最終話

「ごめん。急な仕事が入って、今日も会うの無理かもしれない」

竹中からのLINEを読んで、片瀬の胸がキュッと痛み、ものすごく寂しい気持ちになった。

一人で食事をする気にもなれず、とりあえず、今晩一緒に食べようと準備してあった食材を冷蔵庫に仕舞う。そしてシャワーを浴びると、片瀬はそのまま布団に潜り込んだ。しばらくして、知らずのうちに涙が零れた。

ヤバい、俺。いつの間に、こんなに竹中さんのこと…。会えないかも、って連絡をもらっただけで、何て返信していいのか分からなくなるくらいショックで…。「いつ会えるの?」と聞くことすら出来ないくせに、こんなにも会いたいって思う。ワガママを言いたくなくて我慢してきた日々を思って、より辛くなる。

そこに、コンコンと玄関の扉をノックする音が響き、鍵の開く音がしたかと思うと、扉が開いて、竹中が部屋へと上がり込んできた。

「ど、どうしたの?」

片瀬は布団から顔だけを出して、竹中を驚いた表情で見ていた。

「俺たちが二ヶ月以上会えてないって知った安永が、仕事変わってやるから、って。明日も休んでいいって…。渉流…」

布団ごと、ギュッと抱き締めてくれる。

「たけ…なか、さ…」

「なかなか会えなくてごめんな」

「う~っ…」

涙が布団へと染み込んで行く。

「泣くほど会いたかったなんて、知らなかったよ。そんなに俺のこと好きだったんだな。すげぇ嬉しい」

「ち、違うから…」

「違わないよ」

「何…その笑顔…」

「だって、今の渉流の泣き顔、めっちゃカワイイから」

「最悪…。俺がどんな思いで…」

言葉がキスでふさがれた。

「渉流、一緒にお風呂入ろう。職場からそのまま来たから、汗とかかいてるし」

「俺、もうシャワー浴びちゃったよ」

「分かった。じゃあ、俺もすぐにシャワー浴びて戻ってくる。服着ないまま来るから、渉流も脱いどけよ」

そう言って、竹中は浴室へと向かった。

脱いどけって、何だよ、それ。

「それしか、頭にないの…?」

渉流は何だかおかしくなって、ついクスクスと笑ってしまった。

「おまたせ!」

竹中が、本当に素っ裸で戻ってきた。

「ちょっ…、前ぐらい隠してよ」

「いいじゃん。どうせ見るんだから」

「べ、別に、好きで見るんじゃないよ」

「っていうか、何で脱いでないんだよ」

布団を一気にはぐる。

「やだっ!」

「やだじゃない。渉流、会いたかった」

熱く熱く唇が重なった。そのまま容赦なく服を脱がされた片瀬は、迷うことなく竹中に身を委ねたのだった。


「え?うそ。じゃあ、友田さん辞めたんだ」

まどろむベッドの中、腕枕をしてもらいながら、渉流は思わず声を上げた。

「ああ。まあ、仕事に対しても考えが浅はかすぎたっていうか。みんな最初は甘い顔してたけど、だいぶワガママも度を超してきて。しかも、お客さんにかなり迷惑かけて、謝罪しに行くように言ったら、逆ギレして、自分は悪くないの一点張りで。こんな会社、最低だから辞めます、って」

「そうなんだ。また人が減って、忙しくなるね」

そうは言ったものの、片瀬はひどく安堵していた。

これで、あの子の行動や言動に振り回されなくても済むんだ、と思ったら何だか本当に安心したのだ。

「忙しくはなるけど、まあ、ミスも多かったし、ハラハラしなくて良い分、気分的にはラクになったかな」

「うん…。でも本当は少し寂しかったりして。友田さん、結構可愛かったから…」

「またそういうこと言う。他の女見てるヒマがあったら、渉流に会いに来るに決まってるだろ。俺には渉流しか見えてないんだからな」

再び唇が重なった。長く熱いキスのあと、

「そうだ。梶尾課長代理に、渉流のこと、俺が思いっきり上書きしてますから、って言っといた」

竹中が偉そうに言い放った。

「そんなこと言ったの!?」

「当たり前だろ。誰の物なのか、分からせておかないと。また言い寄られたりしたら困るし」

「子供じゃないんだから…」

片瀬が呆れたように呟く。

「でも、そのせいで遅番の勤務も増えたし、急な仕事入れられたり、ほとんど土日祝の勤務になったけどな。課長代理が勤務表作ってるから、わざと渉流に会わせないようにしてるの、バレバレだっつーの。俺を友田さんの担当にしたのも、渉流に嫉妬させて、関係をこじらせて別れさせようとしてたんだろ、って安永に言われて」

言いながら、竹中が片瀬の頭を何度も何度も優しく撫でる。

「そうだったんだ。知らなくてごめん。俺のせいで竹中さんに迷惑かけてるんだね…」

「渉流のせいじゃない。課長代理の器が小さすぎるんだよ。人の恋愛の邪魔して何が楽しいんだか…。

でも、障害がある方が余計に燃えるし、会えない時間があればあるほど、渉流に会えた時の嬉しさが半端ないから、耐えようって思うようにしてる。本当は毎日でも会いたいけど」

「うん。ありがとう。すごく嬉しい。俺、竹中さんのこと、本当に好き。大好き」

そう言いながら、竹中の首に両手を回し、抱き付く。

「初めて言ってくれたな。その言葉だけで、マジで頑張れるよ」

竹中が、片瀬の髪に鼻を埋める。

「久しぶりの渉流の匂い。このすげぇいい匂いに、いつもめっちゃ癒やされる」

竹中が、片瀬の小さな体を両手で包み込んだ。

「竹中さん、土日祝が仕事だと、平日が休みになるんだよね?」

「ああ。一応、週休二日制だからな」

「俺、年休を取るように職場からキツく言われてて。二週間に一日のペースで平日に有給取らないと、消化しきれないんだって。あと、夏期休暇と冬期休暇も一日ずつもらえるし。これから竹中さんの休みに合わせて、休み取ろうかな」

「マジで?いいの?」

「前もって竹中さんの休み教えてもらえたら、俺もその日に休みの申請さえすれば、非常勤さんに来てもらえるように局長からお願いしてもらえるから」

「じゃあ、勤務表が出たら、すぐに連絡する」

「うん。俺、実はデートとかほとんどしたことなくて。竹中さんと一緒に、いろんな所に出かけたい」

「そうだな。俺たちのあんまりデートってしたことないかも。これから、いろんな場所に出かけたり旅行に行ったりして、渉流との思い出をたくさん作って行きたい」

「うん」

「もう、何もかも上書きして、俺でいっぱいにしてやるから、覚悟しとけよ」

「それは、俺のセリフだよ。遊びまくってた記憶、全部上書きするから、覚悟しといてよ」

片瀬が、微笑む。

「マジでかわいすぎるだろ。俺、渉流のこと好き過ぎて、ヤバい」

竹中が片瀬を強く強く抱き締める。そして片瀬もこれからの二人の思い出作りに思いをはせ、とても幸せな気持ちに包まれながら、久しぶりの竹中の胸の中で、ゆったりと眠りについたのだった。(完)

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その恋、上書きさせて下さい。 多田光里 @383103581518

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