花が舞い、空に昇る。

雨世界

1 大きな桜の木の下で

 花が舞い、空に昇る。

 

 大きな桜の木の下で


 僕がその女の子と初めて出会ったのは、春の四月の初めのころだった。

 川の土手沿いに咲く、満開の桜を見ている女の子がいたから、僕はその道の端っこに移動をして、その女の子の後ろを通り過ぎるようにして、その道を歩いた。

 その女の子とすれ違う瞬間に、その女の子の顔を僕はちらっと見た。すると、僕と女の子の視線が少しだけ桜の花びらの中で、重なった。

 その女の子は、とても不思議な感じのする、魅力的な女の子だった。

 年は、十六歳くらいだと思う。

 つまり、今の僕とだいたい同い年くらいの女の子に見えた。(おそらくだけど、年上の高校生や大学生には見えなかった)

 その女の子は、僕と目と目が合うと、なぜか、ひどく驚いた顔をした。

 それから、僕たちは道の上ですれ違った。

 すると、後ろから、「あの、すみません。もしかして、あなた、私のことが見えているんですか?」とそんな声をかけられた。

 ……私のことが見えている?

 その言葉を不思議に思いながらも、「はい。見えてますけど……」と後ろを振り向いて僕は言った。

 すると女の子はまたすごく驚いた顔をした。それから大きな声で「私の声まで聞こえているんですか!? すごい!!」と本当に目を丸くして、驚いた様子でそう言った。

 その日、僕はその女の子と友達になった。その女の子が幽霊の女の子であると僕が知ったのは、女の子と友達になった、そのすぐだった。(すごくびっくりした。しかも確かに言われてみると、その幽霊の女の子の足首の先は消えて、無くなっていた。女の子は空中に少しだけ浮かんでいたのだ)

 僕と幽霊の女の子はすごく仲良しになった。

(僕は人見知りで、他人も、女の子も苦手だったけど、相手は生きている人間ではない幽霊の女の子だったし、幽霊の女の子も、僕がその女の子の姿が見える、声が聞こえるというだけで、僕のことを友達だと思ってくれたし、しかも僕は幽霊だという理由で、その女の子のことを嫌いになったりしなかった。……だって、僕には友達がいなかったし、それに、その女の子は、僕と一緒にいて、すごく楽しそうな顔で、いつも、にっこりと笑ってくれたから。なんだか、僕はそれがすごく嬉しかったんだ)

 でも、ある日……。

 僕と幽霊の女の子が出会って、友達になってから、一ヶ月くらいの時間が過ぎた、運命の日。

 僕と幽霊の女の子がいつものように、幽霊の女の子のいる桜の木の前で(その場所から、幽霊の女の子は遠くまで離れることができないらしい)待ち合わせをしていると、その日は、いつまでたっても、その幽霊の女の子は僕の前に姿をあらわしてはくれなかった。

 最初は、僕を驚かそうとしているのか、あるいは僕を寂しがらせようとしているか、あるいは僕がいつの間にか幽霊の女の子のことを怒らせてしまったのかと思っていたのだけど、でもいつまで待っても、その日、幽霊の女の子は僕の前に姿を見せてくれなかった。

 夕暮れになって、世界が真っ赤な色に染まって、それから周囲が真っ暗になることになって、星がすごく綺麗に見えるようになってから、僕は一人で家に帰った。

 幽霊の女の子はその日から、突然、僕の前から消えてしまった。

 初めから、この場所に、この世界に、幽霊の女の子なんてどこにもいなかったかのように……。

 あの日、突然、僕の前にあらわれた幽霊の女の子は、ある日、突然、やっぱり僕の前からいなくなった。

 幽霊の女の子が突然、僕の前から消えてしまった理由。……その理由が僕にはまったくわからなかった。

 僕はそれからできるだけ毎日、土手沿いに咲く桜の木の前の道を通るようになった。

 いなくなった君を探して。

 僕は春も、夏も、秋も、冬も、その君と出会った、君の思い出のいっぱい詰まった、桜の木の前の道を歩き続けた。(でも君はどこにもいなかった)

 奇跡が起きたのは、それから一年後のことだった。

 僕はその日、久しぶりにもう一度、通い始めた学校の帰りにいつものように川の土手沿いにある桜の木の前の道を一人でぼんやりとしながら歩いていた。

 すると、いつもとは違って、川の土手沿いに咲く満開の桜を見ている一人の女の子が、そこにはいた。

 幽霊ではない、生きている人間の女の子。

 あの、僕が去年の春にこの場所で出会った、あの不思議な幽霊の女の子そっくりの、生きている人間の女の子がそこに一人で、あの日と同じように、満開の桜を見ながら、きちんと『自分の二本の足』で、立っていた。

 僕はその女の子の目の前で立ち止まった。

 人間の女の子はぽろぽろと涙を流しながら、ずっと泣いている僕を見て、にっこりと笑った。

 それから一粒の大粒の涙が、君の目からこぼれ落ちた。

「ただいま」君は言った。

「おかえり」と、僕は言った。

 二人のいる世界には、生きている僕と生きている君のいる、その奇跡の世界には、その美しい色で、世界の全部を埋め尽くすくらいのたくさんの桜の花が、静かな風の中で舞っていた。


 花が舞い、空に昇る。 終わり

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