弱まる力② 美慧
その頃からだろうか。
トモエは術が使えないどころか、奇妙な発作を起こし始めた。
トモエが幼い頃から通っていた病院によると、トモエは霊力自体は相当あるようなのだ。しかし術が使えず、体も弱い。
そのため、霊力に体が耐えられず、熱を出してしまうのだという。
このような現象を起こすものは過去にいなかったそうだが、そもそも術を使えるようになれば済む話なので、薬でおさえていた。
ただ、霊力にとうとう体が追いつかなくなったのか、霊力が内側から体内で暴れ、皮膚を突き破るような発作を起こすようになった。
トモエは決まって、霊力の高まる満月の夜に発作を起こす。
最初は心配していた家のものたちも、そんなトモエを見て、気味が悪いと怯え始めた。美慧も発作の様子を見たことがあるが、皮膚がはぜて血が出ている様は、とても直視できるものではなかった。それなのに、霊力があるせいで、体は勝手に回復していくのだ。滑らかな皮膚が再生していく様子は、もう魔性と言った方が、正しいと感じたほどだった。
「化け物みたい」
美慧がそう言い始めたのをきっかけに、あからさまに家のものたちは皆トモエを避けるようになった。
本能的な恐怖が強かったのだろう。いくら桜狐の娘とはいえ、何かに取り憑かれているのではないか、とトモエを化け物扱いし始めた。
それがまた、父にとっては都合がよかったのだろう。
「これで能力さえ出なければ──……」
父の思惑通り、トモエは能力を発現させなかった。
いや、あえていうなら、自己治癒、というのが彼女の能力なのかもしれない。
けれど他人には使えない、役立たずの力だ。その上体も弱い。
こうしてトモエは十四歳を超えてしまい、無能力者だと判断されたのだった。
*
身支度が終わると、ちょうど父が部屋にやってきた。
美慧を見て、おお、と嬉しそうな声をあげる。
「美しいな。さすが私の娘だ」
「うふふ。お父様、これから夜会への参加も増えるの。もう何着か、ドレスを仕立てたいのだけれど」
「ああ、もちろんだ。いくつか宝石も買いなさい」
「まあ! ありがとう、お父様!」
伊織の実家である藤宮家からの支援と、鬼道家からの結納金で、今桜狐家はそれなりに潤っていた。
そのおかげで、夜会へも美しいドレスで参加することができる。
今日は能力者の血筋の者たちが集まり、交流を深める夜会だ。
社交は貴婦人の重要な仕事。
家と家の繋がりを強化するためにも、桜狐家当主として、しっかり立ち回らなければならない。
「しかし、まさか鬼道があれほどの結納金を用意するとは。婚約の話を選りすぐって本当によかったな。私の予想は確かだった」
父はトモエが嫁いでから、ずっと上機嫌だった。
それは多額の結納金もあるが、自身がうまく立ち回れた、という成功もあったからのようだった。
「……お姉様も桜狐の血筋だものね。他家から縁談があっても、おかしくない」
美慧が不機嫌そうに言うと、父は苦笑していった。
「美慧、お前ほどじゃないよ。実際、鬼道家以外は、ロクな縁談じゃなかった」
いつか美慧がトモエにささやいたように、年老いた男の後妻などが一番多かったのだと言う。なぜかといえば、トモエが出かけるのは病院くらいだったから、そこでトモエを見た男が多かったのだ。
「当たり前よ。姉さんと一緒にされちゃ困ります」
唇を尖らせる美慧の頭を、父は優しく撫でる。
「しかし、今回の読みは大当たりだった。まさか鬼道の息子が、あんなに早く出世するとは」
「……鬼道家からの縁談は、一度断ったんですっけ?」
「いや、実は結婚の打診があったのは、一度や二度じゃないんだ」
「え?」
「鬼道家、いや、鬼道冬夜殿からは、実は今までにも数回打診を受けていた」
そう言うと、美慧は訝しげな顔をした。
「……トモエ姉さんのこと、鬼道様がどこで知ったのです? そもそも、鬼道様はまともな相手が見つからなかったから、役立たずの姉さんを娶ったのでは?」
「昔、同じ病院に入院していたとか、なんとか。あの目はえらく本気だったな」
父は嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
「だが、その当時は我が桜狐家と鬼道冬夜は釣り合わなかった」
なんせ、最初に縁談話を彼が持ってきた時、冬夜は士官学校を卒業したばかりで、ろくな地位についていなかったのだという。おまけに冬夜は妾腹の子で、育ちも悪いと大層な評判だった。だからわざと縁談を断ったのだと言う。
「同じ男だからな。わかるさ、あの必死な目。試しに、トモエは地位のない男が嫌いな生粋の令嬢だから、と言って追い払っていたら、どんどん出世して、今になったわけだ」
あの時売り払わなくて本当によかった、賭けに勝ったんだよ、と父は笑った。
「……それじゃあ、まるで姉さんのために出世したみたいじゃない」
美慧は面白くなかった。
「トモエのためかは知らないな。鬼道家自体は、何人も他の令嬢に婚約の打診をしていたそうだから」
「なんだ、じゃあ偶然じゃない」
ふふん、と美慧は鼻で笑った。
(私をさしおいて、姉さんを求める人なんているわけないじゃない。どうせ結婚相手が見つからなかったから、何度も打診していただけでしょ。姉さんならいけると思ったから)
桜狐家の舐められたものだ。
そんなことを思っていると、父はふと、何かを思い出したように言った。
「そういえば、冬夜殿がトモエを貰い受けたいというのは、火事の前から──」
「美慧、準備はできたかい?」
父が何かを言おうとした時、ちょうど部屋に伊織が入ってきた。
伊織も夜会の準備をしていたらしく、翡翠のカフスボタンを止めていた。
「おっと、失礼、お話し中でしたか?」
「いやいや、大した話はしとらんよ。トモエの話をしていただけさ」
トモエ、と聞くと、伊織の動きは止まった。
明らかに動揺している。
「それじゃあ二人とも、気をつけて行っておいで」
そう言って、父は部屋から出ていく。
伊織は礼をしたあと、静かな声で美慧に尋ねた。
「……トモエは、元気でやってるの?」
(また、トモエ)
美慧は眉を潜めた。
伊織がトモエを呼ぶときには、少し特別な感情が混じっている。
それはまるで、恋情のような。
美慧は人の感情に敏感だった。
「……伊織さん。トモエ姉さんはもう、他所へ嫁いだのよ?」
「……あ、ああ。ただ少し気になっただけさ」
何か勘づかれている、と悟ったのか、伊織は気まずそうに頭をかいた。
「世間話だよ、ただの」
(大体、トモエ姉さんを直に見るまで、一言だってトモエ姉さんのことを口にしたこと、なかったくせに)
美慧はそんな心境をにっこりと笑顔で隠した。
「さあ、もう時間なんでしょ? いきましょう」
「そうだね」
まったく、いなくなっても目障りなんだから、と美慧は内心イライラしながら、馬車へと向かった。
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