第15話

「ありがとう、ララ。」


「ん。」


 北門の現状をセレアに伝えた。

 レレオーネは起きたようで帰ってきた冒険者の治癒に当たっている。

 重傷者には身体回復薬ポーション治癒スキルを併用。軽傷者には身体回復薬ポーションを配り、自身も魔力回復薬をちびちびと飲んでいる。


「あたしも手伝う?」

「そうね、お願いできる?これ魔力回復薬マジックポーションよ。ララは軽傷者を主にお願いね。」

「ん。」


 共同経営の治癒処――医院に駆け込んだものもいるだろうが、基本的に戦線を離脱してきた冒険者達が冒険者ギルドに集まってくる。

 何故か?傷の手当は此方でも出来るが〈情報を求めて〉、だ。現状を知りたいならギルドほど有効な手段はない。

 冒険者が集まるにつれ、情報の精度が上がっていく。

 そこから分かってきたのは、絶望だ。――――――現在、この領が滅亡するかどうか生存圏を奪われるか否かの局面に曝されている。


「特異個体……たくさん………ギルマスが………負傷………ぐっ。」


 意味深な単語を発し、重傷者患者として運ばれてきた1人が気を失った。


「つまり、ギルマスが死んだってことか?」

「ばか!早合点すんな!!デリータの話じゃ負傷したってだけだ!」

「でもよぉ、特異個体が穴倉から湧いて出てきたんだよな?」

「それも何十匹も…?。」

「前線にいて戻ってきたのはカシムにソーマ、デリータ…コイツらだけだぞ。」


 冒険者同士で情報共有しているのをアタシは手当てしながら聞き耳を立てていると、聞き覚えのある人の名前が出てきた。


 デリータって確かお節介な計らいでパーティ組もうぜとか何とか言ってた人じゃん?

 名前被りしてなきゃだけど。怪我人の優先順位付けをしつつ、それとなく見回してみる。

 ……受付カウンターの端で横たわっている姿が見えた。

 奥は重傷者の治療をしているレレオーネの管轄、手前――出入口付近で治療しているのがアタシ。

 奥にいるって事は、重傷者組と言うことになる。幸い、生きているんだろうけど前線組の安否確認が取れたのは3人だけ?なのだろうか。医院に運ばれたと思いたい。


「北門の防壁は?衛兵は保ってるか?」

「ああ、守る範囲は縮小してたがな。隊列を3重にして休憩も取れるように長期戦の陣形を取ってたよ」

「ゴブリン共は壁をよじ登って襲撃してきてねえのか?」

「そこまでは分からねえ。誰か分かるやついるか?」

『……………………。』

「ちょっくら北門見て回ってくるわ」

「助かる。」

「頼むわ。」

「んじゃ、一応東門と西門も行くか。」

「じゃあ僕が西門行くよ」

「おう、悪いな。」

「残ったのは東門か。ひとっ走りしてくるわ。」


「ちょっと待って下さい、様子を見に行かれるならでんでん虫を持っていって下さい。」


 冒険者達の話に割って入ったのは全体の管理をしているセレアだ。彼女の腕には既に三匹のでんでん虫が羽根を休めた状態で止まっている。準備が良い。


「ああ、その方が早いか。」

「お借りします。」

「無くさねえようにしねーと。」


 でんでん虫をセレアから借り受けると1人、2人…3人と次々に男達がギルドから出て行った。


「これでもう少し詳しい情報が手に入るか。」

「なぁ、カシムかソーマかデリータの誰でも良いから起こさないか?何があったのか、もう少し詳しい情報が欲しい。」

「レレオーネちゃんが治療してくれてるとはいえ、重傷者だぞ。」

「血も大量に失ってる。」

「情報は欲しいがここに来る前にカシムもソーマも意識不明、デリータも話せるだけの気力を使い果たしただろ?」

「でもことが事なだけにだな……。」

 残っている冒険者達の殆どは早々に帰還した組だ。軽傷者は北門でゴブリンとやり合った者達で1日を森で過ごしていない。だから空白の時に何があったのか、デリータの断片的な内容では『特異個体が沢山現れて、ギルマスが負傷。』とだけ。負傷したギルマスがどこにいるのか、分からない。負傷したまま殿しんがりを務めた可能性もある。それなら日の出ている間に急いで救援に向かうべきだし、レーメン領組はどうなったの?って疑問も尽きない。



「悪いけど、重傷者三人共自力で起きるまでは絶対安静よ。」

「レレオーネが言う通りに。緊急事態につき、我々ギルド職員の指示に従って下さい。患者への負担になる事は禁じます。」


『分かった。』


 一部の冒険者達は不満そうではあったが、こういった時に輪を乱すような真似はしない。



「――――となると俺達も北門へ向かうべきか?」


 少し経ってでんでん虫より連絡があったのだ。


『此方、北門。衛兵が奮闘中。但し、通路深くまで侵入したゴブリンの勢いは増す一方。外壁からの侵入は今のところなし。警戒令に則って、領内壁付近は警戒につき、巡回兵も多数。現在は安全な模様。』


 と。


「殲滅できりゃ良いが、全員が出払ったら夜の警戒はどうする?」

「全方位となると、人手が足りないぞ。」

「そんな事言われてもよ、俺は参謀を務められる程の頭がねえんだよ……。」

「そうだ、ギルマスが駄目ならサブマスはどうだ?!あの人なら策の一つや二つ考えてくれるだろ!」

「ああ、そうだ!サブマスはどこに!?」

 冒険者達がサブマスの所在を問い質す。

「サブマスは、ギルド内の不穏分子を奴隷鉱山まで責任を持って護送中につき……不在です。」

「な、なんでそんな木っ端な仕事を!?」

「まじかよ!?いないのか!?サブマスもギルマスも!?!?」

「おれたちゃどうしたら!?」


 不穏分子というのはギルド所属の裏切り者達の総称である。

 セレアと事情説明の際、目があった。恐らくバッド団の件だ。

 ここに来て主力がいない冒険者ギルド、大丈夫なの?

 傭兵ギルドと領軍がいるけど、何処まで戦力があるのかは不明。


 そういった事を話し合わなければならないのだけれど、招集もない。うちはそもそもトップが不在なのだけれど。


「…セレア。」

「なに?どうかした?」

「ん、傭兵ギルドの戦力は把握すべき。」


「そう、そうよね…。そうだわ、領主さまと会合なんて無理にしても、傭兵ギルドとは協力体制をすぐにでも構築すべきね。」


「セレアが行くの?」

「んん、マークドナくんに行ってもらうわ。」

「ん。」


 誰か分からないけど職員なのだろう。


「あ、ちょうど帰ってきてくれたわ。」

「ただいま帰ったっす。市場で売られてた食材買い込んできたっす。」


 天然パーマ?の栗毛色の髪を七三に頑張って分けてる優男がどうやらマークドナくんらしい。


「マークドナくん、帰ってきて早々悪いんだけど、傭兵ギルドと協力体制を築きたいの。戦力把握とザックロール領の守備について話し合ってきてもらえる?」


「ひぇー!…分かりました。行ってきます…!」


 少年よ、頑張れ。

 職員としては若めで舐められそうだが、受付嬢が行くより遥かにマシだ。傭兵とはそもそも対価と引き換えに武を奮う。その対価は金であり、異性であり、宝であり…、価値あるものを対価に働く。今回のような緊急事態であってもソレは変わらない。

 うちの嬢が行けば、何を対価に迫られるかは明白だ。

 ゴブリンの次は人間に貞操を狙われかねない。

 

『此方、〈西門〉。現状異常なしです。戦闘は断続的に起きていますが、衛兵が対処できる範囲です。ですが継続して状況を見ておく必要はあるでしょうね。』


「分かりました。それでは〈西門〉へ5人…斥候、盾役、遊撃を各1名ずつ必ず〈編成構築〉して向かってください。」


『おうよ!』


 先行して〈西門〉へ向かっていた冒険者からの連絡が入り、現在の〈西門〉の状況がギルド内に伝わった。その情報を元にセレアが居残っている冒険者達に指示を出している。冒険者達も異論はないようでセレアの指示に従っている。


『此方、〈東門〉。脱兎の如く逃げた商人やらが遠目にだが街道で襲われてる。こりゃ舐めてかかったら痛い目みそうだな!!』


 〈東門〉は逃走経路として人気?なのか、ゴブリンの注意を引く形になっている。襲われているのは真っ先に逃げた商人の一部らしい。助ける気は……ないぽい。

 ちょっと楽しげに報告するのやめたほうがいいわ。貴方みたいにこの状況に興奮してる変態は……『うおおおおお!!!!こっからだな!!』…………結構いたみたいです。


 職員はやっぱりこっち側の人間が多いけど、冒険者達は違うみたい。戦って勝てば強くなるチャンスであるからして。近くにヒーラーがいるなら、致命傷でも生存確率は高くなる。迷宮や森、渓谷、海、平原……そういった所じゃ直ぐには治療出来ないからね。どんなジョブでも言えるけど、特に戦士系ならレベルが一つ上がるだけでも変わるだろうし。ここぞとばかりに無茶する気満々だ。


 あたしはバレないようにこっそりと溜息を吐いた。


「レベル上げはこっちだってしたいのに。」

「怪我人を治療すれば、一定の功績で経験値が手に入るみたいよ。それでレベルアップした事があるって教会勤めのシスターから聞いたことがあるもの。」


 聞こえないような声で、ぼそっと呟いたのに、レレオーネが教えてくれる。補足された「1日働いてもゴブリン一匹分にも満たないらしいよ」はアタシに追撃を与えたけど。


『戦わなくして強くなる』なんて甘い世界じゃないか…。ちょこっとだけなら強くなれる…?いやいやいや求めてるのとは違う。それにしても上げて落とすその早業、だいぶ効きますやめてください。

 まあ、それはともかくとして…。


「ねえ。聞きたいことがある。」


「どうかした?」


 「どうして〈南門〉へは誰も様子を見に行かないの?」


「ああ…。〈南門〉は、特に狩りをしてる農民が多いでしょう?庶民区の設置は〈東門〉も〈西門〉もされてるけど彼らは商業区に出稼ぎすることが多いし。〈南門〉は作った柵も他よりかは幾分かマシね。そう考えれば二重…三重の構えだもの。基本的には戦力を〈北門〉、〈東門〉、〈西門〉に集中させていれば〈南門〉まで回り込まれることもないでしょうし。」


 全体の情報共有・管理、戦力の適宜投入を取り纏めて行っているセレアが教えてくれる。どうやらアタシの家族がいる〈南門〉周辺はそういった理由から援軍の派遣が見送られるそうだ。


 とはいえ、一切見に行こうともしないものか?一緒に狩りをしていた事もあって、大して強くない事をアタシは知っている。

 攻撃役の人らは強かったのかもしれないけど…。ただ家族を守ってくれるかは別。其々に家族がいるんだもの、手一杯になれば見捨てられる。男手といえば、うちにはデム君がいるけど幼すぎる。なんてったって5歳だもん。………いや、5歳ならダンジョンに潜らせて…んん、ドリトル森林で魔物を弱らせて石ころ投げまくってもらって〈投擲〉スキルを覚えさせて…したらば投擲師が発現して……よし、やろう!決めた!

 この危機さえ乗り切れば…ね!


 ………やばい、盛大にフラグを立ててしまったかもしれない。


 フラグを立てた気がしたら急に心配メーターが………。こりゃ様子見てこなくっちゃ?


 善は急げっていうし、今回は超特急で行かねばなるまい!


「…セレア、あたし…気になるから家族の様子見てくる。」


「ララ…、心配なのは分かるわよ。でも…、んん、そうね。それなら〈南門〉と庶民区の様子を見てきて頂戴。もし何か手伝えることがあるならララもそこで〈冒険者ギルド〉として動いて頂戴。」


「ん、分かった。ありがと。」


 一応の名目上、〈冒険者ギルド〉として〈南門〉周辺のサポート派遣をするというていで、送り出されることになった。


 お人好しなセレアには感謝しかない。レレオーネにはセレアが言ってくれるだろうと信じて、あたしは〈南門〉まで走った。


〈北門〉に位置する〈冒険者ギルド〉を南下すると中央広場に出る。その更に中央が貴族の屋敷に位置するのだが、広場から窺える人々の動きがよく見える。逃げる準備をしていたり、武装してゴブリン達を迎撃しようと四方の門に向かう姿がみえる。住宅街の方まで目を凝らすと板材を打ちつけたり、窓の木製よろい戸を閉じているところが多数。家の窓枠によろい戸なんて付けちゃって…流石〈領民〉なだけあるよね…。羨ましい。


〈南門〉へ態々わざわざ出向く人は少ない。なので、道半ばまで進むとスムーズに〈南門〉まで辿り着くことが出来た。石壁をよじ登る。普段とは違う喧騒に包まれている。畑そっちのけで柵の強化に農具や武器を持って、きこりの護衛を積極的に買って出ている。

 どうやら攻められてはいない様子。でもって危機感に駆られて動き出した、と。

 母ちゃんにデムにルリは――――、もちろん無事だった。

 

 ただいつもより騒がしいため、魔物の出現頻度も多いように見える。アタシは家族の様子を確認し終えると、柵の強化は…手伝わないけど魔物の間引きを主に行っていく。主に、というのは魔物に手傷を負わされた人の治療も行ったから。治療ばっかりだと魔力が足りないし、せっかくタダで貰った魔力回復薬だもの。これはもっとヤバい時に使わないとね。だから治療行為後は、口止めしてある。


「治療出来る事は内緒、いい?」


「あ、ああ!ありがとう嬢ちゃん!」


 こんな感じのやり取りよ。


 冒険者ギルドの制服も着てるし、家の中にちょちょっとお邪魔してかるーく治す。全部は無理。だって魔力が足りないし。応急処置で〈治りかけの傷〉ってくらいの状態まで治してあげる。


 後は兎に角、戦闘。


 石ころ先生に小枝先生、後は月狼の牙をぶっこ抜いたり稀に巣から出てきた鬼蜘蛛の脚爪をもぎ取ったりして投擲武器を着実に集めつつ魔物狩り。


 そうこうしてると―――――キターーー!!!レベルが上がった。この全能感…病みつきになる。


 —――ジョブ転職可能一覧—――

 

 ・斥候…★

 ・投擲師…★

 ・村人

 ・勇者見習い

 ・探索者

 ・瞬殺士

 ・英雄見習い

 ・隠密斥候

 ・断罪者

 —――詳細ステータス―――


 ララ……現在のジョブ:巫女見習い

 レベル…16/30

 状態:戦闘奴隷

 力:117→120

 魔力:65→75

 耐久:51→54

 敏捷:140→143

 器用:211→214

 運:15→16

 

 —―――固有魔法—―――

 

 ・未発現


 —―――スキル一覧—―――

 《穴掘り》…P

 《逃げ足》…P

 《投擲》

 《軟体》…P

 《乾坤一擲》

 《索敵》

 ジョブ固有スキル…《治癒》

 —―――――――――――――


 ※Pはパッシブスキルの略


 攻撃力が100を超え、魔物にも通常攻撃が通るようになっている。ただし、一撃ではないけど。〈耐久〉に長けた魔物には傷一つ付けられないけど…、ザックロール迷宮二階層のボスとかボスとかボスとかボスとかボスとかボスとかさあ!!!!あいつはかなり硬いよやってらんないね、燃やした方がいいんじゃない?


 紙耐久魔物ばかりのドリトル森林に救われたよ。

 ん?今のあたしなら、弱らせて動けなくしたところを安全圏から投擲させることも…?

 これなら一日あれば、デムとルリに〈投擲〉スキル覚えさせられる?!


 ………ちょっとお姉ちゃんすっか!

 ふぅ、緊張してきた。ああ、やっぱりやめようか。ちょっと不安だなぁ。何の説明もせずに不良娘扱いされたらどうしよう、肝心な時に居なかったって責められたら泣く、奴隷のおっちゃんがちゃんと説明してるか分かんないしああああああ最悪…。いや、だめだめ弱気になっちゃ変なこと考えるのヤメヤメ!何が起きるか分かんないし、あたしはアタシの家族を守るためにやるよ!



「ただいま。」


『?!』


「ねえね!」

「ララねえちゃ!」

「ララっ!!」


 感動の再会よ。言葉なんて大して要らなかった。

 あたしが帰ってくるなり、家族が一斉に振り向いて……あたしはルリとデムに抱き着かれ、きゃっきゃと喜んでくれて、母ちゃんは涙を流しながら三人を包み込むように抱きしめてくれて、それだけであたしもぽろぽろ泣いてしまったよ。


「……ぐす。」

「ねえね…うええぇん!!!!」

「ララねえぢゃああ!!」

「おかえり、ララ。」


 そしたらデムもルリも釣られて泣き出して、我に返ったんだけどね。泣いてる場合じゃねえ!って。



家族には守るチカラを手に入れて欲しい。まずはどれだけひっ迫した状況なのか簡単に説明。続いて具体的な対応策を説明――――急造〈編成構築〉で経験値を稼ぎつつ〈投擲〉スキルを獲得してもらい、投擲師のジョブを解放、ジョブチェンジまでしてもらえるよう説得した。


「投擲師になれば〈乾坤一擲〉ってスキルで一度は身を守れるって事ね?」


「うん。」


「分かったわ、ゴブリンが来てるんだものね。デム、ルリ、お姉ちゃんと一緒に戦う力を身に着けに行きましょ。」


『はあい!』


 デムもルリも手を挙げてお利口さんです。母ちゃんも寄る辺のない未亡人だから覚悟が違う。魔物から子ども達を守るための力を欲しているのが分かる。


「じゃ、〈編成構築〉」


『!!』


家族全員と繋がりを感じる。みんなちょっとうれしそうだ。あたしも嬉しい。


「それじゃ魔物を弱らせるから。それまでは手出し無用よ。」


 みなが無言で頷きを返してくれる。何故無言かってそれはもう森の中だから。今は良い感じに月狼が全部樵組に流れてるから助かる。


〈索敵〉に引っ掛かった殆ど移動しない魔物を検知し、そこに向かう。すると、狙い通りの魔物――鬼蜘蛛が居た。


 ドリトル森林浅域に居た鬼蜘蛛の脚を破壊し尽くす。八本ある脚を折るのは苦労したけど、後はひたすら石やら枝やらを投げて貰って当てるだけ。ダメージは与えられなくてもいい。投げて、当てる。コレが大切。


 〈投擲〉スキルが生えるまで何十と投げてもらう。先ず、最初に発現したのは母ちゃん。

「やったわ、ララ。〈投擲〉、身についたわよ」

「母ちゃん、おめでとう。」


『!?』


勢い良く振りかぶる必要はなくても疲れるものは疲れる。母ちゃんが発現したのを知って、デムもルリも一所懸命に頑張っている。


「!ねえちゃ、母ちゃ、でた!」


『おめでとう、デム』


次いで、発現したのはデムだ。うれしそうなのとは対称的にルリは泣き出しそうだ。

あたしはルリになんとなく〈治癒ヒール〉を掛けつつ、耳元で「大丈夫よ、ねえねがついてる。ルリが〈投擲〉覚えるまでずっと傍居るから、頑張ろうね」と励ました。


 少々ぐずりかけたルリだったが、なんとか持ち直して―――それから程なくして〈投擲〉を手に入れた。


「ねえね!まま!にいに!やったぁ!」

『おめでとう、ルリ』


 えへへ、と満面の笑みを見せてくれたルリが神々しいことなんの。あたしの妹は最強かもしれない。


「それじゃ、――始末する!」


 あたしが解体用ナイフで頭部と腹部の柔い境界を一閃すると、ボトリと頭が落ちてぎりぎり生きてた鬼蜘蛛から経験値が流れてきた。三人にも経験値は入ったろうけど、微々たるものだろうね。


後は〈村人〉から〈投擲師〉にジョブチェンジしてもらうために、冒険者ギルドへ。裏口からステータス盤をこっそり持ち出して、みんなのジョブチェンジに成功。普通に使用料で10ゴルド取られた筈だからこっそりに決まってるよね。


ドリトル森林の浅域にまで出張ってきている月狼を兎に角、狙う!狙う!狙う!三人共、〈乾坤一擲〉と〈投擲〉を駆使して、ダメージを与えてもらう。トドメをさせれるほどではないから、アタシが仕留めるんだけど。スキル使用後は三人には見える範囲で石ころ先生を拾ってもらっている。弾薬の補充さえ、出来れば〈索敵〉と〈投擲〉でボッコボコよ。三人に入る経験値は微微たるものでも二十匹も倒すと1レベル上がったみたいで。

『〜〜〜〜!!!!』


三人共、叫んじゃ駄目だから口に手を当てて喜んでいる。

もっともっと強くなってくれないと、安心出来ない、か、ら、ねっ!!!っと!あたしは攻撃の手を緩めない。これ程効率良く雑魚が集まる機会は早々ないのだから。基本的には農民達がヘイトを買って引き寄せてくれてるのをあたしが攻撃しまくる。もちろんコッチにも来るけど、大抵近寄る前に仕留めきれちゃう。そうでなくても解体用ナイフで〈自称ラッシュ〉攻撃を見舞って屠る屠る屠る。この戦法農民にもチョロっと経験値を奪われるんだけどそれはしょうがない。向こうも向こうで『レベルアップしたぞ〜!!』なんて言って喜ぶもんだから、わんちゃんホイホイしてくれちゃってる訳だしさ。肉壁強化だと思えばWin-Winの関係よね。でもその肉壁も倒されると敵の強化に繋がるから差し出す経験値は少ないに越したことないし、手に入れられる経験値は多いに越したことないって思いがごった煮してて上手く割り切れない複雑な乙女心なの。え?そこ割り切れないの傲慢?乙女心じゃない?知るかボケェ!!こっちは家族だけじゃない、アタシ自身の命も懸かってるんだっての!!根こそぎ欲しがって何が悪いんじゃ!!


 本来ギルドで仕事をしていたであろう午前中、ほぼほぼ狩りに時間が割けていた。

 魔物の討伐は喧騒に血の臭いに釣られ気づけば百は超えた。

 ここまで来ると、流石に異様である。何が異様って数が多過ぎるのだ。どうすべきか、幸い既に崩壊していても可笑しくなかった敵の山は食糧確保のため、二十から三十が庶民区に全体の懐に、森林内では鬼蜘蛛がテリトリーから外れ、死肉を持ち帰り、新たな月狼達が同族を平らげる。

 この異常に気づいているのは――――いないの?


 〈南門〉の外壁を東西にまで庶民区は伸びている。簡素な小屋が建ち並び、畑が割当てられ、その光景は南へと三つ、多くて四つは続いている。大体三百から四百世帯あるのだと分かるこの庶民区。


 普段は何十世帯で一匹、二匹を分け合うお肉。それが二十以上持ち込まれ、重傷含む怪我人は出すものの、死者なし。いや、もしかしたらアタシの知らないところで死んでる人はいるかも知れないけど。その殆どを討ち滅ぼしたララだから気づけたことだ。

 レベル上げは順調で〈投擲師〉のレベルは報告では既に5回目のレベルアップを果たしたそう。私も1レベル更に上げることができた。

気付けば家族全員が確実にダメージを与えられるようになっていた。〈乾坤一擲〉スキルで倒したり―――このお陰で、貢献度を稼ぐ事が出来るようになってレベル上げが捗ったのに違いない。樵達が図らずしも森林の開拓を確実に進め、防壁用の木材を大量に仕入れる事に成功したのは僥倖だった。



――――ゴブリン視点―――――


人間達は石の壁を築き上げており、周囲を取り囲んでいた。ソレを突破しなければ中にいる弱い人間達を蹂躙することは出来ない。

何処か弱点はないかと、周囲を索敵すれば態々強固な砦を捨て、出てくる人間がちらほらと。

そいつらは蹂躙できた。同胞達の屍を人間達の何倍も出した結果だが。人間は人間すら囮に使う。面白い、ならば此方も同じ事をしてみよう。


何故かは分からないが、石壁の外に出て、住処を作っている人間たちの場所がある。そこに月狼達を駆り立てる。幸い人間は森を切り拓いている。その音だけでも十分だったが、もっと人間の元に集まるようにけしかけた。外に出ている人間は強い。中にいる人間は弱い。

木の柵の人間が強いのかどうか、ゴブリンはそれが知りたかった。


ゴブリンは日が真上に昇る頃、石壁の外にいる人間のほうが強いと確信する。ただ厄介な子袋もいるのだと知ってしまった。

 戦う子袋だ。少人数でやってくる人間の中には子袋も何故か混じっていることがある。珍しいがこいつらが強い事を知っている。

 そして、長持ちする。住処に匿われている子袋は決まって弱い。

 ココのオスは弱い。ただ石壁より数が多い。子袋も多いが、ソレをカバーするようにちょろちょろと小さい人間が邪魔をする。だから狩れない。此処狩れない。

 石壁の人間は倒せる。狩れる。だが、木の柵の人間の方は月狼達では狩れなかった。同じように石壁の人間にもするよう同胞達に伝えている。何処狩れるのか。

ソレを知るために。



―――――ララ視点――――――



戦闘は午後になっても続いた。流石に庶民区に持ち込まれる月狼が百を超えると農民達も尋常では無いことに気付く。肉を剥ぎ取り、食糧に、牙は簡素な槍武器の穂先に、骨は打撃武器に毛皮は売ったり溜め込んだり、臓物は畑に。十二分に行き渡る事なんてなかったのに、今は先日の肥料ゴブリンに加え、肥料月狼の臓物まで畑に撒かれている。次はどの家も豊作に違いないが、次があるのか。それだけが不安で異様な光景だった。




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