第21話 謝罪
「あ……」
午後三時を少し回った頃。青空から降り注ぐ陽の光を浴びながら屋外のベンチに腰かけて、アイスクリームを食べているときのことだった。
頓狂な声を上げてあんぐりと口を開く葉月の視線の先を追えば、数メートル先にあるアイスクリーム店の列に並ぶひとりの女の子がこちらをじっと見つめている。
透子ちゃんだった。
「……」
なんとなくこの展開を予想していたから、あまり驚きはなかった。
おそらく、優美と同じように葉月が俺の彼女に相応しいかどうか審査しにきたのだろう。もっとも、透子ちゃんの合否ラインは俺にはさっぱりわからないんだけど。
「谷津さんって、やっちゃんが鴨川さんと付き合ってるって知ってる?」
そう問いかけてくる葉月の表情は至って真剣だ。
普段の振る舞いが捌けたものだから忘れがちだけど、葉月は賢い。直近に行われた単元テストを例に挙げるなら、俺より五点高く、優美の点数だと二倍しても足りないくらいの高得点を叩き出している。それも恒常的に。
そんな優秀な娘だから田舎に留めておくのは惜しいと思い、葉月の親御さんは葉月をひとり都会に上京させたのだろう。
賢明な判断だと思う。俺が親でも同じ選択をすると思う。
「……うん。知ってるよ」
「え、知ってるの?」
葉月が驚くのも無理はない。
俺が優美と付き合ってることを知るクラスメイトは、ごく少数しかいない。
より具体的に言えば、葉月と透子ちゃんと大津さんと平塚しか知らない。
「谷津さん……透子ちゃんとは中学からの付き合いでさ――」
葉月にできるだけ嘘はつきたくない。そんな思いから、昨日優美に伝えたように、透子ちゃんとの間柄を簡潔に説明する。
もちろん、いっしょに暮らしていること。家族であることは伏せて。
……早速、嘘をついてるじゃないか。
「なるほど。なら、はーちゃんと付き合ってることは秘密にしなくちゃいけないね」
「……」
「やっちゃん?」
寂し気な笑み。威勢の削がれた声色。
それらに葉月は気づいていないのだろう。
自分の状態を自分で百パーセント完璧に把握することができる人間なんて存在しない。自分が認識している自分と周囲の人間が認識している自分がまるで違う、なんていうのはままあることだ。
だから自分が傷ついても自分で癒せない。
そんなときは、気づいた誰かがその傷を癒さなくてはならない。
人間社会はそうやってできている。そうやってつながりが生まれている。
「明かそう。俺たちが付き合ってるって」
「え?」
「大丈夫。透子ちゃんは口止めすれば誰にもバラさないし、俺たちを非難したりしない」
だって、透子ちゃんはいつでも俺の味方だから。
俺が不利になるような状況には決して陥れない。
「……けどさ、そうは言っても……」
ほんとうに優しい子だ。
背徳的な関係を築くことに、葉月は日頃から苦しさを感じているんだと思う。
もともと葉月は、倫理から踏み外した悪さをしない子だ。
倫理的に正しいものさしを持ち、悪いことをすれば、正義感の元に培われた良心が咎める。だから、葉月はずっと胸を痛めているはずだ。
俺たちが築いているのは、世間に堂々と自慢することなんてできない、最悪で最低で、そのくせ純愛でコーティングされた、どうしようもなく歪んだ恋人関係だから。
「……ごめんな」
俺があのとき葉月の告白を拒めていれば、こんなことにはならなかっただろう。
そんな後悔が今さらながらにこみ上げて、謝罪という形となって表出する。
そんなの、今さらしたってどうしようもないってとっくにわかってるのに……
「やっちゃん?」
全部全部、俺が悪い。
全部、俺のせいなんだ。
そうやって自分を責めることで許されようとする自分に反吐が出る。
許されるはずなんてないのに。そうなることを俺は覚悟したはずなのに。
俺と葉月の恋は、とろけるように甘美で、そして身を蝕み自壊を招く猛毒を孕んでいる。
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