第46話 いつかの恩返し

 俺はこれまでに、優美に望まれてはじめてを捧げ、葉月に望まれてはじめてを奪ってきた。

 自分から望んだことはまだ一度もない。だから俺は、今回は自分からそれをしたいと望んだ。


 相手に望まれてはじめて応じる、卑怯な自分を変えたかったから。


「ここで鴨川さんとしたんだ」


 ベッドに仰向けに寝転がった透子は、枕の両端をぎゅっと顔に挟み込んで、ささやくように小さな声でいう。


「同じことしてほしい」


 あの日の優美の姿と透子の姿が重なる。


「……」


 優美にはじめてを捧げた場所で、透子のはじめてを奪う。


 下劣極まりない行為だ。

 けど、俺みたいな最低な人間に下す罰としては、これくらいがちょうどいいのかもしれない。


「……ごめんな優美」


 きっと優美とはじめてした夜は、今後記憶のなかで鏡像を結ばなくなる。透子に上書きされてしまうだろうから。

 そう理解しつつも、俺は透子のスリップの肩ひもを外す。デコルテが露わになる。


「……なんかむずむずする」


 爪先を擦り合わせる透子。

 持ち手を肩ひもから肌に密着する生地に変えて、指先を胸部の側面に、肋骨に、腹部に。


「んっ……!」


 ちょっぴり透子の肌に擦らせながら、ゆっくり、ゆっくりと下に下ろしていく。


「ちょっと、くすぐった……ひゃぁんっ!?」


 腰回りに到達する。

 透子の上半身は、既に生まれたままの姿だ。布面積は一ミリだってない。


「普段からつけてないの?」

「そんなわけないでしょ」


 不満げに睨みつけてくる。


「今日はそういうことするからつけなかったの」


 なるほど。

 断定じゃなくて決定事項だったんだな、俺とするっていうのは。


「つけてた方がよかった?」

「どっちでも構わないよ。どのみち外すんだし」


 乳肉の先端が既に佇立している様子を見るに、透子もその瞬間を待ちかねているのだろう。


 早く服を脱がせて……と思ったけど、優美と同じようにしてほしいと透子から頼まれている。

 優美と同じように。つまり、脚を指先でなぞりながらゆっくりズボンを下ろさなくてはならない。


「ひぁぁっ、だ、だめっ、そんな風にさわられちゃ……っ」


 わざと素肌に微かに触れながら、ゆっくりゆっくり、服を脱がしきる。


「ひぅぅっ……!」


 指を咥えて、透子は嬌声が響かないよう抑える。


「ふぅ、ふぅ……んんっ」


 全部脱がし切る頃には、きめ細かな肌にいくつもの光る粒が浮かんでいた。

 頬は火照り、身体はじんわりと熱を帯び、身体は小さく快感の余韻に脈を打っている。


 服を脱いでいると、パンツだけ着用したほぼ全裸姿の透子がむっと頬を膨らませて俺を睨み据えてくる。


「慎哉のいじわる」

「同じことしてほしいって言ったのは透子の方だろ?」

「っ! そ、それは、そうだけど……」


 気まずそうに目を逸らす。

 そんな透子を抱きかかえて、俺のあぐらの上に座らせる。


「わっ……! い、いきなりどうしたの?」

「次は、葉月にしたのと同じことをすればいいんだよね?」


 返事を待たず、俺は透子の耳穴に舌を突き刺す。


「んふぅ~っ! ……ま、まってよぉ、しんやぁ」


 うるうる潤んだ瞳を向けてくる。


「……」


 情欲の昂りと共に、葉月の泣き顔が脳裏に浮かび上がる。

 あの日のように、感情に身を任せて暴走するわけにはいかない。

 高鳴る鼓動を深呼吸で整えて、透子の前髪を指先で分けてくちびるをやさしく重ねる。


「キスならどうかな」

「……うん。きもちいい。もっとしてほしい」

「わかった」


 触れ合うだけのキスを何度か繰り返したところで、抱く部位をおなかから乳房に変える。


「んっ……!」

「揉んでも平気?」

「……うん。大丈夫そう」


 その都度その都度許可を取りながら、俺はゆっくり透子とのぼっていく。


 優美よりは小さく、葉月よりは大きな膨らみを揉みしだきながらキスをし。

 だいぶ慣れてきたところで、突端を愛撫しながらキスをし。

 それにも順応してきたところで、片手で桜色の粒をいじりながら、パンツのなかに手をいれてクレバスを刺激し、透子を仕上げていく。


「んふぅっ、んあっ、んん~! ……はぁはぁ、まだ、しなきゃいけないの?」

「そろそろ大丈夫そうかな」


 優美と一回、葉月と一回。

 たった二回の経験だけど、どれくらい解れれば痛くないのか、俺にもなんとなくわかるようになっていた。


 ……これで三回目か。それも三人共違う相手で、うちふたりは処女。

 俺は将来、まちがいなく地獄に落ちるんだろうな。

 

 ズボンを下ろし、パンツを脱ぎ、コンドームを装着して準備が整う。


 透子を組み敷いて、竿の先端を透子の陰唇にあてがい……


「どうしたの?」

「……ここで一線を越えたら、もう戻ってこれないなって」


 ――透子と家族以上の関係になり、優美と葉月との関係が終わる。


 それが、現状で導き出せるなかでは最もよい形でのエンドロールで。

 みんな幸せになれる可能性が唯一存在する方法で。


 そう理解しているのに、俺は諸手を上げて賛同できない。できるはずがない。


 だってこんなの、絶対にまちがってるじゃないか……


 俺を選ばなければ、透子は幸せになれる。

 やや難はあるものの優しい性格をしているし、成績はいいし、料理だってできる。むしろ欠点を探すことのほうが難しいくらいだ。


 俺も透子を幸せにできるよう努力はするけど、絶対に月並みの幸せを手に入れることはできない。

 反対に、透子を不幸に陥れてしまう可能性は大いにある。


 だからこの選択は、透子にとってメリットよりも圧倒的にデメリットのほうが大きい……


「――大丈夫。どんな未来が待ってても、私は慎哉から離れないし後悔しないよ」


 首に腕を絡めて、透子が抱き締めてくる。


 こんな俺を、受け入れてくれようとしている。


「……優美と葉月のこと、ずっと引き摺ると思う。そんな俺でも透子は受け入れてくれるのか?」

「うん。綺麗な部分も醜い部分も、全部全部ひっくるめて、私は慎哉を愛してる」


 その言葉を聞いた途端、うれしさと情けなさで涙が込み上げた。

 同時に、胸にずっとつっかえていたなにかがすっと姿を消した。


「ごめん……ごめんな、透子ちゃん」

「違う。私はじゃなくてだよ。慎哉だけが呼べる特別な名前なんだよ」

「……ほんとに俺なんかでいいのかよ? 最低でクズでどうしようもない男だぞ?」

「なら、そんな最低でクズでどうしようもない男を愛した私はクズ以下だね」


 透子はくすっと微笑んだ。


「ま、それでもいいんだけどね。慎哉と幸せになれるなら、世間体とか他人からの評価とかどうでもいいし」


 俺の両頬を手のひらで包み、透子はそっとキスしてくる。


「泣かないで慎哉。こうなった責任は私にもあるんだからさ」

「……透子はなにも悪くないよ。全部全部、悪いのは俺だ」

「その癖、ほんとよくないと思う」


 不服そうに顔をしかめて、俺の頬を抓ってくる。


「慎哉も鴨川さんも辻さんも私も、みんなみんな、悪いことをしてる。だから、責任はみんなで取るべきなんだよ。慎哉がひとりで思い悩むのは間違ってる」


 いつかも、優美に似たようなことを言われた気がする。


「……でも」

「うるさい」


 勢いよくキスしてくる。


「……ほんとへたくそだなぁ」


 おかげで口がまた鉄の味に染まった。


「これからうまくなるから」


 ふんっと顔を逸らし、次はゆっくり、慎重に顔を近づけてくちびるを重ねてくる。


「経験豊富なんだからいろいろ教えてよね。私、恋っていうのはよくわからないからさ」


 恥ずかしそうにはにかむ姿を見て――俺の決意はようやく固まった。


「透子……」

「うまくても怒らないから安心して。まぁちょっぴり嫉妬はしちゃうけど」


 この子を守る。

 この子だけを、これから俺は守っていくんだ。


「優美と葉月と別れるから……終わったら慰めてほしいな。たぶん泣いちゃうだろうから」

「それだけ本気の恋をしてたってことだよ。慎哉は優しいね」


 相変わらず透子は、俺のことを高く評価しすぎだと思う。


「愛してるよ透子」

「私はもっと愛してる」


 再び透子を組み敷き、竿の先端を淫裂にあてがう。


「おいで慎哉」


 俺を抱き寄せ、腰の後ろで足を組み、透子は微笑んで言った。


「今度は私が慎哉を救う番だよ」


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