第23話:ループの実感
朱里とのやり取りが続くことはなかった。
うん、知ってたよ。
前回の踏襲じゃなくとも、俺じゃなくとも。ピンポーンとなることは容易に想像できただろう。
「ご、ごめんねっ。言ってた時間より早く来ちゃって」
「いや、こっちがごめん。わざわざありがとう」
今回の俺は記憶がハッキリとある。服装、髪型、高宮から感じる空気も同じだ。
前回、襲われた既視感も覚えているし今も高宮がダブって見える瞬間がちらほらある。
けれど妙な不快感や気持ちの悪さはない。
どう言えばいいだろうな、迫る感覚をダイレクトに受けないよう逃がせている、といった感じか。
思い出せないだけで脳のどこかに残っている五回の経験を今ひしひし実感した。
「蒼介、あがってもらわんの? まだ時間あるよ」
「あー確かに」
暑い中来てくれたのにこれで帰すのは少し心苦しい。俺の後ろから顔を出した朱里の言葉に頷いて高宮へ視線を戻す。
そこでハッとした。高宮がひどく、ひどく驚いていて、自分のやらかしに気付く。
「え?」
「……え?」
高宮の苦笑いに、引きつりながらも笑顔を返しておく。やべぇ、やってしまった。俺普通に朱里に返事してたね。しかもハッキリハキハキ。
「あっ、いや、あがる? お茶くらいしか出せんけど」
「え、い、いいの……?」
誤魔化しの言葉は浮かばず、とにかく何事もなかったようにするので精一杯。
だけど誤魔化したい気持ちは思いの外強かったようで、「どーぞどーぞ!」と我ながららしくないテンションになっている。右腕を広げたりして。
不自然なのは百も承知。だが俺は高宮の関心を逸らすことに成功した。
「じゃ、じゃあお邪魔します」
なんかもう、普通にし過ぎだろ。つか、なに一緒に高宮出迎えてんだ、俺。
気を引き締めよう。ふっと強めに息を吐いて自分へ言い聞かせる。ここにいるのは俺と高宮だけ。
そう、二人。俺と高宮、だけ……
「ここ座って! どうぞー」
リビングに入ると朱里の弾んだ声がした。これは俺にしか聞こえないので無視すればいいのだが、ちょっとそうはできない音が響く。
ガタンと椅子の足が擦れる音である。
「!」
「え……」
背後に立つ高宮の「え」が何に対してなのか、考察するまでもない。だけど分かりたくはない。
しかしながらこのタイミングで発する驚きの声なんか、もうそれしかないわけで。
やべ、と呟く声。朱里が椅子の背もたれから手を放すと反動で椅子の足がタップを数回踏んだ。「ごめん、蒼介!」と顔の前で両手を合わせる朱里に詰めたい、どの部分に謝ってるのかなって。やべ、と思ったんならせめてそっと放さないかなって。
「み、御笠くん。あのなんか今、椅子が勝手にうご、かなかった……?」
「エッないない!」
「そう、かな……。そ、そう、だよね」
「うんー、ありえんて」
「……うう、ん? や、やっぱり動いたような」
「暑かったやろ、高宮! ほら、座って座って。冷たいお茶出しましょうねー」
高宮を着席させキッチンへ急ぐ。後ろからついてきた朱里は「ごめん、蒼介……。勝手に体が動いてしまう、おもてなしの心が疼く」としょんぼり。
ちらりと高宮の様子を窺う。よし、テーブル凝視中。こっちは見ていない。俺は朱里に振り返り「こら」と口パクで注意する。
「もうじっとしてるから! ハイ、お地蔵さんスイッチ入れました」
なんだよ、そのスイッチ。初めて聞いたわ。
やめてくんないかな、そういう発言。突っ込めない状況だからこそ突っ込みたくて仕方ない。
グラスに氷と麦茶を注ぎテーブルへ向かう。
朱里は俺を追いかけてくることはなく、何かお菓子でも置きたくなるポージングと表情でキッチンに残った。
「あ、ありがとう、御笠くん」
「いえいえ」
「ハッ! そ、蒼介! お地蔵さんそっちでやっていい!? ここから動けんの寂しいっちゃけど!」
うっかり「おう」と返事をしかけた口元に拳を当てて咳払いする。
そんな律儀にお地蔵さんならんでいいから。はよこっちおいで。高宮が麦茶に口をつけるのを見てから、その背後で朱里へ手招きした。
パァッと笑顔を浮かべた朱里はトコトコやってくるとテーブルのそばに体育座りをする。かかとだけ床につけて足首を上下させる朱里にふっと笑みが漏れた。お地蔵さんとは随分楽しげなんだな。
顔を整えてから俺は高宮の前、母さんの定位置に着席した。
「今日の御笠くん、ちょっと違うね」
「へぁっ? え、……そう?」
「うん、なんだろう、少年っぽいていうか。ほら、いつもの御笠くんって落ち着いてる感じだけど、今日は表情が豊かっていうか」
整えたつもりだったが甘かったか? ぺたぺたと自分の顔に触れてみる。感触では表情筋の違いは分からなかった。
そんな俺の動きに高宮は「ふふっ」と柔らかく微笑む。しかし目が合うとパッと逸らされた。
しいん。途端に漂う静寂。
妙な居心地の悪さに口を開く。
「高宮はこの後どっか行くの?」
「あ、うん。映画行こうかなって」
「もしかして」
「そうそう、布教がすごいから気になっちゃって」
布教と言われて浮かぶ人物は一人。熱く語ってくれたクラスメイトだ。
高宮は映画に行くメンバーを指を折りながら教えてくれた。どれも彼女と親しくしているクラスメイトだった。
「聖地巡礼? も行くらしいよ」
「映画で使われた場所とか?」
「ううん、ガチの方」
「ガチの方」
「原作のモデルになったんじゃないかって場所があるんだって」
「異世界なのにこの世界にあるんだ?」
「ふふっ、そう」
高宮は体を小さく揺らし笑う。
さして興味はないくせに「映画、面白かったか教えてくれよ」と言えば、高宮は一瞬目を丸くした後コクコクと頷いた。
「どうしよう、私もハマっちゃったら」
「そしたら俺布教される?」
「するかも。ふふっ」
ちらり朱里の顔が視界に入る。何がそんなに楽しいのか、俺らの会話をニコニコと聞いていた。
それを見て俺の顔に浮かぶものは、言わずもがなだ。
「あぁ、なんだか一気に楽しみになってきちゃった、映画」
「え、楽しみじゃなかったの」
「より一層」
両手を口に添えて微笑む高宮に思う。前回はこんな顔見なかったなと。
それだけじゃない。高宮やクラスメイトたちの今日の過ごし方なんて知らなかった。
このループがなければ俺は夏休み明けに聞かされていたのだろうか。え、高宮もハマったの? なんて会話が繰り広げられたのかもしれないな。
そんな想像をして、直後。どくんと心臓が強く跳ねた。
……いや、違う。ループがなければ、
「夏休みあっという間だったね」
「うん……」
「すぐテストだよー。あ、でも文化祭は楽しみ」
一生知ることはない、んだ。
改めて気付かされた。今、地に足をつけていることに目頭がじんわりと熱を帯びる。「楽しみだな、文化祭」と返した声は、多分震えていた。
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
今回は少し長くなってしまいました。
作品フォロー・☆評価・応援もありがとうございます。
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