1話 再会はドッキリつき。

 ザッザッザッ。


 毛虫に気をつけながら地面に落ちた葉っぱを掃いていく。

 ザッと音を立てて動くホウキはもう10年以上使っている愛用品。


「ふう、こんなもんかな」


 目の前に築かれた葉っぱの山をみて、私は服の袖で汗を拭う。

 ゴールデンウィークが終わりかけなのにもうこの暑さ。正直、信じられない。

 去年は、友達と秋がなかった! って言い続けてたくらい10月になっても暑かったし、今年もそうなるのかな。

 暑いのはあまあり好きではない。そんなこと、考えるだけで憂鬱になる。


「……よし」


 私は気合いを入れ直し、掃除を再開する。


 私は日照天ひでらそら。この春高校1年生になった、神社の娘です。

 私の家は1000年くらい続く神社の神主一家。

 ちなみに、今掃除しているのは家の神社の境内。

 初代神主が植えた樹齢1000年の桜の木が背後にある。今はもうすっかり葉桜だけど。

 用具入れに箒を片付け、私はふとあることを思いつく。


 普段、人が通ることがない道を歩き、私は神社の奥へと進んだ。


「えっと……確かここに」


 道をどんどん外れ、私の姿は雑木林を突き抜けた小さな池の前にあった。

 スーッと息を吸い込むと、澄み切った冬の朝のような空気が鼻を抜ける。

 もう季節は夏にさしかかってるのに、変な感じ。

 でも、ここはいつもそうだ。


 ―—まるで、神域のよう。


 池の裏にある、気をつけていないと見落としてしまいそうな小さなペース。

 そこにある小さな社の前に私は立つ。

 私は社が放つ雰囲気に気圧されていた。

 肌に刺さるような、全てを見透かされてるような、そんな感じに。


「小さい頃から何ひとつ、変わらないなぁ」


 さっき感じた雰囲気も、社の姿も、周りの植物が一つも生えてないところも全部。

 まぁ、植物は定期的に誰かが片付けてるんだろうけど。

 私は社の前でかがみ、手を合わせる。


「今月も、よろしくおねがいします……っと。私に何か用かな? 小豆洗いさん」


 ここにきた時から視界にちらついている小豆洗いに声をかける。

 実は私は妖怪が見える体質なのだ。幽霊とかは見えにくいんだけどね。


[〜〜〜〜〜〜! 〜〜〜〜‼]


 手をぱたぱたと動かしながら小豆洗いは何か言う

 相変わらず何を言ってるのかは音ではわからない。

 だけど、じっと小豆洗いさんを見ていると頭に直接響くように小豆洗いさんの話す内容が伝わる。


「ふむふむ……え、最近幽世かくりよで空前のビーチブームがきていて、小豆洗いさんの旅館に全然お客さんが来ないって⁉︎」


 こくこくと小豆洗いさんが首を激しく縦に振った後、頭を抱えだす。

 この小豆洗さんこと、豆蔵まめぞうさんは幽世にある、温泉街の旅館の厨房で和菓子職人の見習いとして働いている。初めて会ったのは7歳(つまり8年前だっけ?)からずっと見習いをやっている。

 いつになったら見習いから昇格するのやら。


「え、あと10年。そんなに甘い世界じゃないって? 小豆みたいに」


 ぷんぷん。と頬を膨らませて豆蔵さんは話す。


「てか、なんでわかったの? 心を読んだとか? え、違うの?」


 ぶんぶんと首を振る。


「嘘。全部声に出てたの……」

[〜〜〜、〜〜〜!]


 しばし、呆然としながら豆蔵さんと話していると見慣れない小豆洗いがこっちにやってきた。


「なになに、豆蔵さんの弟子の豆丸まめまるくん……って見習いでも弟子は取れるんかい」


 くすくすと笑うと、豆蔵さんは『真面目に考えてください!』って。

 なんて言ってたっけ?ああ、どうやったら旅館にお客さんが来るかね。


「……知るわけ無いやろうがーい」


 思わず叫んで突っ込んでしまった。

 だって、私お店とかしたことないし、よくわかんないよ。

 私のセリフに豆蔵さんが「そうですよね」と肩を落としてしまった。

 すると突然、豆丸くんが叫び出した。


[〜〜〜!!!]


 え、危ない?豆丸く方向へ振り返る。

 音でもわかるくらいだから、相当のはず。


「⁈」


 間を置くことなく、バキバキと音を立ててすぐ真横の木が折れた。


 もくもくと土煙をあがり、私はむせる。


「痛った……」


 土煙のなかから、髪の長い男の子がそう言いながら出てきた。


「あ、月!」


 私はすぐさま立ち上がり、月と呼んだ髪の長い男の子に近づく。


「あ、天」


 パッと顔をあげ私の方にツキも近づく。


「久しぶり〜っ元気だった?」

「元気だよ。久しぶり。天も元気そうで何より」

「そりゃ、私は健康が一番の取り柄ですから〜」


 えへん。と胸を張ってしょうもない自慢をする。

 仲良くツキと話していると、豆蔵さんと豆丸くんが私の服の袖を引く。

 なになに、こいつは誰って?


 彼、ツキこと濯見夜 すずみや つきは私のいとこだ。同い年の高校1年生で、この春から私の家に住みながら宮司になるため、お父さんの元に弟子入りすることになっている。


「天、何その小さな妖怪」


 そして、私と同じく視える人である。と言っても妖怪はそこまで詳しく視れないみたいで、さっきの『小さい』のように、何となくしかわかんないのだとか。もちろん、私みたいな意思疎通もできない。幽霊だったらはっきり見えて、意思疎通もできるらしい。逆に私は幽霊がなんとなくしか分からなくて意思疎通もできないけど。


「小豆洗いだよ。こっちが豆丸くんでこっちが豆蔵さん」

「ああ、小豆洗いか。名前は……うん、言われてもわかんないや」

[〜〜! 〜〜!]


 小豆洗いが、小さなとか言うな!とぷんすか怒る。はいはい落ち着いてね〜。


「にしても、一ヶ月も遅れるなんてびっくりしたよ」


 ドスドス暴れる小豆洗いを抑えながら私は月にいう。


「ホントに。なんでこのタイミングで検査が入るかな……」


 苛立たしそうに月は頭を掻く。

 月は幼い頃、体が弱く時々倒れたり、高熱で意識を失ったりしていた。

 その理由が原因不明とかで、毎年ものすごい数の検査を入院してしている。

 今回は私の家に住むにあたって病院も変わるからそのせいで余計、検査が増えたらしい。

 さらに、こっちへ行くために使おうとしていた新幹線のレールに故障が見つかり復旧に1週間かかるとか、いろんな理由が重なって月はこちらに来るのが一ヶ月も遅れてしまっていた。


「学校も、入学式出れなかったし」

「でもリモートで参加出来たから良かったじゃん。まぁ、挨拶は出来なかったけど」

「入学式に出れないことよりそっちの方が嫌だった」


 思い出したのか、不満タラタラな顔で月が言う。

 月は、高校の入学式でなんと首席として挨拶する予定だった。

 けれども、そもそも入学式自体に参加できなくなり、代表挨拶を辞退せざるを得なかったのだ。


「あ。でも、月が出来なかった挨拶は私がキッチリこなしたから大丈夫! 次席の私が〜」


 グっ! と親指を立ててドヤ顔で私は言う。


「うわ。なんかムカつく」

「えー、なんだって?」

「……なんでもない」


 ツンと月はそっぽを向いてしまった。


「でも、僕は首席、天は次席。その違いは忘れないでよね」


 ボソリとそう告げ、月は折れた木の場所へ行った。入学テストの点数が5点、月の方が高かっただけなのにさ。解せぬ。


「にしても、なんでこの木、突然折れたんだろう」

「突然じゃないよ。だって僕が枝の上に乗ってたから」

「え、乗ってたってこれに?」


 私はびっくりしながら、枝をさす。そこには小豆洗いの傘くらいの大きさしかない、人が乗るには心もとない枝があった。


「うん。ちょっと気になることがあってここに来たんだけど、何やら知らない気配を感じでとりあえず身を隠そうと場所を探したら、ここしか無かったんだ」


 方をくすめ、仕方がなかった。を全面に押し出してくる月。


「もしかして、これを担いで?」


 私は足元に転がっているいかにも重そうなリュックを指す。


「そう。このっリュックサックも一緒に」


 試しに持ってみると、案の定すごく重たかった。


「そりゃ、枝も折れるよ。ちなみに何が入ってるの?これ」

「伯父さんたちへのお土産20コ。ご近所さんにも渡せないかなって。京都老舗和菓子店の抹茶羊羹を。あとは、ゲームに、俺のお昼、参考書、充電器に……」


 次々と語られていくものが全て入っているのかとリュックを見る。

 心做しかさっきよりもずっと大きく見えた。

 私は呆れて、折れた枝を片付けている月の姿をただ見ていた。


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