第16話


庶民区(南)の民兵は男女関係なしに戦う意志のある者達が集まった。それと援軍に冒険者の一部が此方に来ている。来ないという話だったのにどういう風の吹き回しか。篝火と月光を頼りに柵近辺を哨戒中である。夜半、柵の外へ出るなどという愚行は誰一人犯さない。

バリケードが張られ、木の柵は更なる強化が行われた。それでも魔物はホイホイやってくる。昼を過ぎ、夕方に差し掛かる頃には、もう『レベルアップしたぞ!』なんて声を上げるものは居なくなっていた。だってその頃には、もう木は切り倒してはいないのに、それでも変わらず月狼はやってきたから。倒せども倒せども、敵の数は減らず。こうなると誰もが異常事態であると認める他ない。

 そうして夜となった。月狼は活性化し、夜闇に溶け込み、狼としてのチカラを十全に発揮する。ただ今はバリケードに柵も補強してあって、奴らの牙が届くことはない。それでいて、〈索敵〉で位置は割れており、〈投擲〉で怯ませて怒らせて、攻撃を誘発させ間隙から迎撃――撃ち込まれる槍によって絶命する月狼。これなら男衆のみならず女衆も安全に戦える。バリケードに柵が保っている間という限定条件付き、であるが。月狼相手に夜間対峙するのは愚の骨頂だが、やるしかない。やるしかないのだ。幸い、みな腹は満たされている。栄養不足でチカラが出ません!なんて言い訳は出来ないよ。アタシら一家は遠距離攻撃の精度が同じ農民達より高い。なんせスキル持ちだからね。より安全な位置から敵を攻撃する事が出来た。


 腕利き狙撃手の攻撃を受ければ怯む。怯んだ隙を突いて、月狼相手にも奮戦出来ている。

 安定しているのはあたしらがいる場所、西側中央寄りと冒険者達の援軍がいる東側中央寄りの部隊。両端は庶民区の人達のみで対応している。全てを守るには人手が足りないからしょうがない。中央を突破されれば分断の危険性と〈南門〉の突破を許すことになる。そうなれば魔物は南からザックロール領を食い破る展開になりかねない。大方、敵もそれを狙っている筈。端を落としても中央を突破出来なければ結局〈北門〉、〈西門〉、〈東門〉に配置されている質の高い兵士を相手取るのと変わらない展開なのだから。


「まさか、一家揃って遠距離攻撃役が務まるとは…驚きっすね!索敵能力が高いお陰で討伐数にバリケードや柵の損耗率を見ても、段違いっすよ!俺らのとこにも援軍で来てくれないっすかね?!」


 え、だれ?馴れ馴れし。夜間に美少女戦士ララ様に話しかけて来る変態が現れた。これはまさか…ゴブリンに内通する間者か?


「え、誰?は酷くないかな!?デリータだよ、ほら、幼女趣味じゃないのに疑いを掛けられて、衛兵まで呼ばれた!!」


「…ああ。」


思い出したけど、言ってて恥ずかしくないのかな。一応、今親同伴だし、弟とか妹いるから止めてほしいんだけど。ほら、母ちゃんも「冒険者様に失礼のないようにっ。お姉ちゃんのお知り合いさんかもしれないから」て小声で注意してたのに今じゃ「変質者よ、絶対関わらないように。悪い人はいつだって自分は悪くない、怖くないよって言って近づいてくるのよ」って注意に変わってるし。


「いや、反応うっす!!あ、あの、自分本当に怪しいもんじゃないっす!?デリータって言って、ララさんとは狩りだってした仲っすよ!ねえ?」


「…捏造、怖。」

「ちょ、ララさん!?」


 母ちゃんの目がジト目になっている。


「あの、本当に冒険者の方ですか?うちのララとお知り合いって本当なんですかね?」

「えええ?!本当っす!!月狼の報酬120ゴルドだって渡しましたし、ほら、これ見て!〈鷹の団〉って!」


 遂に冒険者かどうか身分まで疑われるか、デリータよ。お前ってやつは、本当にロクでもない奴だな。救いようがないよ。


「どうやら、冒険者様なのは疑いようがないみたいですね…?」


「ララのお母さん、疑問形止めて!?いやソレよりもだよ…。本当にすごい戦果だよ、だからこっちも手伝いに来て欲しいってのは本心さ。それと俺達〈鷹の団〉は申し訳ないが、復帰勢なんだ。だから体調は万全とは行かない。ハイゴブリン達と月狼が結託してきたら一溜りもないぜ?」


「この状況で自虐ネタは笑えない。」


「ぐっ、そうだ。だから頼むよ。」


 まあ何処もヘルプに入ったほうが良いのは間違いない。〈編成構築〉で居場所は丸わかりだし、何かあれば母ちゃん達は家に立て籠もりして貰えばいい。

 後退の兆しがあれば、アタシは持ち場を離れて家族の元へいくし。


「少しだけ、行ってくる。」


「ええ、気をつけてね。デムとルリの事は任せて頂戴。」


既に眠そうなデムとルリから返答はない。疲れちゃったよね。母ちゃんの足元にぎゅっと抱き着いてうとうとしているあたしの弟妹の可愛いこと。


「危険だと思ったら家に避難して。」


「分かったわ。ララも無理しちゃ駄目よ?」


「うん。」


母ちゃんがぎゅっと抱き締めてくれる。少しだけ肉つきの良くなった母ちゃんの抱擁は最高。


あたしは深夜0時、後退まで中央どちらも行ったり来たりして敵を殲滅するのだった。


冒険者ギルドへ帰るか、家に帰るか…家でしょ。不測の事態のことを鑑みると、なるべく持ち場から離れないほうが良いだろうしね。


母ちゃんは2人を寝かし付けた後は家に居たようで、こっちに手招きしてくれた。アタシは身体を拭いてもらい、綺麗さっぱりになると家族四人で眠りについた。


 ぐっすり眠っていたけど、早朝いつもの時間に身体が起きる。こっそりと抜け出し外へ。

 外は明るい。月狼も強さの絶頂時間を終え、姿が丸見え。どうやら人類は攻め滅ぼされてはいないようで。


 怪我人もいないみたい。相当上手くやったようだ。まあ、端の方はバリケードも柵もボロボロで次は一溜まりもない。朝の部隊と入れ替わり、樵達も準備している。〈編成構築〉しっぱなしだから、家族が家にいることも生きてることも分かる。アタシは庶民区(南)の東端から順に一通り援護投擲を行い、西端へ。状況の確認と殲滅を繰り返す。死体の回収をしていないため、周りは月狼の死体がそれなりにあると…数えるほどしかなかった八体分くらい。無理に攻めて来なかったせいにしてもだよ。屍肉とはいえ共食いか、ゴブリンや鬼蜘蛛が食糧に持っていったんだろうね…。何れにせよ叩き起こされる事なく朝を迎える事が出来て良かった。…あ!昨日のお給金貰ってない!残業代は!?……家族と過ごせたから無くても受け入れるかぁ…受け入れない!あたしのお金!!…最悪デリータから謝礼金一万ゴルド徴収するか……。


「おはよーっす!」


 うわ!噂をすれば影が…!?


「うわ!ってなんすか!?デリータすっよ!?」


「…。」


「沈黙止めて!?」


「…おはよ?」


「なんで疑問形!?ま、まぁいっか…おはようっす。一段落ついたっぽいんで自分達、ちょっと仮眠をもらうっす…。」


「…。」


「……。」


 よし、石ころ先生集めに森に入るか!


「ちょい!?お疲れさまかおやすみは!?」


 は?きもッ!


「ぐふっ!!」


 まじで朝から怠いわ。ああいうの本当モテないわ。お疲れ様の強要までなら許したけど、おやすみとか下心しかないじゃん。幾らアタシが美少女の原石だからって唾付けようとするとか200年早いわ。凡顔の癖に生まれ直して出直してこいよ。アタシはイケメンで剣にも盾にも肉壁にもなれる旦那様にしか用は無いんだっての。


一掃した後、また湧くのかと思ったら死骸だけで敵がいない。ありがたや〜。わざわざ森林に入ってまで石ころ先生を集める理由は資源は有限だからよ。柵内の石ころは母ちゃんと弟妹に拾ってもらうのだ。危険な場所から調達するのはアタシ1人で十分よ。


 〈索敵〉に引っ掛かったのは恐らく鬼蜘蛛。拠点でお食事中かしら。月狼だと動くんだよね。あっちこっちに。安全に警戒は怠らず。これが長生きの秘訣よ。まだ大して生きてねーだろって?うるさい!転生して出直してこい!!


石ころ先生を巾着袋にたんまりと補充する。沢山の魔物が踏み荒らしたため、しっかり石ころが露出してくれてるのよ、良い感じの荒れ具合よ。多分思うように攻めあぐねたから怒って掘っちゃったりしたんだろうね。爪研ぎ?みたいな。闘牛のいっくぜー!?って感じのアレよ。あたし的にはウハウハよ、石掘ってくれちゃって。樵的には足場悪くなってやんなっちゃうのかな?拾いまくってあげとこか!!しゅばばばばば!!うはははははは!!!!



大量の石ころ集めな朝活を成し遂げ、ちょっと誇らしげに帰宅する。家に帰ると三人共流石に起きてたみたいで、


「ねえちゃ、おはよ!!はやいね!」

「ねえね、おはよ!」

「ララ、おはよう。ごはん作ってあるからね。デムとルリもごはんの時間よ。」

『はあい!』


みんな朝から元気なことで。夜戦が本格的な防衛戦にならなかったからね。出来たらさっさと諦めてくれたらいいんだけど。

あたしは骨肉スープに黒パンを浸してのんびり食べる。はぁ、家で食べるごはんうますぎ…。


朝御飯を食べ終え、ちょろっとだけ畑を見る。土は栄養も水分もたっぷりと含んであるので取り敢えず放置。荒らされてる様子もないしね。


「きょうも、ねえねと、おーかみたいじ?!」

 

「そうよ、ルリ。」


「きゃああ!えへへ!」


 末っ子のルリは魔物退治に臆するどころか楽しんでるわ。こりゃ将来有望よ。抱き着いて興奮してますわ、妹ちゃん。


「みて!ねえちゃの為に石ころ拾ってきた!!」


「ありがと、デム。」


「へへへ。」


 可愛い弟だわ、お姉ちゃんに尽くしてくれるなんて…なんて良い子なのかしら。取り敢えずルリとデムの頭を撫でておく。あたしの弟妹たちが可愛すぎて蕩けそう。


 樵達の伐採が始まると、また断続的に月狼達がやってきた。つまるとこ、狩りが始まるってことよ。

 これだけ倒しててまだいるの?って思うでしょ?狼も蜘蛛も繁殖力がすごいのなんの。モラワームは知らん。虫なのかモグラなのか。というか良く淘汰されずに何だかんだ生き残ってるよね。土の中界隈じゃ王者だったり?そんなことより狩りよ。

 まだ樵達の伐採作業は始まったばかりだから月狼の数も少ない。二体、三体とやって来ても夜戦組と交代した男衆がしっかりと徒党を組んで迎撃する。まあ脇の甘い囮に食いつこうとしたところをあたしが、攻撃して怯ませて後はグサグサのザクブシャよ。農民たちが突いて突いて突きまくって…毛皮がズタズタだろ!?いい加減にしろし!?これだから農民は…、そんなんじゃ納品できないよ?え、納品したことないだろって?解体用ナイフが泣いてる?面白いこと言うねえ…ぐうの音も出ないね、てへ♡

 あたしは木の上から攻撃してるから射線も視界も良好よ。ただ位置取りだけはちゃんとしないといけないけどね。家族は柵越しから援護したり〈庶民区〉内の石ころ集めをしてもらっている。敵の数は変わらないのかな。それかちょっと少ないくらいかも。

 一気に十、二十と襲われたらヤバいのにそういう知恵はないの?

 それとも…。


 一方その頃―――〈東門〉、〈西門〉は苛烈な攻撃を受け、防衛柵は突破され庶民区画戦に移りつつあった。特に酷かったのが〈東門〉である。脱兎の如く逃げようとした商人、それの護衛として冒険者、傭兵の一部がこの災禍から逃れようとした結果、集中的にハイゴブリンが押し押せたのだ。血の匂いを嗅ぎつけた月狼等も森林から出てくる始末。

 犠牲は商人達だけに留まらず、その余波をモロに受けたのが〈東門〉である。〈西門〉は防衛力の無さと庶民区画間で比較したとき、男衆の割合の少なさが原因だ。柵の定期メンテナンスをサボったり、補強が甘かったり、そもそも集結していた戦力が前衛特化で柵越しに戦う術が戦術と呼ぶには稚拙過ぎた。〈北門〉は防備が手厚かったという理由から被害が軽微で既んでいるが、〈南門〉と明暗を分けたのはやはり遠距離攻撃役がいたかどうか、だろう。一撃と言わずとも、怯ませることが隙を突いた素人の槍攻撃も通る。中央が安定しているので、端に人員を割いて、数突きゃ当たる戦法も取ることが出来た。

 この世界は遠距離攻撃役の育成が難しい。近距離に比べると特に。乱戦では味方に当たる可能性もあるし、毎度不意をつける訳でもなし。命中も技術と言う名の〈ステータス〉かスキルが必要だ。命中はスキル無しでは器用さに依存する所が大きいし。そうなるとジョブの取り方次第では、育成するのは大変なのだ。大変だからこそ、貴族お抱えの騎士団や冒険者達はもっと積極的に〈弓使い〉や、〈弓士〉のジョブ持ちを量産させるべきなのに…。


「た、たすけて…!?げ、ばぁ…。」

「く、くるなぁああ!!」


 庶民区(東)の農民達は柵を破られたことで恐慌状態に陥っていた。


「野郎共、味方同士で助け合え!命あっての物種だぞ!」

『おう!』


「腰抜け共は役に立たん!栄誉ある騎士の諸君らよ、その武勇を以て柵内より魔物を一掃せよ!」

『はっ!』


まともに戦えるのは騎士団に傭兵達だが、傭兵は専守防衛迎撃戦法―――敵を引きずりこんで迎え討つ戦い方を、騎士団は柵内に入ってきた魔物を押し返そうと奮戦していた。この方針の違いが、両者間の関係に軋轢を生むことになる。


「ただ闇雲に蹴散らして、魔物が逃げた先にいる農奴や農民らが餌食になってるのも分からんのかね?引き寄せて迎え討つ我々の戦法を少々見習って欲しいものだな、騎士とやらは。」


「はんっ。少し範囲を広げれば助けられる命を助けようともせず、命大事に、我が身が可愛くて仕方のない傭兵には我々の真似事すら出来んか。力不足の烏合の衆よ。農民達よ、聞け!お前たちは個々では弱い!だから身を寄せ合い、守りあえ!!我らがザックロール領の剣である!この剣は貴様らを守る盾にもなろう!我々が殲滅するまでしばし耐えよ!!」


騎士の激が飛ぶ。これで庶民区の農民達は士気が上がるのだから、大したものだ。ただ、基本武器が農具や槍なせいで、懐に入られると弱い。士気は上がれど、敏捷系魔物のゴブリンに月狼相手ではやはり分が悪かった。煽られた傭兵の一部は激昂する。守勢から一転、攻勢を仕掛けるものが現れ始めた。これらは新米の傭兵で煽りに弱かったり、若干の英雄願望者達が炙り出された結果に過ぎない。しかし、集団行動で少なくない負担を分散していたのに、その要の数が減っては効果が弱くなってしまう。月狼はまだしも、ゴブリンは単体になった奴から集中的に狙い殺しに掛かってくる。単純な挑発が効きにくい知性を備えし魔物にしてみれば餌が増え、強力な敵が弱体化してラッキーといったところか。



「虚仮にされたままでいいのか!?」

「言い訳あるか!だが、闇雲に戦ってもしょうがないだろ!いつ終わるともしれんのだ!体力を温存しろ!!騎士如きの煽りにのせられるな!!」


 内輪揉めを始め、統率も取れなくなりつつある傭兵達。騎士には統率など最初からありはしない。上もヤバけりゃ下もヤバい。それが現状のザックロール領軍であった。ただ力の限り、魔物に剣を振るうのみ。戦場が混沌となし、被害が広がる原因であった。

 四方の包囲戦闘で死んだ者は3割を超えた。戦闘不能の重傷者は2割。〈東門〉はほぼ壊滅。〈西門〉も大打撃を受け、〈北門〉と〈南門〉だけが被害を軽微に抑えることが出来ていたのだった。



 

――――――ララ視点―――――


昨日、今日と仕事着を着用し防衛戦に参加しているララの下へ場違いな一匹の蝶々。ひらひらと舞うその羽根には数字が紋様されている。でんでん虫だ、それがあたしの下にやって来た。


『おはよう、ララ。そっちの状況を教えてくれる?』


 音声でセレアだと判った。それにしても良くあたしのとこまででんでん虫さんは辿り着けたな。


「首尾、上々。」


『そう、〈南門〉は無事だったのね。良かったわ。ララにも全体の情報共有をしておくと、〈東門〉は潰走。〈西門〉は大打撃を受けたけど迎撃に成功。〈北門〉は被害が軽微よ。ゴブリン砦から逃げてきた領主様含めた討伐隊を守る時に被害が出ただけね。』


「ん。それで?どうするの?」


『一旦、人員の配置替えをね。冒険者は〈北門〉の守備を〈西門〉に割こうと思うの。』


 〈東門〉は捨てるのか?〈西門〉も足りてはなさそうではあるけど。


『〈東門〉に人員を割いたところで〈庶民区(東)〉を取り返せるとも思えないし、焼け石に一滴の水よ。』


 それはもうどうしようもないって感じ?でもそしたら〈東門〉から攻められて詰みそうじゃん?


『〈東門〉は〈北門〉同様、石壁を最終防衛ラインまで引き下げることで多分何とかなると思う。』


 あー、そういう感じね。取り返す戦いじゃなくて、もう籠城戦の構えなわけね?そのほうが建設的かー。あたし、〈奪われたら奪い尽くす!根こそぎな!〉をモットーに生きてるから、つい脳筋思考出ちゃってたわ。さすセレアだわ。


「ん、良い作戦。」


『ふふ、ララありがとうね。それで何だけど、一旦冒険者ギルドに顔を出せるかしら。レレオーネさんを少し休ませたいの。こっちにはもう軽傷者しかいないから、その人達を〈治療〉してもらえればなって。』


 あー、成る程。これは流石によね。


「すぐいく。」


『ありがとね、待ってるわ。』


 でんでん虫から音声が聞こえなくなり、ギルド方面に戻っていく蝶の後ろ姿を眺めていると、


「ちょーちょ!」


 母ちゃんに抱っこされた甘えん坊のルリが指差して興奮している。あたしは今、尊い光景を目にしている。デジタルカメラはどこですか。え、ない?携帯は?ない?………スクリーンショットの魔法の発現求む。


「何か話してたみたいだけど、大丈夫?ララ?ぼーっとしちゃって?お疲れかしら?」


 あたしの顔を覗き込んで心配しているのは母のマイラだ。

 これ以上、心配かけるのは不味い。良心が喋れと叫んでいる。


「ちょっと呼ばれたからギルドに行ってくる。」


「分かったわ。私達はここで狼さんを攻撃してたらいいのかしら?」


「うん。」


「ねえね!がんばる!」

「ねえちゃ!いってらっしゃい!ルリと母ちゃの事はボクに任せて!」


 いつの間にかデムが漢に進化してる…。こんなカッコ可愛い子放って置かないよねきっと。うぅ、お姉ちゃんは悪い女に引っ掛からないか心配です。少年趣味とか言う魔物もいるのよ、世の中には!お姉ちゃんがちゃんと見定めてあげるからね!アタシは弟に近付くクソアマは捻り潰す決意を固める。勿論、ルリに近付く下種も縊り殺してくれる、と。

厄介な姉の誕生である。


「いってくる。」

『いってらっしゃい!』


 家族と居た時間が至福過ぎて、離れたくない病を患ってしまったようで。ギルドへ行く足取りはどうしても重くなってしまう。


「ララ、来てくれてありがとう。」

「…ん。」

「早速で悪いんだけど、〈治癒〉お願いね。魔力が足りなくなったら受付に置いてある魔力回復薬は幾つでも飲んでいいからね。」

「ん。」


 幾つでも飲んでいいとな?ガブ飲みで行かせていただきやす。タダ酒って言われたら、たらふく飲むでしょ?未成年なら焼肉奢ってもらったり、カラオケタダなら付いてくでしょ?めっちゃ食べるよね?楽しむでしょ?遠慮せずココは魔力回復薬飲まないとね!きゅるるん、遺体の痛いの飛んでけ〜!…じゃないや、痛いの痛いの飛んでけ〜!


「うぉ、すげぇ。つるつる。」

「〈治癒〉スキルごり押しやべぇ、ありがたや。まじつるつる。」

「見習い嬢ちゃん、あんがとな!もとからだよなぁ……つるつる。」


………。

片っ端からつるハゲぴっかぴかのお肌にしてあげたわ。あ、最後の人が頭に怪我してただけで、その……ハゲだったから…。つい引き摺られて、つるハゲぴっかとか言っちゃったけどハゲてたのはその人だけだから。別にアタシが〈治癒〉したらつるぴかハゲになる的な副作用はないから、誤解しないように。もし誤解して悪評でもばら撒くようなら…本当につるハゲにするよ…?


「軽傷者だけだったにしても…3本も魔力回復薬を飲んで速攻治療しちゃって、大丈夫?」

「ん。」


 いや、お腹たぷたぷだから。結構無理したよ?でも言えるわけないよね?


「それじゃ、奥の部屋でギルマスがどうなったのか、どうして傷を負ったのか説明するから来て頂戴。」

「…ん。」


 セレアはギルマスの話を始めてから小声で話すもんだから、アタシもついつい小声で返事してしまう。え、いつも声そんな大きくないし、小さい方だから声量云々の違い良く分かんないって?わかれ!


「どうやら、ギルマスは不意を突かれて領主に背中を刺されたみたいなの。」


 いやまて。まてまてまて。どうしてそうなったんだよ。敵を前にして仲間割れとかきっつ。は?え?領主何してんの?え?


「最初は残った冒険者達が率先して狙われたらしいわ。位置的にもゴブリンの巣穴に一番近くに陣取ってたのが冒険者ギルドだったみたいだし。でも強敵ギルマスが深傷を負ったら、こっちだって好機は逃がしたくないよね。ゴブリン達がギルマスに殺到したそうよ。そこからはギルマスと分断されて散り散りになって逃走…したみたいね。騎士達は月狼ともハイゴブリン達とも殺り合ってたみたいだけど、帰ってこない人達は…討死したんでしょう。」


「ギルマスは…死んだ?」


「…あんまり想像出来ないけど、万全の状態でないなら…そうね。特異個体が攻め入って来てないもの、負けてないわよ、きっと。もしかしたら何処かで治療中かもしれないわ。」


「特異個体ってどの位強い?」


「弱くてもAランクくらいね。」


 まじ?Aランクゴブリンが大量とかSランクマスター、一人じゃ絶望的じゃん…。チート持ち転生者が使役してるゴブリンみたいな強さしてるけど、まあでも種族の中でも強弱あるよね…人間もみんながギルマスじゃないし…。でもギルマスを倒した個体が仮にいたら…それはもうSランクになってるよね。


「やっぱりこの戦い、負ける?」


「あり得るわね。最悪ですけど。」


 待っているのは絶望か希望か。敵の本格的な攻勢がいつどこで起きるのか。ソレが問題である。


「狙い目は、〈東門〉?」


「それが濃厚だと思うけど…。騎士が守っている〈東門〉へは派遣をしたくないですし…。デリータさん達の口から語られてしまったので。冒険者達はもう騎士団とは組まないと思います。彼らの怒りは当然と言えますからね。〈東門〉を守っていた傭兵も仲違い…いえ、もうアレは仲間割れですかね。ちらと聞いた話なので確定ではないですが傭兵すら〈東門〉の守りを捨てた可能性があります。」


 急に敬語口調になるセレア。感情を押し殺したいのかもしれない。怒りはまともな思考能力を奪うからね。ま、本当のとこ本人にしか分からんけどね。


「〈東門〉が突破されたら?」


「市街戦になるでしょう。その時は冒険者ギルドは〈北門〉へ行き、ザックロール迷宮を目指します。」


 完全に放棄しちゃうか…。家族を連れて逃げるっきゃないってか。


「ザックロール迷宮なら3階層からサラダが採れますから。4階層はエール、7階層では豚肉も手に入ります。12階層で天然水晶が手に入って生活用水も困ることがなくなります。12階層に行ける冒険者は限られてますが…。食料確保は問題なく出来ると思います。」


 まだ2階層までしか行ってない雑魚だったのが悔やまれる。3階層が野菜なら積極的に取りに行ったのに、食料だし。くっ、そっちの情報集めるべきだったわ。


お酒は飲めないから関係ないにしても、水は大事だから。天然水晶の確保は絶対だよね。水道水とか井戸水とか全部、この天然水晶を取り付けて水出してるからね。最悪家に取り付けてある天然水晶1個持ち出せば何とかなる。因みに1個幾らなのかは知らない。天然水晶はザックロール領が負担して配布してくれてっから。でも12階層で採れるんなら実質タダじゃん。でもでもでも騎士に取りに行かせてたのかな?階層深めの産出品を提供って太っ腹かよ。


「天然水晶ってそんな深いとこから採れたの?」


「ええと12階層はパーティーを組んでいれば中級者が挑んでも問題ないとされているので、深いところ、かどうかは人によると思います。」


成る程…、ソロでやってるアタシが雑魚なだけってね…。心の中で泣いてもいいですか?


「無償提供と謳っていますが、領に税金を払っている〈住民〉のみ得られる恩恵ですので、実際のところはしっかり税金という形で徴収されてますけどね。まあでも家だって入植者である庶民区の皆さんに定住してもらうために前もって用意されているものの一つですし、水が潤沢に用意出来なければ農耕なんて出来ませんしね。入植者を募るうえで、割と普通の福利厚生とも言えます。」


…じゃあ前言撤回。タダに見せかけて徴収してんじゃねえよ!ゴミ領主がよ!許すまじ。


「話が脱線しましたが、迷宮へ逃げ込めば生きていくことは出来ます。もし避難するなら迷宮に逃げ込むようにして下さいね。」


「ん。」


アタシが了承すると奴隷紋が反応したのが解った。これは拒否出来ない〈命令〉だ。だから従うしかないのだけれど…。迷宮も良い、良いけどどっちかって言ったらアタシ特製の避難所に逃げ込みたいわ。快適だし安全だし。不特定多数の人間がいるのはちょっとね…緊急時程、本性ズル剝け事件起きそうじゃん。まあセレアも信用できる駒は多いに越したことないから分からなくもない。


情報共有し合って、アタシ達の方針は定まった。


1,各々の出来る範囲で防衛。

2,何処かの〈門〉が抜かれる事態に陥った場合、領内戦闘は専守防衛。速やかに迷宮へ離脱。


魔物は迷宮へ逃げる人間と抵抗する人間、どちらを狩るのか。アンジュさんの本曰く、魔物は迷宮を忌避する傾向にある。でも逃げる人間達を徹底的に潰した〈知性を備えし魔物〉はどう動くのか。



 アタシは錬金術ギルドから納品された魔力回復薬を更に三個受け取ると、〈南門〉へ帰った。

 〈南門〉を守る意志のある者――負傷者の手当てを優先する。負傷してるけど今回はもう戦うのに疲れたよって人達は悪いけど〈治療〉しない。まずは昨日貰った魔力回復薬から使う。消費期限あるからね!それと使えるか分からない回復薬をぶっ掛けとく。ドンベーイのおっちゃんが一個は持っとけって、お蔵入りしてた回復薬だからね。ホントは売りたかった…。じゅううううう…ん?お!ちゃんと効いてるぽいね!なんか空気中に漂う臭いが魔力回復薬より薬臭いけど気の所為よ。患者の胸につけられた爪痕も噛み痕も綺麗に治ってるし。


「ありがとうございます…!このご恩は必ず!戦闘で返します!」


「ん。」


 名も分からぬ農民兵に感謝された。15歳位の女子なのに良くもまあ、身体を張って戦ったものだよ。ジョブの取り方次第でどうとでも強くなるし男とか女とか関係ないけどさ。アタシなら死んでるね。攻撃が当たる事が確定した瞬間に!え?攻撃命中して痛すぎ死ぬんじゃなくて?違うよ。こーれ、当たりましたわ、さよなら南無南無よ。つまり命中する前に死ぬことになる(?)から実際のところ、痛みはゼロ、恐怖が限界突破で死亡確定ッ!なんて幸せな死に方出来たら良いんだろけど。


 殺る気がある、やる気のある人なら兎に角〈治療〉して回った。結果、重傷者は三人だけ治療した。心折れてしまってる者が大多数だった。重傷者数で言えば二十やそこらだったんだけど、それでも戦おうする者は少ない。重傷者だったマルク、パキラ、ネネットの三人共、〈見習い槍士〉が発現してたみたいでジョブチェンジさせといた。これでちょっとは強くなるっしょ。

〈見習い槍士〉は、筋力と器用の上がりが良いんだってさ。槍使いって器用なイメージあるし、順当なステータス強化が出来そうだよね。スキルの〈二連突き〉ってのがクールタイム五秒って聞いたときは震えたね。アタシのは一撃必殺スキルみたいなとこあるけどクールタイム一時間なんだよなぁ。この格差許せないよ。せめて三十分でも良かったんじゃ?って思っちゃうなぁアタシ。設定ミスちゃったんじゃないの、神様〜?


 

 〈南門〉の士気は割と高い。明らかに魔物が好戦的で普段より多く出現するんだけど、何だかんだ撃退出来ちゃうもんだから皆んなも昨日よりかは確実に落ち着いて対処している。若しくはレベルが上がってより安定したか。

全体で1レベル上がるだけでも変わるから。敵も同じで1レベル変わると重傷者が出るくらいの被害を与えてくるから厄介なの。

 敵の数も昨日と大差ない。この森から魔物が居なくなる日って来るのかな、どんだけいるんだよ。

 流石によ?近辺の魔物の数くらいは減っても良いだろうに、そう思わない?

 絶対可怪しいよね?こりゃ何か起きてるから見に行くっきゃないよ。ってアタシは思っちゃうなぁ。

 

「デリータ。」

「ララさん、ちーっす!どうしたんすか?」

「変。」

「…変?変って何がっす?」

「この状況。」

「この状況って………もしかしてゴブリンじゃなくて月狼が頻繁に襲ってくるこの状況のこと?」

「そう。」

「まあー。あのゴブリン連中なら月狼を嗾けても何ら不思議じゃないっす。」

分かってるか、流石に。なら話は早い。

「元凶を叩く。」

「え!?いやいや無理っすよ。森の中に何匹いるともしれないゴブリンを叩くってコトっすよね?」

「そう。」

「そりゃ自殺行為っす。俺は生粋の戦士系のジョブなんで一対一ならハイゴブリン相手でも倒せなくはないっすけど数には勝てないっす。」


襲われたことを思い出したのか、自身を抱きながらぶるっと震えるデリータ。何とも情けない。


「いってくる。」

「いってくるって一人でっすか!?」

 肉壁にすらなれない雑魚連れてどうすんだよ。

「問題ある?」

「いやいやいや、問題ありまくりっすよ!!御家族になんて言えばいいんすか!?死地に娘さんを単身で送ってしまいました!とは流石に言えないっすよ!」


 じゃ、言わなきゃ良いじゃん。


「聞かれるでしょ!?それに〈編成構築〉してたら大体の位置バレするでしょ!」


あー、そうなんだよね。何となく分かるからなー。どっちに離れてるのか近付いてるのか。死亡した場合と距離が離れ過ぎた時に〈編成構築〉が強制解除されて分からなくなるらしいけど。セレアとパーティ組んでた時に教えてもらったやつね。距離が離れ過ぎた場合って曖昧な表現なのは〈編成構築〉した人のステータスに依るらしいのよね。色々検証したっぽいんだけど、ステータスっていうのも総合的に高い人ってのが有力なんだって。だから〈器用〉が高いとか、斥候系のジョブに就いてるとかは関係ないらしい。アタシはさ〈索敵〉とかを主に行う人が〈感知範囲〉広がるのは納得出来るけど全ステータスの総合力って言われると、疑問。腑に落ちない。スキルとかも影響しないなんてことある?まあ検証勢でも何でもないから別にいいんだけどさ。

 ココで問題なのはドリトル森林南部の奥深くまでアタシが見に行ったとして、それで強制解除しちゃったら心配掛けちゃうよね。てなわけで一旦、〈編成解除〉するっきゃないよね。


「ちゃんと帰ってくるよ。」

「そう…、でも無茶だけはしちゃだめよ?」

「ねえちゃ!」

「ねえね〜!」


説明を終えたアタシは一旦パーティーを解散。母ちゃんが再編成し直す。アタシは単身、元凶を滅ぼしに行こうと思う。まあ勝てるか分からないんだけどね。ちょっと強いだけなら勝てると思う。めっちゃ強かったら諦めだけど。取り敢えず、ギルドの制服から襤褸の服に着替えて泥とか草の匂いを擦り付ける。一昔前ならそもそも汚かったからこんな事しなくて良かったんだけど、最近は小綺麗にしてるから、こういう事もしないといけないんだよね、あー麗しの乙女の体臭消すのって大変。


 準備し終えたアタシはドリトル森林の奥地へと向かう。

 まあどうやって探すかなんだけど…結構簡単でさ。引き摺られた痕を追うのよ。〈索敵〉スキルを駆使して、ばったり会敵しないように茂みや隠し穴に身を隠しつつね。月狼達は鼻が利くけど今のアタシは森と同化してると言っても過言ではない。鼻が利くせいで、アタシに気付けない月狼達を覗くのはキモチイイ。別に変な性癖とかじゃないから。

 どれが正解かは引き摺られ方を見ても判断が出来る。鬼蜘蛛なら八本脚の爪が地面に点々で残ってるし、二本足の人間っぽい足痕と引き摺った方向へがんがん進んでいく。森林の中域まで至ると食べ残しが見つかった。食べやすい大きさに肉を裂き、人間のような歯型が残っている食べさしをみるに、当たりを引いたのだと確信する。〈索敵〉を使用するも、何も引っ掛からない。近くにソレらしい魔物の反応がない好機を逃すわけもなく、痕跡を頼りに情報収集を行う。解った事は最低でも四匹。此方にいるゴブリンの数だ。ゴブリンも人同様、顎の大きさ、歯並びが違う。異なる歯型が四つ見つかれば敵は四人以上であると分かる。足跡の大きさも良く見ればバラバラで足跡の付き方一つ取ってみても重心が違えば残り方も変わってくるのだ。よーく観察して恐らく五匹以上のゴブリン、ないしはハイゴブリン以上の人型魔物がココに居たのだ。全てを抹殺するには流石に数が多過ぎる。故に一番偉そうで強そうな仮想敵ゴブリンを始末して脱兎の如く逃げ切らせてもらう。


 ただじっと待っていてもしょうがないので、あたしが移動しやすくする為の穴を掘る。穴と穴を繋げて気分はモグラよ。アタシよりちょっとデカいゴブリン君達に見つかってもこの穴は狭くて追いつけないし、ハイゴブリンにもなると絶対通れない。彼奴らは体格が人種の成人男性くらいあるからね。利点は他にもある。穴をつなげることで酸素の供給を絶たれることもなし。そもそもバレることはない筈。


この森林地帯を完璧に自分有利な環境に整え、網を張る。

同じ場所で飯を食らうのかどうかも分からない。が、敵が油断しているなら此処を使っても可笑しくはない。南方面に主力となるゴブリンが群れて潜んでいない時点で、牽制と他方面への援軍阻止・妨害が目的で月狼達を送り込んでいるのは確定。となると、敵本隊は何処を狙っているのか。普通に考えれば〈東門〉。ただ、あそこはもう戦力が騎士だけらしいし浮くよね。〈東門〉を守っていた傭兵達は順当に行けば〈西門〉か。きっと配置はもうめちゃくちゃだろうね…、と考えに耽っていると何かを引き摺る音と、足音が聴こえてきた。〈索敵〉を使い、敵性確認。反応は一つ。で方角は…南方。更に奥地の森林地帯からのお出ましだ。単独で動いて狩りが出来るゴブリンの可能性大。もうそろそろ昼時なのだろうか。朝から動いて潜って地中を掘っていた為、時間感覚が少々ズレていた。



 昼過ぎ。四匹生き残った統率者の中の一匹。役割とはいえ、魔獣を人間に嗾ける作業は退屈であった。これで進捗でもあればまだマシであったが、南方戦線は一向に崩れる気配がなかった。

 ただそれでも東方戦線や西方戦線、北方戦線へ戦力を分散されたり斥候を出されて此方の意図に気付かれれば人類砦を落とす事は至難となる。故に少数の同族を引き連れ魔獣を嗾けているのだ。

 人類は守勢に入っている。我々の砦を攻めて以降、逆襲されるや否や、砦へと籠城を決め込んでいる。浅黒い肌に赤褐色の紋様が浮き出た好戦的な変異個体の小鬼―――ブラッドゴブリンである統率者が防衛に徹している人類に退屈を感じるのも無理はなかった。


人類は今守りに入っている。

その常識に囚われ、油断している彼は上位種としてのチカラを餌狩りにしか使っていない。折角狩りをしても崇めてくれる同族――ハイゴブリンは魔獣達を嗾ける事に奔走中。一人早めの食事のため、仮拠点に使っている場所まで戻ってきていた。拠点移動しなかったのは人類側に動きが無かったから。動きがあれば一箇所に留まる事などしなかった。もし此方に戦力を向けてくるならば襲わせている魔獣達が気付く。だがその気配はない。なまじ知能が高くなり、魔獣の特性を活かした戦法を取った事が裏目に出ていた。森林地帯でも中域に拠点を置いているため、攻めやすく守りやすい好立地。前線に動きがあれば容易に察知する自信がブラッドゴブリンにはあった。慢心である。ソレ故に胸から鋭い痛みが走った時には遅かった。


 何が起きたのかは分からない。どのような攻撃を受けたのか。ただその一撃が自身の身体に風穴をあけた。一撃を以てして同族の上位種として産まれた自身を滅ぼさんとする人類が砦にも居たのだろう、と考えた。心臓を喪い、生命力が零れ出る。後ろからの強襲であったのは疑いようがない。最後の力を振り絞り、闇雲に後方へ攻撃を仕掛ける。

 刻一刻と命が急速に尽きるのを感じるが、敵の――人間の匂いすらしない。最期の刻すら姿を見せない…討ち取りに来ない敵の狡猾さにブラッドゴブリンは憤慨し戦いの中、命を散らすことが出来ない自身の最期を嘆き死んだ。



 〈乾坤一擲〉スキルを発動、〈投擲〉スキルで狙いを合わせて心臓を破壊したはずだった。倒れない敵を、経験値が流れ込んで来ない事で確信する。隠れ蓑の穴に即座に潜り込んだ。そこから体感十分程、悪夢は続いた。幽鬼のように徘徊し、戦意を滾らせた魔物が此方に近づいてくるのだ。穴を通じて奥に行こうにも近すぎて音でバレるかもしれない恐怖に身を縮こませることしかできないでいた。討伐戦では見たことのない浅黒い肌をしたゴブリン。絶対強者の匂いが出ている個体。獲物も一刀で仕留めている事から格上なのは理解していた。頭を狙うのは外した時が怖かった。だから避けられる可能性も考慮して心臓を狙った。見事に身体を貫いた石ころ先生。であるのに、死なない生命力に恐怖した。死なないだけでなく寸分の狂いなく此方に向かってくるのだ。もう完全にバレた、死んだと思った。致命傷では死なないぜ、なんせ魔物ですから!って理不尽が罷り通る世界だと。息を止めても、心臓の音が煩すぎた。『心(臓)音バレしたせいで魔物に蹂躙されました。』って本のタイトルの主人公はアタシね…と悲観してしまうくらいに絶望が迫ってきていた。


『gigyagigyagigyagigyagigya!!!』


 何を言ってるのかは分からないけど、激しい怒りが伝わってきた。一人でなんて無謀だと言ってきたデリータの言い分も今なら判る。こんな化物を相手に一人で行くのは無謀だと。悲しいかな、これはギルマスが死んでいても可笑しくない。何匹居たのかは知らないけど複数は無理よ。生きてたら奇跡だよ。アタシは自分も死ぬんだと諦念しかけた時――身体に入り込んで、全身を全能感が襲う。快楽で身を捩り、音を立ててしまう。動いちゃいけないと思ってた所にレベルアップの全能感。身体が思わずビクついてしまう。

「んぁ…。」

何度も何度も…駆け巡る快楽に思わず声が漏れてしまう。アタシは耐えきれず意識を手放した。


 どの程度意識を手放していたのかは分からない。現在自分が生きていることは間違いない、疑いようのないことである。格下による格上狩りにより、膨大で良質な経験値が流れ込んでアタシはレベルアップを一気に果たしたのだと仮説立てた。


 集中。取り敢えず上の動きを探るため、〈索敵〉を発動する。

 範囲内に敵性反応…数は10と出た。アタシが想定していた数の倍ともなると逃げ切れるかも怪しい。〈乾坤一擲〉スキルは…使えるらしい。確実に一時間は寝てたらしい。うー、悔やまれる。急激なレベルアップは危険だと判断する。まあ、どう考えてもステータス上倒せない相手を倒した感があるから、普段じゃあり得ないけどね。

 アタシは現状を常に〈索敵〉を用いて把握しつつ、黒ゴブリンの死体を探す。穴から少し顔を出して見てみるもそこからは確認出来なかった。


 死体を探した理由は二つ。『死体が持っていた武器が傍にあるか』と『太陽の位置を知ること』だ。ゴブリンに死体を持ち帰って供養する慣習はない。でも使える武器は何でも使う。それがゴブリンである。つまり武器がなければ黒ゴブリンが死んだ事はバレているし、有ればまだバレていないという事だ。

 呑気に食事にありついている辺り、気づいていなさそうではある。アタシなら自分より強い者が死んだならすぐ逃げるし。食事なんて他所でも出来るわけだしね。


 大木の根っこ穴から這い出て、サバイバル仕込みの匍匐前進で辺りを見回す。

 取り敢えず大木を一周すると直ぐに見つかった。力尽きたであろう反対側の根っこ穴に黒ゴブリンの身体が滑落していた。武器も刀身が根っこの隙間に挟まっている。アタシの体よりぶっとい根もあれば鞭のように細く頑丈な根が張り巡らされた場所だ。天然の要塞ジャングルジムである。

 

 どうせなら死体を解体して隠蔽してしまおうと腰に提げている解体用ナイフで肌に突き刺そうと試みたが、全く刃が入らない。死んでもなおその頑強さには恐れ入る。肌がだめなら、眼球は…硬ッ!!うーん、普通にやったんじゃ掠り傷すら付けられなかったか。攻撃力120の弱さを再確認する。早々に葬送を諦め、武器もつっかえて取れそうにないので速攻で木穴に戻る。地中深くへ潜行し北を目指す。やれる事はなくなった。継戦能力皆無のアタシには10匹もの敵を始末する術がない。

 任務完了の報告をすべく、帰路に着くのであった。

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貴族家嫌いが貴族に?!(仮) @namatyu

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