第12話 合格
お昼はオムライスで済ませることにした。というのも、この店だけ待機列ができていなかったからだ。
性格が似通っていると、こういう場面でも対立が生じなくて助かる。まぁ仮に不満があったとしても、俺は妥協して優美の意見を尊重するんだけど。
「毎度毎度いいところで終わるよね」
注文を終えたところで、向かいに座る優美に早速話題を切り出す。
「わっかるぅ~! ほんっとそうっ! そろそろ単行本派から週刊派に移行する頃合いかなぁ~」
優美はマンガを読み終えたら、すぐ誰かに語りたくなるクチだ。興奮冷めやらぬといった様子でマンガ語りする優美は、見ていてとても気持ちいい。
クラスメイトは誰も優美にこんな側面があることを知らないんだと思うと、友だちってなんだろうと思えてくる。
頻繁に話す。連絡先を知っている。
それだけで友だちと定義づけるのは、違うのではないだろうか。
「いいんじゃない? ほかにも読みたい作品がたくさんあるわけだし」
優美はマンガが大好きなので、メジャーな作品はもちろんのこと、ニッチな作品にもだいぶ精通している。
「一か月で……千二百円か。う~んっ、こりゃなかなか……」
所帯染みてるなぁ。……その感覚がちょっぴりうらやましい。
「俺が半分出せば、月六百円の出費で済むよ」
「え、いいのっ!?」
優美は身を乗り出して目を輝かせる。
「うん。読み終わったら、俺にも読ませてね」
「もっちろん! あ、そうだ。いっしょに読もうよっ。カフェかどっかで!」
「カフェ代の方が出費かさまない?」
「あ、そっか。……でも悪くないかな。たかだかコーヒー1杯程度の出費で、毎週月曜、慎哉くんとの想い出を築くことができるのなら安いもんだよ」
優美は嘘をつかない。つまり、心の底からそう思っているということ。
「そうだね。俺も優美といっしょにいたい」
胸が喜びで満たされる。優美と過ごす時間は心地いい。
「決まりだね」
こうして、俺の毎週月曜日の放課後のスケジュールが埋まった。
合併号の週はどうするんだろうと思ったけど、それはまた別の機会に考えればいい。俺たちはいつでも話せるから。
運ばれてきたオムライスは綺麗なたまご色で、ナイフで表面を裂くと、なかからとろとろの半熟卵が溢れるタイプのものだった。
予想以上のクオリティに、俺たちは軽く面食らってしまう。
「行列ができてもおかしくないレベルじゃん……」
「みんな慣れ親しんだ店に行きたいんだよ」
どうやらこの店は先週オープンしたばかりらしく、それ故にまだ固定客を確保できていない段階にあるようだ。
七百円でこれほどまでのオムライスを提供できるのだから、すぐに頭角を現すことだろう。見た目だけではなく、味も文句なしに極上だった。
「……驚いた。ものすっごくおいしい」
と、その声は右隣にあるカウンター席から。
なんだか聞き覚えがある声に振り返ると、見知った女の子がいた。
「谷津さん?」
俺の視線の先を追って優美がつぶやく。
優美の言う通り、視線の先には透子ちゃんがいる。
編み込まれた三つ編み。白のスリーブブラウスの袖口から覗く華奢な手首は、折れないか不安になるくらいに細い。
藍色のミニスカートから伸びる肢体は、40デニールの黒タイツに包まれている。 店内のあたたかな照明を照り返すショートブーツは、先日買ったばかりのものだ。
「……」
偶然か必然か。
十中八九後者なんだろうけどそれはともかく。
「鴨川さん」
声を潜めて苗字呼びすると、透子ちゃんに向いていた視線が俺の方に向く。
「ん。どうしたの? 急に余所余所しくなっちゃって」
「俺たち、クラスメイトに秘密で付き合ってるんだよな?」
「っ!」
しまった、とばかりに目を見開く優美。
抜けてるところも優美の可愛いところだけど、これはちょっとお目こぼしできない。相手が透子ちゃんで助かった。
と、狙ったように絶妙なタイミングで透子ちゃんが俺たちを振り返る。
透子ちゃんはいつだって俺の味方だ。俺を困らせるようなことは絶対に言わない。
「……慎哉に鴨川さん?」
「ぶっ!」
危うく水を吹き出しかけた。
優美はともかく、透子ちゃんは滅多にポカしない。つまり、なにかしらの意図があって俺を名前呼びしたということになる。
優美がスルーしてくれるに越したことはないんだけど……
「慎哉?」
そう都合よくはいかないようだ。
ぱちぱち目をしばたたかせる優美は、明らかに透子ちゃんが俺のことを名前呼びしたことに違和感を覚えている。
俺の交友関係は浅い。
まさか自分以外に矢地慎哉を名前呼びするクラスメイト、それも女の子がいるなんて、優美は夢にも思っていなかっただろう。
「……えっと、その、俺ととう……谷津さんは――」
「慎哉と鴨川さんは付き合ってるの?」
俺の言葉を遮り、透子ちゃんはいつもと変わらない感情の読めない表情で言った。
「ふえぇ!?」
「鴨川さん……」
思わず苦笑してしまう。
仮に相手が透子ちゃん以外なら、優美のオーバーリアクションで百人中百人が言われずとも理解するだろう。俺たちはそういう関係なんだって。
けど、透子ちゃんはきっと気づいていないふりをしてくれる。俺が隠そうとしたのならば。
さて、隠すか明かすか。
「……」
透子ちゃんがじっと俺を見つめている。
優美の今後を考慮するのなら、答えは迷うまでもない。
「うん。付き合ってるよ」
「慎哉くんっ!?」
「大丈夫だよ優美。とう……谷津さんは、俺たちの関係をバラしたりしないから」
優美のなかで「谷津透子はわたしと慎哉くんの関係を唯一知っている子」と認識されれば、もしなにか困ったときに相談することができる。
俺と優美はお互いを信用し合っているけど、それでも全部を明け透けにできるわけではない。異性だから持ち掛けづらい相談というのもあるはずだ。
そんなときに味方になってくれる子がいるというのは、相談するしないにかかわらず心強いものだろう。相談できる誰かがいるというだけで心が楽になることを俺はよく理解している。
優美に微笑んで透子ちゃんに目を向ければ、何故だか不満そうに顔をしかめている。
「慎哉はひどいなぁ。いつもは透子ちゃんって呼んでくれるのに、こういうときだけ谷津さん呼びして仲いいこと隠すんだ」
……そのあたりも明かした方が楽か。
「ほんとなの慎哉くん?」
俺はうなずく。
「透子ちゃんとは中学生の頃からの付き合いでさ。ほら、高校生になったから苗字呼びっていうのも変だろ? だから変わらず名前で呼んでるんだよ」
嘘はついていない。
俺は中学二年生の頃に透子ちゃんと出逢った。その頃から「家族として」付き合いはじめた。文句なしに中学生の頃からの付き合いだ。
「……ふぅん。てっきり特別だと思ってた」
つんとくちびるを尖らせる優美は、見るからにご機嫌斜めだ。
「そう怒らないでよ。俺が優美を特別に思ってることは事実なんだからさ」
ふっと優美は顔をほころばせる。
「……そっか。そうだよね。慎哉くんがわたしに向けてる想いと、谷津さんに向けてる想いは、まったくの別ものだもんね」
「……あぁ、もちろんだよ」
少なくとも俺はそう思っている。
「帰る」
フラットな調子で言い、透子ちゃんは立ち上がって店の出口に足を向ける。
「鴨川さん」
そう口にした透子ちゃんは、俺たちに背を向けたままだ。小さな声色にもかかわらず、俺たち以外に客がいないからその声ははっきり聞こえた。
「は、はいっ」
シャキッと居住まいを正し、どこか緊張した面持ちを浮かべる優美。
ゆっくりこちらに首を巡らせた透子ちゃんは、淡い微笑を湛えていた。
「合格」
「へ?」
「そういうことだから」
前に向き直って会計を済ませ、透子ちゃんは俺たちを一顧だにすることなく店をあとにする。
「……なにが合格なんだろ」
首を傾げる優美は、気づいていない。俺は無言で優美の空になった皿を示す。
「ん、皿になにか……あれ? わたしのだけ文字が書いてある」
「『合格』は食事代無料だって。お品書きの横にそう書いてある」
「……あ、ほんとだ。なるほど、谷津さんはこのことを言ってたんだ」
「おそらくね」
「やったー! ラッキー!」と、優美は上機嫌だ。
もうひとつ、別の幸福が訪れたことに本人は気づいていないのだろう。
俺はメッセージアプリを開き、たった今届いたばかりのメッセージに返信する。
「……ふぅ」
「ん。どうしたの? お昼ごはん食べて眠くなっちゃった?」
「……うん。そんなところ」
スマホの電源を落としてポケットにしまう。
もし不合格だったら、透子ちゃんはなにをするつもりだったのだろうか。
透子ちゃんから送られてきたのは、「消しとく」という淡白なメッセージと一枚の写真。
――俺と優美がトンネルの前でキスしている写真だった。
「……まったく」
相変わらず透子ちゃんは過保護がすぎる。
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