追憶5

良薬の膳

 第四王子が生まれた頃から、ヴィクトールの働き方は変化していた。少なくともルネの目にはそう見えた。

 会食に呼ばれる顔ぶれが変わっていた。軍人は相変わらず多かったが、近頃は内政を司る文官たちも増えた。ルネはヴィクトール以外に料理を供することはなかったが、宴席の空気が質を変えていることは肌で感じ取っていた。

 王としての執務量も目に見えて増え、年に一、二度は過労に倒れることもあった。病を得た肉体を癒すのは、侍医とルネの役目だった。

 その日、病に倒れたヴィクトールのために、ルネは食事を作った。万病を癒すとされる不死鳥の肉を、贅沢に一枚使ったスープだった。


「調子はどうだ」


 寝台の天蓋を開けつつ声をかければ、ヴィクトールは待ちかねたように上体を起こした。作りたてのスープをサイドテーブルに乗せてやれば、病身のはずの王は、手早く祈りの印を切った。そして匙を取り、生姜が香り立つスープを素早く口に運ぶ。


「それだけ食欲がありゃあ、心配はなさそうだな」


 玉葱、人参、そして鳥の肉。具だくさんのスープを素早く平らげ、ヴィクトールは満足げに目尻を下げた。


「病を得た時だけの滋味だからな。『不死鳥肉の生姜スープ』、相変わらず素晴らしい味だ。普段の鶏肉とは比べ物にならぬほど味が濃く、香り高い」

「まさか、こいつが食べたいから病気になってる、ってことはねえよな?」


 冗談めかして問えば、ヴィクトールは呵々大笑した。気力は問題なさそうだ、この調子ならすぐに治るだろう。


「そんなことはない。不死鳥肉が貴重品であることは、私としても重々理解している」

「だったらちょっと働き方を考えたらどうだ。このところ執務を増やしすぎだぞ」


 毎夜、遅くまで執務室へ籠るヴィクトールを思い出し、ルネは忠告した。

 だが、王は料理人の苦言を一笑に付した。


「そういうわけにもいかん。やるべきことは多い。国を次代に継ぐための、揺るがぬ礎を築かねばならん……我が目の黒いうちにな」


 どこか遠くを見る目で、ヴィクトールは言った。


「国のありようを整え、内憂を砕き外患を排さねばならぬ。脅かす者が現れる前に、な」


 ヴィクトールの表情に、ほんのわずかな怯えを感じる。だが、国のすべてを掌中に収める大君主が、いったい何を恐れるというのか。ルネには想像もつかなかった。

 次の瞬間、ヴィクトールは頬を緩めた。


「頼むぞルネ、王冠たる我が友よ。おまえの力はまだまだ必要なのだ」


 笑みを浮かべた顔から、すっかり恐れの色は去っていた。気のせいだったのだ、と、ルネは思うことにした。

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