秋が深まる中で

入江 涼子

第1話

  私は秋の空の下、そぞろ歩きをしていた。


 もう、今年で37歳になる。年月が過ぎ去るのは早いものだ。公園をゆっくりと歩いて回る。昼頃なせいか、人の数はまばらだ。傍らには友人の八恵やえがいた。2人で他愛もない話をしながら、ベンチを見つける。


蘭香らんか、座らない?」


「いいね、そうしよっか」


「うん、決まりだね」 


 頷き合ってベンチに腰掛けた。ぼんやりと秋の空を眺める。


「天高く馬肥ゆる秋、だね」


「本当だわ、八恵は食べる事が好きだよねえ」


「それはそうだよ、あたしは花より団子だし」


 八恵が言うと、私もだよねと笑う。昔から、八恵は食べる事が好きだった。特に目がないのが甘い物だ。彼女は和菓子が大好きでみたらし団子やお大福をよく食べる。私はその点、普通だが。

 甘い物は別腹らしいのに、八恵はあまり太らない。羨ましい限りだ。いわゆる痩せの大食らいなのは確かだった。


「八恵が羨ましいよ、私は食べるとすぐに太るからさ」


「そうなの?」


「うん、だからいつもセーブしているんだけど」


 ため息をつくと、八恵は苦笑いする。


「蘭香、たまには好きな物を食べたってバチは当たらないよ」


「だといいんだけど」


「あたしからすると、蘭香の体型は普通だと思う。痩せ過ぎなのも困り物ではあるよ」


「そうなの?」


「うん、人間って痩せ過ぎだと。普通か小太りくらいの体型よりは、病気になりやすいんだって。寿命にも関係してくるしね」


 私は意外な事を聞いて驚く。同時に、八恵のお兄さんが医師だった事を思い出す。まあ、これは直接的には関係ないか。


「そうだったんだ、それは知らなかったよ」


「うん、ついこないだに兄貴が教えてくれてね」


「へえ、いいなあ」


 私が言うと、八恵はふふっと笑う。


「それはそうと、蘭香。あんた、未だに男っ気がないけど。実際のところどうなの?」


「……ううむ、要は。彼氏を見つけなって言いたいんでしょ」


「まあ、そうだけど。いないならあたしが紹介したげよっか?」


 八恵は笑みを深めた。何かを企んでいるような表情だ。


「八恵、あんた。変な事を考えていないわよね?」 


「か、考えていないよ?!」


「なら、何でそんなに慌ててるのよ」


 私が問い詰めると、八恵は目線を逸らした。ますます、怪しい。しまいには彼女を軽く睨みつけた。


「八恵?」


「わ、わかった。言うからさ、その目つきはやめて」


「わかった、なら。何を企んでいるのかを言って」


「……やっぱり、蘭香には敵わないなあ」


「人に内緒でしようとするからでしょ、ほら。言いなよ」


 仕方ないと八恵は肩を竦めた。


「あのね、実を言うとさ。兄貴の友達に佑都ゆうとさんって人がいるんだ。その人を蘭香に紹介しようと思ったの。けど、普通に紹介するくらいだとつまらないじゃん」


「……私は普通に紹介してくれれば、それでいいんだけど」


「あたしとしては面白くないんだけど」


 私は呆れてため息をついた。八恵は昔から、こういう所が変わっていない。


「八恵、変な事はしないでよ。下手すると、お兄さんの睦季むつきさんにも迷惑をかける事になりかねないしね」


「わかった、ごめん」


「分かってくれたんなら、この話はおしまいね。さ、日が暮れちゃうから。帰ろう」


 私達は立ち上がると、ベンチを後にした。


 数日後、私が自宅にいた際に八恵が遊びに来た。けど、いつもよりは人数が多かった。何と、お兄さんの睦季さんや見知らぬ男性を連れてきたのだ。これには、驚きすぎて言葉が出てこない。


「いきなりでごめんね、蘭香。兄貴と佑都さん、連れてきちゃった」


「連れてきちゃったじゃないだろ、八恵。唐突に俺や佑都に付いて来てくれって言うから、何事かと思えば」


「たまにはいいじゃん、蘭香は長い間、彼氏がいなかったし」


 やれやれと睦季さんが呆れと諦めの混じった表情になる。傍らにいる友人とおぼしき男性も苦笑いしていた。


「……あの睦季、それに八恵さん。俺、この人とは初対面なんだけど」


「それはそうだよね、佑都さん」


「まあ、いいか。初めまして、俺は睦季の友人で名前を永田佑都と言います。よろしく」


 何と、男性もとい永田さんは自宅の玄関前にて自己紹介をした。私も仕方なく応じる。


「はあ、ご丁寧にどうも。私は八恵さんの友人で名前を居川いかわ蘭香と言います」


「居川さんか、じゃあ。八恵さん、睦季。今から、カフェにでも行こう」


「決まりだね、あたし達待ってるからさ。蘭香、準備してきなよ!」


 八恵に促されて、渋々頷いた。仕方なく、私は着替えをして肩まで伸ばした髪をブラシで整える。セットする程の時間はない。メイクも手早くして、ショルダーバッグにお財布やスマホなどを急いで入れる。一通りできたら、速歩きで玄関に向かう。


「準備できたよ!」


「あ、できたんだね。行こっか」


「八恵、次回からはちゃんと連絡をしてから来てよね!」


「本当にごめんって、さ。行こうよ」


「わかった」


 私は頷くと、外で待っていた睦季さんや永田さん、八恵の4人で近所のカフェに繰り出した。


 あれから、私は永田さんとメルアドを交換した。それからはしょっちゅう、メールでやり取りしたりするようになる。3ヶ月が過ぎると、直接会って一緒に出かけるようになった。いわゆるデートだが。永田さんはさり気なく、私を気遣ってくれる。重い物を持ってくれたり、コケそうになったら手を差し出してくれたりするのだ。


「……蘭香さん、大丈夫?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「蘭香さんは歳の割には、ちょっと危なっかしいな」


 私は内心で歳の割に、は余計だと思ったが。黙って頷いた。 


「……蘭香さん、もう。夜も遅いし、送ってくよ」


「え、いいですよ。1人で帰れますから」


「蘭香さん、こういう時は甘えてくれていいから」 


 永田さんはそう言って、はにかむように笑う。


「……分かりました」


「敬語はいいから、後名前もさ。下の名前で呼んでくれるかな?」


「いいんですか?」


「別に構わないよ、俺は。こっちも蘭香って今度から呼ばせてもらうからさ」


「……了解、佑都さん」


 頷いて答えると、永田さんもとい佑都さんは嬉しそうに笑った。


「よし、んじゃ。蘭香、俺達さ。本当の意味でお付き合いしないか?」


「お付き合い?」


「……まあ、有り体に言うと。俺の彼女になってほしいんだよな」 


 私はやっと、佑都さんの言いたい意味がわかった。これだけ疎いと八恵が心配するはずだ。


「……え、私とかあ。いいよ」


「お、割とあっさりオーケーするとはな。やっぱり、ちゃんと言ってみるもんだ」


「佑都さん?」


 私が首を傾げていたら、佑都さんは薄っすらと顔を赤くしていた。


「いや、何でもない。蘭香、行こっか」


「うん」


 頷くと、佑都さんはおもむろに手を差し出してきた。自身のそれを乗せると意外と大きくてゴツゴツした手が力強く握る。2人して、街灯の明かりの下で歩き出した。


 私達はあれから、半年後には入籍していた。佑都さんの誕生日に合わせて、婚姻届をお役所に提出したのだ。ちなみに結婚した際、私が38歳で佑都さんは40歳になっていた。

 私は結婚してから、佑都さんの住むマンションに引っ越した。自宅には両親がいるのも理由だ。

 久しぶりに八恵が遊びに来た。


「……まさか、本当に蘭香が佑都さんと結婚するとはねえ。世の中、何が起こるか分からないわね」


「そうかな?」


「しかも、おめでただしね。今、4ヶ月目だったっけ?」


「うん、先生によると。双子らしいけど」


「へえ、羨ましい限りだわ」


 そう言って、八恵は私が淹れたコーヒーを口に含む。一緒に出したチョコチップクッキーを摘みながら、何とも言えない表情になる。


「蘭香、あんたは昔から欲が薄かったしね。けど、幸せそうな顔を見られてほっとしたよ」


「うん、その点に関しては感謝してるよ。ありがとう、八恵」


「……あーあ、あたしも新しい彼氏を見つけますか。独り身は侘びしい物だし」


 八恵はおどけながら言う。私はコーヒーの代わりに淹れたハーブティーを口に含んだ。仄かな酸味と苦味が口内に広がる。それを味わいながら、ジンジャークッキーを摘んだ。しばらくは八恵とお喋りに興じたのだった。


 ――finish――

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