第3話

「ねえ、結婚しない? きっと、昔から縁があったのよ」

「ああ。財布には自信があるんだ。今まで遊ぶ金もなかったから、食費を削って蓄えていたんだ。乏しいはずが、今では小金持ちさ。……なあ、思い切って家を買おう」

「庭に野菜を植えて。本棚を三つは無理にでも部屋に置いて」

「お前は料理を朝と夜だけ作って。昼は自由だ」

「子供は二人がいい。でも、お財布大丈夫?」

「ああ……ちょっと、難しいけど……なんとか……」


 そんな矢先のことだった。

「ハニーネストハウス」に戻ると、レジの女性は厳しい顔で捲し立てた。

「ちゃんと、責任取るなら結婚して下さい! そうでなければ駄目です!」

 俺は何故? という顔をしていると、レジの女性は俺から聞いた就職先を調べたと話し、

「あそこは、不正な企業じゃないですか! 裏でインサイダー取引をしているそうですよ!」

「え!」

 レジの女性は急に泣き出して、ユリの手を両手で包んだ。

「この人が職を変えるのが、この店の出す条件です。お客様のユリ様は、それまで我慢してくださいね……。世の中にはこういうことが多いのですよ。まだ、時じゃないですから、どうか焦らずに」


 俺は考えた。


 会社の上司は俺に親父のように接してくれたが、まさかそんなこと?! うちの会社が上場企業だった?? そんな疑問が頭を過った。

 入社してから8年は過ぎたが、それにしては給料を気にしたことはなかった気がする。

 レジの店員が一枚の新聞を見せてくれた。そこには、うちの会社が載っていた。有難いことに、まだ疑っているということだけ、だったけれど、こんなことまで調べるなんて、この店はどうやら男性客よりも女性客の方のサービスが良いのだろう。それも徹底して。

 なんでわからなかった。こんなにも、ユリと俺の間を考えてくれている店が今まであっただろうか?


 早速、会社に問いただし。転職や独立を考えなければならない。


 結局、ユリと俺は結婚した。


 そういえば、ユリに聞いたことがない。彼氏はどうなったかと……。

「道路でナイフで刺されて死んだの。それ以来、生きていたくなかった。でも、このお店で新しい人生に気が付いたの。そう……好きな人を作って、子供を産んで、家庭を築こうって……」


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ハニー・ネスト・ハウス 主道 学 @etoo

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