陽葉はもっと年下らしく甘えてくれていいのだから」

「はは。じゃあ、泉お姉ちゃ〜ん! なんて」

「ん。かわいいかわいい」


 冗談でも私に両手を伸ばして甘えてくれる陽葉からようやく明るさが窺え安堵した私は、また彼女の頭を撫でてみせた。




 時の経過は早いもので、十一月を迎えた日の夕方。

 二人で快速列車の右端に腰を下ろし、揺られていると、およそ五分ほどで未羊は頭を手すりに持たれるようにして眠りについた。そっとしておいてスマホをいじる。

 それから数分置きに気になって隣に目を向けるけど、未羊はまだ夢の中。寝相は変わらずやや無防備だけど、普段よりはマシだ。私が思っている以上に彼女は学校で気を引き締めているのかもしれない。


「次は────です」


 そして、気がつけば、次の停車駅が私達の最寄駅であると知らせるアナウンスが流れる時間になっていた。未羊は眠ったまま。


「未羊、起きなさい? もうじき到着よ?」


 そろそろ目を覚ましてもらわないといけないので、未羊の肩を軽く揺すって様子を見る。──まったく反応がない。逆に怖い。

 いけない。このままでは「乗り過ごしJKコンビ」と周囲から囁かれる日が来ても反論が出来ない。

 じっと、未羊の全身を自分の目に映す。この子って、案外、スタイルはい方よね……?


「………………」


 ……いや、あまりに起きる気配がないから試してみるだけで、別に未羊に疾しい気持ちなんて微塵もないのだから。そもそも、私の好意の対象は女じゃなくて男だし。

 付近に他の乗客が居ない、今のうちに。

 ふにゃ。

 未羊の左胸をそっと掴むと、そんな擬音が似つかわしい感触がした。思わず、手の平から溢れるその魅惑の脂肪を揉む。うわ。何これ気持ちいい。自分のAとBの間のソレでは決して味わえない満足感が未羊の体には存在している。

 どちらかと言えば大きめな印象ではあったけど、実際に触れてみると、この子、想像以上に豊満な乳を持っている。巷で言われる「隠れ巨乳」か。高校での振る舞いといい、私に隠し過ぎやしないか? 数年会わないだけで体も心もこんなに大きく成長するのね。

 ──それにしたって、全然、目を覚ましてくれない。どれだけ強力な睡魔なんだ?


「まもなく────です」


 最寄駅の到着を予告するアナウンスが車内に響き渡り、後ろの窓に視線を移す。もう地元の近くまで来ていた。

 まずいまずい。そろそろ本気で起こさないと冗談抜きで同じ過ちを繰り返すことになる。

 ふざけている場合なんかではない!


「未羊? ねえ! 未羊〜?」

「え……?」


 未羊の腕に両手を添えて激しく前後に揺らすと、彼女は意外にも早く目を開けた。ちょうど目を覚ます所だったのか。


「あぁ、よかった。降りられないかと思った……」

「ごめんごめん」

「疲れているのは分かるけど、あんた、さすがに眠りが深すぎるわよ」

「そうは言ったって、睡魔かれが私を離してくれないんだもん」

「いやらしいから睡魔を彼呼ばわりしないで」


 わざとらしく片頬を膨らませる未羊に冷ややかに突っ込んだ所で列車が最寄駅に到着した。席を立つと、同じように立ち上がる未羊が私に話し掛ける。


「そうそう、"離してくれない"と言えば……」


 開かれた扉へ進みながら隣の未羊に顔を向けると、彼女は私に距離を近づけ、耳元でこう囁いた。


「さっき、私のおっぱい揉んでいたでしょ?」

「……っ!」


 想定していなかった直球に声にならない声が出て、一瞬にして体が固まる。顔全体がかあっと熱くなった。未羊は私に悪戯っぽく口角を上げて電車から降りていく。

 目を覚まさないから気づいていないのかと思ったのに。まさか、この子……羊のクセして途中から狸寝入りしていたのか??

 しょうがないじゃない。未羊が隣で無防備に寝ているのだから。


 おかげで、降車口の一歩手前で私だけ今日も乗り過ごしてしまう所だった。もう、「起こす手段」と言い聞かせて過度に未羊に触れるのは危険ね。

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