終末の日

一太郎

終末の日ー1

「すみませーん!ここやってますかー!!」

「おお、おお、早瀬さん!やってますやってます、ささ、どうぞおかけになって」


 なんという僥倖。どこの店も閉まっていて、腹が減って仕方がなかった。やはり店は行き慣れているところが一番だ。こうして今日も変わらず営業してくれている。


「にしても早瀬さん、よくこんな日にいらっしゃいましたねえ。余程の、フリークだ」


 店主が奥の厨房から話しかけてくる。私は四人席に一人で腰掛け、周りを見渡す。外も、中も、ガラガラだ。


「フリークってのはなんですか。」

「昨日外国の映画見て出てきたんです。変人っていう意味らしいです。今の早瀬さんにピッタリだ。」

「こんな日に店開けてるあんたも大概ですよ、フリークだ。」


 六十少し手前の初老の店主は、ふふふ、と笑いながら僕の向かいの席についた。


「今日はどうされます。どうせ人も来ませんし、お金を取るつもりもありません。好きなの言ってくださいよ。どうです、結局一度も頼まれなかったメンマ麺とか、いかがですか。」


 メンマ麺か...この店の名物、ではあるのだが、中華麺をメンマの細切りで代用するという非常にチャレンジ的な側面が強く、私はこの店に通い始めて六年間、結局頼んだことは一度もなかった。


「いや、いいですよ。カレーをお願いします。スパイスたっぷりの。私がこの定食屋で一番初めに食べたものです。最後もこれが良い。」


 うん、そうだ。結局は初心が大事。

 そう思い、店主の方に目をやると、申し訳なさそうに目を細めながら、すみません、と言ってきた。


「出せないんです。いかんせん、材料が手に入らんもんで。ほら、二年半前にインドがUHに空爆されてから流通が全部ストップしたときがあったでしょう。あの名残がね。特に、今日は。」


 目を覆って嘆息した。自分に腹が立つ。一番悔しいのは店主だろうに、謝らせてしまった。


「申し訳ない。そんなことわかってたはずなのに。じゃあ、そうだな、チャーシュー麺、頼めます?」

「ええ、喜んで。作り終わったら私もご一緒して良いですか。今日は話したい気分なんです。」

「もちろん。」


 珍しいことだ。店主はいつも客と店という立場を崩そうとしなかったが、まさか一緒に飯を食べることになるとは。少々胸が躍る。


 テレビはずっと放送休止の映像が流れ、手元のスマホには現在の状況を嘲笑うような投稿が次々に舞い込んでくる。


 それら一つ一つを読み、陰謀論やら、最後の晩餐の話題やらで愉快になったり気を落としたりしていると、店主が店の奥からきて、美味そうなチャーシュー麺を二杯持ってきた。


「あれ、旦那さんも食べるんですか、お昼」

「ええ、せっかくなのでね。早瀬さんが二杯行けるなら、それで構いませんが?」

「もう若くないんです、無理ですよ」

「はは、私から見れば十分若いですよ。さて、どうぞ。胡椒は?今の時期珍しいでしょうから、存分にかけると良いですよ。」


 確かに。インドが事実上消滅してからというもの、格安の胡椒は高級品に様変わりし、なかなか食べていなかった。胡椒を求めて強盗が起きるほどだったので、どこかの経済学者が、コロンブスの時代に逆戻りだ、と比喩していたのを思い出した。

 彼も、最後は母校に不法侵入し、そこで命を自ら絶った。


「ではお言葉に甘えて。」


 店主はニコッと笑い、どうぞ。と言って胡椒を差し出してきた。

 振りながら、この店に通い始めてから起きたことを思い出していた。


「早瀬さん、どうされたんです、ボケッとして。」

「いえね、思い出してみたんですよ。六年前から、今まで。何があったかなって。結婚して、離婚して、昇格して、でもそれが全部無駄になって。絶望して。それにも飽きて、今こうしてここにいる。なかなか悲しいもんかとも思いましたが、何も思わないもんですね。」

「うん、確かに早瀬さんにとってこの六年は激動だ。私もよく愚痴を聞いたもんですねえ、昨日のことのように思い出せる。離婚された時はもう酷かったですよ。」


店主はそう言いながら、麺をずず、と啜り、なかなか美味いじゃないですか、と言った。ささ、早瀬さんも。とも。


「うん、美味い。」

「そうでしょう、そうでしょう。なかなかうまくできているでしょう?かなり苦労しましたよ、ここまで近づけるのには。」

「近づける?師匠さんとかいらしたんですか、旦那は。」

「師匠といえば師匠なんですかねえ、私はあの人から全てもらったもんで。」


ふうん。初耳だな、と思いながら麺を啜る。


「しかしまあ、UHも随分と穏やかなもんですね。結局地球から出ていった人間は全部原子力宇宙船に捕縛させて燃料にしたくせに。約束の日まで結局大気圏内への侵入はしなかった。旦那、変だと思いませんか」

「早瀬さんが珍しいですね、UHについて話すなんて。そうですね、おかしいとは思いますが、まあ十分なんでしょう。結局燃料にされた人間も暇つぶしにしただけで、はなから奴らは地球人全員を燃料にするつもりだったんですよ。何せ、人の皮をかぶって地球と外交して、本気で友好関係を作ろうとした種族ですからね。私も、人のこととやかく言えませんが。」


暇つぶしねえ。


「そんなもんですかね。」

「そんなもんですよ。」


「だって、早瀬さん、あんたね、UHの要望に答えていたら遅かれ早かれ地球という星は死んでいた。UHはどうせ結果は同じだってわかってるから、あんな罠みたいなことしてきたんでしょう。」

「確かに。あの時の国連大使は勇敢だった。グレタさんも。まだ若いのにねえ。国連のおもちゃみたいにされてたけど、UHに訴えかけた心だけは本物だった。」


いつダークマター弾で見えない死を辿るかわからない中、チャーシュー麺を啜るフリーク二人。UHからはどう見えているのか、ふと気になったりもした。


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終末の日 一太郎 @keityan-saio

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