018 自称許嫁の銀髪ハーフアップ
校舎の中、放課後の廊下。俺は人気のない通路を一人歩いていた。
だが――背後に、視線のようなものを感じていた。
俺は何気ない風を装いながら、スマホを取り出した。内カメラを起動し、画面越しに肩越しの後ろを映す。
映ったのは、少し距離を取りながらついてくる一人の女子生徒。
髪は水色がかった光沢を帯びた長髪。右側に束ねたサイドテールが揺れている。制服の着こなしも整っていて、どこか品がある……おっとりした印象だ。目元は伏し目がちで、表情に感情の起伏は見えにくい。
(……あれが、尾行してきてた奴か)
俺は廊下の角を曲がるふりをして、一瞬で死角に飛び込んだ。気配を殺し、壁際で待ち構える。
数秒後――足音が近づき、彼女が角を曲がった瞬間。
「わっ……!」
目の前に現れた少女が、俺を見て声を上げる。両手を小さく上げて、肩をすくめるようにして驚いた。
「び、びっくしたー……っ」
息を吐くように、胸に手を当てて安堵する。
「やっぱり気付いていたんですね……」
少女はそう言って、ふわりと髪を揺らしながら顔を上げた。
見るからに、内気で静かな性格だと分かる。
「やっぱり?」
俺は無表情のまま問いかける。
「いえ……」と口にした彼女の言葉を、俺は遮った。
「なるほど。君は命令を受けて行動していただけ。そして命令していた人物は君にこう言ってた。――バレるだろうが気にするな、と」
その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。まるで「なぜそれを」と言わんばかりの顔。
驚きの色を隠せていない。
「その人物のところに、俺を連れていけ」
俺の言葉に、少女は小さく目を伏せた。
「……分かりました」
ささやくような声で応じると、小さくうなずき、制服のスカートの裾をそっと持ち直すような仕草をして――
「こっちです……」
と、俺に背を向けて歩き出した。
その背中は小さく、華奢で、どこか頼りなげな印象を与える。だが、確かに俺を案内する足取りだった。
俺は、数歩後ろを静かに歩きながら、その後ろ姿を見つめた。
(さて――どんな奴がお待ちかねかな)
気を張ったまま、俺は静かに歩を進めた。
◇ ◇ ◇
ガラガラと扉を開け、導かれた空き教室の中へと入る。
窓は開けっぱなしで白いカーテンが波のように靡いている。外の夕日が床に揺れていた。
「―――おまえは、誰だ?」
窓際で黄昏ている一人の少女。
初めて彼女を見た時、時間がほんの少しだけ止まった気がした。
「やっと来ましたか。待ちくたびれましたよ。私は一年一組、シルヴィア・二条。一応日本では二条シルヴィアと言われています」
銀色の髪は丁寧にハーフアップにまとめられ、外の夕日をきらきらと反射している。
整った顔立ちには子供のような愛らしさが宿っているのに、射抜くような青い瞳の奥には、研ぎ澄まされた刃物のような鋭さが潜んでいる。
「だから誰だよ。どういうつもりで俺にちょっかいを?」
「あら、忘れてしまったのですか? 私はあなたの、許嫁ですよ」
日本人離れした容姿と、生徒とは思えない大人びた雰囲気。
一瞬で空気を切り裂くような緊張感を持つ美少女。
身長は俺より低い、160センチくらいだろうか。しかしその体躯からは想像もできないほどの、強い威圧感を感じる。シャレになんないな。
「……何を言っている? ラブコメなら嫌いじゃない展開だが……俺は君の顔すら初めて見たぞっと」
「初見、ですか。ああ、そうでした。あなたは幼少期の記憶――も失っているのでしたね」
「も」という言葉に、微かな棘が刺さる。だが、俺は問わない。
確かに、俺は十二歳以前の記憶を持たない。つまり、直近半年間だけではない。つまり初めての記憶喪失ではない。
「どうでもいいけど、とにかく俺にちょっかいをかけるのはやめてくれるかな? 物凄く迷惑だ」
「私ならあなたの記憶を取り戻すお手伝いができるかと。……クラスの委員長さんや、軽薄なギャル風情では到底、役不足でしょうから」
彼女は音もなく近づいてくると、俺の目の前でぴたりと止まった。人一人分の距離。妙に正確で、計算された距離感で気持ち悪い。
まるでAIを相手にしてる気分だ。
「俺のことを知ったふうな口振りだが、じゃあズバリ聞こうか。俺はどんな人なんだ? 知ってるんだろ? 当然」
「もちろん知っていますよ、あなたの凄さは。……ええ、それはもう、誰よりも」
シルヴィアはなんだか嬉しそうに、夢でも叶った乙女のように両手を胸の前で組み合わせる。
「凄さなんてあるわけないだろ。俺はただの陰キャだぞっと」
「本当にただの陰キャなら、ここまでたどり着くことができません。いえ、そもそも昨晩、不良に囲まれた時点で淘汰されていたはずです」
「つまり何が言いたい?」
俺は少しイライラし始めていた。
「あなたは昨晩、襲撃を受けた際、鈴乃さんを巻き込みたくなかったために、その場をすぐ離れてしまった。ゆえに、彼らに目的を問うことは不可能だったでしょう。ですが気になった。なぜ桜王学院の生徒に暴行を受けたのか。彼らの目的はなんだったのか。あなたはこれが何かの前兆だと理解し警戒していました」
彼女の声が熱を帯びる。
「そして、あなたはこう思った。いつもあなたに一ノ瀬さんと五十嵐さんがべったりとくっ付いているせいで、校内で単独行動できるタイミングがない。敵は人を生徒を動かすだけの力、知略を持った人物。しかも本人は手を汚さない、慎重な性格。そんな人物が昨晩の件でコンタクトを取ってくるならば、名札もついていて特定も容易い靴箱に何かしてくるだろう、と」
楽しそうに続ける彼女。
「しかし靴箱の中には何も無かった。そうですよね? ……にも関わらず、何者かが靴箱を開けた形跡がある。あなたはそういった痕跡は絶対に見逃さない人ですから。その後、何者が開けたのかを探り始めた」
俺はそれを黙って聞いた。
「まず、その位置をいつでも確認できる場所……購買の店員にたどり着く。そしてその店員に尋ねた。『誰か俺の靴箱を開けませんでしたか』、と」
「――――」
「店員の答えはこう。"サイドテールの女子生徒が早朝にやって来た"。事実を語っているのですから当然です。そして、あなたは探した。今どきサイドテールで通学する者など希少です。あなたの捜索力であればすぐに候補を三人まで絞り込めたはずです」
「――――」
「そう、でもそのうち二人は先輩でした。まずは可能性が一番低い先輩たちから探り始めました。わざわざ五十嵐刹菜を連れた理由は分かりかねますが、相手の警戒心を解くため……といったところでしょうか? そしてあなたは彼女らの前に突然姿を現し、相手の表情、態度、仕草から動揺しているかどうかを探った。もしあなたの靴箱を開けた人物ならば、突然の訪問に何かリアクションがあるはず」
続けて、彼女は語る。
「不自然に思われないように、廊下の共有スペースにて自習中の彼女らの前に、シャープペンを落とし、拾わせ、接近する口実を作り――……」
今まで意気揚々に語っていたにもかかわらず、なぜか彼女の声は遠ざかる足音のように、徐々にボリュームを落としていった。
何かが引っかかったかのように視線を落とす。
「ん、どうかしたか。続きは?」
「いえ……妙だと思いまして……。あなたほどの人間ならば素人相手にこんな手間をかけずとも、動揺ぶりを確認できたはず……と思ったのですが……」
「素人?」
彼女はその疑問には応じず続けた。
俺は純粋にこれらの情報をどこから、どうやって知り得たのかという方に興味が行った。
「まあでも……そうですね……いずれにせよ、最後に残った候補――あなたを案内した水色髪の彼女――椎名桃音さんに行き着いた。……ここまでに間違いはありませんか?」
「あるわけもない」
俺は正直にそう答えた。ここで嘘を言う理由がない。
誤魔化せるならそうするが意味ないだろう。
「では続けますね。次にあなたが調べたのは椎名桃音さんの交友関係。……分かりやすかったでしょう?」
何か含みがある笑みを見せる。
「というと?」
「特定が簡単だったのではありませんか?」
「んー、まあ。桃音が仲良くしている女子生徒は四人しかいなかったからな。その四人について一組の生徒に聞いたら、うち三人は欠席。残ったのは君ひとりだった」
ここでは明かさないが、その桃音という人物が何故か四組まわりの話をよくするようになったとも、確認が取れている。この時期で四組の話とは……鈴乃や刹菜、そして俺の話題以外あり得ない。
「一組の人間を使ったのは失敗だったな。おかげで俺は君まで容易にたどり着くことができた」
「失敗? いえ、大成功です。祝杯をあげましょう」
「ん?」
「当然です。私がここまで誘導し、あなたはその誘導に従ってここまでたどり着いてくれた。素晴らしいストーリー展開です。感動していますよ、私は」
「俺は全くもって感動していないが……すべて織り込み済みだと?」
「もちろん。でなければ足がつきやすい一組の女子を使ったりしませんよ。しかも私と仲がいい……いえ、私が手足として頻繁に使っている椎名さんを起用するなど、あり得ません」
「そうか」
正直どうでもいい。この人が何者であろうと、俺には関係ない。
最近はあのかまってちゃんのクール一ノ瀬とギャル刹菜の相手をするので手一杯だし。
去ろうと背を向けると、
「良いのですか? 私の正体を尋ねなくとも」
「ん? ああ、別に。どうして俺をカツアゲしようとしたかは不明だけど、正体がバレた以上二度目はないだろうし」
それにこの程度の人間から狙われようと、たかが知れている。俺の学校生活に大して影響はないだろう。
「もう行っていいか。おまえと話すことは何も―――」
「―――『ラングレー』―――」
「は?」
俺はあまりの衝撃に、思わず声を漏らしてしまう。
普段は驚くような内容を見聞きしても表情を制御できる俺だが、今回は……。
「しかもこれですよね」
彼女は獰猛な笑みを隠さず、優しく、しかし官能的な手つきで机をコンコンと叩く。
「おまえ……」
「あなたの今考えていることは分かります。こうですよね、『なぜ』、『どうして』―――と」
図星だった。まるで俺の思考を読んだかのような、先読みした発言。
「一体何者だ、シルヴィア・二条」
「やっと私に興味を持っていただけましたか? あなたふうに言うならば、ただの一軍女子です」
「ただの一軍女子がただの陰キャに何の用だ?」
すると悪びれる様子もなく、衝撃的な内容を口にする。
「私と結婚していただけませんか?」
「冗談だろ、俺は16歳だ。二年も待ってくれるのか?」
冗談のつもりで問うが、
「私、デザートは最後にとっておくたちなんです」
デザートはそもそも最後に食べるものだろと心の中でツッコミながらも、俺は本当に帰ることにした。
去り際に彼女はこう残す。
「ちなみに、あなたは自分に彼女がいなかったと思っていますか?」
記憶喪失前の俺に彼女がいるならそれはバンザイして喜ぶところだろうが、一方的に情報を握られ、振り回されるのは気分が良くない。
「何を言ってるのかさっぱりだよ」
俺はそれでけ言い、そのまま帰路についた。
記憶喪失で目覚めたら、なぜかクラスの美少女二人が彼女になっていた件 蒼アオイ @aoiiiiii
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