第14話

 身体だるぅ。

 ゴブリン戦から一夜明け、いつもの日課を熟す為に早起き、をするつもりは実はなかったのだが身体が勝手に起きやがりますのではい。


 今日くらい休みたいものです。罰当たらないでしょとは思うものの、身体はしっかり支度を進めており戦闘用衣装に身を包んだあたしは家族の下に仕送りを済ませ、迷宮までの道程で石拾いをする。


(道ってこんなに広かったっけ?)


 大方の冒険者がゴブリン戦に駆り出され怪我人多数、早朝という時間帯もあるが閑散とし過ぎだ。夜勤組がちらほら帰り道を歩いていたりするのに、姿はない。屋台もほぼほぼ撤収しており迷宮までの道が空虚である。売買する冒険者がいないのでは出店する意味はない。貸し賃料を無駄に払って一日損する覚悟で店を開く商人はよっぽどの変人だ。


(あ、変人発見。)


 いつものおじさんこと《何でも買取屋:ドンベーイ》は開いていた。


「…おはよ。」

「らっしゃい、嬢ちゃん。今日も迷宮かい?」

「ん。」

「大抵の冒険者はゴブリン戦で今日は休業だぜ?」

「ん、アタシも戦ったし。」


 知ってるし、あたしだって戦いましたし。それでも潜るんです。偉いでしよ?どやぁ


「…嬢ちゃん無理だけはするなよ?ほら、元気出しな?これ飴だぜ?美味いから食ってみな。」

「?、ん。…んま。いってきまふ。」

「ああ、気を付けてな。」

 偉いなあ、って言われたかったんだけどもまあいいか。飴おいひいんまんま。


 ―――ザックロール迷宮—――

 頭の中で『入る階層を念じてください。』とアナウンスが流れる。

 

 ・一階層

 ・二階層

 ・十階層


 ―――――――――――――――


 とりあえず一階へ。

 飴の力でやる気2割増になったアタシのやる気を削ぐかのように魔物との遭遇が止まらない。原因は分かってる。冒険者が揃いも揃って休暇中なせいだ。休日出勤して少しでも強くなろうと思わないのかね?アタシが前世の頃は取り敢えず休日出勤してお金稼いでたけどね。まったく、良い環境だよ本当に。


 他冒険者が普段相手にしている雑魚魔物を解体用ナイフで応戦中。予備動作がしっかりと合って避ける事が可能な反射神経とこの体に感謝したい。ナメクジリの攻撃が鞭のようにしなった触覚攻撃を地面に見舞う。

 ふっ、もうアタシはそこにはいない。

 一気に距離を縮めたアタシは解体用ナイフでナメクジリの体を切りつけまくる。

 スキル:ラッシュだ。

 嘘です。ただ出鱈目に切りつけてます。

 いいじゃない、ちょっと厨二病発動しても。

 どうせ誰も見てないし、前世じゃ考えられないほど体が動くんだもん。これは運動神経いい子が厨二病患うのも分かる気がするわ。どう?俺かっこいいっしょ?って名も分からん若者がパーティーメンバーにアピってんだよね。

 痛い奴って思ってたけど、近接で落ち着いて戦えてる『俺かっけえ!』がしたくなっちゃう気持ち分かっちゃったわ。事実かっこいいじゃん。これが強い敵とかだったらさ、本当にすごいと思わない?自分より大きな体躯持ちとかに立ち向かうんだよ?DPS出しちゃう近接攻撃職って最強最高にかっこいいじゃん。頼もしい存在だよ。アタシ憧れちゃうわ。結婚して、未来のアタッカー!アタシの盾として、矛として!肉壁として!



 ふぅ。これでナメクジリの塩6個目と……。同時にキタキター!レベルが上がった。


 これまでの傾向で行くと、この感覚ならレベルが上がりそうなんだよねって思ってたからやっぱりね。ボス部屋まで辿り着いたアタシは石ころ先生を片手に扉を開ける。


 中央に鎮座しておわすのはでっぷりとしたナメクジだ。気持ち二回りは大きいね。

 〈乾坤一擲〉からの〈投石〉―――――びゅん!!図体がデカい分、的あても簡単。石ころ先生がオオナメクジリの土手腹に風穴を開ける。

 え、出落ち三秒で始末されるボスの気持ち考えろ?何言ってるの?わざわざ敵の活躍の場なんて設けて誰得よ。……ってこれじゃ上がらないよね。さっき上がったばっかりだし。んんん、悔しいけど当たり前かあ。


 アタシは塩の結晶を拾って2階層へ行く事にした。普段なら帰ってるけど、ボス戦以外も、塵も積もればで案外美味しいんだよね。

 今日日、冒険者がいなさすぎて泣く泣く戦ってるわけじゃないんだからね。レベルを上げたいんじゃぁあああああ!


 2階層の魔物もどこ吹く風。一対一なら直線攻撃を避けるのは苦もなく、カウンター攻撃をする余裕まで生まれていた。解体用ナイフで無双していると直感が鋭く警告してきた。敵は目の前、馬鹿正直に突っ込んできたから屈んで回避し、迷宮壁に突き刺さった背後目掛けて自称ラッシュ攻撃をしていたのに。

アタシは直感に従い、後方確認などせずに咄嗟にしゃがんで回避行動を取った。

「―――――ズゴン!!」

「ひぇっ。」


 後ろから二体目の魔物ウッドスタッグビートルが突っ込んできたのだ。

 思わず情けない声が出てしまう。調子に乗って背後の確認を怠ってしまったわけだ。

 挟撃されて全滅はあるあるだというのに。

 アタシは肝を冷やしながらも、戦闘に臨む。逃げる方が2階層の敵は危険だからだ。不用意に背を向ければズドンと串刺し貫通攻撃の餌食になってしまうのだ。


 アタシは2体同時に相手取るのは厄介と考え…、自称ラッシュを叩き込んでいた方の魔物に狙いをつけ集中攻撃を仕掛けた。

 だが如何せん火力がない。時間が掛かって次の魔物が湧かない保証は何処にもない。案の定、湧きに湧いた2階層魔物相手に一対二の局面を八ラウンドもこなした頃、ようやく迷宮の標的から外れたようで一対一になれた。


「し、んで…!!」


 解体用ナイフが背を斬り刻む。甲殻が剥げ、剥き出しの腹に追い討ちをかける。これでようやく撃破。


 流石の雑魚戦も連戦に次ぐ連戦を凌いで玉のような汗が噴き出し、身体がぐっしょりドロドロぐったりモードだ。


「…くさ。」


 二階層階層主ウッドビートル迷宮から脱出し、茂みに転移されたアタシは大の字になって果てる。少し余裕が出てきて思わず体臭を嗅ぐとクッサいのなんの…。思わず声に出してしまったではないか。誰にもアタシの呟きが聞かれていない事を祈りつつもう一度脇汗を嗅ぐ。

 …体臭がキツくなっている。酸っぱい臭いが鼻を突いた。

 流石のアタシにも乙女のプライドはある。なけなしだけどね。身体を洗うためにも余裕を持って早朝は切り上げた。

 しっかり水浴び兼洗濯を済ませたアタシは受付嬢のアシスタント…雑用係としての仕事に励む。

 洗濯は頼まなかったのかって?さすがのアタシも制服ならまだしも防具の一張羅くらいは自分で洗いますとも。

 全然洗ってないから酸っぱい臭いしたんじゃないか?って?そんなの当たり前じゃん、アタシは結構なズボラ姫よ?汚くてもある程度は許容できちゃうんだから。寧ろ臭いくらいのほうが貴方達にとっては需要しかないでしょう?

 存分にエロ同人でも書き上げるといいさ、この変態共ッ!


 …あれ、アタシ誰とお喋りしてたんだろう。天の声が聴こえて…んー、思い出せないな、てことは大した事じゃないのかも!


 仕事はいつも通り…ってわけはなく、本日も冒険者ギルドは閑古鳥が鳴いている。ギルドマスターも帰っては来ない。だからアタシはギルド所蔵の本を数冊読み込んだ。『魔物と人類の生存圏争い』、『迷宮とは』、『魔物とは』、『上位種・変異種の誕生』…をあっという間に読み上げた。え?字は読めるのかって?そりゃね。こっちの字は1種類だし。日本人なら簡単にマスター出来るよ。因みにタイトルとかはアタシが分かりやすくしてあげてるのよ、感謝してよね。


 アタシはもうゴブリン駐屯地に行く気はない、敵も味方も死に過ぎた。彼処は〈濃密な死〉が漂っている。そういう所は変異種や上位種が生まれやすい。時間が経てば経つほどに危険に晒されやすくなるのだ。

 これは『上位種・変異種の誕生』という本に載っていた情報だ。著者はアンジュ・Kらしい。というか読んだ本は全部アンジュ・Kって人が書いてる。

 名字持ちは結構なお金持ち。きっとすごい豪邸に住んでる偉い人だ。世のためにこうして有益な情報を書き記してくれた優しい人だ、ぜひ一度はお目に掛かりたい。

 

 本によると、この世界はどうやら魔物と生存圏争いをしているみたい。まあそんな気はしてたけど。でも面白いのが、人類VS魔物&迷宮って思うじゃん?どうやら違うらしいんだよね、人類VS迷宮VS魔物らしいのよ。

 迷宮にとっちゃ、人類も魔物も糧でしかないってのが有力な説で、より多くの存在を取り込むのが迷宮の意図する所なんだとか。仮説があってるのかは分からないけど、仮説に矛盾する事なく、外に出た一部の魔物は迷宮を忌避するし、外で繁殖したであろう…魔物は迷宮に近寄らないみたい。迷宮にいる魔物は迷宮の呪縛から解放されたい魔物もいれば恭順な魔物もいて、歴史的にみると迷宮に滅ぼされた人類と魔物の方が多いらしい。この世界の生存圏争いは熾烈を極めている。


 卵が先か鶏が先かじゃないけど迷宮が先か魔物が先か。

 人類にとっては人類の生存圏に脅威となり得る存在が厄介なのであって、どちらの存在もデメリットもあればメリットもあると書物は説いている。

 この『魔物と人類の生存圏争い』を参考にすると迷宮内を内界、迷宮外を外界と仮定するそうで…。

 この本は外界の魔物達が存在することで生じるメリットとデメリットをまとめてある。

 ―――――外界メリット―――――

 外界で討ち取った魔物は全てが素材である。

 素材は防具、武具、薬、様々な用途がある。

 魔物の殲滅が可能→生存圏の拡充

 

 ―――――外界デメリット―――――

 倒し方によっては素材が傷む。

 人類の生存圏を奪いに軍勢を率いて襲ってくることがある。

 生存圏と生存圏の領土移動に危険性が孕む。

 脅威となる異常個体の知能が高すぎる。


 ―――――内界メリット―――――

 定期的に間引く事が出来れば、人類の生存圏を脅かさない。

 入手可能な素材に傷がない→品質が良い。

 異常個体の発生は間引きが長期にわたって行われなかった場合に限られる。

 踏破する事で迷宮が活動停止し、消滅する。その分使える土地が増える。


 ―――――内界デメリット―――――

 素材が決まっている。

 全ての素材を手に入れる事はできない。

 魔物が無限湧きする。(未踏破時)

 迷宮が成長する。放置すれば一帯は滅ぶ。


 何事もメリット・デメリットがあるというが、迷宮も外界にいる魔物の存在も、この法則から外れることはないらしい。


 気になった点は、『迷宮が成長する』事か。それと共生し合う程に踏破の難易度が上がる。これは確かに恐ろしい。この国はやたらと迷宮があるみたいだし、もしかしたら…もしかするかもしれないし国外も視野に入れるべきなのかな。

 『魔物と人類の生存圏争い』を書いたアンジュさんとやらに会えればこの国の状態も分かるかもしれない。まあ生きてたらなんだけどさ。なんせこの本書き上げたのがいつなのか分からないので、ずっと前に書いた偉人だったら会えない訳だし。


「大変だッ!!りょ、領主がっ!!!領主がっ!!!」 


 暢気に本を読んでいたのだが、受付に駆け込んできた領民がアタシの安寧を奪った。彼は必死に何かを伝えようとしている。

 

「落ち着いて。」


「領主様が、…け、怪我したんだってよ!!それで討伐どころじゃなくなって、こっちに帰還してるって!!!」


 そらてーへんだ。でも後方腕組勢筆頭が怪我って部隊はどうなったんだろ。正直そっちの死傷者の方が気になるわ。


「領主さまの護衛に、うちのギルマスはいたかどうか分かりますか?」


 後方で事務処理をしていた受付嬢セレアが此方まで来て優しい笑みで問うと領民は少し間の抜けた顔で思案して、首を横に振った。


「た、たぶん居なかった!身体に見合わねぇ、でっかい鎌持った少年だろ?!」


「そうです。」


「お、おれたちはどうしたら!?」


「そうですね…。もしかしたら返り討ちに遭った可能性が高いです。魔物の反転攻勢があるかもしれません。女、子供、お年寄りは家に立て籠もり、動ける者は〈北門〉へ防備を整えて待機するように街なかへ伝令してください。それと逃げる者は放っておいてください。」


「わ、わかった!でも何で逃げる者は放っておくんだ?」


「地上の魔物は聡いです。人間の街、住処を壊滅させても逃げ延びた人間が新たな人間を引き連れて反撃してくることを知っています。なので、逃げる者から死ぬでしょう。納得できたら急いで貰えると嬉しいです。」


 セレアの説明を受けて、男の顔が引き攣る。だがすぐ、冒険者ギルドを出て伝令内容を叫びながら走り去っていった。

 アタシが見る限り、男の目は確かに怯えで染まっていた。初陣やら狩りに自信のない男衆の中にはアタシと同じように囮役しかできない者もいて、そういった連中を3年も見てきたのだ。彼の瞳を見れば同じだと直ぐに分かった。


「ララ、申し訳ないけどレレオーネを起こして来て頂戴。それと正確な情報が欲しいから〈北門〉の様子もみてきてほしいの。できそう?」


「ん、がんばる。」


「ありがとう。」


アタシは裏手で仮眠中のレレオーネの部屋をノックする。

扉を開けても起きそうになかったから一声掛ける。


「セレアがピンチ。」


「はにゃ!?」


 これで任務は半分達成。

 そのまま裏口からギルドを出て北門へ走る。


 領民の声に耳を澄ませながら有益な情報を入手していく。

先ず、どうやら領主は避難したらしい。それとゴブリンの追撃部隊を北門と迷宮を繋ぐ通路で抑えているらしい。

 侵攻をえげつない程許してしまっている。迷宮近くで商いをしている商人達はどうしたのか。ドンベーイ商店のおっちゃんは無事だろうか。ちょっと前まで屋台出してたから心配。


 北門の石壁に登った。迷宮まで続く通路を、そして迷宮の側にあはずであろう屋台を見つけようと目を凝らす。だが、付近には何も無い。荷が無いということはちゃんと避難は出来たようだ。

 森から出てきたゴブリン…いやハイゴブリン達を見通しの良い通路まで誘き寄せ対処している衛兵達の姿が見える。

 数で押してくるゴブリン達の猛攻は凄まじく一人また一人と倒され、こちらは防衛線を確実に押し込まれる形となっていた。


「くっ、ここまでか…。」


『gugyagya!!!!bu…?!』


 アタシに経験値が入ってくるのが分かった。

 それとレベルの上昇も。身体が歓喜しているのが何となく分かる。

 アタシは逃げ遅れて止めを刺されかけていた衛兵を助けた。

 ハイゴブリンの頭部に見事命中した石ころ先生。〈乾坤一擲〉スキルのお陰でワンパンである。

 でもこれで再使用時間が過ぎるまで使えない。

 この結果が吉と出るか凶と出るか…。


 アタシは反転。情報を持ち帰る為に石壁を飛び降り、冒険者ギルドまで人という人をかき分けながらなるべく早く走った。


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