一昨日、父親が死んだらしい
金網滿
第1話
──一昨日、父親が死んだらしい。
俺たちには昔から父親が居なかった。
別に難しい話じゃない。俺が生まれてから数年経って、父親の浮気が発覚して離婚したらしい。
離婚した後、父親は浮気相手と結婚して、一年も経たずに離婚した。
母と結婚してからはその悪癖も暫くの間は鳴りを潜めていたが、結果はこれだ。全く、男という生き物はつくづく愚かだな。
俺の幼い頃の記憶にはそれらしい人物は居たが、正確な顔までは思い出せない。
俺にとっての父親ってのは、その程度のものだ。
そんな調子だから、母から告げられた事実に、俺は多少複雑な思いはあっても、それについて深く考えることは無かった。
「つい一昨日、アンタの父親が死んだって」
いつもより堅苦しい口調で電話をしていた母は、電話を切った後、大分間を置いてからそんな事を俺に言ってきた。
「へー」
「へーってアンタ⋯⋯まあいい、兎に角そう言うことらしいよ」
母としてもこの話は早く切り上げたかったのか、俺の返事に、大してツッコムことも無く、この話は終わった。
しかし、母は暫くの沈黙の後、独り言のように語り始めた。
「さっきの電話相手ね、警視庁からだったの。アイツ、東京なんかで
「まあ、そう云うもんだろうな」
「アンタには言ってなかったけど、何年か前、アイツから一度連絡が来たの。最近どうしてるか、だって。全く、人の事を舐めてるとしか言いようがない。⋯⋯それでまあ、その時、アイツが云うには、胃癌だったらしいわ。それも気がついた時にはステージ四の手遅れ。それでアイツ、死ぬ前に自分と関わった人間に片っ端から電話していったらしいわ。その時の心情なんかは知らないけどね」
「⋯⋯なるほど⋯⋯」
「で、その時に残っていた電話帳から、警視庁が電話をしてきたってわけ。警察も大変ね」
そう言って母は話を終えた。母は父親を罵倒するような言い草をしつつも、その表情は何とも複雑そうなものだった。
俺にとって父親は、血の繋がりがある他人だ。十六年間生きてきて、父親と関わった時間は圧倒的に少ない。きっと、今まででトイレに入ってきた時間の方が長い。
多少複雑な思いはあるが、それだけだ。所詮顔も思い出せない他人、顔すら覚えていない他人に何かを抱く程、俺は感受性豊かじゃない。
風呂に入って、飯を食って、気持ち良く眠りにつき、寝惚けながら朝起きたら、そんな事すっかり忘れているに違いない。
恐らく、いや、確実にそうだろう。頭の片隅にも残っちゃいない。
考えているのは⋯⋯そうだな、学校行きたくねーなくらいなもんだろう。
「まったく、俺はいつからこんな薄情な人間になっちまったんだ?」
俺の独り言は誰かに届くことなく、その場に消えていった。
一昨日、父親が死んだらしい 金網滿 @Hirorukun
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