4話 新入りの頭は真っ白。上


 キーンコーンカーンコーン……


 教室に響くチャイムの音。


「あー、まにあった……」


 廊下を全力疾走して何とか教室へ滑り込んだ私はドアに手をつき、息を吐く。

 そのまま席へ行き、座る。

 ずるずると椅子から滑る私の体。あまり上品な姿勢ではないけど今だけは許して欲しい。


「おはよー、天」

「おはよう。うずめ」


 ちょんちょんと横から私の服を引っ張り挨拶をしてきたのは幼稚園からの友達の雨舞あめまいうずめ。

 肩より少し上で切りそろえ、赤いメッシュが入っている髪がつり目がちな目と似合いすぎて目を引く子。

 幼少期からフィギュアスケートをしていて、その実力は確かなものがある。


「にしてもギリギリだったね、何かあったの?」

「月が電車でギャルに絡まれて、次も電車のったらそうなんじゃないか。嫌だ! ってホームから動かなくて……電車4本見送った」

「あらま。相変わらず月くん人と話すのがお好きじゃないようで」


 思い出したようにうずめは言う。月は6歳まではこっちにいたから、うずめとも知り合いで『うずめちゃん』『月くん』と呼ぶ仲だ。


「もう明日から自転車で学校行こうかなぁ……はぁ」


 机に伏せ、私はため息をついた。このままじゃ毎日遅刻だ。

 幸い、学校に自転車登録は済ませてあるからすぐに自転車通学が始められるのが救いかもしれない。


「というか、月くん今日から学校来るんだ」

「うん。さっき職員室行ったからもう少しで来るんじゃない?」


 先ほど、先生に『よう』と言われて連行されて行った月の姿を思い出す。

 私の担任の先生はさわやかな体育会系でガタイが良く捕まったら大人しく連行されるのが身のためだ。

 すると、教室のドアが勢いよくバン! と開く。


「ビックニュース! うちに転校生来るってよ!」


 ドアを勢いよく開いたのは入学してまだ1ヶ月程しか経っていないのにもう遅刻キャラが定着している、小柄な女の子、板緑いたろくさんだった。

 彼女は友達の所へ行き、その転校生とやらについて話していた。


「え、マジ? 女ー?」

「う〜ん……多分、男の子」


 表立っては騒がないけど、みんなそわそわしながら彼女達の話に聞き耳を立てている。


「多分て。制服わかるでしょ」

「それがね、制服はスラックス履いてたんだけど髪が肩甲骨辺りまで伸びてて、後ろで紐みたいなので結ばれてたんだよね」

「あー、なるほどねそれはわかんないわ」

「しかも髪の毛がめっちゃ綺麗な白だったの」


 スラックスに白い髪って思い当たるのは1人しかいない。

 ……まさか月が同じクラスなるとは。


「従兄弟って同じクラスになれたんだ」

「ね。普通、ありえないはずだけど」


 こういうのは大抵別のクラスになるのがおきまりのはずだ。

 そういえば、4月からうちのクラスだけ誰も座っていない席があった。特に気にしてはいなかったけど、あれ月の席だったのか。


「ん? ちょっと待てよ」

「どうしたの、天」


 教室をぐるり見回し、その席を探す。

 縦7列横5列の35人学級。

 そして私の後ろの席が最後列。

 不思議なことに私の席の後ろが空いている。


「月の席って、もしかして私の後ろ……」


 思いだす、月がいることで起きたろくでもないことの数々。

 月の彼女からアンタ何者?! 修羅場、ナンパで絡まれ仲裁したらヒールで足を踏まれ、この前は……なんか女絡みが多い気しかしない。



「皆、席につけー」


 数分後、担任の先生が教室に入ってきた。

 駄弁ってた私たちは前を向き、先生の方を見る。


「会長、挨拶!」

「起立、礼」

「「「おはようございます」」」


 全員でお辞儀をして、着席。

 すぐさま先生は顔をあげ、口を開く。


「じゃ、出席とるぞ。欠席は……いないな。じゃあ早速。皆、いいニュースと悪いニュースどっちから聞きたいか?」

「えー、やっぱいいニュースっしょ。やっちゃん」


 そう反応したのは、さきほどの板緑さん。

 ちなみに、やっちゃんは担任の先生のニックネームだ。


「そうか。じゃあ先月の模試の結果は盛り上がった後で……と」


 にやり、と笑いながら先生が言う。

 クラス中から、『えー』とブーイングが巻き起こる。

 朝から模試の結果の返却はさすがに勘弁してもらいたい。


「なーんて、冗談だ冗談」


 がはは。と笑いながら言う先生にクラス中に安堵した雰囲気が漂った。


「だって、返却は今日の七時間目にある、LHR《ロングホームルーム》の時だしな!」


「「「……」」」


 全員が意気消沈した。


「それはないって」


 ぼそりと横でつぶやくうずめの声に私は激しく同意した。



「―—てことでいいニュースの時間だ」


 数分後、悪いニュースの後、伝達事項を伝えた先生がもったいぶるように言ったセリフにクラスの雰囲気が明るくなる。


「ねぇ、それってもしかして転校生だったり?」

「おお、ご名答。まぁ、転校生とは少し違うんだが……入っていいぞー」


 ざわざわと、


「そういえば板緑さん言ってたね。確か白髪だっけ」


 という声や


「女子こい! 女子! どうかこのクラスに華を!」


 と、男子が多いこのクラス(たったのひとり差だ)に願う野郎。

 様々な声が聞こえてきた。

 ガラガラ。とドアを開けて人が入ってきた。


「今日からこのクラスに復帰することになった濯見夜すずみやだ。濯見夜、挨拶」

「初めまして、濯見夜月といいます。家庭の事情で休学していましたが本日より復帰することになりました。よろしくお願いします」


 そう言ってペコリ。とお辞儀する月。

 肩からサラサラな白い髪が流れ、上げた顔にはそれに合う美しい笑み。

 女子からは当然のように黄色い声があがり、男子はお口パッカーン。

 想像通りすぎる反応に笑えてくる。


「ははは。さすがだねー、月くん」

「ほんとにそれ……」


 その後、先生が『じゃあ、濯見夜の席は日照の後ろだな。日照の席は……あ、いとこだからわかるか。ついでに日照、学校案内もよろしくなー』

 という爆弾発言によって私が女子からにらまれたのは言うまでもない。


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