激しいようで虚無
家に帰ると、母上の祈りの時間だった。母上は熱心に祈りをささげている。邪魔をすると後で酷いのでおれは母上の邪魔をしないように小さくなって、一緒に祈りをささげる。
長い長い祈りの後、母上がひとこと言った。
帰っていたの。
おれは小さくただいま、と言ってカバンを持っておれの部屋に行く。帰宅の報告をせずにおれの部屋に入ると、母上は機嫌が悪くなる。悪魔の所業をしているかもしれないとおれの部屋を隅から隅まで改める。おれはそんなことはしない。そんないやらしくて、あさましい行為はしないのだよ、母上。そんなことを言っても母上はおれが男であるというだけでおれをケダモノのような目で見ることがある。
おれは誰からも信用されていない。
母上が言うには、信用が欲しかったら神様に祈ることが一番であるらしい。神様に祈っているときは安らかな気分になり、世界で一番の幸せ者になるようだ。だから母上はおれにも神様に祈るように言う。
おれは部屋に入るとすぐ横になった。学校へ行くとすぐに疲れる。大勢の人が嫌いだ、勉強が嫌いだ、教師が嫌いだ、真っ当な空気を出してないと嫌われる空気が嫌いだ。だったら最初からおれはみんなみんな嫌いだ。
そんなことを言うと母上はとても喜ぶ。お前は俗世の俗物から線を引いているのよ、お前は神様のところで働くのだからそんなものとはかかわってはいけない。汚らわしい俗世は捨てなさい、ただ安らかであるように祈りましょう。そう言ってお祈りが始まる。おれも神様にお祈りをする。
かみさま、かみさま。
おれは今日も俗世に染まらずに帰ってきました。
かみさま、かみさま。
母上は今日も安らかでいらっしゃいます。
かみさま、かみさま。
どうか明日も、みたまをやさしくお守りください。
おれが中学を卒業したら、おれは神様の家で働くのだ。神様の家には多くの大人がいて、母上のような熱心な信者のお世話をする。母上はおれを神様の家で偉い人にしたいようだった。神様の家で偉くなるには、長いこと神様の家で暮らさないといけないらしい。だから、おれは中学を卒業したらすぐに神様の家に行く。同じような人が神様の家にはたくさんいた。だから、おれも神様の家に行くんだろうと思っていた。
そうだ、お母さん。今日胸がどきどきしたのです。
胸がどきどき、どんな風に?
胸が締め付けられるように、ぎゅっとなりました。
おお壮一、それは悪魔がお前についたんだ。
母上はおれの胸に手をやった。
悪魔め、壮一から離れろ。
私のかわいい息子から出ていけ。
母上は必死に心配してくれた。それからもおれは田辺さんを見るたびに胸がちくちくしたが、悪魔を払った母上のことを思い出して胸の痛みを無視するようにした。そのうち痛みは消えた。やはり母上はすごいのだな。
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