自殺した私が恋愛小説の愛されヒロインに転生させられた⁉ ~異世界転生なんてクソくらえ!~

あやとり

本編


 私はビルの屋上から飛び降りた。

 落ちたら全身がぐちゃっとつぶれるほどの高さだ。

 生きづらいこんなクソみたいな人生ともこれでおさらば。


 それでは、グッドバイ。


 と、飛び降り自殺したのがついさっきのこと……のはずだった。

 

 「……は?」

 

 次の瞬間、私がいたのは上質で広い洋室。驚いて周囲を見渡すと、大きな姿見が目に入る。そこに映っていたのは、金髪が綺麗な美少女。


 待て待て待て、この女には見覚えがあるぞ!

 

 私が学生時代何となく手に取った恋愛小説のヒロイン、メアリー・スー。ヒロインが家族にも婚約者にも大切にされ、ただ愛されるという現実では到底あり得ない内容の小説で、途中で嫌気がさして読むのをやめたことを覚えている。

 

 まさか、これが流行りの異世界転生というヤツか?


 「ふっざけんな‼」

 

 私は声の限り絶叫した。ようやく生きずに済むと思ったのに!

 ベッドから飛び起き、窓際へと突っ走る。異世界転生だかなんだか知らないが、こうなったからにはもう一度この世からおさらばするだけだ。一度屋上から飛び降りた私にとって、自殺のハードルは非常に低いものとなっていた。

 窓をバン!と開けて飛び降りる。

 

 さあ、今度こそグッドバイ。


 の、はずだった。

 ドサッ、と誰かにお姫様抱っこで受け止められる。誰だ、私の自殺を邪魔した奴は。

 じろり、と頭上を睨むと、そこには目が眩みそうなほどの銀髪の美青年がいた。ギルフォード・ライブラ。メアリー・スーの婚約者となるキャラクターだ。


 「ああ、ちょうどよく僕が下にいて良かったよメアリー。急に君が落ちてくるものだから、驚いちゃった。まるで天使が舞い降りたみたいだったね。怪我はないかい?」

 「あーはい。おかげさまで」

 

 私は前世のブラック企業勤めで身につけた棒読みで答える。そんな愛想のない回答でも、ギルフォードは嬉しそうに微笑んだ。美形の笑顔は心臓に悪い。

 

 「けど、本当に気を付けてね。君に何かあったら、僕はどうにかなってしまいそうだから。さあ、部屋まで送っていくよ」

 

 私は私であって、貴方の愛するメアリー・スーではないのだが。居心地の悪さを感じながら、私はお姫様だっこのまま部屋に連行されていった。


 こんなはずじゃなかったのに。

 異世界転生なんてクソくらえ!

 

 今度は邪魔が入らないように、私は自室で首つり自殺を謀ることにした。シーツをひも状に結んで、天蓋付きベッドの上の装飾にくくりつける。あとは椅子をセットして準備完了だ。首元に輪っかを引っかけて、椅子から足を外す用意を整える。

 

 気を取り直して、今度こそグッドバイ。


 「お嬢様、失礼しま~す……お、お嬢様ああああああああ⁉」

 

 大声に驚いてドアの方を見ると、そばかすの可愛らしいメイドが絶叫していた。確か、このメイドの名前はダイアナ。メアリー・スーの友人ともいえる人物で、仲の良さからノックなしで部屋に入ってくることもあったんだったっけ。

 

 「お、お嬢様、やめてくださああああい‼ どうしたんですか、私がこの前おやつをつまみ食いしたこと、まだ怒ってるんですか⁉」

 「貴女そんなことしてたの⁉ というか、抱き着くな離れろ!」

 「嫌です、離れませええん‼ お嬢様が椅子から降りるまでやめませえん‼」

 

 そうやって二人でやいのやいのしていると。

 

 びりっ


 「あ」

 

 シーツが二人分の体重を支え切れずに破れた。私はバランスを崩して椅子から転げ落ちる。

  

 「いたた……もう、貴方ね……」

 

 目の前のメイドに文句を言ってやろうとすると、涙と鼻水でずびずびの顔が眼前に迫っていた。

 

 「うわっ」

 「お嬢様あああ‼ 良かったよおおおお‼」 

 

 抱き着かれて、凄い勢いで泣かれた。ここまで恥もかき捨てて泣かれると、何も言えなくなってしまう。高価なドレスも、上質なメイド服も涙と鼻水でベトベトだ。

 

 「一体どうしたんだい、ダイアナ!」

 「まあ、これは何事⁉」

 

 騒ぎを聞きつけた両親も、部屋の惨状を見て唖然としていた。かくして、私の自殺計画は白昼の元に晒されたのである。

 

 こんなはずじゃなかったのに。

 異世界転生なんてクソくらえ!


 家族に自殺しようとしていることがバレた私は、両親とギルフォードから別荘での療養を勧められた。もちろん、両親、ギルフォード、ダイアナも一緒だ。


 まったく、いつになったらこの世とおさらばできるのか。


 そんなことを思いながら、日々は過ぎていった。どうやらこのメアリー・スーという女、家族や婚約者から惜しみない愛を注がれているらしい。今まで感じたことのない愛情というものに、正直戸惑いを感じる。とはいえ、それ以上に生から逃れたいという欲求が強い。その戸惑いを上回ってくる。

 

 ある日、両親から外の空気を吸いにピクニックに行かないかと誘われた。あれよあれよという間にギルフォードと一緒に馬に乗せられ、気づけば広々とした草原に到着していた。家族はシートを広げたり、昼食の準備をしたり。時間はあまりにも呑気に過ぎていく。その様子をぼーっと眺めていると、視線の先に川を見つけた。

 ここで、私は一つの仮説に辿り着く。

 

 自殺がバレても、助けられない状況を作ればいいのでは?


 私はふらふらと川へと歩みを進める。ちょうど家族もギルフォードも、ピクニックの準備に手間取っている。今しかない。

 

 「メアリー?」

 

 ギルフォードの声がする。だけど、今しかない。

 

 「お嬢様もピクニックしませんか? 楽しいですよ!」

 

 ダイアナの声がする。だけど、今しかない。

 

 「メアリー、貴女もこっちへいらっしゃいな!」

 「おや、メアリー。その方向は……」 

 

 両親の声が聞こえる。だけど、今しかない。今しかない。今しかない!

 

 ドボン!

 

 「メアリー!」

 

 川に飛び込む寸前、ギルフォードの声が聞こえた。

 だが、それもこれで終わりだ。終わりなんだ。

 

 それでは、今度こそ。今度こそ。本当に、グッドバイ。

 


 「ごほっ、ごほっ!」

 「メアリー! 良かった、目を開けたぞ!」

 「ああ、本当に良かった、私のメアリー!」

 

 口から水を吐き出し、目を開けると涙と川の水と鼻水で全身をぐちゃぐちゃにした両親がいた。両親は、冷え切った私の手を握る。同じ川に入っただろうに、両親の手は温かかった。

 

 「お父様、お母様……」

 

 私が思わず両親を呼ぶと、二人はまた泣き出した。その後ろには、同じようにぐちゃぐちゃになったギルフォードとダイアナがいる。二人も泣いている。

 

 なんでこの人たちは、私なんかのために泣けるんだろう。

 

 ぼんやりとした頭でそんなことを思いながら、私は目元の水をぬぐうのだった。

 

 

 「メアリー、どうか教えておくれ。何がそんなにメアリーを苦しめているんだい?」

 

 別荘に戻り、ベッドに寝かされた後、父親が私に問いかけた。

 

 「……言っても、きっと信じてもらえませんから」

 「不安なのは分かるわ。でも、ここにいる私たちはみんな、メアリーの力になりたいの。だからお願い、どうか教えて頂戴?」

 「お母様……」

 

 母親の方を見ると、彼女は優しい瞳で私を見ていた。


 「お嬢様、私、いつもドジで何もできないメイドかもしれません。でも、お嬢様がいなくなるなんて絶対嫌です!」

 

 ダイアナはまだ半泣きだ。立派なメイド服がぐちゃぐちゃである。

 

 「メアリー」

 

 最後に、ギルフォードが声をかけてくる。その顔はどこか険しい。

 

 「僕は怒っているよ。僕だけじゃない、家族にもこんなに心配をかけて。みんな、メアリーのことが大好きなんだ、愛しているんだ。だから、何も言わずに勝手に逝くなんて許さない。お願いだ、話してくれ」

 「ギル……」

 

 思わず、ギルフォードを愛称で呼んでしまった。私がメアリー・スーに近づいている証拠なのだろうか。メアリー・スーを、私を愛してくれる人たちが、私を見つめる。

 

 「……分かりました。全てお話します」

 

 私はぽつりぽつりと、前世のことを話し出すのだった。

 

 

 私、飯塚詩乃いいづかしのの家は喧嘩が絶えない家庭だった。ちょっとしたことで怒声が響く。子どもだった私はわけも分からず、耳を塞ぎながら部屋の隅で震えていたものだった。

 そんな家庭環境が災いしたのだろう、私は人との関わり方が分からないまま、親しい友人も、恋人も、恩師もいないまま、大人になってしまった。大人になると、私はすぐに家を出て働き始めた。

 人間の事も、社会の事も何も分からないまま大人になった少女を待ち構えていたのは、いわゆるブラック企業というものだった。弱音なんてもってのほか、毎日毎日叱責の日々。ただでさえひび割れた心のコップに、水は並々と溜まっていった。

 頼る先も生きる理由もなく、ただ抜け殻のように生きていたある日のことだった。

 

 「お前、生きてる価値ないんだよ!」

 

 上司に言われたこの一言。この一言で、心のコップはぱりん、とあっけなく割れてしまった。ああ、それならもう終わりにしてしまおう。こんな惨めな生にしがみつくのはやめにしよう。

 そして私は、職場の屋上から飛び降り自殺したのだった。

 

 「……幸せを感じることもあります。でも、それ以上に生きづらいのです。心に、頭にこびりつく生きづらさから逃げられないのです。だからどうか、私をもう解放してください」

 

 最後の言葉は、誰に向けたものだったのか。

 家族か、婚約者か、はたまた、私を異世界転生させた存在に対してか。

 

 「メアリー」

 

 ギルが私に話しかけてくる。その声には、涙が混じっていた。

 

 「話してくれてありがとう、愛するメアリー。きっと、君はこれまでとても辛い人生を送ってきたんだろう。今まで、よく頑張って生きて、僕に会いに来てくれたね。ありがとう、メアリー」

 「ギル……」

 「君の辛さも、生きづらさも、死にたい気持ちもよく分かった。僕はそれを否定しない。君の辛さも、生きづらさも、死にたい気持ちも否定しない。だけど、一つだけ約束してくれ」

 

 彼は息を吸って、私にこう提案プロポーズしてきた。

 

 「僕を看取ってくれ、メアリー・スー。僕は死ぬまで、君を幸せにすると誓おう。そして、僕が死んだあとは、君の自由にするといい。君のいない人生なんて、僕にとって何の価値もないんだ」

 

 私は、彼の提案に唖然とする。

 そして、ダイアナが、両親が、彼につられるように宣言した。

 

 「わっ、私も! 私も、頑張って長生きして、末永く貴女のメイドとして務めを果たします! だから、私を看取ってください、お嬢様!」

 「その約束に、私たちも入れて頂戴」

 「そうだな。メアリーを看取るくらいの気持ちで長生きしないとな!」


 なんて優しい人達なんだろう。

 なんて、なんて酷い人達なんだろう。

 私は、この人達の愛情に、縁に、からめとられてしまったのだ。

 

 こんなはずじゃなかったのに。

 異世界転生なんてクソくらえ!

 


 代々続く由緒ある洋館の庭に、小さな墓が五つ。

 子孫たちに丁寧に供養され、それらはちょこんと佇んでいた。


 そのうちの一つの墓石には、このように刻まれている。


 ギルフォード・スー 享年94歳

 何よりも妻を愛し、愛された紳士。ここに眠る。

 

 そしてもう一つの墓石には、こう刻まれていた。

 

 メアリー・スー 享年95歳

 何よりも家族を愛し、愛された淑女。家族との約束を果たし、ここに眠る。

 

 

 自殺した私が恋愛小説の愛されヒロインに転生させられた⁉

 ~異世界転生なんてクソくらえ!~

 完

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