第33話 仲良しごっこ

 「ずっと握ってていい?」

 

 葉月の右手は、長らく俺の左手に絡められたままだ。


 俺に向けられる自信の乖離した表情。

 眉は下がり、瞳の端からは一筋のしずくが滴り、声はか細く。


 そのどれもが普段の葉月からは連想されない卑屈さを連想させるものだ。


 ……つらかったよな。


 けど安心して。今から俺が助けるから。


「うん。いいよ」


 葉月は微笑んだ。


 そして俺たちは、仲良しごっこをはじめる。


○○○


 葉月は、俺のあぐらの上に足を伸ばして座っている。

 俺は後ろから葉月の身体を抱き締めて、耳たぶに音を立ててキスをする。


「ひゃっ……!」


 続けて舌先を耳の穴にねじ込み、先端をちろちろと動かす。


「んっ……ふわぁ、んぁっ……」


 それだけでは飽きてしまうだろうから、耳の輪郭をなぞるように舌を這わせたり、耳の裏側にキスをしたり、耳を唾液塗れにしたところで反対の耳を標的にする。


「んふぅ……! そっちも舐めるの?」

「気持ち良くない?」

「……気持ちいいよ。――ひゃぁんっ……!」


 同じ要領で耳を愛撫しながら、葉月がもっとも敏感に反応する部位を探る。


「あっ、いやぁ、そんなとこ舐めちゃ……んっ、あっ、あっ……んぐぅっ……!」


 葉月の身体はぴくんぴくんと頻繁に跳ね上がる。特定の部位というよりは、耳全般が敏感なのかもしれない。


「んっ……!」


 耳の穴にふっと息を吹きかけると、葉月はぶるっと身体を小刻みに震わせて声にならない声を漏らした。続けて耳の穴を舌でじゅぽじゅぽと犯す。


「はぁはぁ……んぅっ、はぁはぁ、熱いよぉやっちゃん……」


 恍惚に浸るような葉月の表情を見るに、どうやら耳がウィークポイントという推測は間違っていないらしい。目に見えて葉月は感じている。


 繋がれていない右手で葉月の慎ましい胸を掴み、こねるように揉みながら舌をかき回し続ける。


「あぁっ、だ、だめっ。や、やっちゃ、同時にされちゃ……っ!」


 耳たぶに音を立てて口づけて顔を離し、葉月の顔を見据える。

 薄いしずくに覆われたつぶらな瞳。肩を上下させながら漏らす熱っぽいし吐息。


「……つらい?」


 下腹部が熱を帯びていく。俺の理性が息をしなくなるのも時間の問題だろう。


「ううん、つらくはないよ。ただちょっと、慣れない感覚に戸惑ってるだけで……」


 布地で覆われていない葉月の首筋や鎖骨、二の腕といった部位は汗でてかてかと艶めき、汗で濡れたカッターシャツの上からは、うっすらと水色のブラジャーが透けて見える。


「胸、直接さわっていい?」

「はーちゃんのちっちゃいから、さわってもちっともうれしくないと思う」


 自信なげにつぶやく葉月の顎を持ち上げてくちびるを奪う。


「小さくても大きくても関係ないよ。葉月のだから、俺はさわりたい。それでもダメ?」

「……鴨川さんとじゃ話にならないよ」


 なんでここで優美の名前が出るんだか。


「つまり、いいってことだな」

「あっ」


 片手ではリボンタイを解くことも、ボタンを外すこともままならないので、カッターシャツの下から手を突っ込み布地の感触を探す。


 ……あった。葉月の小ぶりで柔らかな膨らみを守っている水色のブラを下に下げると、葉月は「んっ……」と耐え忍ぶような声を漏らした。


「思えば、お風呂で何回も見てるけど直にさわるのははじめてだよな」


 ぴたりと動きを止めて、そんなことをつぶやいてしまう。


「さわられるのは嫌だったりする?」

「はぁはぁ……嫌なわけないよ」


 葉月は微笑んだ。


「はーちゃんの身体は全部、やっちゃんのものだよ。好きなように使って」

「……でも、葉月は」


 と、躊躇う俺の首に腕を絡めて、葉月は舌を絡めるおとななキスをしてくる。


「じゅるるるぅ……ぷぁ。さわって?」


 蕩けきった表情で胸を突き出してくる葉月。

 どうやら葉月も、俺に負けないくらい盛っているようだ。

 

「んん~っ!」


 直接胸に触れると、てのひらの辺りにこりっとした感触があった。


「あっ、あっ、あぁああっ、ああぁぁ~!」


 それを親指と人差し指で挟んで刺激していると、葉月はひときわ大きな嬌声を上げて背中を弓なりにしならせる。


「はぁ、はぁ……んっ、はぁ、はぁ……」


 なかなか呼吸は整わない。いつにも増して苦しげな表情に見える。


 葉月のパンツに触れる。――パンツ越しにでもわかるほどに湿っていた。


「ごめん。こんなに反応するとは思ってなくて」

「う、ううん。これも慣れない感触だから、ちょっとびっくりしちゃっただけだよ」


 全然へーきと、葉月は汗で前髪のはりついた顔に余裕のある笑みを浮かべる。


「葉月……」


 葉月が幸せを感じている。笑顔になっている。


「もっと気持ち良くするからな」


 もっと幸せを感じてほしい。もっと笑顔を見せてほしい。


 佇立した突端を人差し指と中指のあいだに挟み、小さいながらに弾力のある膨らみを、弱く揉んだり強く揉んだり扁平にしたりして弄ぶ。


「んん~っ!」 


 耳を舐めることも怠らない。


「は、激しいよぉ、やっちゃんっ、んぁ、あっ、あぁっ、んふぅ~!」


 腕を口にあてて、葉月は可愛らしい声をシャットダウンしようとする。


 さっきからずっと、葉月の身体は痙攣しっぱなしだ。


 葉月のスカートから漏れ出たぬたぬたの液体が俺のズボンを湿らせ。

 汗に塗れたカッターシャツは葉月の素肌を包み隠す効力を失い。

 ポニーテールが上下に動く度に甘い香りが俺の鼻を突き抜け。


「んんんん~っ!」


 葉月が絶頂を迎えるたびに、俺の陰茎は硬度を増して温度もあげる。


 現実の輪郭が溶けていく。

 意識が朦朧としてくる……


「葉月……」


 葉月のスカートのなかに手を突っ込み、パンツのさらに下に手を伸ばし、指先に熱くて水っ気のある感触を感じたところで、割れ目に沿って這うように指を動かす。


「んっ! ちょっ、やっちゃ、そこはだめ! 今さわられたら……っ!」


 指の動きを速めるに連れて、ぴちゃぴちゃと弾けるような水音の存在が色濃くなり、それに伴って俺の指はどんどん粘り気を帯びていく。


「んぁ……あ、んっ、あぁっ!?」


 それだけでは飽き足らず、指を蜜壺に侵入させ、内側からひっかくようにして刺激する。


「んんん~っ!」


 俺にしがみついていた葉月が、背筋を一直線に伸ばす。


 荒々しく呼吸する葉月。葉月の口から垂れる涎を舐め取り、それを葉月の口のなかに戻しながら、縮小する襞に包まれた指を動かしつづける。


「あぁっ、はぅああっ、ら、らめぇっ、ほんとみょう――あっ、あっ、ぁぁぁぁあああっ!」


 痙攣が激しくなる。


 ――気持ちいい。


 葉月の絶頂する声が、ぴくぴくと身体を震わせる姿がもっと見たくて、俺は佇立する桜色の粒を指先で転がしながら、泉に顔を近づけて――


「……みょう、やめて」


 舌ったらずで微弱な声色。きゅっと俺の左手を握り締める小さな手。


「……ぇ」


 どれだけ行為が加熱しようと離されなかった左手に視線を落とし、俺ははっと我に返る。


「いたいよぉ……やっちゃん」

「……」


 葉月は泣いていた。


 さっきまで見せていた、気持ちいいけど苦しい涙とは違う。

 ――これは、純粋な苦しみから生じる涙だ。


「……なにしてんだ俺?」


 右手を目の前に持ってこようと動かすと、葉月んっと顔を歪めて頬を涙で濡らす。


「……」


 熱くてどろりとした液体に塗れた指先。

 指先に感じる熱と粘り気が、葉月の情欲の昂りとそれに伴う肉体的な痛みを俺に想起させる。葉月の苦しみを訴えてくる。


「ひっぐ、うぐっ、うぅ……」

「……ごめん」


 さめざめと涙を流す葉月の背中を、そっと、ゆっくり、慎重に撫でる。


 優美の初体験の話を聞いたとき、俺は平塚は最低なやつだと思った。

 そして同時に、俺は絶対優美にそんな思いをさせないと誓った。かくして俺と優美のはじめては、お互いに幸福をもたらす結果となった。


 けれど、あぁはなりたくないという枷がなくなってしまえば、俺も同じだった。


 自分の劣情を晴らすために、俺は葉月をめちゃくちゃにしようとした。


 葉月の痙攣する艶姿に、全身から漏れ出る汗をはじめとする液体に、鼓膜を撫でる甘い声に、歯止めが効かなくなった。


 俺は今、葉月を唯一守れる存在なのに、そんな淫靡な光景を前に獣に変貌せずにはいられなかった。より強い刺激を求め、葉月を執拗に嬲っていた。


 葉月が幸せを感じているから。

 そう自分に言い聞かせ、それを免罪符にして思いのままに、欲情をぶつけていた。


 ……最低だ俺って。どうしようもないクズだ。


「ごめん。ごめんな葉月」


 頭を抱き寄せて撫でると、葉月は俺の背中に手を回して引き寄せようとしてくる。

 小さな力だから俺の身体は動かない。それでも葉月は、必死に俺を引き寄せようとする。


 ――こんな最低な俺に、葉月は絶対に離れないとでも言うように身体を密着させてくる。


「謝らないで。悪いのは弱くて情けないはーちゃんの方だから」


 そのいやに優しい声色に、俺はますます胸が苦しくなる。


「葉月は強いよ。弱いのは俺の方だ」


 くちびるを噛み締める。


「いつだって自分本位で、身勝手で……そんなどうしようもないやつなんだよ、俺はさ……」

「そんなことないよ」


 長らく左手に絡められていた葉月の五指が解かれる。

 自由になった右手を俺の頬に添えて、葉月は柔らかな笑みを浮かべる。


「手、ずっと握っててくれたね」

「……約束したから」


 約束した以上、破るわけにはいかない。否、俺の性格上破れない。


「あれだけ乱れた状態でも約束を遵守できるんだもん。やっちゃんは優しいよ」


 そんなことない。

 俺がそう反論するより早く、葉月は優しくキスしてくる。


「準備もできたことだし、なかよしごっこの続きしよ?」


 そう言って、葉月はカッターシャツのボタンを外しはじめる。


 第一ボタン。第二ボタン。すべてのボタンが外されると、鎖骨からへそに至るまで汗粒で光る葉月の素肌が晒される。

 ブラジャーは既に胸部を守る機能を果たしておらず、佇立したふたつの突端から緩やかで扇情的な曲線まですべてが露出している。


「……後悔しないか?」


 俺はしたい。今すぐにでも葉月のなかに入りたい。


 けど、はじめては貴重だ。

 ここで俺が奪ってしまえば、葉月のはじめては消失する。


 俺にその資格があるのだろうか。

 ついさっき、葉月に乱暴なことをして泣かせてしまった俺に……


「うん」


 既に役割を果たしていないブラジャーを外し、スカートまで脱いだ葉月は、ぐっしょり濡れたパンツをずらし、陰唇を俺の局部に押し当ててはにかむ。


「はーちゃんにはこれくらいしか、やっちゃんを喜ばせる方法が思いつかないから」

「俺のことなんてどうだっていい。葉月の意思が最優先だ。葉月はしたいのか?」


 葉月はむっと不服そうな顔を浮かべて、俺の舌を強く吸い上げてくる。


「恥ずかしくて言えなかっただけだもん。……したいよ。はーちゃんも」


 蚊が泣くような声でつぶやき、葉月は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


「……俺たちは仲良しだもんな」


 だから、俺にもそれをする資格はある。

 そう言い聞かせて――俺は覚悟を決めた。


「あっ……」


 葉月の乳房をやさしく包み込み、火照った頬にやんわりくちびるを当てる。


「今度は優しくするからね」

「……うん」


 小さくうなずいて、葉月は俺のほっぺに短くキスしてくる。


「はーちゃんで気持ちよくなってね?」

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