3話 朝の始まりは疲れの始まり。
ピリリリリリリ……
六畳南向きの部屋にけたましい音が鳴り響く。
「ん……」
数十秒後、音は止まり、部屋で寝ていた天は布団から顔を出す。
時計の文字は5時ちょうど。
昨日枕元に用意しておいた作務衣に着替え、箒を片手に家を出る。
ザッザッ。階段を上から下へと掃いていく。
「あら、そらちゃん。今日も早いわねぇ」
下まで来た時、ジャージ姿の女性に話かけられた。
「おはようございます、山本さん。山本さんも毎朝早いですね」
「年々起きる時間が早くなっていてね。歳かしら? もういやねぇ」
頬に手を当て、そう言う山本さん。
山本さんは家の近所に住んでいる初老の方で、毎朝のジョギングでここを通る度に私と顔を合わせていた。
最近よく話すようになり時々、飴をくれたりする。たわいない世間話をしていたが、しばらくして山本さんは『それじゃあね』と言ってジョギングへと戻った。
掃除を始めて小一時間くらいたったくらいの頃、神社に朝日が差し出した。
ざわざわと樹々は蠢き、鳥たちは飛び立つ。
朝露がキラキラと輝き、パッと世界が変わる。
私は世界が色づいて見えるこの時間が大好きだ。
「ん〜っ」
差し出した朝日を浴びたおかげか、さっきまで少し重かった体がうそみたいに軽くなった。やっぱり、人間は朝日が大切みたい。
そのまましばらく境内をほうき放法規で吐きいると、
「天〜、ごはんよ」
家から聞こえて来たお母さんの声で私は家に帰った。
「おはよう。お母さん」
「おはよう、天。ごめんだけど、着替えたら月くんを起こしてきてくれないかしら」
「月を?もちろんいいよ」
「じゃあ、お願いね。お母さん台所にいるから、何かあったら言ってちょうだい」
「はーい」
お母さんと別れて、私はギシギシと音を立てる階段を登る。
そのまま二階の廊下を進み、奥の方の部屋へとたどり着く。
7畳の和室。それが私の部屋だ。
押入れにかけてある制服に身を包む。そして真紅の組紐で髪の毛をいつも通りに結う。
「よし」
姿見で全身を確認した後、そのまま隣の部屋へ向かう。
「月ー!朝だよ、起きてー」
襖ごしに声をかける。
「月ー?」
私がもう一度声をかけるけど、反応がない。どうしたのだろうと首を傾げ、襖に手を掛けた時だった。
「おはよう……」
布団にくるまった月が襖を開けた。どんよりとしていて、声に覇気がない。
「月、大丈夫?どっか悪い⁇」
あまりの覇気の無さに私が慌てて声をかけると、月は首を振る。バサバサとかみが揺れて、綺麗な黒髪が顕になる。
「ううん。ただ、朝に弱いだけ……それより、なんでこんな朝早くから僕の部屋に?」
「あ、ご飯ができたみたいで」
「そうなんだ……わかった。着替えたらいくよ」
そう言うなり、ピシャリと襖を閉じ月は部屋に引っ込んでいった。まるで殻に戻るカタツムリみたい。
しばらくして、髪を後ろで一つに結い、中学の制服に身を包んだ月がリビングにやってきた。
「おはようございます」
「おはよう、月くん制服、似合ってるわね」
「ありがとうございます」
お母さんに誉められた月が少し照れながら、茶碗を受け取る。
にしても、本当に制服が似合っている。入学して一ヶ月、男子の制服なんて見慣れたと思っていたけど全然そんなことはなかった。
茶碗にご飯をよそった月が席につき、朝ごはんが始まる。
「ん〜っやっぱりお母さんの卵焼き、美味しいね」
「あら、ありがとう。お弁当にも入れたから楽しみにしててね」
「やった」
私は心の中でガッツポーズする。このふわふわでしっとりな卵焼きは、お母さんだからこそのものなのだ。
「月くんも、お口に合うかしら」
「はい。とても美味しいです。特に、この卵焼きが」
「ならよかったわ」
安心したようにお母さんが笑い、卵焼きを口にはこぶ。
「おお。いい匂いだなぁ」
本堂で朝のお清めをしていたお父さんが装束姿のままリビングにやってきた
「あ、あの」
月が立ち上がり、お父さんの元に駆け寄る。
「今日の放課後から、僕も手伝いをさせてはいただけないでしょうか」
同時に、頭を下げた。
「手伝いか? 全然構わないぞ。放課後からよろしくな」
「はい。ありがとうございます!頑張ります」
嬉しそうな顔でにこやかに言う月。
その眩しい目に私は目を細めた。
その姿にほんの少しだけ、羨ましいなんて思ってしまった。
「うう……うううう……」
もうすっかり日がのぼり、気だるげな雰囲気がそこら中に充満し始めた午前7時。
私は駅のホームにいた。
横にはおぞましい呻き声をあげ、椅子の上に体育座りをする妖怪……いや、月がいる。
「ほら、そろそろ電車来るから立ちなよ」
「いやだぁ……いやだぁ……」
そう言って服を引っ張ってみる。
効果はあるわけもなく、さらに身を縮こませ、月はもはや石と化してしまった。
月がこうなったのは、先ほどの電車でギャルに絡まれたからである。
普段は取り繕う気力があるおかげでどうにかなるが、今は朝ということもありそれなりの人見知りである月には大ダメージだったのだ。
その結果が、動かぬ石の爆誕となると絡んできたギャルには一発お見舞いしたい気もする。
どうしようかと思案していると、ホームにアナウンスが響く。
「ほら、立って」
諦めることなく、私は服を引っ張り続けた。
結局、月が電車に乗れたのは始業時刻にギリギリ間に合うかどうか。という時間帯の電車だった。
もちろんギリギリになり、廊下を全力疾走したのは言うまでもない。
……明日からどうするべきかな。
私は空を仰いだ。
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