第12話

 春の3月78日。

 74――78日までセレアと組むこと――五日間。

 ………大変おいしゅうございました。


 早朝五時に起床。

 実家への仕送りに、石ころ拾いをしてボス塩一個を手に入れる。ボス狩りよりも手頃な石を見繕う方が、大変なんだよね。

 約二時間まったりして、朝八時。

 セレアと集合して、お昼ご飯に一時間休憩を挟みながらも―――大体、二十二時までボス狩りに雑魚狩りに勤しんだ。


 お陰でレベルが6上がったので―――、


 —――ジョブ転職可能一覧—――

 

 ・斥候…★

 ・投擲師…★

 ・村人

 ・勇者見習い

 ・探索者

 ・瞬殺士

 ・英雄見習い

 ・隠密斥候

 ・断罪者

 —――詳細ステータス―――


 ララ……現在のジョブ:巫女見習い

 レベル…13/30

 状態;戦闘奴隷

 力:111→117

 魔力;35→65

 耐久:45→51

 敏捷:134→140

 器用;205→211

 運:12→15

 

 —―――固有魔法—―――

 

 ・未発現


 —―――スキル一覧—―――

 《穴掘り》

 《逃げ足》

 《投擲》

 《軟体》

 《乾坤一擲》

 《索敵》

 ジョブ固有スキル…《治癒》

 —―――――――――――――


 

 レベルが7から13にまで上がりました。たった五日間で6レベルは嬉しい誤算だ。みっちり戦えたのが本当に良かった。経験値だけではない、お金もやばい。

 まず早朝塩が五日×300ゴルド、これは丸々儲け。

 五日間で13時間労働、1時間休憩でボス木材13個×320で4160÷2で2130ゴルド×5で10650。そして平均210雑魚×15×5日で16250÷2で8125ゴルド。合計18775ゴルド。

 ここから月にドカンとする仕送り代1300×5=6500を差し引いて12275ゴルド。

 これだけでもう今月分の1万ゴルド借金返済分は終わり。つまり、2275ゴルドが自由に使えるわけさ。

 あとちょっとへそくりからお金を出せば、一月ひとつきかかるって言われた輸入注文してた時計3000ゴルドの目途も立った。

 

 貯金10200ゴルド+8890ゴルドで19090+2275で21365ゴルドのベッド下貯金。そして1万ゴルドの借金返済分。稼いでいた仕送り代、4200ゴルドと今回の仕送り代6500ゴルドで10700ゴルド。まあ中々に溜まったのではなかろうか。これが命懸けの商売の成果である。にひひ。お金がたんまり入った袋は何度見ても、心が躍るものよ。

 

「ララ、現実逃避は済んだ?」

「……ん。」


 ギルドから貸し出されている私室の扉が開け放たれ、セレアがあたしを現実世界に連れ戻してしまった。

 現実逃避していた理由は今日が決行日だからだ。

 もしかしたら死ぬ可能性のあるゴブリン殲滅作戦決行日なのだ。強に対して、あたしは強いというか輝ける戦闘能力スキルもちなわけで、と殺り合うのは不得手なのだ。不得手というか死ぬかもしれないから避けてきたのだ。うまく逃げられるようにあの手この手を使って戦闘以外で貢献してきたというに。

 豚鬼戦の50匹も正直嫌だったけど、まあ何とか押し付けることが出来そうな人数だったからなぁ…。あの時は愚痴らなかったけどさ、今回はさ……あれ?愚痴ったっけ?まあ、記憶にないから、ぐちぐち言ってたらごめん。

 今回は3000体だっけ?やってられないよぉ。


「冒険者諸君、今日参加するのは俺含め、全部で243人。敵戦力は3000。俺達だけでは数で負けてはいるが、傭兵ギルドに騎士団も導入される。反対側――レーメン領でも戦力が集められており、挟撃する運びとなっている。だから安心してほしい、我々は勝てる!!」

 

『おおおおおおおおお!!!!』


 ギルドじゃ入りきらないので、冒険者達は広場に集まっている。集まった冒険者にギルドマスターが鼓舞しているところみたい。聞きたくなかったよ、その戦力差。それで『おおお!』って言える精神性に戸惑いを隠せないよ。ゴブリンってもしかして雑魚なん?ねえ、だれか教えてよ。


 曇天によって陽光は遮られ今にも降り出しそうな程、湿気った空気は、まるであたしの心模様を現しているみたいだ。

 

 今回は犯罪奴隷も前線招集対象のようで、何とか1000人掻き集めることが出来たそうだ。

 そいつらは本当に数合わせ要員なのか碌な装備ではない。

 鉄剣は結構な襤褸ぼろでメンテナンスも急拵え感が否めない。大方、倉庫に眠っていた旧型剣といったところか。

 小盾は持ってるものの、その他の防具はなし。

 犯罪奴隷が生き残れたら奇跡だな。だってこいつら最前線なんだよ?死ねって言ってるようなもんじゃん。それでも反抗しない辺りやばいわ。あたしなら発狂してる。

 まあそれも全部、奴隷紋のせいなんだけど。

 ちらと視界にに入る犯罪奴隷達の首根っこには奴隷紋が刻まれており、命令済みなのか既に紋様が青白く発光している。

 死地に赴くことすら厭わなくさせる奴隷紋の効力よ。


 あたしはギルド職員扱いで、前線よりの中間に位置する小隊に組み込まれている。

 チームメンバーはあたし、セレア、レレオーネ、ドレシアの受付嬢集団。

 だからかチーム名はチーム受付嬢だ。チーム名は以外の誰かが考案したので一切の言及を控えさせてもらいます。


 どうせなら全員のジョブを紹介しようか。

 ドレシアさんは弓使い、レレオーネさんは巫女、セレア先輩は探索者、あたしが巫女見習いである。


 巫女は巫女見習いの上位互換、全体回復魔法が使える―――わけないでしょ。どんなけ便利なんだよ。なめてんの?使えるスキルは《浄化》と呼ばれるスキルで死霊系アンデット特攻の魔法攻撃らしい。弱毒くらいなら体内の毒も解毒できるのだとか。便利そうで結構使い所に困るスキルだと世の中には認知されているらしいが……。このスキルには優れた副次的効果がある。それは腐敗臭などの匂い系、いや臭い系も消し去れるということだ。それがどういうことかって?トイレの消臭剤に使える魔法ということだッ!!!!!それだけではない、汗臭さにも効く。浄化は消臭だったってわけ、分かる?この多機能、半端ないって。

 あたしは決めた。次は巫女を取ると。何があっても巫女よ!!

 ジョブは発現してないけど、レレオーネさん曰く、「あたいは巫女見習いをマスタリーしたら自然と生えた。」って言ってたからね。良い情報聞いちゃったよ、ぐふふ。


 弓使いは《一斉射撃》という固有スキルで最大三体まで一発?一本?の矢が分裂し、敵目掛けて放てる優れたスキルのよう。

 この攻撃は威力は〈器用さ〉に依存して、スキル発動は〈魔力〉を消費するみたいで、あたしが知り得たスキルで一番ゲームっぽいスキルだ。スキルも魔力が続く限り、再使用時間クールタイムとか必要ないらしい。

 これ超が付くほどすごいスキルでしょう。

 放った後に射線に入る馬鹿な真似さえしなければ誤射もないらしい。んんん、しゅごい。でも弓使いは弓を使って敵を100匹倒さないといけないジョブみたいだから、結構な難易度です。

 矢も結構な数要るし、弓本体もお金が掛かるし、矢筒も要るし、射抜いて倒す余裕があたしにあるのか。

 兎に角、手に入れるまでお金が掛かるジョブなんだって。

 つまる所、ドレシアさんは結構良い所の出の受付嬢なのだろう。若しくは年の功…げふんごふんなんでもない。


 このジョブ編成から分かるように、セレアはまだ若芽ルーキー。レレオーネとドレシアは二人とも冒険者ジョブを手に入れた熟練者ベテランなのだ。

 因みにあたしは探索者にすら手を出してないぜ?


「――あたいらの《編成構築チーム》って回復役が一応二枠いるわけじゃん?生存率だけは高そうじゃない?」


「どうだかねえ、まだララは巫女見習い13レベルだろう?〈魔力〉が足りないんじゃないかい?こんなちっちゃな子、当てにするようじゃ、うちらの勝機は薄そうだよ。」

 

 レレオーネは後輩が巫女になるためのジョブが生えているのが嬉しいのか、上機嫌で前向きというか楽観的ことを言っている。 

 それに異を唱えるのはドレシアだ。あたしの頭を撫でながら、ドレシアは胡乱げに前方を睨む。

 あたし達は行軍中だ。ザックロール迷宮より更に北に森林地帯を進み、ゴブリン目掛けてぞろぞろと歩を進めている。

 まだ接敵してないが、すれば血塗ろちみどろの戦いが始まるのは想像に難くない。

 

「私たちは全員女性ですので、基本はドレシアさんの弓射、ララの投石で遠距離攻撃を当てつつ、惹き付けて寄って来たゴブリンを私とレレオーネさんで始末する。これを繰り返すんですよね?」

 

「そうだよ、イイ感じだセレア。戦う前に戦術のおさらい―――、確認をしておくのは大事なことだよぉ。」


 どうやらこういう機会でも後輩の育成をするつもりらしい。恐ろしいな、組織ギルドって。

 隊長しきりはセレアさんが、その判断の是否は年長のドレシアさんが務めているっぽい。

 こんな生きるか死ぬかの戦いで悠長なって思わなくもないけど、そういうもんらしい。

 あたしは口出ししないよ、長いもんには巻かれるんだい!!


『kieeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!』


「ゴブリンですね」

「ゴブリンかぁ」

「ゴブリンだねぇ」


 気色悪い声が森林地帯に響き渡る。

 これはゴブリンの鳴き声だそうだ。

 セレア、レレオーネ、ドレシアがそういうんだから間違いない。


 遠目に緑のちょろちょろしたのが見える。それを迎え撃つ形で小隊毎に陣形を作って戦うらしい。

 まあ、森の中で密集陣形というわけにもいかないからね。


 U字形の陣形―――鶴翼陣形というらしい包囲網を築いている。アタシたちは誘い込むので、遊撃役として中央に引き込みいれるのが最初の仕事だ。


「行きましょうか。」


 セレアが号令を掛け、チーム受付嬢は遠方からゴブリンに攻撃を仕掛ける。

 

 石ころを投げる。―――びゅん!

 良い当たりだ。ゴブリンの頭部に当たったのか起き上がってこない。…………気絶かな、経験値が入ってこないから。

 ――――ひゅん―――――!!!

 ドドドっと経験値が入ってくる。

 これはドレシアさんが三体討ち取ったようだ。

 舌なめずりするドレシアさんは、狩人である。


『kieeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!』


 

 敵が此方に気づいたようで―――、まだ位置はバレてないけど……、索敵を始めたゴブリン達と接敵するのを避けるために、此方は少しずつ後退する。

 一匹、二匹―――十匹―――三十―――七十?くらいの気持ち悪い緑肌の小鬼が《索敵》に入ってきている。

 上手いこと釣れたようだ。というわけで―――《乾坤一擲》からの《投擲》で投石!!!数が数だから出し惜しむ真似はしない。

 あたしらの方に向かって索敵してきていたゴブリンの中央の層に投げた石ころ先生が直撃し、2体は葬ることが出来た。それでも尚、ゴブリンの追手は怯みもしない。、むしろ数多くの同胞が死んだために怒り狂う。そして私達を見つけたゴブリン達は汚らわしい雄の笑みを浮かべる。人間の雌は奴らにとって最優先捕獲対象になっているのかもしれない。怒り狂っていたゴブリンは今や発情期の猿同然だ。

 あたし達が惹き付けたゴブリンは木々や茂みに隠れていた冒険者小隊達が飛び出して、奇襲を掛け、殺戮している。

 

 この作戦が効くのは最初だからだ。その内、効かなくなる。

 それが知性ある魔物だ。

 隠そうともしない性欲を向けられている気分は最悪だけど作戦がうまくいって安堵している自分もいる。


 ゴブリンも全てが馬鹿ではない。釣られるやつもいれば、そうでない者もいる。敵の存在――アタシら以外の潜伏している冒険者達に気づいたゴブリン達の警戒度が上がり、援軍がぞくぞくと巣穴から湧き出した。索敵と殲滅を同時にこなす為か数に物を言わせるような形で攻勢に出る物量戦法を取ってきたゴブリン達のせいで、前線はもう乱戦状態だ。


 数は力なり。前線は完全に防戦を強いられている。

 それもそのはず、犯罪奴隷が筆頭になっているからだ。

 彼等も死にたくはないので全力で反撃&防御に徹している。

 犯罪奴隷といえど、みすみす死なせては皺寄せが我々に来るのは目に見えている。だから出来るだけ戦いが厳しそうな所の補助――を買って出てゴブリンのヘイトをアタシ達の方へ向けるよう弓使いのドレシアさんが射抜いて射抜いて射抜きまくる。

 負けじとアタシもできるだけ投石を行う。

 倒せはしないものの、確実に動きが鈍る小鬼は紙耐久である。

 近づいてくる小鬼にアタシが投石、投石、投石―――、三回も攻撃するとよろけながら此方に向かってくる。そして力技のセレアのメイスがズドンと何処かしらに当たる。肩や腹、頭と、兎に角当てたらオッケーの精神で殴りつけている。

 セレアが弱らせたゴブリンはレレオーネが短剣で急所をずぶりと刺し貫いてしっかりと止めを刺して回っている。

 ここまで徹底するのは〈死んだふり〉という姑息な技をゴブリンはするから、らしい。

 

 討伐数で圧倒的スコアを誇るドレシアさんも魔力回復薬をちびちび飲んでは、矢を番え、射抜き……結構な疲労を感じているみたいだ。

 まあそれもしょうがない、戦闘から50分は経ったからね。

 なぜ時間が分かるかって?開始早々、惹き付け過ぎた団体様御一行様に向かって《乾坤一擲》を発動した棍棒投げをお見舞いしてやったからさ、再使用時間クールタイムが教えてくれるのさ。

 小鬼製の棍棒はアタシの体格に良く合う出来のものが多く、ぶん投げるのに適している。

 まあ、小鬼が持っているのは棍棒だけではなく、短槍や冒険者や騎士から奪ったであろう立派な剣まで持ってるけどね。

 でもその辺りの立派な武器持ちは知能が高いのか、戦闘経験が豊富なのか堅実な戦いを見せ、安易に釣られてはくれない。



 ゴブリンは身ぐるみ剥いで武器強化―――いや武器交換し出すからおっかねえ。鉄剣+小盾とか棍棒より殺傷能力に継戦能力まである装備に変わるとおっかないよね。


 防具も然り。瞬時に着替える事はしないけど、ちゃんとした防具は死体運びしてでも持ち帰ろうとするから。


 犯罪者奴隷に最低限しか持たせないのが良く分かった。

 死体運びまでされて防具持ってかれたら――流石にやってられない。紙装甲だから、そこに勝機を見出してるわけよ、こっちは。

 

 因みにギルマスが攻め落とせなかったし、手負いになったのは防具ガン積みしたゴブリン騎士が大量にいたからだそうで。

 まだ、その手のゴブリンが居ないのを見るに、戦力を出し惜しんでいるようだ。

 雑兵でなんとかなるやろ精神なのだろうか。舐め腐ってくれる分には好都合だ。

 ギルマスは中央前線をちまちまと大鎌で倒して確保するのみ。結構な余裕があるっぽいけど本気を出さないのはゴブリン騎士などの厄介な部類が出張ってこないようにするためだろう。


 あたし達の討伐数は凡そ90匹。その内の半数以上はドレシアによるものだろう。遠距離からの強攻撃は前線の支えになっている。

 たった四人でそれだけ倒していても戦闘はまだ終わらない。

 不思議だろう?そのペースで倒しているなら既に3000なんて倒していても可笑しくないか?って。あたしもそう思う。けどそれには理由がある。


 1000人かき集めたと言っても、戦っていないのも居るわけ。アタシたちはU字形の中間にあたる空洞部分で戦っているの。つまりUの下部にあたる位置に布陣している貴族共は戦っていないのよ。そもそもそこまで敵の侵攻を許してたらアタシ達死んでるし。


 流石に連戦に次ぐ連戦で犯罪奴隷達の大部分は既に事切れているが、それはしょうがない。命の危機に50分晒され続け生き残れるほどの実力者なら犯罪など犯さない。


 あたし達と似たような小隊で遠距離からチクチク攻撃して前線を支えているのが三組。その人たちのお陰もあって前線の崩壊は一部に留まっているともいえる。

 

 あたしは気づいたの。ザックロール領は遠距離持ちが少なすぎることに。お金が掛かるって言っても、各遊撃チームに一人いるだけの遠距離職。このやばさが分かるかね。1000人いてあたしの投擲も含めて良いなら5人しかいないのだ。

 この領地にいるちゃんとした遠距離職は4人。

 恰好からして傭兵ギルドに2人。

 あたしら冒険者組に1人。

 騎士団に1人。

 まさかの騎士団に1人しかいないとか……。

 まじで引くわ……この領地。

 全員脳筋ってまじでやばいだろう……。

 分からんではないけど……お金かかるって聞いたし。先ずは強くなること最優先で後回しにしよって思って、近接が強くなったら遠距離とか今更……って思うんでしょう?わかるよ、うん。でもそれじゃ不味いだろうよ。

 特に騎士団よ。あなたたちは弓兵部隊がいたほうがいいだろうに。ザックロール領が特殊なのだろうか。


 流石に50分も投げると石ころはない。いやとうに枯渇していた。だから棍棒とか投げるんだけど、それでもそろそろ投げるものがなくなってきた。

 因みにドレシアさんの矢筒も二セット目。もう一セットあるにしても、矢が無くなるのも時間の問題だ。


「もうない。」


 あたしは倒したゴブリンの歯をセレアに砕いて貰って使えそうなものを投げていたが、それももう尽きたので報告した。

 

「そうね、そろそろギルマスが動いてくれるといいんだけど……。」


 全体を見渡すと夥しい屍が足場を埋め尽くしている。100とかじゃない。700か800くらいは死んでるんじゃないかってレベル。

 もう辺りは濃密な死臭しかしないし。


 援護射撃するにも肝心の武器がもうないので、あたしはお手上げ状態だ。反対からも攻めてくれてるなら、残りは半数くらいだろうか。



『kieeeeeeeeeeekieeeeeeeeeeeeeeeee!!!!』


 ゴブリンの鳴き声が巣から聞こえてきた。

 籠っていた最高戦力―――装備の良いゴブリン達のお出ましのようだ。

 それに対して動き出したのは――ギルマス達だ。

 着込んだ鎧毎、彼の大鎌で寸断されるのが見えた。

 前線の様子が見えるのは、ゴブリンが巣を作るために伐採してくれていたからだ。最前線にもなると木々はすっかり禿げ上がっている。そのため視界良好で前線組の雄姿が拝めるのだ。


 遂に本格的に動き出したギルマス達のお陰で、死闘を繰り広げている人たちの士気が上がる。

 ドレシアさんもなかなかどうして、ぎらついた目で先ほどまで感じさせていた疲労感など何処へやら。


「全部使い切ってやるからね!!!ヘイト買うから、まだ来るけどアンタ達気張りなよぉ!!!」


「此方に来るゴブリンはドレシアさんの下へ行かせてはなりません。ララ、あなたも前衛に回りなさい。」


「ん。」

 セレアの指示に相槌を打ち、前線の防備を固める。

 突っ込んできたのは騎士団が好んで使いそうな甲冑に、剣を装備したゴブリン。

 防具で殆どが守られている強敵だ。

 あたしが石ころ先生を投げても効果はほぼ無かったかもしれない。こういうのが出てくるとゴブリンって凶悪だと思い知らされるよね。

 あたしは腰に引っ提げた解体用ナイフに手を掛け、関節部を狙った攻撃を見舞う。

 ゴブリン騎士はあっさりと剣で弾いて、尚且つ反撃にまで転じてこようとする。あたしは隙だらけ。でも反撃なんて怖くない。だってあたしは一人じゃない、この攻撃は避ける必要はない。あたしに釘付けだった甲冑ゴブリンにセレアが思いっきり戦棍メイスを振り抜く。


 あたしに到達する筈だった剣は否応なしに戦棍の対処に追われてしまう。防御に回ったゴブリンの剣は手入れなどはされていない。雑に扱われた金属武器など脆いもので、戦棍の打撃に耐え切れず、大破してしまう。見事な武器破壊に一瞬、見惚れてしまったが、それをカバーするようにレレオーネがゴブリンの背後に回って首元の隙間を縫うようにナイフを突き刺した。緑の毒々しい血が噴き出て、抑えるようにして倒れこむゴブリンの頭に振り下ろした戦棍が直撃する。ぶちゃっと潰れてしまったゴブリンは三人がかりの大仕事で討伐に成功し、経験値が体を駆け巡る。

 これだけ倒しても四人でチームを組むとやはりレベルは上がらない。しっかりと分配されているのだ。

 自分一人で倒したとしても、他三人に1割ずつ経験値が行くのだ。チームを組むと経験値を稼ぐのって本当に大変になる。

 ただ、そのぶん格上だろうと楽に倒せるのだけど。

 

 地面には刃が壊れ、長剣だったものが無残な姿になってしまっている。

 長剣のままだと投げるのが大変なので、此方としては短くなったのは有難い。短槍持ちはこちらには投槍してこない。中距離からチクチク前線に嫌がらせをしている。まあ向こうも手持ち武器が一度投げただけでなくなるのを恐れているのかもしれない。

 挑発してもそういう短絡的な行動に打って出ないあたり、ゴブリンもなかなかどうして。やはり現実はそう甘くはないということだ。

 知性ある魔物は怖い。


 最前線――戦いは装備により本格的に強化された小鬼達の出現で更に劣勢に――追い込まれている。

 

 ここで貴族達、護衛騎士が動けばさくっと終わりそうなものを。庶民のことなど歯牙にも掛けないってか。

 1発分の投擲武器――折れた長剣は残している。

 獅子奮迅の働きをみせるギルマスとサブマスにゴブリンの圧力が集中している。


「弾切れだよぉ!!うちらにやれることはもうないね!」 


 ドレシアの矢筒を見れば、空となっていた。まあ、やろうと思えば近接戦闘に切り替えることも出来るが、近接戦闘は挑みたくないというのが本音だ。


「私たちは、これより近接戦闘に切り替えます。私とドレシアさんが盾、ララが遊撃を務めてください。レレオーネさんは万が一に備えて回復要員として後衛です。」


「ん。」

「はいはーい。」


 鎧を着込んでても、あたしの稚拙な攻撃じゃゴブリンに止められちゃうんだけどね。

 隙を作るのが役目なんだろうなぁ。

 戦法は釣りだし。

 あたしがちょっかい掛けてセレア達の下へ連れ帰り、ばしばしタコ殴る。これに限る。

 

『kiekiee』


 前線にいるゴブリンの一体に鎧の合間を縫うように攻撃。簡単に察知され弾かれる。あたしに目を向けたゴブリンが興奮し出す。戦闘してたら子袋が近寄って来たんだもの。気分は棚から牡丹餅だよなぁ。全力で逃げるけど。

 そもそも攻撃後すぐに離脱出来るように仕掛けたから、大して怖くない。――――――嘘です。怖いです。

 ゴブリンの敏捷が高い。普通に追ってくるのじゃ。

 厄介なのじゃ。逃げろおおおおおおおおおおお!!!


『kieeeeeekieeeeeeee!!!!』


 恐らく《逃げ足》スキルが発動中。興奮してるけど後ろ振り向く余裕はない。

 何とか追いつかれることなく、命からがらゴブリンを呼び寄せる。


「ララ、後ろへ。」

「後は任せな!」


 セレアとドレシアが盾になってくれるようだ。

 ドレシアがゴブリンの鉄剣を受け止め、セレアが鎧の上から戦棍を叩きつける。

 二メートル程吹っ飛んだゴブリンの首にレレオーネが深々とナイフを突き刺す。

 

 この一回で、後続にまだ二匹のゴブリンが此方に向かってきている。

 一体ずつが良いんだけどなぁ。

 ゴブリンの武器――鉄剣を剥ぎ取り少し後退しつつ、半ばからセレアに砕いて貰う。

 丁度いい長さになった折れた鉄剣を投擲する準備だけ整える。

 先んじて突っ込んできたゴブリンはドレシアに任せ、後続のゴブリンに《乾坤一擲》、《投擲》スキルの乗った折れた鉄剣をぶん投げた。

 威力は絶大で、上半身が吹き飛びさらに後方の――たまたま射線に居たゴブリンをも巻き込んでぶっ倒した。


 任せた一体なら安全に対処できたようで、ゴブリンミンチと化していた。


 近場で死んだゴブリンから武器を取り上げ、セレアに破壊してもらい、投擲手段を手に入れる。


 大抵の矢は踏まれて折れたり、矢羽根が襤褸ぼろになっていたりで、ドレシアの弓攻撃が再度猛威を振るう展開こそなかったが、ゴブリンは巣へと撤退&籠城戦に切り替えたようで殿を務めているゴブリン以外は撤退していく。


「これは勝ち?」

「ふぅ、後はギルマスと精鋭達に任せましょう、皆さん無事で何よりです。チーム受付嬢はなんとか生き残りました!」

「ふぃ~!!おつかれ!あたいが回復するような事にならなくてよかったよ。」

「みんなよくやったねぇ!レレオーネ、あんたは温存出来たんだから怪我人でもちゃちゃっと見てきな!!」

「そ、そんなぁ~!!!ドレシアの鬼ぃ!!じゃあララは?!ララも連れてくよ!」

「馬鹿言ってんじゃないよ!魔力の低いうちは下限が分からなくて、すぐぶっ倒れちまうだろ!!まだまだこんな危ないところで使わせるわけには行かないよ!!」

「ぐぬぬぬ!!!わかりましたよぉ!」

「レレオーネさん、私も安全のために付いていきますから」

「セレアぁ…!!大好き!!」

「ったく、なんて子だい……。」


 どうやらあたしは行かなくて良いみたいだ。

 魔力を使いすぎるとすぐ寝ちゃうから。

 あたしはドレシアと一緒に横たわってるゴブリンの喉や首を掻っ切って回る仕事が別に与えられたので、そちらに専念した。

 死んだふりをしているゴブリンは本当にいて、『kie……』と言って経験値をくれた。

 恐ろしいったらありゃしない。


 他冒険者達、傭兵達もこぞって死体に剣を突き立て、生き残りがいないか虱潰しに刺して回っている。


 歩いて回ると負傷者が沢山、目につく。木に凭れ掛かったり地面に横になったり、少しだけなら治療してやらんでもないが一人やれば続々と頼まれるかもしれない。流石にそこまでは出来ない相談なので…鎧を剝ぎ取って、武器を回収し、ゴブリンの息の根を完全に止めて回って―――――しれっと石ころ先生も拾い…、一度チーム受付嬢は冒険者ギルドへ帰還する。どの道、戦うなら矢の補充もしなければならないのでね。


「皆さん、お疲れさまでした。私達は一度休憩を挟み、午後からどう仕掛けるのかは分かりませんが、戦闘ではなく給仕の仕事をしてもらいます。」


 セレアが労いの言葉と次の指示を出す。朝から出向いて、戦ったのは90分程度だけど事後処理にたっぷり時間を取ったので、良い具合に時間が経っていた。

 お昼にはまだ早いかもしれないが、割とお腹は減っているのではなかろうか。あたしは緊張が溶けてお腹ペコペコだ。

 まだまだ働く時間だしね。文句はない。


「ん。」


「え〜!あたいずっと冒険者諸君の《治癒》してたのに!タダ働きぃ!はんたーい!」


「レレオーネ!あんたって子は!ララは文句一つ言ってないよ!」


 眠そうに垂れた目が特徴的なレレオーネが椅子にだらけて座って猛抗議。年長のドレシアが喝を入れる。


 まあでもアタシは《治癒》してないし。〈魔力〉って地味に眠くなるんだよね。レレオーネが眠そうにしてるのも、もしかしたら魔力使いすぎたのかもしれないしね。


「…買い出し行ってくるよ。」


「はあ……。それじゃ、うちがララに付いてくからセレアとレレオーネは休んでな。」


「ララ、ドレシアさんありがとうございます。お言葉に甘えますね。」


「ありがとう〜!」 


 食料市場に買付に出向く。

 出来合いのものでも良かったが、それじゃ高く付くとの事で、葉物野菜と肉に、パンを大量購入していく。


「これでサンドイッチ作るからね」


「ん。」


 ざっと50人前だ。

 ゴブリンの巣攻略に行く人数分と考えると、こんなもんだ。全部で何だかんだ1000ゴルドも掛かったけど…。アタシが食べてる安物と比べちゃいけない。

 くず野菜のサラダに、カチコチな黒パン、そして煮物肉。これがアタシが普段食べてるもので、全部で7ゴルドよ。

 でもあの人たちのご飯は1人で20ゴルドもするんだよね。

 そろそろ食にお金を掛けようか?

 いやぁ、そんな贅沢は出来ないよ。

 一食で20ゴルドも使ったらギルドのお給金が吹っ飛ぶわ。小タンスに細々とした日給で稼いだお金で、実はちょこっとだけ食べ歩きっていうか買い食いだってしてるんだよね。

 だから通常食を良いものにするのは早すぎると思うんだ。

 でもこういうのって一回考え出すと欲望が……うっ。

 あたしが食の水準を上げまいといろいろ自分に言い聞かせるのに苦心しながら買ったものをギルドへと持ち運ぶ。

 

「白パンは半分に、葉物野菜は洗って葉っぱを千切って、肉は小間切りにして一気に焼いて―――、向こうで食べられるようにしないとね!」


「ん。」


 サンドイッチにしやすいようにどうやって調理するかは、もう考えているようだ。ドレシアは頼もしいね。その程度の料理ならアタシでも簡単に出来るしね。

 

「おかえりなさい。料理するために必要だと思って火の準備はしておきました。」


「気が利くねえ!ありがとうね、セレア。レレオーネは?」


「レレオーネさんは魔力の消費が激しかったみたいで、眠ってしまってます。彼女も頑張ったので今は寝かしておきましょう。」


「しょうがないねぇ。セレアが隊長だからそれでいいならいいけど、本当は魔力回復薬を飲ませてもいいんだよ?」


「いえ、それにパンと葉物野菜とお肉の準備ですよね?一人一作業分、従事すれば人数は足りますから。ララには、葉物野菜を洗ってもらって、千切り作業を頼みたいのだけど、大丈夫そう?」


「ん、任せて。」


 その程度なら、御茶の子さいさいだ。

 二つ返事で承諾し、さっそく取り掛かる。

 市場で買ったレタセ――栄養価が高い野菜で瑞々しい緑黄色野菜を井戸にもっていく。水道もあるけど、肉の下処理なんかをするためにそっちは使うだろうから、裏口にある井戸を使う。

 井戸水はキンキンに冷えた天然水だ。上水道とは違って汲み上げる必要はあるが、〈力〉が100超えているステータスを誇るあたしにはこの程度の力作業は無問題。さっさと汲み上げて、平桶に井戸水を移して――、洗っては千切り洗っては千切る。

 千切ったことにより嵩は増したが、軽いので持ち運びは楽だ。

 平桶に大量に千切ったレタセを用意して、冒険者ギルドの厨房へと運んだ。

 冒険者ギルド一階に厨房は備え付けてあり、そこにコンロと酒樽にジョッキなどいつでも飲めるようになっている。コンロは炭焼きと薪による火力重視の煮込み用鍋が取り付けられている。換気扇もあって、領内の生活水準の高さが窺える。うらやましい限りだ。出来合いを買ったり、煮込みスープ&粥くらいしか我が家では作ることがなかったので、前世の記憶はあれど十二分に憧れる厨房であった。

 欲を言えば、簡単に火がつけられるカセットコンロの一つでもあればとも思うが、火打石ならぬ火花石があるので、火を点けること自体は容易い。我が家でも一回、二回とバチッと木材にマッチの要領で擦り上げると簡単に燃えるのだ。

 火花石も迷宮産らしいが、20ゴルドくらい。解体用ナイフを買った雑貨屋で見たから間違いない。因みにギルドでも買える。まさに20ゴルドで。まあ、一個がそもそも一般成人男性の拳大くらいの大きさなのだが、この石、滅茶苦茶長持ちするみたいで少なくとも産まれてから奴隷として自分の事を身売りしようと決断するまで、我が家で重宝していた火花石の大きさが変わった感じはしない程のコスパの良い消耗品なのだ。

 とてつもなくコストパフォーマンスの良いものだが、それ故に売値は可哀そうなくらい低い。複数個持つものでもないしね。一個買えば当分買うことはないから、値が上がる事ってほとんどないよね。

 

 便利グッズが簡単に量産出来たら、値崩れして安値になるのはここも地球も同じよ。

 

 上水道があるならもちろん、下水道もある。そこにはスライムが生息しており、彼らは魔物でありながら、共生関係である。共生といってもスライムを捕獲して、地下下水道に棲息させているに過ぎないが。そうすると、地下からスライムが大量に湧き出てこないかって?それは大丈夫。人口が溢れるくらいならまだしも領民となっているのは、そこに住めるだけの税が払える仕事を持っている者となるわけだが、そのようなエリートより庶民で農民してる奴のが多いから。


 要は餌が少ないからスライムが増殖するほどではないけど、餌が足りなくて住処を変えるほど居心地の悪い場所でもないということだ。仮に増えすぎたとしても、餌の取り合いか餓死して結局は一定数の数に戻るだけ。

 領内と領外では生活水準が違う。と感じることはあったが、もしかしたらスライムという下水道の処理機能を制御下に置くために止む負えない措置で高い税を強いているのかもしれない。


 ただ、それも下水道を拡大工事すればいいだけの話なので、特権階級を分かり易く可視化するためだと考えた方が自然だけど。


 ザックロール領はわざと領地改革をしていないだけだろうね。

 なんてったって、途中まで最高戦力を身辺警護に就かせた、あのお貴族様ですから。


調理作業は順調で、白パンを早々に半分にカットしたセレアが今は肉を細切れにして、ドレシアが油を引いたフライパンに肉を豪快に入れて炒めている。

 

 セレアが火の準備をしていた。といっていたが、それは炭の準備を済ませていたということだ。

 そのおかげで、もう買ってきたお肉の1/3は焼けてタッパーに詰め込まれている。


「ララ、野菜は綺麗な――袋!袋詰めしといておくれぇ!」


「ん。」


 ジュウジュウと音を立てて焼きあがる細切れ肉の音を聞きながら、野菜を袋詰めしていく。

 野菜詰めが終わった頃、お肉も大半が焼き終わり―――


「ふぁ~、寝たぁ。」


 どうやら、レレオーネ先輩が起きてきたようだ。

 良いご身分だとは言うまい。


「おいしそ~。」


「手付けちゃだめですよ?」


「わ、わわわかってるよ。あたいも手伝うわ。荷車に積み込んどくよ!ね、ララ!」


「ん。」


 レレオーネのぬっと伸びた手にセレアが視線を向けて制止させる。パンと野菜はレレオーネ先輩と一緒に荷車に積み込み作業を開始する。

 ゴブリンは肥料にしかならないが、堆肥より効果が高い。

 これで昼食を運び、死体を詰め込んで領外の農民達の畑にばら撒くと、三か月は豊作となる。1シーズン丸々は大きい。


 我が家にもぜひ一体分撒きたいものだ。

 解体してゴリゴリ骨を削って砕いてさ。


 森の生育に使われちゃ溜まったものではない。ただでさえ森林地帯の侵食が止められないのに。畑に撒けば、収穫量が増えるし、税収も多く取れる。

 食事代だって馬鹿にならないし、家族にだって一日一食分しか毎日仕送りは出来てないからね。毎月仕送りに手を付けてくれてたら三食でも四食でも食べられるんだろうけど母ちゃんがそんなことするかなぁ。多分してないんだよねぇ。まあアタシも一食生活だから人のこと言えないけどさ、出来たら風邪とか引かないようにしっかり食べてほしいもんだよ。


 我が家の貧乏さ加減に泣けてくるので思考を停止させ、最後の焼肉をタッパーに詰めると荷車を後ろから押す。

 前はドレシアさんが、後ろはアタシが。魔物が襲ってくる可能性は迷宮のお陰で殆どないけど、警戒するに越したことはないので《索敵》スキルを発動させながら森を進んでいく。


 匂いに釣られたのか、月狼がちょろっと出たけど腹が減った個体の杜撰な特攻などチーム受付嬢の相手としては不足が過ぎる。牽引していたとしても取るに足らない魔物達を軽く返り討ちにしてやる。夜に出てきたら最強の魔物が昼前に出てきても脅威にはなり得ない。これがアタシ一人だったら、やばいけどね。


 再び人間とゴブリン達との死闘の地に足を運んだアタシ達は最前線に見張りを残して後退している――戦えそうな人たちの方へ食料を渡しに赴いた。


 集団は二つに分かれており、戦える者達の集まりと死傷者の集まりできっちりと分かれている。

 死傷者は重傷者、軽傷者、死者の三つに分けられている。いずれにせよ、これ以上の戦意は失ってしまった者達の集まりなので空気はどんよりと重い。


 士気の低さは遠目でも分かる。


「届けてくれてありがとう、みんなご飯がきたよ。」


「はい、お疲れ様です。どうぞ。」

「うっまそ~!いただき!むしゃむしゃむしゃむしゃ…。」


 真っ先に此方に寄ってきたのはギルマスだ。

 余程お腹が減っていたのか、サンドイッチをレレオーネとドレシアが作り、それをセレアがギルマスに手渡すと破顔してかぶりつき始めた。

 

 余程おいしいのか無我夢中で食事を取り始めたギルマスに続いて、ゴブリンの巣攻めに立候補した冒険者達も続々とやってくる。冒険者だけなら数は二十にも満たない。

 傭兵ギルドの人たちは羨まし気に此方を見ているが、各々が干し肉を取り出して食事を始めている。

 どうやらギルドと言っても、各々――というか冒険者ギルドと傭兵ギルドではこういったサービスに違いがあるようだ。

 なんでそんなに全体が見えてるのかって?あたしは何もしてないからだよ―――げふんごふん、あたしは周囲に気を配ってるからだよ。

 まああんまりマメに手洗いする方じゃないからね、石ころ先生持ってることのほうが多いからさ。手が汚いあたしが料理すると不衛生だし。あ、っていってあたしの手は綺麗なほうだよ?だってギルドの業務がある以上三日、いや四日、いや七日に一遍くらいは井戸で水汲んで体を拭いてるから。ぶっちゃけこの世界じゃ綺麗な方だよ。ま・じ・で!


 ………女だし身綺麗にしすぎるといろいろあんのよ。貞操的なね?え、100センチ程度のガキが何色気付いたこと抜かしてやがんだって?ああん?あたしはもう立派な八歳じゃ!奴隷市場でも自分で自分の事売りに出せるお年頃だぞ!!前世記憶だと子どもだろうけど、この世界じゃ子供の言うことだから、とかってのはない。少なくとも、この領地――ザックロール領にはない。

 舐められるかどうか、いや信頼してもらえるかは身なりだ。年とか身長じゃなくてね。冒険者なら冒険者の格好が出来るだけ――装備一式揃えられるだけの稼ぎや実力があるのかどうか。そういったのを身なりで判断する。あまりにも綺麗すぎる受付嬢はモテまくるし、冒険者としてはこいつ大丈夫か?って思われるしあんまり綺麗にしすぎるのもよくないのである。



 

 騎士団は一丁前に巣を取り囲み、ゴブリン達に示威行動や威嚇?挑発?をしている。これが地味に効くのか余っている武器かは知らないけどちょこちょこ投げ槍攻撃をさせることに成功している。

 範囲外だと分かると攻撃も止むのだが、ぎりぎり射程内とかで挑発しているものだから、たまーに釣れている。

 敵の戦略物資が一つでも減るに越したことはないのでこのまま是非とも励んでもらいたいものだ。

 

「むしゃむしゃ……ごくん。集まったのは17人かぁ。作戦難易度の高さを鑑みたら集まった方かなぁ。」 


 ギルマスが食事に一旦区切りをつける。というのもこの人、まだ食べたそうにしているのが丸わかりなのだ。

 集まったのは17人。先程の戦闘参加者は243人なので一割も残っていない。


 9割が戦闘不能状態に追い込まれる激戦となったわけだ。


 損耗率で言ったら壊滅状態に等しい。全員が重傷者ってわけじゃないけど当分、冒険者稼業は廃れるのではないだろうか。


 まあアタシたちみたく怪我してないけど参加してないって人もいるだろうし、めっきり迷宮探索者が居なくなるとかって事態にはならないはず。


 もしそうなったら一時的に塩の末端価格が上がりそう?流石に在庫あるか…?

 こんなことを考えながらでも〈索敵〉はちゃんとしてるのよ。ゴブリンの巣もとい砦にはうようよ反応がある。

 本当にこの人数で勝てるのか…傭兵ギルドからも騎士達からも人手が割かれるはずだから大丈夫と思いたい。

 


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