第24話 ドキドキを求めて

 放課後。学校の最寄りから三駅離れた駅の改札口をくぐると、優美が小走りでこちらに駆け寄ってきた。


「ごめん。待たせた?」

「ううん、全然待ってないよ」


 と、優美は言うが、それなりの時間待ち惚けを食らっていたことは明白で。


 優美と放課後にデートする約束をしたはいいものの、俺たちが付き合っていることは秘密なので、目的地が同じでも教室からいっしょに出発することはできない。

 優美から電車に乗ったという連絡が入って五分後に電車に乗ったので、少なくとも優美は五分間はひとりぽつんと構内で過ごしていたということになる。


「それよりどうだろ。なかなかの優良物件だと思うんだけど」


 が、優美は待たされて暇だったとか、もういっそクラスに関係を打ち明けちゃおうとか、そんなマイナスな話題は一切出さず、これからの時間に期待する話題を切り出してくれる。


 そんな優美にしてはなんでもない優美らしさの発露が、ますます俺が優美に寄せる想いを大きくさせる。愛しさが膨れあがる。


「うん。悪くないと思う。俺もここで降りるのはじめてだし」

 

 ほどほどに発展した駅前。

 行き交うひとの姿はほとんどなく、閑散としたうら寂しい雰囲気が満ちている。


 優美曰く、この駅周辺に住んでいる生徒や、この駅で乗り換えをする生徒はいないらしい。

 つまり、ここでならなにをしようと、俺たちの関係が漏洩する危険性がないということだ。


 そんな情報は、俺では決して仕入れることができない。こんな些細なことからも、優美の交友関係の広さを実感させられる。


「よし、じゃあ今後の放課後デートスポットはここで決まりだね」


 後ろ手を組み、優美は照れくさそうな笑みを向けてくる。


「これからいっしょに、た~くさん想い出を築きあげていこうね!」


 ……ほんと、俺はいつもこの子にドキドキさせられっぱなしだなと思う。


「うん。じゃあ行こうか、コンビニに」

「あ、まって」


 どこか慌てた様子でそう言うと、俺の指先をきゅっとつまんでくる。


「……手、つなご? せっかくのデートなんだし」


 おそるおそるといった様子で、優美は上目遣いに俺の反応を窺ってくる。


「そんな許可取らずとも、勝手に握ってくれていいんだよ」


 指先と指先を触れさせ合って優美の感触をちょっぴり堪能したところで、五本の指を絡めてより濃密に優美の感触を堪能する。


 あたたかくて、やわらかい、優美の手。

 何度も味わっているからか、この感触になんだか安心感を覚えてしまう。


「ご、ごめんね。ちょっと手汗出てるかも」

「気にしないで。俺もだから」


 コンビニに向かって足を進めているだけなのに、優美はまるで遊園地のアトラクションを満喫するような笑顔を浮かべていた。


○○○


 今日のデートでは、いっしょにマンガを読もうということになっている。

 いつかのデート――優美にはじめてを捧げた日のデートで約束した通り、俺たちは割り勘で週刊マンガを購入した。


 人目を気にする必要がないのなら無理にカフェに入る必要はないので、俺たちはコンビニの裏にある小さな公園の休憩所でマンガを読むことにした。

 紙パックのコーヒーと、パーティ開けされたクッキーを木でできた机の上に置いたところで準備完了。机の上にマンガを広げ、隣り合って同じものを同じように読む。


「……なんか思ってたのと違う」


 マンガを二作読み終えたところで、優美がぽつりとそんな不満を漏らす。


「というと?」

「読みづらさしか感じない」


 俺も同じことを思っていた。


 もっとドキドキするものかと思っていたけど、特になにも感じない。

 強いて言えば、時折漂ってくるシャンプーの香りが心地いいくらい。


「もっとドキドキすると思ってたんだけどなぁ」


 優美も同じことを思っていたみたいだ。

 ……ドキドキか。


「優美、こっちおいで」


 俺はぽんぽんと太ももを叩く。


「……いいの?」


 俺が望んでいることを、言わずと優美は理解したようだ。


「こうすれば思った通りになるんじゃないかな」


 葉月がいつも俺を椅子代わりにするので、椅子になることには慣れている。


「じゃ、じゃあ……」


 優美が俺の太ももの上に乗っかってくる。

 鼻をくすぐるシャンプーの香りが強くなり、太ももの上に臀部の感触を覚える。


「もたれていいよ。ずっと背中伸ばしてたらつらいでしょ?」

「ほ、ほんとに大丈夫? 重たくない?」

「全然平気だよ。身体鍛えてるからさ」


 いざとなったときに大切なひとを守るために、週に四日は筋トレをしている。

 筋肉がすべてを解決するわけではないけど、腕っぷしがあって困ることはない。先週の土曜日にチンピラから優美を守れたのも、俺がひょろひょろの長身ではなく体格のいい長身だったからだ。


「な、なら……」


 俺の胸に背中を預けると、優美は「わっ」と驚いたような声をあげる。


「カッチカチなのに座り心地よくて不思議」


 背中を俺の胸に強く埋めたり弱く埋めたりしてくる。お気に召したらしい。


「今度直接さわっていい?」

「さっきも言ったでしょ。優美は俺の彼女だから、どこをどうさわってもいいんだよ」

「と言われても、やっぱり勝手にさわるのは申し訳なさがあるんだよねぇ……」


 俺は優美の膨らみに軽く触れる。


「ひゃっ。ちょっと慎哉くんっ」

「嫌だった?」

「いやじゃないけど。……むしろうれしいけど」

「俺も同じだよ」


 片腕は胸部の上に、もう片方の腕を腹部に回し、優美をやさしく引き寄せる。


「優美がさわってくれたらうれしい。だから気にせずさわっていいんだよ」

「……場所は選んでほしいかなぁ」


 困ったような、それでいてどこかうれしそうな返事をする優美だった。




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