0話 神と器はめぐり合う。下

 更に歩くと突如として鳥居がとぎれる。

 目の前には池があり、夕日がキラキラと反射している。

 そこも雪は積もっていない。


「きれい……あっ。うさぎさん!」


 その綺麗さに目を奪われていると、うさぎが腕からするり。と抜け出した。


「どこかいくの?」


 素早く自分の元から去っていったせいか、寂しそうにうさぎを見る天。


[ううん、そういう訳じゃ無いよ]

(ああ。窒息死するところだった)


 実情は、ただ天の抱きしめる力が強かったせいで、身の危険を感じたからだった。


[こっちに来て]


 天にそう声をかけ、池の裏側にある場所にうさぎは天を連れていく。

 木々におおわれ、外からは分かりにくい場所に相撲場程度のスペースがあった。

 その真ん中にはポツリと社が建っていた。

 とても小さく、幼い天ですら社にある扉に手をかけられる程。


「どうしてここにつれてきてくれたの?」


 空は振り向き、自分の後ろにいるうさぎに訪ねる。

 こちらに来てから、うさぎはそこから動くことはなく、ただただ何かを待つようにじっとしているだけだった。


「うさぎさん、こっちにこないの?」


 かがみこみ、じっとうさぎを見つめる天。


 シャラン。


 神楽の際、祖母が鳴らす鈴のような音が後ろから聞こえた。

 振り返れば、先程の社の扉は開き、中には赤く光る玉が置かれていた。


[天、それをこちらに持ってきてくれない?]

「それって、あのあかいたま?」

[うん]

「わかった!」


 社に手を伸ばし、玉をつかもうとする。玉は空が背伸びをしてギリギリ届くところに置かれていた。


「んしょ……」


 何とか玉をつかみ、うさぎの元へ持っていく。


[それ以上これを近づけないで!]


 うさぎまであと数十センチというところで、うさぎは悲鳴に近い声を上げた。

 突然の大声にびっくりしたのか、天は急に涙目になる。


「うっ、うぇえっ」

[あ、あああ。ごめんね。ほら泣き止んで、天]


 慌てた様子でうさぎは天をあやしている。


[じ、実はね、それは神様が天のために作ってくれたお菓子で、とっても美味しいんだよ。]

「……おかし?」

[だからほら、食べてご覧]


 一瞬、天は迷う素振りが見えた。母親から口酸っぱく、知らない人からお菓子をもらっては行けない。と言われているからだ。

 しかし、うさぎだからいいと思ったのか、天は口の中に玉を入れる。


「わぁ。あまくて、すごくおいしい!」


 まるでほっぺたが落ちそうだ。とでも言うかのように、天は美味しそうに食べる。


(よし、ここまでは順調のようだ)


 しばらく舐め続けていると、次第に天が眠そうな顔になっていく。

 保育園でお昼寝はしたはずだ。だから寝不足などの類いでは無い。

 ではなんなのか。おそらく―――


[!!]


 突如として現れた邪悪な気配にうさぎは後ろへ飛ぶ。


「ねぇ、そこのうさぎ。そらちゃんに何したの」


 邪悪な気配の正体は真っ直ぐに伸びた白髪が神秘的な少年だった。

 バチバチと体に雷をまとい1歩1歩うさぎの元へ近づく。

 地面に倒れ伏している天を見たのか、より一層強い力を身に纏った。


「ねぇ、なにしたのって聞いてるじゃん。答えてよ!!」


 ドォン!と大きな音を立ててうさぎの足元に雷が落ちる。


「はずしたか。でも次はあててやる」


 冷静にそう吐き捨てる。だが目には恨みがこもっていた。

 うさぎは驚いた。もうこんなにも使いこなせているのか、と。


 彼は、器だ。神の力を御身に宿し、行使することができる稀有な存在。その存在は神が何かあった時のためにそんざいする。

 先代の月読の器が体の自由がききにくくなり、お役目放棄を訴えた。

 月読命はそれを承諾し、次の器として生まれていた月に力を渡すことに決めた。

 それが、およそひと月前。

 その後すぐに力が新たに次の器へと注がれ、よわい6歳にも満たない”月読の器”が誕生した。


 力と言うのは本来、体に馴染むまで長い時を必要とするものである。

 それなのにも関わらず、月はまるでもう馴染んでいるかのように力を使う。


(いや、違うみたい?)


 うさぎは、馴染んだと錯覚したがそれは違った。

 これはただの火事場の馬鹿力だった。

 無理な力の行使は己の命を削る。

 さすがにそれを見過ごす訳には行かなかった。


[きみと同じだよ。天もまた其方と運命を同じくするもの。彼女は天照の器に選ばれたの]

「だから何?なんでそらちゃんなの。器は他にもいるって月読さまはいってたよ」


 事実を聞いてもなおうさぎを睨み主張する月。

 うさぎは、まだ分からぬか。と言いながら続ける。


[彼女が1番良かったから、それだけだよ。それと、器はたくさんいるわけではない。天命で器になることも、頃は決まっている。それを覆すことは不可能に近い。断れば死ぬだけだ。死んだら新しい命が急速に芽生え、新たな器が生まれる。だから、器がほかにもいるは嘘だ。君は天が死ぬことを望むの?]

「そ、それは……」


 真っ青になり、狼狽える月。先程の力はなりを潜めただの従兄妹が大切な少年に戻っていた。


[殺したくなくば、じっとしていてね]


 うさぎはそう言って月に近寄り、額に足を当てた

 次の瞬間、月もまた地面に倒れ伏していた。



「んぅ……」


 和室の一室、少女は目が覚めた。


「あら、天起きたの?ダメよ、縁側なんかで寝ちゃ。枷を引くわよ、もう幼稚園児おやすみしたくないでしょう?」


 そばにいた母親に頭を撫でられ少女は体を起こす。


「うさぎさんと森のおくでおかしを食べてたはずじゃ……」

「あら。楽しそうな夢ね。いい夢見られて良かったじゃない」

「ゆめ……」


 何か腑に落ちた顔で少女はつぶやく。


「そら!」


 すると扉から白髪の少年が顔を出した。


「つき!」

「大丈夫だった?いたくない?うさぎにいじわるされてない?」


 心配そうに体のあちこちを見ていく月。


「なにいってるの、つきくん。それ、ゆめのおはなしでしょ?つきくんも、おんなじゆめをみてたんだね!」

「え、ゆめ?ああ。そうだね、いいゆめだったね」


 にこりと笑って月は頷く。


 その和室の真上、屋根の瓦の上にはうさぎが雷の紐によって拘束されたまま、放置されていた。

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