5話 たこやきくんを守り抜け。

 月は、先生に呼ばれているとかで一緒には帰らなかった。

 うずめは学校が終わったらすぐさま迎えに来た車に乗り、スケートリンクに行ってしまった。

 いつも通りだけど少し寂しいと思いながら帰り道を歩いていたら、普段の学校帰りだと閉まっているたこ焼き屋さんが空いていた。


 「ラッキー!」


 歓喜しながらお店で一人、たこ焼きを焼いているおじちゃんに注文した。


「おじちゃーん!フワトロたこ焼き一つ。鰹節マシマシ、青のりぬきで」

「あいよ」


 くるくるっとたこ焼きをひっくり返し、店主のおじちゃんは手際良く焼いていく。100年継ぎ続けたとかいうタレを最後にたっぷりつけ、私にたこ焼き六個入り1パックをわたす。もちろん、鰹節マシマシ、青のり抜きだ。


「あいよ。うち自慢のイカたこやきも一つオマケしといたから」

「わぁい!ありがとうございます」


 その場で食べたい気持ちをグッと抑え、たこ焼きを落とさないようにしっかり持って私は家に帰る。


 部屋にバックを置き、白衣はくえ緋袴ひばかまに着替える。

 そして、お母さんに見つからないよう、こそこそと階段を降りた。


「天。帰っていたの」


 一階へ着いた途端、後ろからお母さんの声がした。

 私は、ギクリとし、焦る。

 ど、どうしよう。ご飯の前にたこ焼き食べたなんてバレたら……ヒィッ。背筋に走った悪寒に思わず腕をさすった。

 幸い、まだお母さんは私の姿に気づいていない。だとしたら、答えは一つ。全力で隠す‼︎

 私は近くにあったお父さんのジャケットの下にたこ焼きを隠した。


「天ー?……気のせいかしら」

「た、ただいま。お母さん」

「おかえり、天。帰ったら挨拶すること。次から気をつけなさい」

「はぁい」


 あはは。たこ焼きを隠すためにわざと挨拶しなかったとか知られたら後が怖い……。


「そうそう。天、月くんが今日からお手伝いをすることが決まったの。それで、月くんの作務衣を屋根裏部屋から取ってきてくれないかしら?」

「おっけー」

「ありがとう。にしても……」


 お母さんはそう言って頬に手を当てる。

 何やらブツブツと言っているがどうでもいいと思っているせいか、右から左に流れていく。

 話が長くなりそうな気がしたので、私は早々に母さんの元を去った。


 階段を登り、屋根裏部屋へ向かう。

 キィと音を立てて扉があく。

 ……中は当然のように埃臭かった。

 そんなこともお構いなしに私は中へ入る。


「えっと、作務衣、作務衣……」



 以前、バイトの方の作務衣を探した記憶をたよりに屋根裏部屋を進む。

 右を向けば骨董が、左を向けばよく分からな掛け軸がある。

 だけど、絶対触りたくない。1000年続く神社というだけあって重要文化財級の書物などもあるのだ。怖すぎる。


「えっと、たしかここに……」


 屋根裏部屋の奥のダンボールを私は探る。

 どれもこれも埃を被っていて、こんなんならマスクでもをしてくるんだったと私は後悔する。


「あ、あった」


 いくつか開けてはしまい、開けてはしまいを繰り返していると、ついに作務衣が入ったダンボール箱を見つけた。


「月だったらこの辺かな」


 中から月の背丈に合いそうな作務衣を数点見繕い、胸に抱える。

 さすがに床に置くとほこりまみれになってしまう。


「あれ、こんなものあたっけ」


 立ち上がろうとしたとき、足元になにかが落ちているのに気がついた。

 わたしは手探りでそれを拾う。


「鈴……?」


 てのなかに転がっていたのは赤い紐がついた鈴だった。でも、かたちが普通の鈴とはちがっていて、なんというか、太陽の形をした板が何枚かあり、それがつながっている。と言う感じだ


「んー、これどこかで……あ、そうだ」


 ―――おばあさまの鈴。

 お父さんのおかあさんで、わたしに小さいころから神社の作法とか、奉納の舞とか「みこ」に必要なことを教えてくれた人。

 お父さんはおばあさまがわたしに変な舞を教えるなと言っていたけど。

 なぜか知らないけど、おばあさまは決して自分のことを「おばあちゃん」とよぶことは許さなかった。

 生まれたころからただ一度も。

 いつも髪をうしろでお団子にし今、私がつけている組紐を紅い石がついた簪と一緒に髪につけていた。

 おばあさまからもらったあの日から色あせることもなく組紐は当時と同じような紅さをはなちつづけていた。

 そういえば、おばあさまのお葬式以来、簪をみていない。棺にでも入れて焼いてしまったのかもしれない。

 そうだとしたらとても残念だ。と思いながら私はお母さんの元へむかった。


「あったよ」

「ありがとう……あら、随分とほこりくさいわね。月くんには申し訳こちらに来るないけど洗濯するまでお父さんの予備でも着てもらおうかしら」


 わたしが持ってきた作務衣のあまりの埃臭さにお母さんはそうつぶやいた。


「じゃ、じゃあ私はもういくね!」


 階段に残したままのたこ焼きがちらつき、私はダッシュでたこ焼きの元へ向かった。


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