第13話

 運んだ食料はあっという間になくなり、アタシたちチーム受付嬢は死体運搬係に任命されている。


 戦闘後動ける冒険者、傭兵さん等はまだ生きている仲間を運び出している。ザックロール領の医院に連れ込むそうだ。教会とはまた違うらしい。てっきり教会が回復魔法の担い手を独占してるものかと思っていたが、そんなことはなかったようだ。

 

 やはり学のない人間の知識の寄せ集めだとこの領内程度の仕組みであっても全てを知る事はできないということか。

 

「医院と教会でどう違うの?」


「医院は主に冒険者や傭兵ギルド、旅商人キャラバンが使える治癒施設ね。教会は居住地としているに対して、施し―――寄付を条件に治癒してくれる施設ね。ここで別けているのは混雑を避けるためってのが大きいかな。それと医院は傭兵ギルド、冒険者ギルド、商人ギルドの3派閥が寄親となって経営資金を出しているから、実際に手持ちがないよって人でもギルドに借金する形で一旦、無料診療出来るのも良いところね。」


 冒険者や傭兵は怪我しやすいから、行く先々の領内の負担にならないように設けられたみたい。実に優れた案だが、そう言うの知ってたらこんな地獄の借金生活せずに母ちゃん治せたのでは?と思わなくもない。


 制度を知らないとこうなる。みんなも来世、異世界に吹っ飛ばされたら気をつけてほしい。


 ああアタシ今めっちゃ良いこと言ったなぁ。


 死体運びは死体運びでもアタシたちはもっぱらゴブリンの死体運搬係だ。ゴブリンの血の匂いに誘われて魔物が寄って――こないんですねぇ。

 大方掃除しているのと、この辺りに住むゴブリンの存在、迷宮が近くにあるからこそかもしれぬ。

 

 兎に角、襲われることなく楽楽にゴブリンの死体を北門に集めて貰っている。

 それを東西南に分配するみたい。気になるのは母ちゃん達も恩恵に授かれるのか、その一点のみ。


 重労働を三往復した頃――。


「どりゃアアアアアアア!!」

「セイヤアアアアアアアア!」

「ソシナアアアアアアアア!」


『gugyagyagyagyagya!!!』

『gigyagyagyagyagya!!!』

『gegyagyagyagyagya!!!』


 お互いの雄叫びが、開戦の合図。ゴブリンの猛攻――、投げ槍を打ち払いながら、騎士が最前線を行き、砦に侵攻――、少しずつ防御態勢・亀の陣を作り、進行――、辿り着くと容易く門を破壊。急造の門を突破すると集落があり、その奥に洞窟が見える。


 鈍足鈍重な部隊や傭兵・冒険者の面々は先の戦いで十二分の功労があるので、門を破壊して投げ槍が此方へなくなった頃ゴブリンの巣に到着する。


「こりゃまたすっごいねぇ。」


 遅れて巣内集落に到達したギルマスの口から思わず零れた。


 人と魔物の乱闘、一部逃げ惑うメスゴブリンや子どもゴブリンを虐殺する様は騎士達の鬼気迫る表情も相まって、悪鬼オーガ小鬼ゴブリンを、小鬼が悪鬼から抗っている様に見えた。


「殺らなきゃ殺られるよぉ?みんな俺につっづけ〜!!」


 何とも締まらない掛け声とは裏腹にゴブリン騎士やゴブリン戦士、ゴブリン魔術師に超速で駆け寄り、大鎌が一閃、ニ閃、三閃。


 斬った後に、斬撃が黒靄を纏って数瞬見える。

 仕組みは分からないが、その一撃の下、敵が屠られていく。


 味方の士気は向上。

 敵の士気は低下。

 

 更なる虐殺が始まる。厄介なゴブリンは悉く、ギルマスが屠り形勢は急速に傾きを見せる。劣勢になったゴブリン達は一矢報いようと突貫する者や、防御陣を作り、守備を固めようとする者達がいたりとバラバラな動きをみせてしまい、まとまりがなくなってしまっている。そこを騎士達が巧みな連携で突き崩すことに成功…。あっという間に、命を散らすゴブリン達。

 集落部分は全壊全滅。


「あとは洞窟内部の殲滅だね」


 騎士達にも被害が出たが、軽微と言っていいレベルだ。それよりも多数のゴブリンを始末したことで士気が高まっている。


 ザックロール領より攻めた此方が南だとしたら、北より攻めた隣領レーメンの軍が合流してからはそれこそ迅速だった。合流と言っても裏門である南門を我々ザックロール領軍が包囲し、突破した事で指揮系統が乱れ、洞窟内に逃がすため残った殿部隊と、集落であぶれたであろうゴブリンの駆逐に成功しただけである。


 戦いはここからが正念場である。その証左にゴブリン達は洞窟内に潜み、籠城戦ならぬ籠窟戦に切り替え、徹底抗戦の構えを解かない。ゴブリン達にとって地上より洞窟内の方が有利な戦場となる。小柄な体躯に連携攻撃が極めて厄介で騎士のような重武装は洞窟内では的である。狭い暗い洞窟内では普段頼りになる大柄な人間も不向きな戦場となる。


 こちらの損耗率は―――殆どの犯罪奴隷が死に、冒険者、傭兵共に半数以上が死亡又は重傷、三割程も少なからず怪我を追ってしまったのでこちらの被害も馬鹿にならない犠牲者が出たが、騎士団はほぼほぼ無傷な上、レーメン領からの軍もいる。後詰めを任された騎士達の戦意は志願した冒険者・傭兵より高い。既に戦勝ムード漂い、死体蹴りを通り越して死体嬲りをしている。ゴブリンの死体を辱め、生き残った子ゴブリンやメスゴブリンは手足を切り落とし、尻から口内まで突き抜けるように槍をぶっ刺して晒している。これに怒った洞窟内に潜んでいるゴブリンが一匹、二匹と激昂し無茶な特攻を始める。


 やり方が汚過ぎるが、お互い様である。ゴブリンからしたら異種族である人族の男は食肉に、女を辱め、子袋の消耗品にするのだから同情の余地はない。


 アタシにとっても最恐で最凶の敵である。黒光りの虫――またの名をGと呼ぶアレの比ではない。今回が初遭遇だったが、アレは女の敵である。いや人類の敵である。


 よって一匹残らず殲滅してほしいと願っても致し方ない。

 戦闘には参加していないものの心からご詰めに従事する方々に声援を送りたい。


「ふぅ、こんなもんかね?」

「アタイはもう限界ぃ〜!!」

「みなさん、ありがとうございました。何とか無事に生き延び、勝てたのも皆さんの協力あってのことです。心より感謝申し上げます。」

「ん。」


 ゴブリンの運搬作業は軽傷者の冒険者や傭兵達が手伝ってくれたのもあって日が暮れるまでには半分くらいは回収できた。もしかしたら半分より少ないかもしれないけどちょっとくらい盛ってもいいじゃんね。


 何故夕方までなのか。それは一応、定時に受付嬢は業務が終わるように定められているからだ。完全週休二日制なんて制度はないが、朝から働いたら夕方以降は働かなくて良い!と労働時間はちゃんとしている。冒険者ギルド以外は知らんよ?

 少なくとも騎士達と一部の強者冒険者達は多分に洞窟内部に潜むゴブリン討伐に勤しんでいるだろうから。あくまで冒険者ギルド職員の話、いや受付嬢チームの話だ。お前は職員じゃなくて仮にも戦闘奴隷だろ、戦えよって?そりゃ無理ですわ。なんてったって相手はゴブリンですから。洞窟は暗いし狭いし、アタシの戦闘スタイルは洞窟内部じゃ、厳しいし女であるアタシなんて鴨がネギ背負ってやって来るようなもんだよ。初期戦闘でも釣られたゴブリンは全体で見たら少数だったしね。

 あのときは若いゴブリン―――戦闘経験の浅いゴブリンが突撃してきたんだろうね。

 今残っているゴブリンは古参にして強者である。

 だから無傷とはいえ、アタシ達、いやアタシが駆り出されることはない。まあ、アタシと即席で組みたいって人が居ないともいうけど。


 というわけで、戦闘奴隷なんだけど一仕事終えたアタシは|冒険者ギルドへ直帰した。流石に迷宮には行かない。疲れが溜まってるのもあるけど、明日どんな仕事を任されるか分からないからね。体力は温存しておくべきだと思う。

 でも家族への仕送りはしなきゃ行けないから、そこはこっそりね。

 

 因みにこの戦闘では1レベルも上がらなかった。つらひ、つらいよぉ。経験値的に2階層ボス倒せば一発で上がりそうではあるけど、やっぱ取り分が分散され過ぎ問題だね。

 若しくは弱個体のゴブリン狩りだったが故か。地上の魔物は個体差がすごくあるからね。そういう意味では迷宮は良くも悪しくも一定。ボスすら一定の強さとなっている。素晴らしきかな、迷宮さん。

 

「迷宮程、安定して強くなれる環境ってないよね…。」


 今回の戦闘を通して、つい独り言てしまったのをレレオーネさんがばっちり聞いていたらしい。眠たそうな目をこちらに向けて話しかけてきた。


「んなことないわよ?長期間、誰も入ってなかった迷宮の魔物は共食いを始めるって知らなかった?一階層の魔物ですら共食いをしまくった魔物の強さが尋常じゃなくて滅んだ国もあるんだから。迷宮っていう生き物からチカラを奪って漸く安定した狩りが出来るのよ。あたいらは恵まれてるのさ」


「…ん。先人に感謝。」


「ほんと物分かりが良いわねぇ。八歳ならもっと子どもぽくてもいいのに。あ、そんな悠長な事言ってられるような家庭環境じゃなかったんだったわ、今のは失言ね、ごめんね。」


 レレオーネに悪気が無いことは一瞬で分かったので、別に文句はない。アタシの現状ほんしつが戦闘奴隷である事を思い出したが故にバツの悪そうな顔をして謝罪してきたレレオーネを許さない程アタシはやさぐれてない。


「ん、気にしてない。」


 仮にも戦友だ。一緒に戦った仲間の悪気のない一言くらい許してやるのが良い女ってもんよ。


「助かる、セレアとドレシアには内緒ね。」


「ん?ん。」


 良く分からなかったが、取り敢えず頷いておいた。態々報告する程のことでもないしね。


 仕送りを届けに向かう途中でレレオーネに捕まったお陰で何だかんだ夕暮れ時になってしまった。

 そっと我が家に近付く。中からは弟のデムと妹のルリの楽しげな声が聞こえる。夕暮れ時なので、母ちゃんはご飯の支度をしているようだ。朝の仕送りを現実逃避していたせいで渡しそびれていたから食いっぱぐれたかもしれない―――とも思っていたが杞憂だったようだ。毎日の仕送り代以外にも、ちゃんと使ってくれているみたいだ。若しくは節制しているかだけど。母ちゃんならアタシの事を考えてコレは贅沢し過ぎって思いかねんし。ぶっちゃけソレでまた倒れられたら困るから出してる分はちゃんと使ってて欲しいんだけど……。コレばかり確認の仕様がないからね。


 ご飯の準備に弟妹達の騒がしさも相まって、バレずにお金を渡すことができた。


 もう何もしたくない。そんな気分である。今日は大分疲れた。肉体的にじゃなく精神的に。性にぎらついた魔物の視線のせいかもしれない。自分達の存在を知って特攻するような馬鹿の相手をしたのだ。相手としては楽だったが、嫌悪せずには居られない。


 いや、本当の所言うと少し寂しくなったのかもしれない。母ちゃんや弟妹達、家族との団欒を求めているのかもしれない。


 早く帰るために頑張らないととは思う。でも1日だけ探索に出なくてもいい日があってもいいじゃん?


 というわけで、今日は全力で休もうと思う。冒険者ギルドの裏口から入り、あたしは自室に籠もった。



 ――――――――――――――


 ―――ドレシア視点―――


 今日は流石のウチでも精神的に堪えた。アレだけのゴブリンの群れは早々お目にかかれないし、女の敵であるゴブリンと遭遇したい物好きもいない。特にあの性欲を剥き出しにして襲ってくる醜悪な顔は当分忘れられない。相対した女性陣の中でも抜きん出た性欲高め系女子だと自認しているウチでも萎えるレベルだ。


 弓使いとして狩人じみた事をしていると自然と男漁りも受け身より狩り寄りな体質に変わってしまった。それがきっかけかは知らないが、エッチの仕方も攻める方が感じれるようになった。そのウチが夜の狩りに出かけないなんて不思議なもんだよ、全く。


 命の危機って程の仕事をしたかと言われればそうでもない。比較的安全圏で仕事が出来たから余裕がある。だがウチでも今日の夜半のお供は要らないと思ってしまう。


「セレア、レレオーネあんた達、ゴブリンの事はさっさと忘れるんだよ。いいね?」


「ドレシアさん、忘れれるなら喜んで忘れますよ。」

「そうだよー。アタイらを物好き扱いしないでー。」


 セレアもレレオーネも若い。少々ぎこちなく引き攣った笑みのセレアに苦笑いのレレオーネ。どちらかと言うとレレオーネの方が精神的にキテるね。

 巫女が発現出来るくらいにはこの子は献身的だからねぇ。いつも気怠げそうにしている印象な割に繊細な子だよ。


 セレアの方は心配なさそうだよ。この子は案外図太い神経してるんだよね。丁寧な口調に態度も崩さないけど。


 ドレシアは焦茶色の短髪ショートヘアをかき上げ、お菓子を二人――レレオーネに少しだけ多めに手渡す。


「これでも食べてゆっくり寝な。」


「ドレシアさん、ありがとうございます。」

「やったー!ありがとうございます!」


「全く、こんなときだけ敬語で現金な子だよ。」


 ウチはそう言って裏へ――、ララの私室に立ち寄る。結論から言うとララは居なかった。


 ノックをしても返事はないし、寝たのかと思ったが、どうやら家族に会いに行った?か、迷宮へ稼ぎに行ったのかもしれない。


 あの子はあの子で感情が乏しく、世の中に見切りをつけている節がある。ヒトと大して触れ合おうとせず、かといって我儘を言うわけでもない。でも誰かに頼るって事はしない子だ。

 お金を作るために自身を身売りするような子だ。当たり前だが、8歳でそんな決断を下せるのは相当な胆力を持っている。だからゴブリン退治の件で特別心配はしていないけど、無理しちゃいないかとも思って見に来たが杞憂だったかね?一応、小箪笥にお菓子を一つ、置いておく。沢山置くとそれはそれで気を遣わせかねないからね。


 お菓子は癒しだ。そして貴重だ。甘いクッキーに敵うのはケーキくらいだ。ああ、また食べたいねえ。スイット領のスイーツ達は別格だけど、彼処はスイーツばかりが安価で塩っ気のある食べ物は高くて食べられない。流石に彼の地に居を構えたいとは思わないけど、旅行に行く分には良いところだ。

 ケーキは日持ちしないから此処らでは出回らないが、スイット領では鱈腹食べられる。

 ちょっとばかし休暇でも取って行きたいもんだねぇ。


 ララの様子を見れなかった事を残念に思いを抱きつつ、現実逃避気味に思考をズラして部屋を速やかに出る。

 そしてドレシアは裏口からギルドを出ると再び北へ足を向けた。


(まだまだやることがあるって本当に嫌になりそうだよ。)


 心の声に思わず嘆息しつつ、再びザックロール迷宮のちょっと先、広がっているドリトルの森へ到達すると一部の帰還者達と出会う。


 夜に森へ入るのは本来自殺行為だが、迷宮が近くにあるので許される。

 だが残念な事に、其処にギルマス達の姿はない。


「此方、冒険者ギルド職員の者ですが、他に森へ残っている方は居ませんか?」


「んえ?ああ、居ないっす。流石に暗くなるんで、月狼が出てきたら死にますからね。でも命知らずな騎士達は残ってます。ゴブリンの砦でも使えば夜半の襲撃に耐えられると思っているのかもしれないっす。」


「ちげーよ、アレはギルマス達を当てにしてんだよ。」

「さいってーだよな。」

「そりゃいつものこった。」


 聴取していただけなのに、何時の間にやらあれよあれよと愚痴大会となってしまった。まあ、そうなるのも無理はない。なんてったって極一部の騎士以外全ての騎士及び貴族は最初期のいっちばん大変な乱戦時を後方で様子見していただけ。数を減らすまで安全圏に居た奴らと反りが合うわけない。


 ウチもそう思うしな。


 一言礼を言い、肝心のギルマス達は貴族のお守りか。今から向かうのは弓使いの自分には荷が重い。帰ってこないのであれば、朝方に向かうべく――向かう先を変えた。


 ザックロール領の北部にある市場だ。此処で食物が売り買いされるのだ。

 屋台等は他の場所でも点々と構えて売られているが大市場となって集まっているのは此処、北部中央である。ウチが必要なのは食料だ。


 因みに人身売買は更に北東で結構端に位置している。


 朝食用にパンを買い込む。出すのはまたサンドイッチ。

 此れが簡単且つ栄養が摂りやすい。

 その作業を一人でしないとと思うと億劫にもなる。

 こういうストレスをウチは男で発散しているのに、ゴブリンのせいでそういう気持ちにもならない。完全に負の輪環ループである。

 一旦ギルドに帰り、荷車を用意する。

 夕食時を過ぎ、既に在庫がない。

 パンも野菜も肉も。

 買い漁ったが、どれも十人前程度。

 夜半を森で過ごして全ての冒険者が生きているとは思えないが、今回に限っては数は更に多い方が良いだろう。なぜかって?傭兵は自重するだろうが、騎士様がご不満を申し上げるからだ。

 本来、冒険者ギルドを含めた全てのギルドは別に領主及び国王、引いては国自体に忠誠を誓っているわけではない。

 我々冒険者ギルドは民の為、危険を冒す迷宮の挑戦者として誓いを立て、仕事をする。

 今回の場面のような、一般人が危険に晒されるような緊急性の高い事案だと指揮系統の簡素化のため、統合してしまって領主の下のような扱いを受けるのだが、本来は許されていない。マシな所もあるだろうが、ここザックロール領は騎士及び領主貴族が上、冒険者、傭兵、商業等は下という認識で合っている。悲しいけどね。

 何処も行き過ぎた領主達の越権行為に対しては強く出るものの、その下の騎士風情が相手ではギルド長も取り合ってくれない。


 故に勘違いしている騎士を止める奴がいないわけで……。

 そう考えると少なく見積もっても二百や三百は必要だが、まあ流石にそれは無理。それでも百は作らないといけない。

 うちは内心で舌打ちした。

 顔に出さないのは受付嬢という職業病故か。

 憂鬱になりつつ、早朝用の仕込みを始めたりする商人達を横目に見つつ、荷車を引いて冒険者ギルドに帰った。



「はあ、疲れた。」

 

 裏口から入り、仕込みを済ませるとこれでやっと一息を吐く。

 がらんとした冒険者ギルドに一人。事務作業も一段落し、既に職員はいない。冒険者も医院や恐らく酒場に向かったのだろう。人が居ない。貴重品は裏倉庫へ仕舞われていたりするので、問題はないのだが、一人くらい居ろよ!と思っていると―――遅番の職員がやっと出てきた。

 彼が早朝までワンオペするのだろう。そう考えていると目が合う。


「お疲れ様です。ドレシアさんまだ上がってないんですか?朝からゴブリン狩りに出てたんじゃ?」

「マークドナくん、ちょっと遅いんじゃない?だーれも居なかったんだけど?」

「さ、さーせん…!!ここ数日冒険者も居ないしやる事なくて暇で暇で……あはは。気が緩んじゃったみたいっす。」


 若手ギルド職員の有望株として密かに人気を集めている天パ栗毛で七三分けマッシュヘアのマークドナくんは申し訳なさと緩んだ笑みを浮かべている。

 目もくりくりで結構甘い系の顔立ちに良くあった笑みだ。これがむさ苦しい冒険者達とは対照的で惹かれているポイントだろう。希少性って人間好きだからね。

 因みにうちも好きだ。叱りはしたが、ガチトーンで責めることはしない。本当は手を付けたいところだが、ガチファン達に釘を刺されているので誠に遺憾だがそういうことはしない。今日に限っては、性欲も失せてるしね。絶好のチャンスではあるけど。


「明日、明後日辺りから平常運転になるはず筈だからね。」

 

「はいっす〜!」


 気を引き締めて業務に当たる様子を見てからドレシアは家路についた。



 ――――――――――――――


 ―――――ロウロ・ド・ザックロール子爵視点――――


 

 夜半時、狼の遠吠えがそこかしこから聴こえてくる。多くは回収し切れなかったゴブリンの死体を漁り食いしているが、ある程度腹が満たされた獣は新鮮な生き餌にんげんが居るならそちらに目を向けるものである。

 

 案の定、普段はゴブリンの数に怯え近付いて来なかった月狼の群れが今はそこかしこにいる。俺はこんなところから早く引き上げたくて仕方ない。月狼が夜こそ本領を発揮すること位、子供でも知っている。我々が格好の餌であるという自覚が足りないのか、目の前に居座るレーメン領領主アルフレド・ド・レーメン伯爵であり、俺の寄り親でもある彼は暢気にワインを呑んでいる。


「狼どもの声がそこかしこから聞こえるが?ここは安全なのだろうな?」


「もちろんでございます。冒険者ギルドのマスターに両軍の騎士団長二名含め200の騎士達が領主様達をお守りいたしております。狼如きに破れる防備ではありません。」


「れーふれふ。頼もしいかぎりじゃな。従士がこう宣っておるのだ。あまり神経質が過ぎると体に毒じゃよ?ザックロール子爵よ。」


 独特な笑いをする目の前の初老の男レーメン伯爵の言う事はもっともだ。騎士はともかく、冒険者ギルドのマスターは化け物である。甲冑を装備したゴブリンをいともたやすく切り裂く武芸には目を瞠るものがある。認めたくはないが流麗で舞のように優雅な戦闘を見せてくれた。

 あの者がいるなら、いや仕事を全うするなら、の話だ。

 そこまで考え、俺もワインを一気に呷る。

 冒険者ギルドと領主は本来対等だ。我が領では認めてはいないが。故に奴が俺に叛意を抱いていても不思議ではない。

 月狼を使ってレーメン伯爵共々、狼の餌にするのではないかと気が気でない。

 

「れーふれふれふ。高いワインをそのように飲むとは。それ程に気になるなら、ちと様子でも見てくるかのう…?」


「お供いたします。」

「お、お待ちください。わたくしめも随伴いたします…。」

「うむ。なにかあれば頼むぞ。」

 レーメン伯爵が席を立ち、外の様子を見てくるという。

 寄り親だけに行かせるのは大変に失礼なことだ。

 俺は慌てて立ち上がり、先行する従者に次いでレーメン伯爵に同行する。


 天幕の外ではゴブリン製砦の外壁を基盤とし、穴の空いた箇所には急拵えのバリケードを設置されている。

 等間隔に置かれた松明が辺りを照らしているが、数メートル先は闇である。

 月や星々の明かりは厚めの雲に覆われてしまっており、月光&星光が遮られているせいで視界がこの上なく悪い。


「waooooooon――――――!!!!」


 月狼の遠吠えが彼方此方から聴こえてくる。正面から聴こえてくる遠吠えは心なし、すぐ近くから発せられている気がする。


 怖気づく心が錯覚させているのか。

 ぼんやりと見えるレーメン伯爵もまた無言である。

 ポツンポツンと松明の明かりが動いて見える。あれは…騎士達だ。騎士達は砦から出ず、三人一組になり、前二人が盾を構えて守りを固め後ろの一人が松明を掲げ、巡回警護をしている。その雰囲気の緊張感たるや、とてもじゃないが暢気に話し込む気にはなれない。

 

「これほどまでにピリついた空気感とはのぉ…。夜明けまで凌げるのか?」


「騎士団が月狼を、ゴブリンの洞窟入口を冒険者とギルドマスター&傭兵部隊が抑え込む手筈となっております。」


「巣穴からはゴブリン、周囲は月狼か…。これでは何方が包囲しているのか分かりませんね。」


「むむむ。所詮は下等な魔物。ゴブリンと狼が徒党を組めばそういう見方も出来よう。だが彼奴らにそのような智謀はないはずじゃ。そうじゃろう?」


俺の呟きに反論し、もっともらしい意見を述べる伯爵。従者に聞いても肯定しか返ってこないだろうに。


「仰る通りに御座います。ゴブリンの死体食いをしている月狼をみれば分かる通り、彼等は縄張り争いをしている敵同士なわけです。徒党を組むなどあり得ません。」


徒党など組まなくとも、月狼が攻め込んできた好機をゴブリンが逃さない。奴等には、それだけの知能がある。

なんて…言っては流石に不興を買うだろう。恐慌状態に陥ったレーメン伯爵が過った判断を下す可能性もある。無駄に不安がらせる必要もないか。


「流石、伯爵様。見事な明察にて、憂いを晴らして頂き、私めは感服しております。ささ、再び晩酌の続きと参りましょう。」


「れーふれふ。そうじゃそうじゃった。今宵は楽しまなければな。」


俺が肯定した事で、レーメン伯爵は、いつもの笑いが出る程度には暢気さを取り戻したようだ。

はぁ、こんなのが寄親とは。


俺はレーメン伯爵を酔い潰すと、甲冑を外させた部下を引き連れてゴブリン洞窟に陣取っているらしい冒険者ギルドマスターの近くで野営する事にした。

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