第11話

 事件の収束から一週間―――春の3月72日。


 (ギルドの日給100ゴルド×7日-210ゴルドの借金返済)+(一階層のボス塩300ゴルド×6個×7日-600ゴルドの仕送り代×7日)でしめて8890ゴルドの儲け也。


 真面目にこつこつ頑張った。しかもこの間、あと3本必要だった甲木煉瓦を毎日一本手に入れている。だから7本もあるのだ。


 そして、レベルは4上がった。


 —――ジョブ転職可能一覧—――

 

 ・斥候…★

 ・投擲師…★

 ・村人

 ・勇者見習い

 ・探索者

 ・瞬殺士

 ・英雄見習い

 ・隠密斥候

 ・断罪者

 —――詳細ステータス―――


 ララ……現在のジョブ:巫女見習い

 レベル…7/30

 状態;戦闘奴隷

 力:107→111

 魔力;15→35

 耐久:41→45

 敏捷:130→134

 器用;201→205

 運:10→12

 

 —―――固有魔法—―――

 

 ・未発現


 —―――スキル一覧—―――

 《穴掘り》

 《逃げ足》

 《投擲》

 《軟体》

 《乾坤一擲》

 《索敵》

 ジョブ固有スキル…《治癒》

 —―――――――――――――

 

 レベル3だったのが7にまで上がった。確実に〈魔力〉は〈耐久〉を抜く。残り23回のレベルアップで〈力〉すら抜くだろう。そして朗報だ。悪人を倒したから〈運〉が上がったのか、それともレベルアップのお陰か、どちらかだという話があったと思う。それが判明した。

 レベルが5、7になれば〈運〉が1ずつ上がると推察した通りレベルアップに伴い、〈運〉が10→12に上がっていた。

 9,11,13,15,17,19,21,23,25,27,29の11回〈運〉は上がるはずだ。まったく恐ろしいくらいに〈魔力〉贔屓なジョブだと思っていたが、〈運〉も上がるジョブとは。だがレベルキャップが10高いからか必要経験値量馬鹿みたいに多いし、やんなっちゃうわ。そこだけは本当にげんなりポイント。


 これ本当に瞬殺士しなくてよかったよ。レベルキャップ50とか年単位かもしんないよ。



 順調にいっても8週は掛かる。地獄かな?

 あと56日だよ?ざっと二倍くらい大変になってないか?でもその位掛けないと強くならないってのは本当にここがアタシに何も有利じゃない現実世界であると教えてくれる。


 普通の冒険者からしたらボス狩り周回など正気の沙汰じゃない。階層を突破して少しでも雑魚から取れるドロップ品を良くしようとするための試練でしかない。

 だからこれでもララの成長速度は早いのだが、本人は不服であった。


(ああ、はやく強くなってさっさと借金返済して良いところに家族と住むんだ。こんなところおさらばしてやる。)


 最近はほかの職員――レレオーネとも話す機会が増えた。そこでは他領の話をよく聞くようになった。

 どうやらこの国は都市と呼べる領地が80ある、大国と呼べる国らしい。そして迷宮が40程もあるという。だから半分は迷宮都市と呼ばれているみたいだ。

 そして取れるもの――ドロップ品もさまざま。宝石が一階層から取れるところもあれば、野菜ばかり、肉ばかりが取れる所、一つの迷宮でいろいろ混ざって取れる所――ザックロール迷宮はこの単一系統ではなく、雑多に色んな物が取れる迷宮である。


 その中で、あたしが聞いていて良いなと思ったのは野菜ばかりが取れるブロッコリ迷宮。それと甘味が取れるスイット迷宮。お肉が取れるミートン迷宮。これらは最強だと思う。

 なんてったって腹が膨れるのだ。これに勝るものはない。地球人の記憶持ちなら宝石が取れる――ジュエリ迷宮だろうがって?その方が儲かるだろって?その分物価がたかいんだよ!!!!世の中そんなに上手くできてないの!!!ほっとんど他からの輸入品で賄ってる領地だよ?そんなとこ行くか?

 鮮度の高い食物をおいしく食べてなんぼだと思う。


 あたしはその話を聞いて以来、ブロッコリ領もスイット領もミートン領にも行ってみたくなってしまったわけだ。因みにどこも此処から遠いみたい。ざっくりの説明で一番近かったのがブロッコリ領のブロッコリ迷宮。次いでミートン領、そしてスイット領。このザックロール領を西門からぐるっと迂回しながら北上してブロッコリ領に辿り着くらしい。

 ああ、お野菜の領地よ。素敵だわ。なんでもそこで取れない野菜はないと言われてるらしい。

 

 はぁ、行きたい。塩と木材しか当分取れないわけだし。いや、頑張れば三階層には行けるか。でもボスがぎりぎり倒せるくらいだったからもうワンパンキル出来ないと思うんだよね。

 二階層のボスにして通常攻撃が効かない――物理攻撃力の低さに嘆きたくなる。


 それ以上に聞いてほしい、めっちゃくちゃ悲しい出来事があったの。弟のデムくんのささくれ、完治してました。

 ふざけんな!!アタシの《治癒》仕事しないわ!!

 いや治ってくれて痛い思いしないで済んでるのはめっちゃくちゃ良いことだよ?でもさー治してあげたいじゃん?あーあー。だからって家族の怪我を願うとか意味分かんないしさー。

 あたしのこの怪我直してあげたかった欲求はずっと燻り続けるわけよ。もうおねえちゃん発狂しそう。

 

 え?そんなおねえちゃんはいやだ?なにいってんの?最高でしょう?最高っていいなさい?うれしくて感激しちゃうでしょう?めろめろでしょう?おねえちゃんのこと大切にしたくなってくるでしょう?おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんって慕いなさい?分かった?返事は!!!!

 ……………よろしい。

 納得いかなかったやつ、戦争よ。


「はぁ。」

「珍しいわね。ララが気落ちして。」

「ん、へいき。」


 いかん。思わず、仕事中に溜息を吐くなんて。

 それもセレアさんに聞かれるとは。

 気合いを入れなおして仕事にかかる。


(よし、材料はある。あとは組み立てるのみ!)


 仕事を終え、訪れたのは秘密裏に作っている安全地帯もとい秘密基地である。まずは通路の補強だ。壁や天井が崩れないようにね。地盤が緩んで崩壊するのは避けたい――生き埋めなんてまっぴらごめんよ。

 

 まずは支柱を両壁に垂直に建て埋め。高さを整え、天井部分にも甲木煉瓦を差し込むため、《穴掘り》スキルでちょっとずつの掘り進めていく。ぎりぎり入るようにぎりぎりを攻める。高さを整え、天井の支えに両端に一本ずつ。これで甲木煉瓦が四本。通路真ん中にも支柱を作り、天井に二本。計、七本使って、高さ一メートル、幅四メートルの通路が出来上がった。

 高さは甲木煉瓦が一メートルをすこし超えるくらいの長さしかないので低くなっているが、これは仕方のないことだ。

 見よう見まねにしては、上手いこといったと自負している。

 あとはこれを等間隔に作れば一先ず通路は完成だ。

 両端の支柱は少しだけ壁にめり込むようにしている。

 幅は完璧だが、これでは大人は不便だろう。

 なるべく早くに頑張って高さある拡張工事をしていきたいものだ。


 なに?その工事やる意味あるのかって?大いにあるよ。借金返済はまだまだ掛かるし、その間に盗賊に狙われる可能性もある。

 家族にまで危害が及ぶかもしれない。

 この領地を出ていくにしても、この場所は第二の住処として使いやすくしておくべきだ。

 まあいい素材を使ってるから出ていくときは回収して潰してもいいわけだし。皮算用ではあるが、その頃には探索者ジョブの《アイテムボックス》が手に入ってるから、素材回収は楽々だ。


 そうそう、探索者といえばステータス盤で確認してなかったのを思い出して見てみたの。


 ・探索者


 ジョブ固有スキル…《亜空間保管アイテムボックス》が手に入る。

 力、敏捷、器用、が良く育つ。


 《亜空間保管アイテムボックス》…時間経過なしにアイテムを保管することが出来る。探索者レベル×1種類×1個となる。生物は不可、死体は物とするので可。大きさは不問。

 

 レベル50まで行けば50種類のものを50個まで。

 チートかな?甲木煉瓦50本も持ち運べるんだよ?

 てか、倒した魔物も同じ種類なら50匹を1枠で持てるって事でしょう?死体に個体とかないってか?まあ、たぶんなんだけどね。要検証、いや聞けばいい話だけどそれは楽しみにしたいじゃん?


 てか持ち運べたら、解体スキル要らなくね?って思ったりね。出来ないと困るのはアタシだし、解体費用を毎回むしり取られてしまうから覚える気ではいる。ちょっと魔が差しただけ。

 今はまだ持ち運びが出来ないから解体なんてしてないけど。

 ゆくゆくはするつもり……。

 解体用ナイフが腰に差さって泣いてるような気がするけど、許してね。


 とまあ、皮算用に思いを馳せつつ、ボス塩を手に入れて帰還する。こっちも暇じゃないからね。いつまでも秘密基地に満足して思考の海を回遊してたわけじゃないんだから。

 

 秘密基地の下はとにかく踏み固めておく。

 掘るとき《穴掘り》スキルがあっても少し大変だろうけど、当分はここだけこの高さで行くつもりだからね。入り口は1メートルで良いはず。それ以降は快適にすればいいさ。


 部屋の方は木枠に格子っぽくして壁を作るつもりだ。素人造りだから頑丈すぎるくらいでないと安心できないしね。

 何本必要になるのか計算するのも億劫だがやるしかない。

 

「これでボス塩5個目」


 後は一時間の休憩を挟んで二階層の甲木煉瓦を取りに行く。

 一週間も続けて頑張っていると、慣れてくるというものだ。

 辺りはもう真っ暗である。

 月光と露店、そしてちらほらと建て付けられている魔石灯が頼りだ。

 

「ボス塩、持ってきた。」

「おお、嬢ちゃん。今日も精が出るな。どれどれ、ボス塩6個の買い取りだな。占めて1800ゴルドだ。」

「ん。」

「こんな遅くまで頑張らないとやってけねえのか?」

「(そんなことはないけど)まあね。」


 苦労してるんだよ、とばかりにわざとらしく溜息を吐く。

 わざとらしく溜息を吐いたのは冗談のつもりだったから。 


「おうおう、苦労してんだな。まあなんだ、無理だけはするなよ?」

「ん、店主も。」

 

 店主はなんだか不憫そうな目で見ていたような気もするが、気のせいだろう。辺りが暗くもなれば、暗くも見えるというものだ。店主に別れを告げ、森の中へと進んでいく。

 迷宮内で時間を潰してもいいが、今の内に石ころを集めておく――と言いたいところだが安全地帯に引き返す。毎日毎日手頃な石ころを集めていると近場では集まりにくくなる。視界も悪い中だと迷宮から離れて探さないといけなくなる。それは余りにも危険な行為だ。なぜなら、ここの魔物は夜程凶悪になるからだ。

 元が暗色の体皮・体毛に覆われた蜘蛛や狼がいるのだから。気づかぬうちに狩られてしまう程だ。ここらに住んでいる者は夜に森へは誰であろうと入らない。

 もし見られてたら、自殺志願者だとでも思われたに違いない。

 

 そういえば、あれからあの男は見かけなくなった。

 あの男とは聴取を受けていたあの男だ。

 さすがに弁護も何もしないで置いてきたのでどうなったかは知らない。捕まっているのか、冤罪証明されて釈放か。いざとなったらギルマスが釈放するはずだ。もし自由の身ならアタシに関わることを嫌ったか?ギルマスの頼みとはいえ彼は十二分に義理は果たしている。彼がそう思ってあたしに付きまとう事を辞めたとしても何ら不思議ではない。


 こっちも居なくなってこれほど嬉しいことはない。

 本当に邪魔だったからね。

 何が邪魔って経験値搾取、石ころ集めの妨害、秘密基地には帰れない――場所を知られたら悪用される可能性があるし。あの男が悪用しなくても、あの男を尾行している奴がいないとも限らない。少なくとも、あたしに嫌われるくらいには邪魔だったから本当に嫌ってる奴がいても可笑しくないのだ。目障りで仕方なかったので、目の前に現れないでいてくれるのは有難い。

 

 最後に二階層へ足を運んで甲木煉瓦を手に入れると、安全地帯にまで運び仕舞い込んで家路についた。



 翌日。

 

「――というわけで、緊急合同依頼になりそうだ。」

 

 久しぶりに見かけたギルマスが職員に告げる。

 何故か手負いで現れたギルマスの口から語られた内容に、彼が負傷した経緯が伺えた。


 どうやら北に位置する隣領レーメンと自領ザックロールとの間にある森林地帯に数にして3000を超える魔物の巣が見つかったらしい。――その魔物は大部分がゴブリン。小柄だが筋骨隆々、緑色の体皮と頭に二本か一本角がちょこんと生えており。石槍、投石、盾、石剣などを標準装備している魔物だ。


今回見つかった時には既に隣領の村落が三つほど蹂躙されていた状態で、発覚が遅れたのも悉く調査に出かけた冒険者や騎士が嵌め殺されていたせいだ。


この事態の緊急性を鑑みて、レーメン領主がザックロール領主に相談。そして冒険者ギルドで最も優れた人材が惜しみなく派遣された―――その人物がギルドマスターである。

 調査兼奪われた領村三つの内二つを隣領レーメンを管轄しているギルドマスターと共同戦線を張って即座に取り戻すも如何せん数が多かったそうで残り一つは難しかったらしく撤退を選択。だが、人間の逆襲を恐れたゴブリン達は、一時森に避難しているらしい。


 幸いといっていいのか、此方側の北にはザックロール迷宮がある。迷宮は魔物を寄り付かせないという特性がある。そのお陰で南下してくるにしても迂回ルートになるだろうとのこと。

 

 此方は、ゴブリンが拠点を放棄した際の逃走ルートを潰しつつ、ゴブリンの拠点から見て南側から侵攻殲滅、隣領レーメンは北から侵攻殲滅、――そう挟撃しようではないか、との話だ。


 つまり今回の緊急合同依頼とは領を跨いで出来たゴブリンの巣拠点を破壊、殲滅しようというわけだ。


 因みに戦闘奴隷のあたしに拒否権はない。

 はっきり言ってゴブリンは身軽な斥候が戦闘狂バーサーカーとなり果てたかのような厄介さがある敵だ。


 知性のある魔物というだけでも厄介なのに、その繁殖力と人間のように団結して戦う集団戦法が異様に上手い。


 豚鬼は兎に角、個として強く、良くも悪しくも体躯に優れているため、森より平地と草原でそのポテンシャルが発揮されるがゴブリンは体躯自体は小柄なので足場や見通しの悪い森林での戦闘の方が強い。


 そして今回、奴らゴブリンは人間が開拓した土地――平地を早々に捨て、森林での戦闘に切り替えるほどの知恵者が統率者の中にいる。


 あたしは話を聞かされて震えた。

 数も3000と聞く。これは勝てるのだろうか。戦闘狂3000を相手に何人が生き残れるというのか。

 たった50やそこらに100人以上も失ったザックロール領の人員と救援依頼しないと行けないほどに切羽詰まった状態の隣領レーメンの二領で果たして事は成せるのか。


「ゴブリン、3000匹は無理だろう……」 

 

 どこからかそんな呟きが聞こえてきた。不安は伝播する。

 まあ、それはあたしも同感だ。豚といい小鬼といい知能犯はどうしてこうテリトリーから出てこようとするかね。

 迷惑が過ぎるわ。

 今回ばかりは死ぬかもしれない。あたしはそう半ば覚悟している。半ば――半分なのは死にたくないから。隣で受付をしていたセレアの顔色も悪い。受付の奥で集められた職員がひそひそしているので、冒険者達も訝しんでいる。


 これで負けたら領の崩壊――女は苗床だ。

 あたしも苗床だ。いや、その前に戦うから戦死するか。

 人間の女性は一月も持たずに死ぬ。着床から三日で臨月を迎え、出産。これが体に堪えないわけがない。

 この一月も持たず――というのはゴブリンに連れ攫われた女性の最速救助成功例が24日、という話だ。それでもあまりにも衰弱していて結局は直ぐに亡くなってしまったそうだ。


 この手の記録が読めるのはギルド職員――使用人だけど――として働かせてもらっているから知り得る事が出来ている情報だ。


 情報といえば、ザックロール迷宮――三階層は樹脂性粘着剤がドロップすることも既に知っている。

 因みに敵は食人植物プラントらしい。

 

「わたし、この領出ようかな?」


 セレアさんや。

 冗談でもそういうことはアタシに言わないでくれ。

 耳打ちするほど、警戒しながら言うって本気ガチに聞こえるから。


「最悪迷宮に避難して。」


「ああ、そうね、そうよね。その手があったわ。」


 あたしも言動こと事案ことなだけに、小声でアドバイスする。魔物は迷宮では倒されると消えるが、地上では肉体が残る。受肉された魔物は迷宮には入らない。入らないというか忌避しているかのように避ける。これをうまく使えと。


 いつも落ち着いている受付嬢セレアはどうやらゴブリンが恐ろしくてぷち恐慌状態パニックに陥っていたようだ。

 ああ、わかる。わかるけども。先輩職員がやべーって雰囲気出しちゃったら不味いと思うんだ。

 死ぬよ、これ。どうするよ、これ。

 言ったら3000の軍隊だろう?いや小国くらいの強さあるんじゃないか?全力でかき集めて何人になるのか……。

 冒険者、傭兵、騎士合わせても……。

 領内に住んでいる人間全てで2000人届くかどうかだと思う。

 

「うちの領の戦力は?」

「ざっと見積もっても500とか?外壁の農民から有志を募っても700くらいじゃないかしら。でも徴兵したのが三年前とかだから、男が足りなくてもっと少ない…?」


 有志って名目で呼びかけたら、あたしらは協力なんてしないよ。良い様に使い潰されて誰も帰ってこなかったんだから。

 まあ今回は徴兵ですら逃げるかもしれないけどね。

 てかあたしなら見限って逃げる。

 逃げるし逃がす。


「ゴブリンの強さは?」

「そうねえ。力があって素早くて……斥候職くらい?強いわよ。弱点は耐久が低いとこかな。豚鬼みたいな粘り強さもないし、《道連れ》ってスキルも使ってこないし。こっちの攻撃が容易く通るのもいいわね。」


 《道連れ》だと?凶悪過ぎる名称で聞き捨てならんのだが。豚鬼お前…そんなスキル持ちだったのか……。


「ギルマスは出張る?」

「さすがに前線に出てくれないと全滅よ。これでお守りさせるなんて……あるのかしら。」


 ないとは言い切れない。

 そこが貴族の怖いとこ。

 冒険者達にもギルマス直々に伝えられたみたいだ。

 向こうでも不安と緊張、次いで恐れが伝播する。


「そりゃレーメンが解決するのが筋だろう?!」


 猛抗議している冒険者も出てきた。

 

「ここで協力を惜しんで問題を押し付けられたらどうする?ゴブリンが此方にやってきた時、助力は乞えなくなるぞ。」


 元々はレーメン領の問題とは言え、ここで断るのはなしだろう。あたしもなしだと思うし。

 ギルマスがそう諭せば、冒険者達も口を噤んだ。

 まあ、頭では分かっているのだろう。

 ただ愚痴らずにはいられないだけで。


「これは緊急合同依頼だから拒否権はないんだけどね。ま、頑張ろうや、俺も頑張るからさー」


 随分と気の抜けた締め方だ。

 これには張り詰めた空気も霧散してしまう。


「ま、今から考えても仕方ねえか。」 

「そうだな、とりあえず酒だ!」

「酒だー!ひゃっほい!!」 


 とりあえず酒なのか。

 それでいいのか、お前ら。

  

 焦ったところでステータスはすぐに上がらないしなぁ。

 しょうがないかぁ。


「ああ、それと決行日までは新たな依頼の受注は認めない。よって職員も今日までの依頼完了報告を終わらせたら俺直々に対応するから、皆は出来るだけ迷宮なり狩りなりしてレベル上げをしてくれ。冒険者は出来るだけ同業者に伝えること!」


『うぃーっす』


 職員と冒険者に聞こえるように声を張り上げる。

 ジョッキ片手に既にガバガバ飲み始めている冒険者諸君はもう話半分の状態だ。


「あ、この流れ――私も前線行きかも。終わったら一緒に潜りましょう?」

「ん。」

 

 戦えるなら駆り出されるか。受付嬢なのに?まあでも知り合いが死ぬのはちょっと堪える。しょうがないね。あたしは即答で承諾した。

 何だかんだセレアと潜るのは、あの囮作戦以来だ。

 あれも一緒に戦ったってわけではないが。


「ララは投擲よね?」

「ん。」

「じゃあ、射線が通りやすくなるように敵の右か左に寄りながら前衛をするわね。」

「ん、助かる。」


 ―――――――


 今回のような前金が渡されるような、特殊依頼を受けたことのない冒険者のために受付嬢セレアは丁寧に説明する。


「本日より緊急合同依頼が最優先依頼となりますので、すべての依頼が停止されています。緊急合同依頼では前払金、金貨一枚――成功報酬は別途幾らとは明言できかねますが、討伐報酬を考えておりますので。」


 金貨一枚か。10000ゴルドは破格だ。冒険者はどの位いるのだろうか。こういう時のために商人にぼったくり価格で売ってるって聞いてたけど本当に羽振りが良いなぁ。


 冒険者が名前を記す。

 ギルド職員であるセレアに頼まれ、大量の腕輪と金貨袋を用意する。


 腕輪を冒険者が填め、一緒に金貨一枚をあたしが手渡す。

 これは持ち逃げ対策である。


 戦場で敵前逃亡した者、そもそも金貨だけ貰って逃げた者など、依頼に対し不義理を働いた者を教えてくれるアイテムだ。


 もし違反してしまうと魔銀製の腕輪が灼熱を発し、身体を焼き焦がす。その焦げ方も特徴的で文様タトゥーを全身に彫ったような感じになるのだとか。目玉や性器、外耳や消化管――胃や小腸、大腸まで焼き焦がすようでその死体の悍ましさたるや……。これでも生き延びた場合は指名手配され、デッドオアアライブ―――生死不問のお尋ね者になるそうだ。


 そこまでやるか……って思うし、それで生き残ったやつがいるのか?生き残れるのか?っていう疑問は脱線しそうだったので、仕事中というのもあって聞きたい気持ちをぐっと抑え込んで口を挟むのを辞めた。


 どうやって判断しているのか冒険者くんが聞くと、今回でいうとゴブリンの討伐――つまり倒したときに手に入る経験値をこの腕輪が感知するそうだ。


 ギルドマスターかサブギルドマスターが殲滅指示した段階からゴブリン討伐を感知するようになるので、前もってゴブリンを始末しても無駄だ。

 どうやっても不正を働くことは出来ないということだ。


 因みにこれを聞いたのは新人(?)冒険者であってあたしは聞き耳を立てていたに過ぎないが聞いてくれた冒険者くんには感謝している。こういうのを熟々つらつらと分かり易く説明できるのはさすが正社員――受付嬢である。


 特殊なアイテムを配りつつ、それ以外はいつも通りに仕事が終わり―――。

 

「お待たせ、ララ。」

「ん、いこ。」

 

 軽装の戦闘衣装バトルクロスに身を包み、手には丸盾バックラー戦棍メイス

 道中、どうしても聞きたかったあの話をセレアに振ってみる。


「ねえ、お尋ね者になった人っているの?」

「ええ、いわよ。」


 あたしの質問にあっさりと返答が返ってきた。

 そうだよなぁ、いるからお尋ね者なんて追い打ちかけるような罰則ルールが出来たんだろうし。

 薄々分かってはいたけど、こうもはっきり断言されると、さすがにそれ以上に話を聞くか躊躇われる。

  

「聞いてもいい?」

「ええ、わたしも記録に残ってる限りの話でしか知らないけどね。」


 ハーピィ掃討戦で敵前逃亡した男マーケテンゴという愚者がいたそうな。その者は焼死する寸前に悪魔魂石を使って契約をしたそうな。たすけてくれ、と。悪魔は呼び出した者――つまり主と認めた者の願いを一つだけ聞く。対価がどんなものかは悪魔次第という恐ろしい契約の名のもとに。

 

 そして、願いが聞き入れられた。シンプルな願い。たすけてくれ、と。焼き焦がされる痛苦も耐えることが出来る丈夫な肉体と再生力が与えられ、マーケテンゴは生きながらえた。

 確かに助かることが出来たが、その身は既に人間ではなかった。魔を有する生物に――魔物になり果て、対価に知能を奪われた。人としての知性を失ったのだ。

 

 魔獣マーケテンゴは高い生命力が災いしたのか、相当な時間を掛けて――隣国で討伐されたそうな。


 実質の死ではないか?

 高い生命力のせいで死ねなかったのも拷問だろう。仮に知能がなくとも痛いのは嫌だろうに。悪魔怖すぎて震える。

 果たして悪魔契約を以て生き延びたと言えるのだろうか。

 考えさせられる話だ。


 ぜひ悪魔契約について論議したいものだが、迷宮に着いてしまったのでここでいったん話は終わりだ。


「さ、何階層に行く?二階層?」

「ん、それが一番経験値が多い。」

「わたしは二階層ボスにダメージ与えられないけど平気?」

「ん。カブトムシはあたしが倒す。」

「かぶとむし?ララはウッドビートルに……ボスにあだ名でもつけてるのね?」


 あだ名も何も元々の名前が英語なだけだしなぁ。

 それを日本語に直しただけだし。

 まあそれをわざわざセレアに弁明するつもりはないんだけど。言っても理解できるとは思えないしね。


「分かってると思うけどスキルが、一時間に一回しか使えないから。雑魚狩りしないと効率は下がる。」

「うんうん。一時間何もしないなんてそれこそもったいないし。石補充もどうしよっか。雑魚に使うのはもったいないからいっその事、解体用ナイフで近接戦闘もしてみる?」


 はっ?!セレアは天才か?

 今までとりあえず腰に差してるだけだった解体用ナイフに役目を与えるとか。


「やってみる。」

「よし、いってみよう!」


 ―――ザックロール迷宮—――

 頭の中で入る階層を念じてください。

 

 ・一階層

 ・二階層

 ・十階層


 ―――――――――――――――


 選択するのは二階層。

 迷宮探索の始まりだ。


 初期地点から中間地点辺りまでの冒険者層は結構手厚く陣取っていて、狩りをすることはないが、ボス部屋までくると、人の気配が少なくなってくる。割と狩りのチャンスがやってくる。

 

 此方に突撃準備中のクワガタを発見。

 突進攻撃は遠くであればあるだけ、スピードが乗って威力が上がる。わざわざ高火力の突進攻撃をクワガタにさせるメリットなどないのでアタシたちは駆け寄って詰め寄る。

 セレアは丸盾を構え、クワガタの突進を間近で受け止めることに成功。そして威力を逃がすために、クワガタの軌道を丸盾をうまく使い壁に逸らす。

 迷宮壁に突撃したクワガタは此方に背を向けている状態だ。

 攻撃するしかあるまい。

 解体用ナイフで羽部分を一閃、二閃。剣術などしたことはない。前世含めてね。だから出鱈目である。

 それでも付け根を重点的に狙ったことでバコっと音を立てて羽を捥ぐことに成功した。

 これでふらふら地面に落下したところを、セレアの戦棍メイスが外殻を失った柔らかい腹にメキョっと音を立てて減り込む。実際には中身も木製な筈なのでやわらかいことはないと思うがそれで雑魚は討伐出来たようで、ボフンっと煙が出て、アイテムが落ちた。経験値と一緒に手に入ったのは木煉瓦。

 甲木煉瓦には品質で劣るが一般的に汎用性の高い良い素材だ。純粋に長時間燃える薪にもなるらしいし。煉瓦なのに薪?ってのはナシで。木材だから。納得して、納得しよ?

 雑魚といえど良い素材だが、すっかり忘れてた。素材回収できないんだよなぁ、まだ。こういう大きめのものはさ。

 邪魔になるから。ボスは倒せばそのままお持ち帰りすればいいけど、これはねえ?


「ララはまだ探索者取ってないんだよね?」

「ん。」

「じゃあ、私が回収しとくよ?」

「ん、ありがと。」


 受付嬢もしっかり探索者でしたか。

 こいつはすごい。間近で初めて見たけど、嵩張らない素晴らしき事この上ない。これ探索者を仲間にしたら解体用ナイフの本来の使い方も出来ちゃうんじゃないか?

 あー仲間もありかもしれない。手に入れた素材を見られるコトンないし。すごいなぁ。探索者のジョブにこれだけで切り替えてもいい気がする。


「じゃ、ボスまであとちょっとよ!いこっ!」

「ん!」


 釣られて、気合いが入ってしまった。

 ボス部屋手前の一本道の通路でもクワガタが出たが、難なく蹴散らして到着。

 二人で部屋の扉を開いて―――《乾坤一擲》で威力上昇、《投擲》で命中精度を高め、集中した本日午後の部、第一投―――角を避け頭部に命中。

 ぎこちない動きを少々見せた後、ボフンっと音を立てて煙となってアイテムを落とす。

 

「はー、さすがね。瞬殺よ瞬殺。ボスがたった一撃。これが一時間に一回かぁ。一時間に一回じゃなかったら無双チート級ね。さすが取得時間が掛かるだけある固有ジョブスキルね。」


「ん。これもお願い。」


 感心と称賛と経験値を受け取って、ドロップアイテムの甲木煉瓦をセレアに回収してもらう。


「それじゃ、ここから一時間は雑魚狩りよ!お姉さんとチーム組んだこと後悔させないんだからねっ。」

「ん。」


 一旦、戻って二階層に入り直して―――初めての雑魚狩り時間を堪能した。


 結論から言うと、チームは組んだ方が良い。


 一時間で大体15から20匹の遭遇エンカウント、十二分に経験値を手に入れることに成功した。


 お金の方は木煉瓦ざこれんがは15ゴルド/1本×15で225から300ゴルドの半分だから112から150ゴルド。これが雑魚狩り時給ね。


 それと一時間に一回、甲木煉瓦が取れるから320ゴルドの半分で160ゴルド。

 足したら、272から310ゴルドということは……基本赤字でぎりぎり黒字です。甲木煉瓦は元から一本しか売ってないし。


  一階層のボスより経験値は多いと思う。でも赤字だなぁ。

  まあ明日からは朝から晩まで働くから、時間でカバーするしかない。


「かなり儲かっちゃったなぁ。ごちそうさまです。」

「ん。」


 本日稼いだ金額15、16、17、19、20の五時間狩りで雑魚87匹――1305ゴルドと5匹のボス――1600ゴルドで合わせて2905ゴルド……の半分1452ゴルド。二階層はまあちょっと収入減ったなぁて感じ。そこに早朝狩り300ゴルドだから1752ゴルドね。


 結論――、一階層のが儲かる。ボス狩りなら。

 ただ雑魚狩りはこうはいかない。

 どこもかしこも冒険者だらけだからね。

 といっても二階層もムラはあったけどね。

 冒険者問題より魔物の再出現問題だね。

 これはもう無理どう頑張っても。

 《索敵》スキル出し惜しまずに使って急行してこの数だから。

 100体とか狩るならそれはもう階層を進んで――十階層を突破するしかない。そうすれば出てくる魔物の上限数が増える。下限が1なのは変わらないけどね。

 

 魔物の再出現数は乱数ランダム。そこに法則性はない。

 上に行けば行くほど出現数は多めになるらしいっていうか明らかに偏りはあるらしいけど、四十階層とかでも一体で出てくることはあるとのこと。

 

「迷宮って何階層あるの?」

「まちまちだけど、どんなに深い迷宮でも記録では百階層までとなっているそうよ。今百階層まで行ける人は確認出来てないからもしかしたら百一階層とかの迷宮もあったりしてね?」

 

 ギルドに残されている記録様様だね。

 いやそれを覚えてるセレア様様なのか。

 歩く迷宮辞典とはセレアのことだったか。


「一番奥まで行くとどうなるの?」

「迷宮の崩壊が始まるわね。崩壊した迷宮は砂金になるらしいわよ。それこそ大国の国家予算3年分くらいは手に入るみたい。」


 大国の国家予算がどの位かは想像できないけど、資源が手に入るのに壊す必要性ってあるのかな?


「迷宮は在るだけで、何をしてもいずれ魔物の狂宴っていう大軍での地上侵攻が始まるから。基本的には防衛戦力がないなら迷宮は早めに潰すに限るわ。」


「そういうこと。」


「魔物の狂宴はいつ始まるのか予兆がないのも恐ろしい点ね。気づいたら迷宮に潜った冒険者は誰一人、不帰となるから。いや予兆といえばその誰も帰ってこない時間……なのかしらね?まあ、昼間とか特に賑わってる時間なんて潜りに行く人こそいても、出てくる人って少ないから。夕方とか朝方なら帰ってくる冒険者が皆無なんて不自然な現象が起きたら分かり易いのかもしれないけど。」


 まあここの冒険者って基本的に迷宮内の何処かに陣取って狩りするからね。

 歩き回ってガンガン殲滅して回る初心者層ルーキーは居ないんだよね。居るとしたらアタシたちくらいなもんね。

 それでも一時間に一回だけど。

 あれ?いつ起きるか分からないなら結構危ないんじゃない?今起きても可笑しくないんじゃない?

 

「心配してもしょうがないわよ。この時機タイミングに起きたらザックロール領は消滅。ああ、お隣のレーメン領もゴブリンを駆逐できずに消滅するかもね。てことは……連鎖的に―――んふふっ。もしかしたら、この国ゼーゲンバーク滅んじゃうかもね。」


 笑い事じゃねえ……。迷宮潰そうや……確か40くらいあるって言ってなかったっけ?そんなに要らないだろうに。


 あ、でもザックロール迷宮は……う、どうすれば……。

 恩恵と時限爆弾の側面を持つ迷宮……まじで使い方次第というかなんというか。

 でもこの言い方だと大国といえど、恐ろしくぎりぎり――綱渡り状態で迷宮の恩恵に預かっているんだろうなぁ。


「この国やば?」

「ララ、激やばよ。」


 セレア、真顔で言わないで。

 あたし泣きそう。






 


 

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