第16話 最愛の君に捧ぐはじめて

 ベッドのシーツを不安そうに握り締める優美を組み敷いている。


「慎哉くんが脱がせて」

「……うん」


 優美の服装は朝から変わらず、スウェットにデニムパンツだ。

 俺の服はぶかぶかすぎるし、透子ちゃんの服を貸すというのは論外なので、こうなるのは必然だった。


 スウェットに手をかけ、下からゆっくりめくり上げていく。


「ぅぁ……」


 徐々に露わになっていく白い肌。

 やがてへそが露出し、さらに持ち上げると薄桃色の布地が見えてくる。


「……」


 ブラジャーが丸出しになったところで、思わず手を止めてしまう。


 ……でかい。

 俺が思っていたよりも、優美の胸は立派な双丘を築きあげている。


「……その、あとでなにしてもいいからとりあえず全部脱がせてくれないかな」


 俺から視線を外し、片腕で口許を隠しながら、優美は消え入るような小声でいう。


「つ! ご、ごめんっ」


 ぶんぶんかぶりを振って正気を取り戻す。


 顎下あたりで止まっていたスウェットに再び手をかけ、優美に両腕を伸ばしてもらうことでまずは上着を脱がし終える。手に持ったスウェットは、畳んで机の上に。


 ベッドに視線を向ければ、上半身だけ下着姿の優美が赤らんだ顔でこちらを見つめている。


「……下も、お願い」


 熱っぽい声を出し、股を広げて俺を迎え入れようとする。


「……うん」


 期待に応えて、俺は優美の作る小空間に再び座り、組み敷くような体勢を取る。


 優美の穿いているデニムパンツは、ベルトではなく紐で調節するタイプのもので、蝶々結びを解けば簡単に下ろすことができる。


「ちょっとだけ腰上げてくれる?」

「う、うん……」


 両端を掴んで下ろしはじめてすぐに、フリルのあしらわれた可愛らしい白色のパンツが目についた。


「っ……」


 情欲を殺す。

 まずはデニムパンツを剥ぎ取ることに全神経を集中させる。


「ひぁ……」


 指が少し太ももに触れただけ。たったそれだけの接触なのに、優美は色っぽい声をあげる。

 状況が状況だから、全身が敏感になっているのだろう。


「ん……あぅ、んぁっ……」


 できるだけ肌に触れないよう細心の注意を払っても、やはり何回かは肌に触れてしまう。

 そのたびに、両手で口を覆っていても抑えきれない優美の嬌声が、俺の理性を揺らがせる。


「んふぅ、んっ……はぁぁん……!」


 そうなれば、俺が集中力を欠いてしまうのは自然な成り行きで、またも優美の肌に触れてしまい……


 そんな悪循環に陥り、脱がし切るのにスウェットの倍以上の時間を要してしまう。


「はぁはぁ……」


 上下ともに下着姿になった優美は、身体の至る場所に光る粒を浮かべていた。


 息を切らし、顔を赤くし。

 まだなにもしていないのに、優美は既に憔悴――あるいは陶酔している。


「く、靴下もとっちゃって」


 言われた通り、くるぶしまでを覆っていた白い靴下を脱ぎ取る。

 ふぅと大きく息を吐き出すと、優美は満ち足りた笑みを浮かべた。


「やっぱり慎哉くんは優しいね。わたしの言うことをちゃんと聞いてくれる」

「はじめてでよくわからないからね」


 葉月ともこんなプレイはしたことがない。


「ううん、慎哉くんは優しいよ」


 かぶりを振って優美は言った。


「平塚くんはなんの断りもなしにわたしのブラを剥ぎ取って、無理やり揉みしだいてきたもん」


 胸でくすぶる劣情が、ふっと冷や水をかけられたように鳴りを潜めた。


「慎哉くんはわたしのことを大切にしてくれてる。その実感が堪らなくうれしいんだ」

「優美……」


 心の底から喜んでいることがわかる眩しい笑顔に、俺は曖昧に微笑み返すことしかできない。


 無理やり行為を迫られたのか。


 優美はきっと泣いてたんだろうな。

 でもなにも言えずに耐えて我慢して無理をして……


 想像するだけで苦しくなってくる。そんなの強姦じゃないか。


「だから慎哉くん、お願い」


 俺に向かって両手を伸ばし、優美は柔らかな笑みを浮かべて言った。


「わたしのはじめての記憶をめちゃくちゃにして」


○○○


「ちゅぷ、ちゅぱぁ……慎哉くん、はぁはぁ、慎哉くんっ、んっ、んちゅ、んむぅ……!」


 俺の両頬を挟んで引き寄せ、優美は昨日までの姿からは想像できない熱烈なキスをしてくる。

 歯と歯がぶつかりかちかちと音が鳴る。混ざり合う唾液で優美のくちびるが艶やかな光沢を帯びる。


「ん……ぷはぁ、口、開けて。もっといやらしいキス、しよ?」


 ぺろぺろと子犬めいた仕草で、優美は俺の開口を誘ってくる。


「……」


 その姿が、葉月と重なる。


「んっ……!」


 俺は優美の口のなかに舌をねじ込み、縦横無尽に舌を振り回す。


「んじゅるぅ、んぁあっ、んっ、んぅっ、はぁはぁ……んんん~っ!」


 パンツの内側に指先を忍ばせると、秘裂からは既に大量の熱い液体が溢れていた。


「あ、あぁっ、だ、だめぇ、そこ今触られたら……!」


 泉をこぼす蜜壺のなかに、中指を第一関節まで入れる。


「んぅぅぅ~っっ!」


 指を咥えて、身体をぴくぴくと震わせながら軽く腰を持ちあげる優美。

 どうやら準備は整っているようだ。


「優美」

「ま、まって」


 と、ちょんちょん触れているから俺のそこが怒張していると気づいているだろうに、待ったをかけてくる優美。


 まさかここで終わりとでも言い出すのだろうか。

 けど、それが優美の望みなら……と思っていると、優美は身体を正面に向けたまま枕の下に右手を伸ばした。


「ちょっと、まってね」


 忙しく細い腕を動かし、やがてぴたと動きが止まる。

 かくして抜き出された右手には、知識としては知っているけど、実際に目にするのははじめての、ここから先に進むにあたっては必ず必要なものが握られていた。


「できちゃったら大変だもんね」


 苦笑しながら、優美は長方形の箱を渡してくる。


 避妊具――コンドームだ。


「……ほんとうにいいのか?」


 装着してしまったら、もう行くとこまで進むしかなくなる。

 優美のはじめての記憶をめちゃくちゃにするしかなくなる。

 この先、優美の記憶をもっと惨酷なものに変えてしまうかもしれない、この俺が。


「慎哉くんだけだよ」


 優美は微笑んだ。


「慎哉くんとしかしたくない。慎哉くん以外とは絶対しない」


 身体を起こして、くちづけしてくる。


「愛してるよ、慎哉くん」


 その瞬間、俺のなかで曖昧だったものが固まってひとつの決意となった。


「俺も愛してる」


 優美のくちびるを奪い、ゆっくりとベッドに押し倒す。

 ズボンを脱ぎ、パンツを脱ぎ、俺は既に封の空いていた箱からコンドームをひとつ取り出した。


「優美は俺が幸せにする。この役目は誰にも譲らない」

「慎哉くん……」


 俺のはじめてを捧ぐのはこの子で問題ない。いや、この子がいい。


 だって俺は、この子のことをこんなにも愛してるんだから。


 


 


 

 

 





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