第6話 再びやってきた2023年11月9日……。
今日は、私の命日。
ほとんど眠れずに朝を迎えてしまった。
一度目は、昼過ぎに買い物を終えて帰宅したけれど……。
今回は、優太朗が出て行ったらすぐに買い物に行く事に決めていた。
理由は、簡単。
優太朗の為に、作り置きを作っておいてあげたいから……。
「おはよう」
「おはよう。朝御飯、もうすぐ出来るからね」
「ありがとう」
私は、魚焼きグリルで焼いた鮭を取り出した。
卵焼き、味噌汁、ご飯、漬け物、鮭
、納豆をトレーに乗せて持って行く。
「ありがとう」
「食べよう」
「うん。いただきます」
こうやって、向かい合って食べるのも今日が最後……。
「ねぇ、優太朗。今日の晩御飯、何が食べたい?」
「晩御飯かぁーー。何だろう」
優太朗は、暫く考えてから「あ!」っと大きな声を出す。
「何?」
「シチューが食べたい。スペアリブの入ったやつ」
「わかった。それにしよう」
「うん。楽しみだなーー」
優太朗は、嬉しそうにニコニコと笑う。
その笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちになる。
「ごちそうさまでした。じゃあ、行ってくるね」
「うん。気をつけてね」
「京花も気をつけて……。最近、近所で空き巣が入ったって聞いたから」
「うん。ありがとう。優太朗も気をつけてね」
「ありがとう。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
私は、優太朗を見送る。
優太朗の会社は、社食があるからお昼ご飯はずっと助かっていた。
だけど、私もSNSに上げられてるような綺麗なお弁当とかキャラ弁とか作ってみたかった。
キッチンに戻って、エプロンを脱ぐとすぐに食器をシンクに置きに行く。
鞄を持ってすぐ家を出た。
あの日は、家から遠いスーパーに出掛けた。
少し安い方が助かるからと思ったからだ。
だけど、今日死ぬ人間にとって節約ほど無意味なものはない。
私は、近所にある高級スーパーに自転車に乗って出掛ける。
少しでも、優太朗の健康を考えたかった。
私がいない世界を生きていく。
そんな優太朗の健康が気になるのは妻として当然の事……かな。
買い物を済ませて、すぐに帰宅する。
玄関の鍵はしっかりと施錠して、キッチンに向かう。
私は、手際よく優太朗の為の作り置きを作る。
あの女が来る時間は、きっと変わらないはず。
晩御飯のシチューを作り終える。
「冷めたら、冷蔵庫にって思うけど。暴れたら、ぐちゃぐちゃになるから……。もう入れちゃっていいよね」
私は、タッパーの蓋を閉めて冷蔵庫にすべて仕舞う。
ダイニングテーブルに座り、私はレターセットを机の上に置く。
最後に優太朗に手紙を書こう。
ありったけの愛を込めて……。
手紙を書き終わり、封筒に仕舞おうとした時だった。
ピンポーン……。
そっか。
あの時は、開いていたけれど……。
今日は、鍵が閉まってるからインターホンを鳴らしたんだ。
私は、インターホンを見つめる。
モニター付きのインターホンには、ハッキリとあの女がうつっている。
「はい」
「私、小野田と言います。奥様に大事なお話がありまして……」
「はい。お待ち下さい」
あのドアを開け、彼女を入れれば私は死ぬ。
そんな事をわかっていながら、玄関のドアを開けに行く。
これから先の未来に私はいない。
そんな事は、わかっている……。
だけど、私は未来を変えるつもりはない。
ガチャッ……。
「はい」
「すみません。中で、話をしたいのですが……」
「はい。どうぞ、上がって下さい」
真っ黒なレインコート。
私を殺す気でやってきたのは、わかっている。
「どちら様ですか?」
「私、小野田渚と言います」
彼女は、スリッパを履きながら答える。
「話っていったい何でしょうか?」
私の言葉に彼女は、鞄から絵の長い包丁を取り出す。
「優太朗さんと別れていただけますか?」
「そんなもので何をするんですか?」
「別れていただけないのなら、奥様を殺そうと思いまして……」
一度も会っていないからだろうか。まだ、彼女の怒りのボルテージは低い気がする。
「話をしましょう。とにかく、家に入って下さい」
「わかりました」
私は、彼女をリビングに入れる。
彼女は、ダイニングテーブルをチラリと見つめた。
「すみません。散らかっていて」
私は、手紙をぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に捨てた。
今、この手紙を読まれたら……。
私は、すぐに彼女に殺される気がした。
「座って下さい。何か飲まれますか?カフェインレスのものもありますよ」
「カフェインレス……?」
私は、慌てて口を塞ぐ。
彼女が妊娠してる事を今の私知らないのに余計な言葉を言ってしまった。
「わ、私が夜、寝る前に飲んでるので」
「そうですか。では、カフェインレスで……」
「コーヒーですが、いいですか?」
「はい。大丈夫です」
キッチンに行って、電気ケトルでお湯を沸かす。
二度目だからか、私は意外に冷静。
彼女は、私に別れて欲しいとお願いをしにきていないからか、意外にも冷静だ。
もしかしたら、このまま死なずにすむかも知れない。
お湯が沸いて、コーヒーを入れる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
無言が続く。
沈黙の後で、刺されるのだろうか?
あの日の映像が頭をよぎった。
そのせいで、手が震えだしカップがカタカタと音を立て始める。
「今日、優太朗さんが帰ってきたら別れると伝えていただけますか?」
嫌なのに……。
嫌なのに……。
急に私は、命が惜しくなってしまった。
「わ、わかりました」
「そう言っていただけると私も手荒な事をせずにすみます。明日には、離婚届の提出をお願い出来ますか?」
「あの、それはどうしてか聞いてもいいでしょうか?」
私の言葉に彼女は、鞄から何かを取り出しテーブルの上に置いた。
私が絶対に手に入れる事が出来ないエコー写真。
「妊娠してるんですね」
「はい。妊娠5か月目です」
「そうですか……」
気丈に振る舞うつもりが、涙が頬を流れてくる。
さっき、命を惜しんだ自分を取り消したい。
やっぱり、今すぐ殺して欲しい。
「や、やっぱり出来ません」
命なんかより、夫と居れない事の方がどうしても嫌。
この胸の痛みが消えるなら、すぐにそれで殺して欲しい。
「どういう意味ですか?」
「ゆ、優太朗と別れる事は出来ません」
「どうしてですか?」
「優太朗と別れる事は、この身が引き剥がされる事だからです。優太朗と生きていけないぐらいなら死んだ方がましです」
彼女の顔が、般若のように怒りに染まる。
私を殺した、あの時の目をしている。
息が荒く、肩で呼吸をし始めた。
苛立ちが募っているのか、テーブルの上に置いてある包丁を握りしめる手が震え始める。
私は……殺される……。
今日死ぬんだ。
「だったら、死ねよ!!!ババア」
剥き出しに開いた目は、私を睨み付けた。
怒りのボルテージが頂点になっているのだろう。
鼻息が荒く、目が血走り始めた。
「私は、優太朗とは別れない。別れたくない」
「はぁ?言ってる事と言ってる事変えてんじゃねーーぞ。ババア!!死ねよ、ババア。あんたが死ねば丸く収まるんだからよ」
振り下ろされる刃物。
さよなら、優太朗。
愛してる、優太朗。
私は、ギュッと目を瞑った。
・
・
・
・
・
・
・
「やめてくれ……」
「ゆ、優太朗?」
「離せ。離せ……」
「渚、やめてくれ。お願いだから」
帰って来ないでとお願いしていたのに、優太朗が帰宅した。
「どうして……?優太朗」
優太朗は、彼女から刃物を取りあげる。
「本当にごめん。ごめんなさい。悪いのは、全部俺だ。渚……」
「どういう意味?」
「俺……。実は、京花と夫婦としての関係は終わってないんだ」
「何言ってるの?」
「嘘を渚に話して、関係を持った事、本当に申し訳ないと思っている」
「ふざけないでよ。この女がいるから、私達は一緒になれないんじゃないの。だったら、この女が死ねば全部終わる事じゃないの」
「違う……」
刃物を取ろうと動く彼女を優太朗は、制した。
「何が違うの?」
「京花は、離婚の意志を示してくれてるんだ。だけど、俺が出来ないんだ。どうしても、京花がいない人生は嫌で……。だから、これをずっと出せずにいるんだ」
優太朗は、私から取った離婚届を彼女に見せた。
「本当なのね……。優太朗さん、どうしてサインをしてあげないの?」
彼女の怒りは、いっきに悲しみに変わった。
彼女は、その場に膝から崩れ落ちる。
「京花を愛してるから……。だから、サインを書けないんだ。それに……渚のお腹の中の子供は俺の子供じゃないよね?」
夫は、何かを彼女に見せる。
「調べたの?」
「ごめん。探偵を使った。この人も既婚者だよね。
「そうよ!!!お腹の子は、洋平さんの子よ」
「じゃあ、どうして京花を殺そうとするんだよ」
彼女は、優太朗の言葉に高らかに笑い出す。
「だって、惨めじゃない。私だけ……。それにね、洋平さんと優太朗さんを天秤にかけた時。優太朗さんと子供を育てる方がいいって考えたのよ!!だから、優太朗さんを選んだの。だけど、もういいわ。ここで、優太朗さんの愛にすがり付くほど惨めなものはないわ」
彼女は、涙を拭って立ち上がる。
「あなたが、別れを切り出したんじゃないわよ。私が別れてあげるの」
「わかってる。お腹の子は、俺が認知するから……」
「必要ないわ。だって、あなたの子供じゃないんだから。私はね、洋平さんが優秀だから彼の子供が欲しかったの。あんたみたいな出世も出来ないような駄目男と何か危険日にやるわけないでしょ?馬鹿じゃないの」
彼女は、優太朗を蔑み笑った。
「ちょっと待って……」
「京花、いいんだよ」
「だって……」
これじゃあ、あまりにも優太朗が惨めだ。
だけど、優太朗は私を止める。
彼女は、立ち上がり帰って行く。
私の死は、優太朗によって回避された。
「どうして、止めたの?優太朗。惨めな思いさせられたんだよ。あんな言い方されて嫌じゃなかったの?」
「嫌じゃないよ」
振り返って私を見つめる優太朗は、ぐしゃぐしゃの顔をして涙を流している。
「優太朗……?」
「あんなのどうでもいいよ。京花が生きてるんだ。それだけでいいよ」
「どういう意味?」
「もう二度とあんな思いはしたくない。京花が、俺の手の中で冷たくなっていくんだ。魂が宿ってない。光を失った目で俺を見つめてて……。俺は、一生京花のその姿が忘れられなくて……。渚と子供を育てながらも考えてしまうんだ。京花を山に埋めてきてもらった事とか……」
「何を言ってるの?優太朗」
「60歳になった俺は、渚の従兄弟に殺されるんだ。京花を山に埋めたのは、渚の従兄弟で……。京花は、俺を刺して逃げてる逃亡犯で。京花の死体はずっと見つからなかった。だけど、俺は京花の事が忘れられなかった。あの日、この手で抱き締めた京花。光を失った目で俺を見ていた京花。一緒に生きていた時の京花。京花との日々の全てを忘れられなくて……。渚に自首する事を話した。渚と子供と過ごせば過ごすほど、胸に大きな穴が広がっていって何も満たされなかった。だったら、残りの人生は刑務所で暮らそうって……。なのに、渚は許してくれなくて。自殺に見せ掛けて俺は、渚の従兄弟に殺された。それで、死んだと思った瞬間、何故かここにいた。走馬灯でも何でもよかった。だって、京花が生きていたから……。人生をやり直している事は今日まで、半信半疑だった。だけど、今日ここに来て。あの日と同じ光景があって……。これは、やっぱり二度目なんだってハッキリ気づいたんだ。京花を裏切って渚と関係を持った事、本当に申し訳ないと思っている。もしも、許されるなら……。この人生では、京花と生きていきたい」
優太朗の言葉に笑って頬に手をあてる。
「何だ、私の望みは叶っていたのね……」
「えっ?」
「優太朗、私も二度目の人生なのよ。だから、私、優太朗に殺して欲しかったの」
私の復讐計画を、一度目の私自身がちゃんと叶えてくれていた。
だったら、もう望む事はこれしかない。
「京花……。俺は、京花を殺せない。絶対に殺せない」
「だったら、優太朗。死ぬまで、私を愛してよ」
私の言葉に優太朗は、きつく抱き締めてくる。
子供がいる人生にはどう転んでもならない。
この先も、私達は二人。
「私といても二人だよ」
「いいよ。それでいいに決まってるだろ。京花が生きていない人生なんかいらない。もう、あんな日々は嫌なんだ」
優太朗は、泣きながらさらに強く私を抱き締める。
私も優太朗がいない人生はいらない。
「愛してるよ。京花」
「愛してる。優太朗」
私達は見つめ合って、長い長いキスをした。
この日、私の死は回避され、思い描いていた復讐は完結した。
・
・
・
・
・
あれから三ヶ月が過ぎた。
「おはよう、京花」
「おはよう、優太朗。朝御飯出来てるわよ」
「すぐ顔洗ってくるよ」
「うん」
私達は、知らなかった未来に向かって進み始めている。
人生も夫婦も、この先、どうなるのかなんてわからない。
それでも、確かなのは……。
今を積み重ねた先に未来がある事と夫が私と笑い合ってくれている事だけ……。
愛している人に愛を伝えられて、一緒に笑ってご飯を食べる。
それだけで、幸せ。
だから、この先なんて考えないでいい。
知らない未来が、辿り着く答えなんて見えないのだから……。
だから、未来なんて、見えなくて丁度いい。
「いただきます」
「いただきます」
向かい合って、ご飯を食べる。
それだけで、充分。
愛してるよ、優太朗。
サレ妻は復讐する為に舞い戻った。~二度目は夫に殺されたい~ 三愛紫月 @shizuki-r
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます