ぐだぐだ秘密結社

M・A・J・O

秘密結社の秘密

 こんな噂を聞いたことはあるだろうか。闇の世界を暗躍し世界征服を目論む秘密結社が存在する、という話を。噂によると、その組織は極悪非道で人の心を持たない悪魔の集まりだと言われている。しかし、それはあくまで噂話。人々の想像する、妄想の世界の話。これまで、具体的なことは何一つ書かれていないのだ。




「ねぇ幹部〜、実験室の空調壊れたんだけどなんとかしてくれなーい?」

「また壊れたの!? これで何回目だよ!」

「あー、今回でちょうど10回目だねぇ」

「ちゃんと数えてた!?」


 なんとも軽快なやり取りが建物の中を震わせる。窓からは昇ったばかりの朝日が差し込んでいてなんとも言えない神秘さを生み出していた。ここは秘密結社ナズナ組のアジト。そしてその中心部にある実験室にて、いつものように幹部は頭を抱えていたのだった。


「はぁ……なんでこうもすぐ壊しちゃうんだ……」

「稼働させすぎたかなー。でも使用頻度は抑えてたし……あ、もしかして」

「幹部ー、お腹すいた。ご飯作って?」

「ちょかちゃん!? 今いとちゃんが重要なこと言おうとしてたの遮らないで!? あとご飯は自分で作りなさい!」


 実験室の奥にある扉が開き、中から眠たそうに目をこすっている少女が顔を出した。幹部は話を遮られて少し不機嫌になったが、お腹が空いていると言われれば仕方ない。冷蔵庫に入っているものを思い出しながら作るものを考えていた。

 幹部の作った料理はどれも絶品だ。それはもう舌の肥えた構成員達がわざわざ遠方からこのアジトへと足を運ぶくらいには美味しい。


「せいちゃん、ボクもお腹すいたんだけど」

「君はさっさと空調直しなさい! あとここではその呼び方しないでもらえると助かるんだけど」

「えぇ……自分は名前で呼ぶくせに」


 ぶつくさと言いながらもいとちゃんは実験器具を弄り始めた。普段は怠け癖があるが、一度集中するとなかなかその集中力が切れることはない。しかもかなり優秀で、彼女の発明品はどれも実用性が高いものばかりである。ちなみにこの建物にあるほとんどのものは彼女が作ったと言っても過言ではない。


「そろそろ新しい発明品も考えないとねー」

「君はもう少し仕事に対して責任感を持つべきだよ」

「あぁ、そういえばこの前面白い話を聞いたんだよー。確か……あっ! あった!」


 幹部の言葉を無視し、いとちゃんが取り出したのは一本の注射器だった。中には透明な液体が入っており、窓から差し込んだ日光に反射して神秘的な光を放っている。幹部は思わず見惚れていた。それほどまでに今の彼女の姿には惹きつけられるものがあったのだ。まるで本物の魔法使いのように見えてくるほどに。

 その時、ちょうど起きたばかりで寝癖がつきっぱなしのだらしない少女が三人の様子を窺っていた。臆病なのか人見知りなのか、ちらちらと物陰に隠れているばかりで、一向に近づこうとしない。しかし気配を察知したのか、いとちゃんはその少女に近づいていく。


「ほらゆにちゃん、こっちにおいでよ。怖くないから」

「で、でも……その注射器……なに……?」

「これはねー、魔法薬を作ってるんだよー」


 近くで聞いていた幹部とちょかちゃんは顔を見合わせる。ゆにちゃんもまた同じように首を傾げた。魔法という言葉を聞いてわくわくしている様子である。しかしそれもつかの間、急にゆにちゃんは我に返ったかのように慌てて首を横に振った。


「まほう……? だめ! そんなの危ないもん!」

「……えぇ? まあほら、そんなこと言わず――えいっ」

「え?」


 いとちゃんが注射器の針をゆにちゃんの首筋に刺した。突然のことに驚きながらも、ゆにちゃんは動くことができない。幹部とちょかちゃんも慌てているが、ここで下手に手を出せばどうなるか分からない。そもそも何故こんなことになってしまったのかすらも分からなかったのである。しかし、そんなことはお構いなしに、そのままいとちゃんは怪しげな薬を注入する。


「うん、これでよし!」

「えっと……何これ?」

「これはねー、ボクが作った特別な薬なんだー。聞いた話が正しければすぐにその効果が表れるはずだよー」

「あ、あの……ゆにちゃん? 大丈夫……?」

「うん……ちょっと体が熱いけど……特には……」


 幹部の問いかけに答えながら体の様子を確認している。特に変わったところは見られないようだ。しかし次の瞬間、突如変化が訪れた。身体中が淡い光に包まれたかと思うと、みるみるうちにその姿が変貌していったのだ。その姿はまさに魔法少女と呼ぶに相応しいものである。

 だが、その変化は魔法少女とはだいぶ違っていた。人間の形を保っていたシルエットが段々大きく、そして四足の獣のように変わっていく。そして光が収まる頃には、そこには一頭の白い馬……ユニコーンが佇んでいた。


「え……ええええ!?」


 幹部は思わず悲鳴にも似た声を漏らす。しかし、当の本人であるゆにちゃんは特に気にした様子はなく、むしろ気持ちよさそうにその身体で駆け回っていた。その光景を見ている幹部は言葉を失いただただ唖然としているばかりである。


「わぁ! 成功だねー!」

「な……なにこれ……」

「さすがいとちゃだね」

「ふふん、頑張ったからね」


 ちょかちゃんの賞賛の声に得意げに胸を張るいとちゃん。そしてゆにちゃんが落ち着いたところで、幹部とちょかちゃんは改めてその姿を見つめた。やはりどこからどう見てもユニコーンである。穢れのない真っ白な身体はとても神秘的だった。


「あの……ゆにちゃん?」

「きゅい!」


 ユニコーンの姿で返事をする彼女。言葉は発せられないものの、その鳴き声からは知性が感じられた。どうやらしっかりと意思疎通はできるらしい。幹部達が驚きのあまり言葉を失っている中、いとちゃんはただ一人楽しそうに笑っていた。


「いやぁ良かったよ、この薬が効くか不安だったからねー」

「いや待って? なんでそんなに落ち着いてるの!? もう訳分からないんですけど!?」

「まあとりあえず、成功したみたいでよかったよー」

「よくないよ!? ……あれ? ちょかちゃん、どうしたの?」


 幹部がふと視線を落とすと、そこにはじーっとユニコーンの姿を見つめているちょかちゃんの姿があった。その瞳には興味の色が宿っているように見える。そしてそのままゆっくりと近づき、そっと手を伸ばした瞬間だった。急にユニコーンの姿が変化し始める。先程までは四足の獣のような形をしていたのだが、みるみるうちに人型に戻っていく。


「……あれ? 私、なにして……」


 きょとんとした顔で首を傾げる少女がいた。変身前は普通の少女だったゆにちゃんは、困惑と混乱で狼狽えている。どうやら自分自身がユニコーンになったということは覚えていないようだ。


「あ、あの〜……みんなうるさいんだけど静かにしてくれない?」

「総帥!」


 騒ぎに気づいたのか、実験室に総帥が顔を出した。幹部は慌てて総帥の隣まで駆け寄る。総帥は大きな丸い目をさらに丸めて幹部を見る。


「大丈夫だよ、総帥はなにも気にしなくていいから」

「え? ゆのだけ仲間はずれってこと? ずるいよ!」

「いやそうじゃなくて……」

「みんなだけで盛り上がって……」


 総帥は完全に勘違いしているようで、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませている。そんな様子を見て慌てて幹部が説明した。その内容を聞いてようやく状況を理解したようだ。安心したようにほっと息を吐いている様子である。

 それから少し遅れて、他の構成員達も実験室に集まり始めた。ゆにちゃんはすっかり元の姿に戻っていたが、それでもまだ変身した余韻が残っているのかどこか落ち着かない様子だった。


「それで……ゆにちゃんがそのユニコーンになったってこと?」

「そうそう、どうなるかヒヤヒヤしたんだから。ちょかちゃんが戻してくれなかったらどうなってたか……というかちょかちゃんはどうやってあの変身を解いたの?」


 幹部が事情を説明している間、総帥は興味津々といった様子でゆにちゃんを見つめていた。その視線に気づいたのか、恥ずかしそうにもじもじとしている。


「あれについては自分でもわかんないんだよねー。ユニコーン姿のゆにちゃんかわちぃねぇぐへへって触ったら戻ったって感じだし」

「なんか色々本音出てるけど大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫、ゆにちゃんも嬉しいって思ってくれてるでしょ?」

「え、う、うん……そうだね?」

「絶対引いてると思うんだけど」


 ゆにちゃんは困惑しながらも、なんとか笑顔を取り繕って頷いた。その判断は正しかったようで、ちょかちゃんは満足そうな表情を浮かべている。

 しかし問題はここからである。なぜゆにちゃんがユニコーンになったのか、その理由が分からなければまた同じことが起きてしまうかもしれない。それに……もしかしたら何か副作用があるのかもしれないし、もっとしっかり調べる必要があるだろう。


「そういえばいとちゃんは?」


 ゆにちゃんをユニコーンにした張本人が姿を消していた。幹部がそれに気づき、辺りを見回す。しかしどこにも見当たらない。


「あー……そういえば、なんか実験室に忘れ物したとか言ってたような?」

「え? あの子、もしかして逃げた?」

「……かも?」


 ちょかちゃんがなんとも言えない表情で頷く。他の皆はその様子を見て苦笑いすることしかできなかった。あの少女が悪い意味でも天才的なのはいつものことだ。今更驚くようなことではない。

 とはいえ、このままというわけにもいかないだろう。ゆにちゃんのことも含め、幹部は色々と聞きたいことがあったのだが……こうなってしまっては仕方がない。潔く諦めるしかない。


「とりあえず、ご飯にしようか」


 幹部の提案に皆が賛成し、いつもの食堂へと向かうことになった。


「でもゆにちゃんがユニコーンかぁ……いいなぁ……」

「え? なにがいいの?」

「だって絶対可愛いもん! 見たかったなぁ」


 総帥は目をきらきらと輝かせている。その様子を見て、ゆにちゃんは困ったような笑みを浮かべていた。しかし自分が褒められていることは嫌ではないらしく、少し照れながらも嬉しそうにしている。

 やがて食堂へと辿り着き、各々好きな料理を頼むことになった。とはいえまだ朝なので、軽くご飯とお味噌汁、鮭に漬物といったシンプルなものをみんなで頼んだ。そして最後に幹部が注文した料理が出てきたのだが、それはふわとろなオムライスだった。しかもケチャップで文字が書いてあるのだが……


『かっこよくてすてきです』


 それを見た幹部は思わず固まった。他のみんなは気づいていないのか、特に気にすることもなく食事を進めている。総帥だけが気づいて「なにこれ告白? 幹部モテモテだねー」と言いながら写真を撮っていたくらいだ。

 恥ずかしさで死にそうになった幹部が顔を真っ赤に染めて俯いていると、向かい側に座っているゆにちゃんやちょかちゃんが心配そうにこちらを窺っている。それだけでもバレてしまいそうで顔が熱くなってしまう。

 その後、なんとか気持ちを落ち着かせてオムライスを食べ始めるものの、どうしても気になってしまうのか視線はちらちらとケチャップの方に向いてしまうのだった。


「だ、だれがこんなことを……」

「ほーう? やっぱり幹部はおモテになりますなぁ」

「いとちゃん!」


 ニヤニヤとした表情で幹部の隣に腰を下ろしたのは、先程実験室に逃げたはずのいとちゃんだった。その手には料理が載ったお盆がある。どうやらしっかりと食事を摂ってから戻ってきたようだ。幹部は恨めしそうに睨みつけるも、当の本人はどこ吹く風といった様子で笑っている。


「もしかしてこれ、いとちゃんが……?」

「え? よく気づいたね。とはいえ、ボクは彼女の背中を押しただけだよ。想いは伝えた方がいいってね」

「うっ……好意は無下にできないけど、こういうアピールに慣れてないんだ。勘弁してくれ」


 幹部は頭を抱えながら小さく呟いた。ゆにちゃん達が不思議そうに首を傾げているのを見て、なんでもないと慌てて誤魔化す。まさか自分が好意を寄せられているだなんて思いもしなかっただろう。そう考えるとなんだか申し訳なくなってくるが……


「ってことは、慣れればいいのかな?」


 いとちゃんがなにやら変なことを口にする。幹部が何を言ってるんだと視線を向けていると、彼女はにっこりと笑った。


「気づいてないの? 幹部に好意を持った人間は山ほどいるんだよ? このたらしめ」


 いとちゃんは本当に楽しそうに口角を上げ続けている。その言葉の意味がわかった時、幹部は思わずヒュッと喉を鳴らした。幹部が冷や汗を流しながら固まっていると、幹部に好意を抱く構成員たちが目を輝かせて詰め寄ってきた。そして口々に褒め言葉を投げ掛けてくるのだ。


「かっこいい……」

「素敵です」

「憧れています!」


 その言葉一つ一つがくすぐったくて恥ずかしくて、幹部は顔を真っ赤に染めて俯いたまま黙り込んでしまった。それを見た構成員たちはさらに目を輝かせる。そんな様子を遠目に見ていたゆにちゃんとちょかちゃんは自分たちには関係ないといった感じで黙々とご飯を食べており、モテモテな幹部に興味津々な総帥がその輪に加わり、いとちゃんはゲラゲラとお腹を抱えてひたすら笑っている。

 そう、これが彼女たちの日常。いつもと変わらない、当たり前の光景。そこには悪魔も怪物もいない。ただドタバタな日常を楽しむちょっと個性的なだけの人たちなのである。

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