第4話 泉と未羊の起こし方

「泉ー、来たよ〜」

「それじゃあ、並ぼうか」


 あれから三日が経過した午後四時前の高校の最寄駅。天気は良いものの風が吹き込んでいて、寒い。

 ホームのベンチに座ってから数分して未羊が姿を現し、私達は乗車位置の前から二番目に当たる場所で二列に並ぶ。それからまた数分が経った時に快速列車が駅に到着し、開かれた扉から乗車すると、突き当たりのロングシートの右端に未羊が、その隣に私が腰を下ろす。基本的には、ここが二人の指定席だ。

 月曜日以降、私達は、特に連絡しなくても今みたいにホームで合流して並んで下校するようになった。……ワガママすぎていないかな? 大丈夫よね?


 さて。現在の未羊の様子は、相変わらず、いや、もしかするといつも以上に寝相が悪いかもしれない。

 私の肩に頭を乗っけて腕を最大限まで広げ、微笑むような口元からよだれを顔の下に近い所まで垂らしている。「さすがに落ちる」と察知して私のハンカチで拭うと、未羊が、


「にへへ……」


 わ、びっくりした。いきなり気持ちよさそうに笑うから。

 口周りがすっきりしたからか、はたまた心地よい夢でも見ているのか。答えは彼女にしか分からない。

 少しの間、気になって未羊の様子を見ていると、彼女の頭が肩から離れて窓ガラスに置かれていった。これ、前回みたいに前後に揺れた時に危ないんじゃない……?

 心配になり、彼女のふわふわヘアの頭に触れ、私の肩の上にそっと乗せる。今度こそ、本当に、心配なだけだから。

 ──いやいや。私は何を彼女を甘えさせているの?


「こら。だらしないわよ?」


 目の前にある綺麗な寝顔に小さめの声量で伝えて、駅前の自販機で買った暖かいお茶のペットボトルを未羊の首筋に当てる。彼女は目を開き、肩に埋まっている顔をゆっくりと上げた。私はようやく未羊の目を覚ました。


「……おはよぅ」

「おはよう」


 自分の前でだらしない格好をされては恥ずかしいから、仕方なく未羊を起こす。そういう目的のはずなのに、私は意外にも無防備な彼女を大目に見てしまうことが多い。今なんて、いつになく控えめな起こし方をしたと思う。

 隣があの松本未羊だと分かっていても、少し癒されてしまっている自分がいる。

 前回だって未羊の体に心を奪われて……私は何をしているのだろう。

 矛盾している。


「次こそは厳しめに起こすから」

「へ? なんで?」




 翌日の帰り道。

 未羊の隣で列車に揺られる私の体は普段より更に疲れているのか、今日は眠たくなっていた。

 音のない大きなあくびが漏れる口を手で覆う。


「あら? 泉が珍しくあくび?」


 未羊が興味津々に顔を覗き込んで訊ねる。慣れないことをして恥ずかしいから、あんまり触れないでほしい。


「まあ……でも、出先では、眠たくてもなかなか寝付けないのよ。未羊はすぐに眠れて、羨ましい」

「泉は真面目だからね〜 周りの目や緊張が睡魔に勝っちゃうんだよね?」

「えっ?」


 未羊の何気ない一言に反射的に振り向く。

 そうかもしれない。

 眠れない明確な理由を自分で探したことはないけれど、言語化されたことで自然と納得してしまった。未羊が私のことを深く理解してくれているような気がして、内心、驚いた。

 やはり、未羊は周囲の観察力に長けているのかもしれない。上辺だけで彼女のことを「何も考えていなそう」だと思っていた私とは違って。


「小学生の時も、泉、遠足や野外活動のバスの中で必ず起きていたよね。それは疲れちゃうでしょう?」

「そうね。ただでさえ疲れやすい体質だから、尚更ね」

「こう見えて、あんまり体強くないもんね?」

「ここまで私を知り尽くしているかのように言われるとなんだか情けなくなるのだけど。いや、事実だけど……」


 そうですよ。私は言葉は強気なくせに体はヨワヨワで、胸は貧弱ですよ。

 そうやって自分の短所を上げていく中で未羊とはまるで正反対なことに気がついて、ちょっと羨ましく、悔しくなる。

 眠気が強くなってきてつい瞼を擦ると、未羊が言ってくる。


「私の体、使う?」

「もっといやらしくない言い方でお願いできる?」

「もう。堅いんだから。私自慢の柔らかボディでお眠りなさい?」


 私に向かって両手を広げ、未羊は柔らかく微笑む。彼女に身を預けたら、本当に羊毛ウールに包まれたように眠ってしまうような気がした。それだと、立場が通常の反対になる。

 私は無意識に未羊に距離を近づけ待ち構える彼女に体を寄せにいくと、背中に腕を回されて、そっと包み込まれた。すると、彼女の片手は私の頭に移動して、ポンポン、とやさしく撫でる。あたたかな居心地に、眠気は急激に加速していく。

 やがて、人目が気になって寝られないはずの私は、母に甘える娘のように未羊の豊かな胸の中で眠りについた。


 ……あ。

 彼女に求めているものが、一つだけ、分かった気がする。

 疲れて眠りたい日には、未羊の温もりが欲しいかも。




 ──突然、しばらく意識がなかった自分の両耳に力強いバンドサウンドが大爆音で鳴り響いた。これは……1○ーFEETの「第ゼ○感」だ。


「でかいでかい、でかいっ……!! ……え? 何これ??」


 瞬時に耳に装着されたイヤホンを外して、未羊の胸から起き上がる。あぁ、ビックリした。耳にも心臓にも衝撃が強すぎて、未だに余韻が残っている。

 なぜ、心地のよい眠りから、このような形で目を覚ましてしまったのか。当然だけど見当は付いている。

 噂をすれば、無自覚(よね……?)の悪魔がにこやかに振り向いて、


「あ、起きた?」

「『あ、起きた?』じゃないわよ! あんた、なんて手段で起こしているのよ!?」

「ごめん……! でも、音量はギリギリマックスじゃないよ?」

「マックスにされたらたぶん死ぬわよ、私!」


 昨日の私はあんなに優しく起こしたと言うのに……こいつめぇ……


※危険ですので真似しないで下さい。


「あんた、人を寝かすのは抜群に上手いけど起こすのめちゃくちゃ下手ね?」

「へへへ」

「その顔、まじで今だけ心の底から腹立つから」


 ふと、さっきから思う微妙な違和感に、私は窓の外に目を向ける。

 ほとんど見たことのない田舎の景色。


「あとね、もう一つ、気になったんだけど……」


 視線を未羊に移し、引き攣った笑みで眉をピクピクさせながら伝えると、きょとんとする彼女に声のボリュームを上げた。


「一駅、通り過ぎていない!? あんたも寝過ごしたでしょ!?」


 風景からして、この電車は最寄駅を通り越して次の駅へと向かっている最中だった。

 時間を確認してみても、私達の到着時刻から七、八分が過ぎている。

 なんだかんだ、この子も今日も通常運転で眠ったのね。




 次に停車した駅で降り、反対方向の電車に乗り換えて、予定時間より三十分ほど遅れて最寄駅に着いた。当駅を出て見上げる空も普段より薄暗い。

 私と未羊はいつものように徒歩で帰路につき、五分ほど経過した所で現れた角で、一瞬、足を止める。


「それじゃあ、また月曜日ね〜」

「ええ。また来週」


 別れ際の挨拶を交わして、私は左、未羊は右に曲がって解散した。

 いつもと変わらない降車後の帰り道だけど、私は若干、心ここに在らずだった。未羊に体を預けて眠ったことを思い返していた。

 未羊のそばにいることで、私が、あんなに未羊にも自分にも甘くなるとは全く予想もしなかった。

 すっかり、"松本未羊"という一人の少女に流されてしまっている。




「私、今日だけ泉のお母さんになっちゃった♪」


 家に向かう途中で、私のそんな独り言が弾んだ声で表れる。

 普段とはなんだか反対の私達だったけど、子供のように体を寄せる泉はギャップがあってとっても可愛かった。

 母性本能、くすぐられちゃった。

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