密度の高い空っぽ

 進路希望調査。一体なんだそれは。志望する高校を書けというのだ。くだらない。そもそも高校などというものへ行って、おれを一体どうしようというのだ。おれは調査票に「大金持ち」「政治家」「野球選手」とだけ書いた。くだらないことには、くだらないことを書けばよい。


 おれは放課後、担任に呼び出された。


 あのなあ千堂、お前本当にこれでいいのか?


 どうせおれは神様の家に行くのだ。高校なんて目指したって仕方ない。夢だって持っていたって仕方ない。仕方ないものは、最初から持とうと思わないことだ。


 そうは言ってもな、これは正式な調査票だからきちんと記入しないといけないんだ。お前の成績なら、そうだな、この辺の高校はどうだ? ここならお前でも一から勉強ができると思うんだ、仲間もきっと大勢いるぞ。


 担任はこの世の上澄みを煮詰めたような美辞麗句を並べ立てる。


 いいんです、僕は神様の家に行くと母に言われていますので。


 そう言えば絶対担任は頭を抱えると思った。予想通り、担任はイヤそうな顔をした。ざまあみろ、権力の手先の汚らしい蛮族め。


 そうは言ってもな、ああ、俺は、そうだな、うーん


 なんだよ、何か言いたいことがあるならさっさと言えよ。大人なんだろう、おれよりずっと頭がいいんだから、おれのことを何とかしてくれるんだろう?


 どうせおれは神様の家に行くなんて言ってもみんな笑うだけだと思っていたから、言わなかった。神様なんかいないとよく言われた。おれはそれが理解できなかった。神様がいないというが、その証拠はあるのか。おれの母上はなぜああも幸せそうなのか。おれの母上の幸せが嘘なら認めてやる。神様なんかいないってな。


 おれは母上のために神様の家に行かなければならない。母上は大変幸せであるべき女性だ。おれは担任が困っている前でずっと時計を見つめ続けた。さっさと終わればいいのに。これでは母上に叱られてしまう。


 なあ、千堂。お前のお父さんは、なんて言ってるんだ?


 お父さん、そんなものはおれにはいないと思っていたが、冷静に考えればおれにも父親がいるのだ。当たり前だ。


 お前のな、その、進路のことだから親父さんとも相談してみればいいと思うんだが、いや無理にとは言わないぞ。その、いろいろ家庭の事情とかもあるからな。俺もできればお前のお母さんと話がしたいんだが、その前に親父さんの意向もあるなら、少しと思うんだが。


 担任はしどろもどろに言っていた。こいつ、母上のことが怖いんだ。どいつもこいつも、みんな母上のことを嫌いやがる。だからおれはこいつらが嫌いだ。


 でも担任の言う通りだ。おれの人生の一大事なのだから、親父の意見も聞いてしかるべきだ。母上に内緒で、おれは親父について調べてみることにした。担任は役所で金を払えばおれの戸籍謄本というものがもらえ、そこにおれの父親について書いてあるはずだと言った。調べものに金をとるとは、権力の権化はケチで仕方ない。


 数百円払って、おれは親父の名前と現住所を知った。あとは親父に会いに行くだけだ。

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