第10話

 白昼堂々と迷宮へ向かっていった連中をみるに、彼らはお尋ね者でも何でもないらしい。どころかイワシ団みたいな連中はまだまだいるようだ。これほどまでに嫌な敵は居ない。なんてったって人間の皮を被った魔物が相手なわけだから。敵戦力を分析し、強者には媚び諂い、無害であると装い牙を隠す知能があるのだから。


 脅されはしたが、襲われてはいないので訴えてギルドが動いてくれるかは不明だ。

 それ以前に2階層までどうやって到達したのか、ボスに勝てる実力があるのかどうか信じてもらえるのか――受付嬢セレアさんなら信じてくれるか。

 ただ、あのギルマスに根掘り葉掘り尋問されるのは嫌だ。大して力がないと思われてるから変に気を回してくるのだろうし、買い被られても困る。他の冒険者がいるからボス部屋まで力を温存できているのであって、過疎ってる所じゃ出し惜しみなんて出来ないし、石ころは有限である。石ころのストックは20程。せいぜい2匹、うまいこと言って3匹が関の山だ。勝てなくはなくとも連戦すれば弾のない投擲師に、矢のない弓士になり果てたら、何ができるって話よ。

 今のアタシにはその程度のチカラしかないのだ。

 ボスをソロ討伐したからといって間違っても買い被ってもらっちゃ困るのだ。


 ギルマスに雑に説明して2階層のボスをソロ討伐出来るほどの実力者と認識されると手に負えない事をさせられるかもしれなくて、全部を曝け出してしまうのは心情的にそれは無理ってなるし。救ってくれた恩人とはいえ良くも悪しくもギルマスには情報は渡さない。結局これが一番なのである。

 雇い主としては神様的存在だけど、借金が増えたのもこの人が40万ゴルドで買い取ったからなんだよね。せめて30万ゴルドとかにしてくれてたらさ?それだけで十二分にイワシ達は儲けたわけで……よくよく考えたら交渉しなかった罪もあると思うんだよね。借金分働いて返させたら結局はギルドの儲けになるわけだし。

 

 寝床と仕事与えてくれてるだろっていうのは恩義には入らないからね。だって衣食住の提供は最低限奴隷に与えないといけないってルールで決まってるし。

 衣服は制服を貸し出されてるけど、食お給料の中から自分で買ってってシステムだし。いや食だけでなく、歯ブラシとかの日用品然り鎧然りすべてをお給料で賄えってことだろうから。

 戦闘奴隷として買われたから、冒険者として迷宮へ行って冒険者のジョブを手に入れろっていう話も出てたしね。

 ジョブを手に入れるためにはレベルアップしないといけないから―――、それってちゃんと戦闘もしろってことでしょう?

 優しいようで厳しいの。


 ギルドに戻ったアタシはセレアと朝から仕事を共にする。

 午前中はギルマスの書類整理が主だったが、ギルマスが現在不在ということで副ギルドマスターのレイシェンさんがギルマスの仕事をするようになってから書類整理はしなくてよくなった。レイシェンさんは無口な女性秘書みたいな見た目で実に有能なようで、ギルマスがいない方が仕事が早い。ギルマスが判を押すだけの書類―――ギルマスの書類印のみ必要だったものなどがあったのだが、その書類達の殆どはレイシェンさんのお陰で簡略化―――判を押すだけ、となっていたらしい。

 そこまで部下にしてもらって尚、溜め込むのだからギルマスは書類仕事が苦手というか不向きな人なのだろう。役立たず、足を引っ張る人間がいないからかレイシェンさんは無口ながら上機嫌らしい。殆ど話したことはないというか見たことすら数回レベルのサブギルドマスターの話で受付嬢のセレアの関心をも奪っている。


「そんなにダメマスなら交代か降格処分しちゃえばいいのに。」


 アタシは純粋に思ったままのことを口にする。


「そうも行かないのが冒険者ギルドっていう組織なのよね。」


 ふうむ?


「だって冒険者ギルドの頂点に就く人が弱かったら示しがつかないんだもの。まあレイシェンさんはAランク全然弱くはないんだけど。それでもSランクのギルマスと比べると駄目ね。力こそすべての冒険者ギルドで力は絶対。暴力による抑止力って結構すごいのよ?」


 え、あの人Sランクなの?最強ってか?

 暴力は抑止力になるよなぁ。強かったら喧嘩なんて早々売られなくなるし。それよりランクって何?あたしのランクは?


「ランクって?」


「ララはまだ冒険者のジョブを持ってないから関係ないけど、冒険者のジョブが生えていることが条件なんだけど、格付けするための依頼があるのよ。それでCランクBランクって順に上がっていって最高がSランクってわけ。レイシェンサブマスはAランクまで上り詰めた立派な女傑よ。ノーランドギルマスはSランクまで上り詰めた英雄ね。」


「SとAでそんなに差があるの?」


「Sは知性を備えた魔物が作った集落を真正面からぶつかっても物ともせず凌駕し蹂躙し尽くすわ。その強さは竜と対峙できるといわれているほどよ。でもAはそこまでじゃない、ちゃんと作戦が必要よ。」


 無策で突っ込んで勝つだと?!じゃあ豚五十くらいギルマスに突っ込ませればよかったのでは?


「豚鬼の時は、ギルマスも参加してた……?」


「豚鬼殲滅戦ではお貴族様の息子が初陣だったからね。お守りをしていたから、しょうがないわね。」


 なるほど。


「それに都市の最高戦力にばかり頼ってちゃ育つものも育たないしね。」


 それで多数死者出してたら、しょうがないと思うんですが。


「仲間の死を経験させるのも新兵を育てるのに必要なのよ。」


 うへぇ。なんか間違ってないんだろうけど間違ってるわ。ぬるま湯に浸かりながら育成した兵士の心は脆弱なのかもしれないが、そうまでして強い兵士を育成したいのかね。

 そんなの成り行きに任せちゃダメなのか?


「知性を備えた魔物の恐ろしさを肌で感じてもらうためにもね。これがザックロール領のやり方よ。」

 

 所詮子爵家が治める土地などそんなものか。

 Sランクが傍にいるのだから確定されし勝利の初陣を切れたわけか、そのどら息子は。

 160人くらい死んでなかったっけか、貴族マジこえーやべー。

 

「そういえば、ララは2階層行けた?」

「ん。まあね」

「やるじゃない、それじゃ私も今日付いてこうかしら。」 

「んん、それはだめ。」

「え、なんで?」

「2階層には赤髪の4人組盗賊達がいるの。アタシはそいつらのせいで死にかけた。」

「赤髪の4人組……?ストラ団かレオル団?バッド団?」

 

 どうやら赤髪の4人組だと最低三チームはあるらしい。

 

「女が一人、男三人。2階層で活動してる?ボスには勝てないらしいよ。」

「じゃあバッド団ね。そんな報告受けたことなかったんだけど……。今はギルマスが頼れないからサブマスに頼りましょうか。付いてきて。」

「ん。」


 ギルド長室ではサブマス殿がてきぱきと仕事をしていた。

 かいつまんでセレアが顛末を話してくれる。

 それを黙ってサブマス殿は聞いている。


「――なら、証拠を押さえてください。」


 サブマス殿は胡乱な目でアタシを一瞥し、そういうと書類に目を通しなおす。

 まあそうなるよね。こんな子供が2階層を単独で闊歩してることになるからね。

 証言そのものが怪しいと思われたみたいで、証拠を押さえろとのことだが、それはどうしたらいいんだろうか。


「証拠かあ。録音虫と映像虫の出番ね。」

「なにその虫。」

「知らない?ほかにもでんでん虫とかいるのよ。」


 映像虫は芋虫みたいな見た目で、映像として起きたことを記録に残すことが出来るみたい。監視カメラみたいな使い方も出来るっぽい。

 録音虫は蛹のような形態の緑虫らしく、魔力を与えてあげることで周囲の音を録音再生させることが出来る。

 でんでん虫とよばれているのは蝶だ。綺麗で羽に0から9まで番号が書かれている。それらに触れて個体識別登録したものに繋げることで周囲の音を共有するという仲間同士の本来のでんでん虫と名付けられた蝶が持つ特性――危険信号機能を応用したものだという。

 因みに野生のでんでん虫は自身の持つ識別番号を鳴き声にし、仲間内に共有し記憶するだけの知能がある。

 本来は生きるために、ここに花の蜜があるよ、とかここは危険だよ、と伝えあい共生していく虫なのだ。

 映像虫、録音虫、でんでん虫は人間が形態毎に名を勝手に分けただけで、名付け人は音映蝶と呼び、生物百科事典にもそう記載されいるとのこと。

 

「この子たちは成長したらみんな蝶になる?」


「そうね。この子達も生きてるから。でも《時間遅滞ストップ》の魔法が掛かってるのよ。だからこの子達は長いこと生きてその姿を保ち続けるの。馬も人間との共生を選んで進化を遂げた種だけどこの子達も私たちとともに生きていくことを選んだ種よ。だから無碍な扱いはしちゃだめよ。この子達は音でやり取りするんだから、酷いことをしたらそれらが共有されて殆ど全ての音楽蝶が使えなくなるって思いなさい。」


 なるほど。頭がいいというのは強ち間違ってはいないらしい。

 

「気を付ける。」


 丁重に扱った方がいいのだろうと考えていたら固い返事になってしまった。


「まあ、危害を加えなければいいのよ。説明して脱線しちゃったけど、この子達を使って証拠を集めて、悪事を暴こうと思うわ。」


 それはいい考えだ。映像機能、録音機能、電話をつないでいれば、外部の人間に直接悪事を露見させられるのだから。


 まあ問題はどうやって接触して、その姿を収めるかだ。


「……囮になる。」

 

 アタシは囮役を買って出た。正規の受付嬢の命と奴隷の命の価値は同じではない。言いにくいことかもしれないなら言わせる前に言った方がいい。いや違うかも。ギルドで働く中で一番信頼できるセレアに言われたくないだけかもしれない。


「……それじゃ《編成構成》をしておくわよ。お互いの位置が何となく感じ取ることができるわ。」


 セレアからチームを組まないかって意思みたいな細い導線が繋がりを求めてきている。あたしはそれを受け入れる。

 するとチームが組めた感覚がやってきた。よりお互いの存在感がはっきりするというか……うまくは言えないけど。

 

「今から組んでおくから、お互い時間はバラバラに、ザックロール迷宮2階層で落ち合いましょう。もしバッド団が迷宮へ入ったら私もすぐに2階層に飛ぶわね。奴らがいたら最初はそこから動かないわ。チームメンバーを待ってるフリでもしておくから。でも彼らがいなかったら私はすぐララの所へ行くわね。」


「ん。」


 仕事を終わらせ、いつも通りにする。

 着替えて、洗濯物を出し、家族の様子を見て、石ころを集めて迷宮へ向かう。

 まずは作戦目標が地上にいるかの確認だ。四人組の赤髪は……いた。女1に男3。あれに違いない。

 アタシは気づいてないフリをして、堂々と近からず遠からずの距離を歩き通り過ぎた。

 アタシに気づいたのか、奴らがあからさまに反応している気配がする。《索敵》スキルで意識を張り巡らせているから奴らのことは手に取るように分かる。

 アタシを脅した時点で敵としてちゃんとスキルが認めているのだ。



 ―――ザックロール迷宮—――

 頭の中で入る階層を念じてください。

 

 ・一階層

 ・二階層

 ・十階層


 ―――――――――――――――

 

 二階層と念じる。

 景色は迷宮の中、石壁に囲まれた世界。最近はこの迷宮の造りに閉塞感を覚える。

 悪意ある人工迷路に迷い込んだかのようなストレスを感じるのだ。我が家より立派な造りだとか考えていた時が懐かしくもあり、暢気すぎて恥ずかしい、黒歴史である。


 アタシは二階層に着いた。

 冒険者はそこそこいる。この作戦で一番厄介なのは奴らがアタシが単独撃破出来る実力があるという現実をしっかりと受け入れ、あいつらの中で鴨でなくなってしまうことだ。

 その場合、矛先はもしかしたらセレアに向かうかもしれない。

 セレアでなくともほかに奴らの毒牙が向かうかもしれない。


「頼むよ。」


 誰にも聞こえない声量で呟く。

 石袋を意識的に撫でる。袋の中の石ころだけが、アタシの生命線。今回は右へ右へと歩いていくことにした。敵との戦闘を避け、冒険者達の戦い―――というよりクワガタの突進攻撃の予兆を重点的に観察する。


 これは紙耐久のアタシにとって死ぬほど大切なことである。

 クワガタが宙空から突進する一瞬前、羽の角度が鋭角になる。


 これがボス戦で活きるかというと微妙なところだが。


 対峙する冒険者は角を見て判断したのか。

 ぎりぎり回避は間に合っている。

 アタシがカブトムシと殺りあう時、ゆとりをもって避けられるならそれにこしたことはないのだ。そのヒントをクワガタから得ようと努力する。

 ぶるっ震えが襲ってくる。ちょっとだけカブトムシとの戦いを―――吹き飛ばされた攻撃の重みを思い出したのだ。

 まじで戦いたくないなぁ……。通常攻撃が効かなかった相手とか適正じゃないってことでしょう?

 それかやけにあいつが硬いか。

 もう一度戦うことを想定すると物凄く億劫になる。


 マッピングはまだ途中だ。だが、ボス部屋までの経路は右ルートでも確立した。一周してぐるぐる回ることは出来る。これでだいぶ逃げやすくなった。


(お?きた。)


 チームを組んでいる相方が二階層へやってきたぽい。入り口付近に突如強い存在感を感じるようになったのだ。

 ただそこからすぐに動きはない。これは、打ち合わせ通りならやつらがいたってことだ。

 

 餌にかかったのは確認出来たと。彼女セレア自身もソロっぽくみえるので狙われかねないが大丈夫だろうか。

 

 どちらから来てもいいように一旦ボス部屋までの直通通路前でうろうろする。冒険者達もこの一本道のある通路付近にはいない。ボスへ挑む団以外はそうそうここを通らない。魔物に両サイドでポップされたら地獄を見ることになる。安全を考慮すればこの通路付近で戦うのは躊躇われるんだろう。

 

 動き出した。

 ……………。

 左からボス部屋まで来るみたいだ。

 ………。

 ここで逃げてはだめ。だって彼らに脅迫されないといけないから。

 ……………。

 だー。近づいてくるのが分かる。

 途中止まったりする時間が長いのは、隠れているというより戦闘を回避しているのかもしれない。道中の自分の動きとそっくりだからかなりの確率だと思う。

 ………。

 …………。


 いっそこっちからちょっと近寄ってみるか。  

 左ルートで出口を目指して歩を進める。これで敵にもセレアさんにも会えるはず。

 そう思って此方から近づくこと5分。

 曲がり角の先にの姿が見えた。

 

「は……?」

 

 向こうでは邪悪な笑みを浮かべ、此方へ少しだけ足を速めて近寄ってくる赤髪男二人。

 あたしは嫌な予感がして首筋がちりちりと痛んだ。


 此方は駆け足で逃げるように、向こうは追うようにボス部屋にもつながる道――三つ又に分かたれたちょっとした広間のようなスペースに出ると、右回りの脱出通路とボス部屋に通ずる道を押さえるように赤髪の男女二人が布陣していた。


「また会ったねぇ。うちらのこと覚えてるかい?」


 嗜虐的な笑みを浮かべながら、赤髪の女が話しかけてくる。


「もちろん。この前は随分と酷い目に遭わされた。」


 あたしがそう言い返すと彼らの哄笑が木霊する。

 

「あんたが勝手にボス部屋に入ったんじゃないか。それで……どうやって出たんだい?」


「……。」


「おい、てめえみたいなガキがボスを倒せるわきゃねえんだよ。答えろ!!!」

 

「………。」


 恫喝してもアタシは口を割らない。

 本当はちびりそうな程怖いけど。

 ぐるっと回って逃げるつもりだったのに。

 はぁ、思わずため息が漏れてしまった。


「ってめえ!!!今溜息でも吐きやがったのか?!馬鹿にしてんじゃねえぞ?!大方、その袋に魔道具の一つでも入ってんだろ?!魔力でも溜め込むタイプで、ぶっ放すとボスでも倒せる何かをよぉ!!!但し効果は込めた魔力量に依存するってとこか?ヤれても俺達の内、一人しか無理なんじゃねえか?」


 目の前の男女組は相当頭にキテいるみたいで青筋が浮かんでいる。盛大な勘違いだが、ぺらぺらと喋る内容は聞く価値がある。世の中にはそんな便利なものがあるのかと話に関心してしまう。


「やっと追いついたよ。鴨ちゃん!」


「!」


「こな、くそっ!!」


 アタシが勢いよく振り向いて、ぎりぎりのところでボスへの通路に飛び逃げて回避する。

 後ろから追って来ていた赤髪男二人組もここまで来ていたみたいだ。実力行使に出た男がわざわざ声を掛けなきゃ捕まっていたところだ。


「なんでそんなにアタシを狙う?」

 

「そんなの決まってるだろ?ギルドにチクられたら不味いんだよ。それに魔道具も欲しいしな。」


「実際にはだけで加えてはない。今なら見逃す。」


「ははは、そのってのがいけねえんだ。証拠はすべて潰してきたってのに、痛くない腹を探られて警戒されちゃやってけねえだろ?」


「そうそう。オチビちゃんが生きてるってだけでもうアタシたちには害でしかないのよ。」

 

「そういうこった。魔道具があれば俺達でも二階層を突破できるしな。いや、三階層、四階層も目じゃねえかもしれねえ。」


「じゃあ……あの時、装備全部あげたら見逃がすって言ってたのは嘘?」


「クハハ、当たり前だろう?最悪、誰かが死んだとしても恨みっこなしってことでもう話はついてんだ。」

 

「じゃあ、もう見逃す気はない?」


「そうだ。」


 一番老け顔なおっさんと最後に短く言葉を交わすと、にじり迫ってくる。

 アタシはそれに合わせて後退するしかない。



 ―――バキリッ、ポン!!!


 一本道の通路、ボス部屋へ続く道中に魔物が産まれた音を幻聴する。嫌に汗は噴き出て背中はびっしょりと濡れる。


「ayaaaaaaaaaaaaaaaaaa」


  鳴き声まで。前方に注意を払わないといけないのに後方にも魔物が産まれてしまったのが確定する。

 男たちがにやにやしながら武器を構え、にじり寄ってくる。

 幸いなのは後方の魔物を警戒してるせいで、先ほどより慎重だということ。



 アタシは全力で振り返って魔物に突っ込むように走る。


 魔物もアタシ含め五人もいるので誰を狙うか迷っていたみたいだが、アタシが突っ込んできたことで狙いをアタシに定めた。


 宙に浮き、クワガタの二本角が此方に向く。そしてばっと開いた羽が鋭角になった瞬間、アタシは全力で屈んで回避した。

 身体が小さいのを生かした回避で見事に避けることに成功。魔物は後方の盗賊達に突っ込んでいく。


「うわ!?」

「くそが!!!待ちやがれ!!!」

「逃げても証拠はねえぞ!!ガキのてめえの言い分だけだ!!」

「迷宮から出てきた所をぶっころしてやるからな!!!」


 口々に悪態を吐いているが、負け犬たちめ。

 あたしはボスをサクッと倒して、さっさとギルドに帰るっつうの。とりあえず、役割は終えただろう。

 

 セレアさんがこそこそとしていたのはチームを組んでいるから分かってる。さすがに彼女に危機的状況の中、姿を現して援護してくれなんて思ってない。お互い役割を果たす、それだけだ。


 あたしは石袋の中から、石ころ先生を取り出し握りしめ―――、ボス部屋の中央にいるカブトムシの角を避け、頭蓋に投げた。


 レベルは上がらなかったが、一階層のボスより明らかに多い経験値が体を駆け巡る。

 チームを組んでいるから一割はセレアへ流れただろうがこれは致し方ない。安全の知らせになったはずだ。あたしはボス木材を片手にもって迷宮を出た。


「おっちゃん。」

「おお、嬢ちゃん。そりゃ、甲木煉瓦じゃねえか?捕ってきたってこたぁ、二階層もやれたか?すげえな。」

「これ、売る。あと、朝のボス塩も。」

「ああ。ああ、じゃあ、しめて620ゴルドだな。」

「ん。それと、全員赤髪で4人組。女が一人のやつが迷宮から出てきたら注意して。それ盗賊だから。」

「おいおい、まじかよ。分かった。あんがとよ。すぐほかにも知らせるわ。」


 何でも買い取り屋;ドンベーイの店主はあたしが子どもでも信じてくれる、良い店主だ。

 それだけでなく、ほかにも露店を出してる店主に話してくれるらしい。

 これでやつらが出てきてももう買い取りはしてもらえないはず。


「あたしはこのことギルドにも言うから。」

「ああ、いってきな。そいつらが出てきたら俺が見張っといてやるよ。」

「ありがと。」

 

 あたしはどこまでも良いやつなドンベーイの店主に感謝した。

 でもギルドに向かってる最中気づく。

 相手は四人だ。もし、とふと思ってしまって止めれば良かったと思った。店主は店主であって冒険者じゃないだろうに。

 何かあったらどうするんだと、自分を責めたが戻るわけにもいかない。

 セレアなら迷宮内で動きを感じるので恐らく平気だ。

 ダッシュで此方に引き返しているところだろう。


 ギルドまで全力疾走して、息が少し上がった。

 そんなあたしをみて、夕番の巻き髪受付嬢レレオーネが眉間にしわを寄せた。厄介事の匂いを嗅ぎわけてしまったのだろう。

 厄介事ですみませんとは思うものの、万が一にもおっちゃんとセレアさんの身に何かあってからでは事だ。

 あたしは声を張り上げて凶報を告げた。


「二階層に盗賊!!!赤髪四人組、男3、女1のチーム!証拠を持ってるセレアさんが危ないかもしれない!!!たすけ、て!!」 


「ええ?!」 

『なにぃ?!』


 レレオーネだけでなく仕事終わりなどで屯していた冒険者達も声を荒げて反応した。セレアの人気が伺える。

 中には武器えものに手を掛けている者まで。

 息が切れかけて最後のたすけてが詰まってしまったのが、子どものしたったらずさ―――庇護欲を搔き立てたのと悲痛な叫び感が絶妙に演出されたのだが、そこはララは気づけない。


「ぶっころしてやる!!この辺りで赤髪四人組の女が一人といやぁ、誰だ?!どこの団だ?!!」

「俺ぁ、知ってるぞ!!バッド団だ!!!ぜってえ合ってる!!女一人なんて可笑しな組み合わせだ!!まちがいねえ!!!」


 あっという間に情報が集まる。


「いくぞ!!!てめえら!!!」

『おう!!!』


 七人か八人くらいの冒険者がザックロール迷宮に突撃しにいった。迅速、とはこの事をいうんだろうね。

 団結した冒険者まじでこわいっ。


「ララ、いまの本当よね?」

「ん。」


 あたしが出入口を譲るように、端に居ると近寄ってきたレレオーネに嘘じゃないよね?と再度確認されたので、しっかりと目を見て頷いた。


「無事でよかったわ。一先ずカウンターの奥にいらっしゃい。それと事情を詳しく話してね。」

「ん。わかった」


 いつも眠そうにしているレレオーネだが、盗賊と聞いた辺りからだいぶ怒っていた。それもセレアの名を出してからはもう完全に青筋までびきっと立ててしまう程に。

 面倒事は嫌いだが、身内に降りかかる火の粉は全力で対処するタイプなのだろうか。セレアと仲がいいのかもしれない。


 あたしは戦闘奴隷なのに逃げ帰ってきたのを怒らないだけレレオーネは優しい。


 あたしがソロで二階層に潜った時の、最初から説明なので少し長くなってしまったが、ちゃんとセレアがこの件にどう関わっているのか分かると、


「なんだ、それなら本当に危なかったのはララなのね。じゃあアレはセレアに万が一があっちゃいけないからわざとやったわけだ。ふふふ、ララはとんだ女優ね。あたいも騙されちゃったわ。」 

 

 事情説明し終え、少し気が抜けたのか吊り上がっていた目は、いつもの眠そうな目に戻っていった。


「それより、二階層まで突破できるほどの攻撃力があるなんて驚いたわ。あのボス相当硬いでしょう?」


「ん、それはスキルのおかげ。」


「へえ、どんなスキル?」


「投擲師のスキル。一時間に一度だけ投げた威力が上がるの。」


「ああ、ってことはララは《投擲》のスキルが身に付くまで頑張ったんだ。」


「ん。」


「えらいじゃん。あたいも頑張ろうとしたけど諦めちゃったわ。また頑張ってみようかな?」


「ん。」


 まあ二年くらいは掛かったからなぁ。《投擲》は順番的に最後の方だったと思うし。

 ジョブ特有で手に入るスキルとジョブに関係なく手に入るスキルがある。その一つが《投擲》スキル。そしてこれを持ってないと生えないジョブが投擲師。

 やけに?(いや、あたしにとっては…?)スキル効果が高いのも《投擲》を入手するのに時間が掛かるから、らしい。それでも一時間に一回しか使えないので、分かる通り周回には使えない。気長に一時間に一回でも良いなら、あたしみたいにボス狩りには使えるけどね。因みにそのボス狩りだって今は一体しか出てないからいいけど、そのうち二、三と増えてくし……上に行けば行くほど微妙になっていくぽいけど……。そもそも十倍程度では死なない可能性もあるのだから……。一撃死させられないなら本当に微妙なスキルだよね。どれだけ低次元だから有用なスキルに見えるのか……ってうっさいな!弱くて悪かったね!


 まあそれでも受付嬢やってて低階層を潜ってる?ぽいレレオーネとかには魅力的に映ったみたい。

 倒せなくても逃げる時間稼ぐのに使うとかもアリだし。

 手札は多いに越したことないよ、本当に。


 説明してる間にセレアに冒険者に、捕らえられた赤髪四人組がやってきた。


「セレア!!怪我無い?!……こいつらが……!!!!」

「無事でよかった。」

 

 あたしとレレオーネはセレアを出迎える。現行犯を目の前にして怒りが再燃したのか、レレオーネの鬼のように吊り上がった目がこわい。

 

「あら、出迎えありがとう。落ち着いて、レレオーネ。憲兵に出して、監獄行き確定の相手に怒りをぶつけても仕方ないよ。」


「ったく。まがりなりにも冒険者ギルドに所属してる奴に身内狩りするような屑が出てくるとはね?!反吐が出るよ!!」

 

 レレオーネさんはお冠です。

 手は出ないけど口は出るみたいです。

 他の冒険者もそれに賛同するように、殺気を赤髪連中にぶつけている。

 

「ここに盗賊を捕らえたと報告があったのだが?ああ、こいつらか……。悪いが、証拠があるから必要ないんだが、ジョブもステータス盤で確認するぞ。」


「ララ、ステータス盤持ってきて。」

「ん。」


 こういう時は下っ端が働くもんだからね。素直に聞くよ。というか本来はあたしが持ち込んだ厄介事だからね。業務時間超過しても気にしないよ。そう思ってる時点でちょっと気にしてないかって?いや本当に思ってないからね!!!本当だよ!!!怪しい?全然怪しくないわ!!信じて!!


「では、お前たちがどんなジョブを発現しているか見させてもらう。」


『や、やめろ!!!』


「暴れるな!」


「がっ!!」

「ひぃ……。」


 憲兵は剣の柄で後頭部をぶん殴って黙らせた。

 ステータス盤に手を押し付けられ、情報が開示される。

 恐ろしいことに盗賊だけでなく、殺人鬼、外道、強姦魔、悪人、悪童、悪鬼など恐ろしいジョブが並んでいた。

 悪童とは幼いころより、悪の道―――それこそ人殺しなどを率先して(?)好んで(?)手を染めなければいけない、入手時期が限定されているジョブである。

 外道は人の道を踏み外した残忍な行いをすること、殺人鬼と強姦魔は複数人にそういうことをすること。悪鬼は条件が分かっていない。ただ、悪童や殺人鬼、外道など複数の悪ジョブを持っていることで生えるジョブなのではないかと言われている。

 現に悪鬼のジョブは四人組の中で今あげた悪ジョブ全てを持っていた一番老け顔のおっさんしか持っていなかった。

 女盗賊が一番罪が軽そうで強姦魔、悪童、外道なんかは持っていなかった。それでも殺人鬼に盗賊、悪女は生えていたから十二分に救えないド屑であることに変わりないけど。

 単に男たちにやらせていただけだろうしね。


 我ながら良く逃げ切れたなぁ。この人たちが小娘だって馬鹿にして掛かったお陰かな?

 ぶっちゃけまだまだいそうだけどね。これを機に悪いことする人がほかに流れてくれればいいんだけど。

 イワシ団のときにちらっと名前が出てたけど、奴隷商にもやばい奴が一人いたはずだし。

 今回逮捕?して分かったけど、悪人をとっ捕まえるのって相当大変だよ。囮捜査官は実力を備えてないといけないし。犯罪者が捕まってなくても文句言えないや。


 憲兵に連行されていくのを見送りながら一件について振り返る。

 あたしが犯罪者を捕まえることの困難さを痛感し、悪が蔓延っているのも致し方ないのかもしれないと諦念と許容の感情に吞まれかけていると、憤懣やるかたないとばかりにレレオーネが毒吐き始めた。


「いくら目標を高く掲げても、壁にぶつかった奴が堕落することはあるわ。そしてそれを咎める抑止力ストッパーがいないのが大きいわよね。」


「抑止力って?」


 思わずレレオーネに問うてしまう。


「そりゃ騎士団よ。あいつらは迷宮の治安――というより、冒険者達や傭兵の命なんてどうでもいいのよ。あたいがデロ領にいた時は迷宮都市といってもちゃんと騎士団が迷宮の治安維持活動をしていたわ。レベル上げにもなるし、救援にも駆けつけることが出来るから冒険者や傭兵が小遣い稼ぎに潜ったりしても死傷率はザックロール領よりぐんと低かったから、犯罪率も低かったはずよ。」


 確か騎士団を率いているのって―――貴族じゃなかったけ?


「あのド腐れ貴族のせいね。」


 同調するようにセレアまで毒吐いた。これには意外感を覚えた。あまり人の事を悪く言わないイメージのセレアも嫌っているのだろうか。


「嫡男が産まれてから酷くなったって聞くけど、本当の所はどうだか。最初から酷かったんじゃないかしら。」


「民より子が大切なのでしょう。唯一の子ですからね。奥方を何人も娶って一人だけしか誕生しなければ過保護にもなる――といっても限度がありますよね。」


「本当よ。あたいレレ調べによると使用人の話じゃ産めなかった奥方達は使えない小袋持ちが!と罵られて、肩身が狭い思いをしているらしいし。」

 

 それは……絶対子爵の精子不良だろ………。ここにきて、貴族の株が豚鬼の一件もあって、急降下している。

 まあ元から嫌いだったけど。下がり続ける株はもう止まることをしらない。不思議なもんだ、ふつうは何処かで下限にぶつかるもんだろうに。いっそ清々しいくらいの悪党で抱ける感情は嫌悪感一つ、実に分かりやすくて助かる。

 ちょっとでも良い部分があれば。いっそ清々しい悪だ、この領の貴族は。

 借金返済後はデロ領とやらに家族を連れて逃げるのも手?

 生まれて8年このザックロール領しか知らないけど。


「これ以上はヒートアップしちゃうからやめましょ。さすがにイライラより気分が悪くなってきたわ。」


「そうね。二人とも無事だったってことで。今回は何よりね。」


「ん。」



 ――――一方その頃――――


「ふむ、こやつらが………。」


『ひぃ……!!お、お慈悲を……ぐぅ……!!』


「………。」


 一瞥されただけで、奴隷紋が作動し盗賊達はガタガタ震えるだけでなく、苦鳴を漏らしてしまう。何事もなかったかのように側仕えの騎士が子爵閣下の問いに答える。


「はい、ザックロール閣下。迷宮で悪事を働いていた者達に御座います。鉱山送りにしますか?森林開拓でもさせましょうか?」


「何方でもよい。害虫共は貴族が使うことで益虫となる。足りない方に使いつぶせ。」


「はっ。」


 そう厳命した子爵閣下の瞳には、もう盗賊達は映し出されていない。奴隷の首輪が付けられた盗賊達は騎士達に連れて行かれていく。


「して、こやつらを捕まえたのは女と聞いたが?」


「はっ。一人は冒険者ギルドの受付嬢で、一人は戦闘奴隷兼ギルドの使用人として働いている女児のようです。迷宮にて映像虫と録音虫を使って証拠をしっかりと残しています。」


「ほう?それほど勇敢にして有能か。見目は?」


「それなりかと。」


「そうか」


 舌なめずりした子爵閣下が何を考えているか、その心中は誠、読みやすいものだった。 


 こうして幕は閉じ、新たな不穏な幕が開けるのだった。


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