第24話:教訓、前をちゃんと見よう


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 かつての最寄り駅に到着。青に染まった空を見上げ目を細める。俺はどうやら毎度同じことをしているらしい。

 青が折り重なっていく。同じ青なのに今見ているものではないと分かるのが少々気持ちが悪かった。

 頭の中に様々な自分の声がする。一気に溢れてきてしっかりと聞き取れない。だけど、懐かしさを感じないことにひどく戸惑っている俺がいたような。これはどの周回だったのだろう。妄想ではないと思うんだが。


 そんな既視感はあるものの俺は落ち着いていた。

 状況の把握ができているというのは実にいい。心も頭も安定する。


「んーっ、帰ってきたああ! でっ、蒼介! どこ行く?」

「どこって。理央さんち」

「あら真っ直ぐ?」

「朱里どっか行きたいの?」

「んーん、別に」

「なら今日はおとなしく過ごす。目標は明日を迎えることだ」


 駅を出て理央さんの家へ向かう。

 軽い足取りは景色をどんどん流していく。やがてファミレスが見えてきた。人の声がする。


「明日はどうするん?」

「とにかく情報収集かな、無策でアカリと会うのは避けたい」

「それは賛成! ……あかりってあたしやない方やんな?」


 ちらりと見れば制服姿の男女のグループが自転車を停めてきゃいきゃいと盛り上がっていた。

 中学生か。小学生だった当時、俺もあれを着るのだと思っていたっけ。


「蒼介んとこはブレザーやっけ」

「そうそう。中学の制服は学ランってイメージだったからさ、最初は嫌だったな」

「ううむ、蒼介のブレザー……、想像できーん!」

「高校もそうだよ」

「え、まじで。次戻ったら着てよ」

「次ってお前。それはお前」

「あ、失言でした。ごめんなさい……」


 しょぼんと頭を下げるからふはっと笑う。大袈裟にでも気にするなということをアピールしてやらないと朱里はとことん反省してしまうからな。


 ところで。俺が普通に会話をしているのは何も開き直ったとかではないぞ。頭おかしいんです俺! というキャラ作りでもない。


 今回の俺は最初から理解しているのだ、応用できる事柄もある。

 というわけで、ぶっ壊れてうんともすんともいわなくなったワイヤレスイヤホンを耳に装着した。普段は意識していない横髪を耳にかけて、アピールも忘れない。

 俺は通話中ですというポーズ、それだけでこんなにも気が楽になるとは。単純な奴だよ。


「あ、朱里。俺の後ろ行って」

「らじゃ」


 前方から自転車が一台、こちらへ向かってくる。

 俺の後ろに朱里はぴったりとくっつき、自転車が走り抜けてから再び横に並んだ。


「ぶくくっ」

「……ふ」


 朱里が笑い、俺も小さく笑った。きっと俺らは同じことを思い出している。「笑っちゃダメなんやろうけどさぁ、アレ」朱里が体を揺らす。あぁやっぱり、俺らは同じ記憶を再生していた。


 今回違うのは俺だけじゃない、朱里もだ。

 朱里はモノに触れて、俺も朱里に触れられる。

 これが何を意味するのか、外に出るまで考えもしなかったんだが。


「……あの人、めっちゃ驚いとったね」

「やめろ、言うな。笑かすな」


 朱里の言う『あの人』には大変申し訳ないが、思い出す鮮明な映像は俺の肩を震わせる。


 それは数時間前、駅までの道中に起こった。

 混雑はしていなかったがこっちに比べると圧倒的に人が多い街中、誰もが目的地へ歩を進めていた。

 こちらへ向かってくる人、抜いていく人、隣に並ぶ人。そういう人らが避ける対象は、当たり前に俺だ。


 な。まあ、そういうことだよ。


 スーツ姿の男性であった。

 速度を緩めることなく俺を避けて横を通り抜けようとしたは、スピードのせいもあってかドンッと勢いよく尻もちをついた。

 男性は「え、え」と辺りを見回していて、何が起きたのか分からないといった様子だった。

 そりゃそうだ、俺とはぶつかっていない。なのに明らかに何かにぶつかったのだ。

 彼からすれば突然透明な壁に塞がれたような感じだったかもしれない。


 ちなみに尻もちをついたのは朱里もだった。コイツはコイツでまさかな出来事だったんだろう。

 まぁ俺も驚いたよね。ちょっと忘れてたもん。


 思わず足を止めた俺を彼が見上げる。その時の俺はきっと困り顔だった。相手に伝えられないけれど申し訳なさがあったからな。

 だけど相手からすれば俺のその顔は引いてるように見えたのかもしれない。「大丈夫ですか」と声をかけた瞬間、その人はサッと顔を伏せて立ち上がると、バタバタと走り去った。

 まるで逃げるような彼を見送っていると、一人で街中を歩いていて転んでしまった時をふっと思い出した。


 本当に申し訳ないことをしたなと、俺らは二人で反省したさ。「ちゃんと避けないとだね」「そうだな」ぽつ、ぽつ。しんみりした気持ちで。


 接触できるようになった朱里は危険な物体となってしまった。相手側からすれば何も見えていないので、こちらが気をつけるしかない。

 


 ……だが、まぁ。ちょっとね。少々時間が経った今、改めて思い出すとさ。なんだろうな。面白かったな、なんて悪い気持ちがさ。

 反省はしているんだ。あの人に悪いことをしたと思っている。だからあははとは笑わない。

 でもそっと、ちょっと。ふつふつとじわりとね。悪戯な悪魔がわき腹をツンツンしてくる。


「あの人いいことあるといいね」

「あるさ。宝くじを買うことをオススメしたい」

「確かに! 見えんものに当たるとか絶対運あるやん! あーーーっ、宝くじ売り場に行ってますよぉにっ!」


 彼にささやかでも幸福を。




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