第13話 帰りの電車に揺られながら
それからは興味を惹かれた店に入って、おしゃべりしながらウィンドウショッピングを満喫した。俺も優美も百均でちょっとした小物を買ったくらいで、多大な時間を浪費した割に、目に見えて得られたものはちっぽけなものだった。
けど、優美といっしょに休日を過ごしたという想い出を得ることができたから満足だ。目には見えないものにこそ、俺は価値があると思う。
日が暮れて間もないからか、帰りの電車はそれほど混んでおらず、優美と隣り合って座ることができた。車内はいやに静まり返り、話をすることが憚られるような空気に満ちていたので、お互いに会話を切り出すことなく、車窓の景色を見るともなしに見ながら電車に揺られる。
三駅ほど通過して電車が大きく揺れた際に、優美が俺の肩にもたれかかってきた。
「っ!」
優美にしては大胆な行動に緊張よりも驚きが勝る。
……が、どうやらその認識は誤りであるようだ。
「すぅすぅ……」
長い睫毛の下に伏せられた瞳は、一向に開く気配がない。
どうやら眠ってしまったようだ。朝からずっとハイテンションでいたから、疲れてしまったのだろう。
愛らしい寝顔に辛抱堪らず、絹のように綺麗な髪を指でとく。毎日念入りに手入れしているのだろう。絡まることなく、俺の指はするする優美の髪のなかを流れる。
「楽しんでくれたみたいでなによりだよ」
そっと頭を撫でると、優美は赤子がむずかるような小さな唸り声を上げた。
優美の最寄り駅に着くまではまだまだ時間がかかる。それまではそっと寝かしておくことにしよう。
電車が揺れて優美の頭が動くたびに、ふんわり甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。シャンプーかトリートメントか、はたまた彼女特有の香りか。
なんにせよ、その香りは俺を穏やかな心地にさせてくれる。
優美と過ごす時間は、いつも春のひだまりみたいに穏やかで温かい。
そのあたたかさは、俺の胸で渦巻く不安と罪悪感を一時忘れさせてくれる。
「……ごめん、な……」
車内アナウンスの声が徐々に遠のいていく……
○○○
「慎哉くんっ! 慎哉くんっ!」
「んぅ?」
目を開くと、顔に焦りを滲ませた優美が俺の肩を揺さぶっていた。
「……はっ! やばい寝ちまった!」
跳ねるように身を起こし、車内の様子をうかがう。
目に見えて乗客の数が少ない車内。車窓の風景を見て理解が追いつく。
「……終点か」
「うん。降り損ねちゃったみたい」
スマホで確認すると時刻は八時。
この電車が終電でないのは救いだけど、ここから優美の最寄り駅までは一時間以上かかる。
「腰、痛くない?」
「ちょっとしんどいかも」
たははと、優美は力なく苦笑する。
一度寝てしまったから、どっと疲労が押し寄せているのだろう。
「親御さん、門限に口うるさかったりする?」
「え……ううん、連絡すれば何時に帰っても問題ないと思う、けど……」
と、なにやら恥じらうように膝を擦り合わせはじめる優美。
「ならここで降りよう」
きっと尿意を感じているのだろう。そう結論づけて、皆まで聞かずに席を立つ。
「……う、うん。……もう、付き合って一か月以上経つもんね」
マンガと百均で買った小物が入った袋を片手に、きゅっと俺の手を握り締めてくる。
どちらも寝ていたのになにも盗まれていないのは、運がよかったとしか言いようがない。オムライスの件といい、優美は幸運の神様に愛されている。
「そうだね。出逢った頃に降りしきってた桜の雨が、今ではすっかり葉桜だ」
電車から降りれば、仄かなあたたかさを孕んだ夜風がそっと頬を撫でる。
明日から六月だ。今着ている春服も、そろそろ役目を終える頃合いだろう。
「……慎哉くんは、さ」
「ん?」
「わ、わたしとそういうことしたいって……ずっと思ってたのかな?」
ICカードを切るために改札口をくぐるときも、優美は頑として俺の手を離そうとしなかった。縦一列になって、駅員さんに仲の睦まじさをひけらかすような恥ずかしいことをしてまで、優美は俺と手を繋いだままでいようとした。
眠気で脳が半覚醒状態にあるからだと思っていたが、どうやら理由は別にあったらしい。
駅員さんやまばらにいるひとたちの視線を憚ることなく、優美は爪先を伸ばしてくちびるを押しあててくる。
「わたしはね、ずっとしたかったよ」
「……」
そこでようやく、俺は優美が思い違いをしていることに気づいた。
「ごめん優美。これから行くのはホテルじゃなく俺の家だ」
優美がそう勘違いしてしまうのも無理はない。悪いのは説明を怠った俺だ。駅の隣にホテルが……ラブホテルがあるから、優美の思考の帰結はなにもおかしくない。
「え?」
「ここ、俺の最寄り駅なんだよ」
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