第21話:出発の前に


「朱里、お守りある?」

「え? なんで?」


 お茶の入ったグラスを「ありがとう」と受け取り、もう一度「ある?」と聞く。

 パンパンと自分の体を叩きショートパンツのポケットを探って、朱里は「ないよ。てか知っとるやん」と首を傾げた。一口飲んで俺は頷く。


「そうか。じゃあひとつ確定したな」

「……いやいや蒼介氏ィ。あたしがお守りなくしてんのはずっと確定してるんだがァ? そんなドヤられてもォ」


 グラスを静かにテーブルへ。

 朱里に手を伸ばし顎から頬をぶにっと掴む。

 真ん中に頬が寄って口を突き出した状態で「ひゃははっ」と朱里は笑った。ごきげん、だと……?

 軽くイラっとさせられたから攻撃したつもりだったんだが、そういや過去に同じことをした時もコイツは大いに喜んでいたなと思い出した。


「三周目と四周目ではいつなくしたんか分かってなかっただろ」

「ひゃい」

「だから俺らは理央さんちまでのルートを戻って探してた。でもそれは無意味やってこと。今のお前が持ってないってことは今日より以前になくしたってことだろ」

「ひょうか!」


 朱里の顔を解放すると手の平が寂しく感じる。改めて本当に触れられるんだと、じんわり心が熱くなった。朱里の頬が少しあったかいような気がしたけれど、それは俺自身の熱だったのかもしれない。


「……」


 すうはあ、深呼吸。心臓がぴりっと痺れたみたいにドキドキしてるのを落ち着かせる。

 今は浸ってる場合じゃない。

 時間はたっぷりあるわけじゃないんだ、前回の記憶を整理して今回に活かさないと。


 八月十七日は基本的に変わらないと朱里は言っていたが、俺の覚えてる限りでもそう思う。

 朱里がお守りをなくしたというのは三周目も四周目も同じだった。そしてそれは現時点で既にない。

 なんとなくは思っていたけど、俺が戻る以前の状況は変わらないんだということがハッキリ確信できて良かった。


 ということは今日の夜、アカリと理央さんが会うのも約束済みと考えていい。

 三周目の終わりは八月十七日の夜、俺はトラックに轢かれたんだったな。

 あの場面にアカリがいたか朱里は確認できなかったと言っていたけど、理央さんの店に向かう途中のアカリだったんじゃないだろうか。


 四周目、俺は八月十八日を迎えられた。

 ならひとまず、今日の夜はおとなしく理央さんの家にいるべきだ。


「今日より前かぁ。うーん」

「いつも持ち歩いてたんだよな」

「うん。ポケットん中に入れて」

「なぁその服装っていつの?」

「え、服?」

「推測やけど朱里がなる時に着てた服なんかなって」

「あーね? なるほど?」


 なるほどと言いながら「だから何?」と思ってるのが伝わってきた。

 俺の質問への記憶は思い出せないようだし保留しよう。うーうー唸ってて可哀想になってきたし。

 それに気になっていることは他にもある。「長浦さんちの子助けたんやって?」そう聞くと、朱里はぱちぱちと瞬きを二度ほどした。


「ケイタくん? え、何で知っとーと? あたし蒼介にその話したっけ」

「朱里が駅ん中おる時、長浦さんに会ってさ。感謝してたよ、すごく」


 関係があるかはさっぱりだ。

 だけど彼……ケイタくんは朱里へ好意的だったのに、アカリに対してはそうでなかった。

 あの露骨なまでの態度の変化は違和感でしかない。


「助けたっていっても、あたしはケイタくんがおらんくなったとかは知らんくてさ。たまたま一人でおるんを見かけて、おかしいなって思って声かけたん。「おーい!」って。でも返事なくてさぁ、ぼんやり歩きよんよ」


 どうやらこの件についてはしっかり覚えてるらしい。朱里はスラスラと喋る。


「ちょっと距離あったけん追いかけてって。そしたら前の方に女の人が立っとってさ、おいでおいでってしよんやけど。どう見ても長浦さんやないしやばいって思って抱っこしたら……その人、消えたと」

「は、消えた?」

「ケイタくん抱っこして、もう一回見たらおらんくて。あれ? みたいな」

「逃げたってこと?」

「いや、そこ曲がり角ない一本道っちゃん。ずーっと田んぼでめっちゃ見晴らしいいし」

「……田んぼ」

「あそこよ、んー、何て言えばいいんやろ」


 そういう道はあそこら辺にはいっぱいあるが、どれだろう? 腕を組んで天井を仰ぐ。


「そうそう。ほら、昔よく遊んでた……って。あっ!」

「ん?」


 首を戻すと朱里は口を覆い、「何であん時思い出さんかったん」と呟く。そして一人頷いて、


「蒼介が連れ込まれた森。あれの裏手」

「森って、……前回の?」

「うん。あん時の道やなくて裏っかわの道、分かる?」


 あぁ、ハッキリ思い出せる。

 その道は確かに田んぼに囲まれていて、先にあるのは森で。

 小学生時代、何度も友人らと自転車で走った。


 胸にざわりとしたものが広がる。


「え、待って。あの人、森に呼んでたんかも……」


 それまで朱里はいつもの調子で話していた。だけどそう言った声は微かに震えていて。

 しんと静まる中、俺らはじっと見合う。


「ねぇ、これって偶然かな」

「いや……」


 過った考えはいくらなんでもと思った。でも俺や朱里に起きてる状況を踏まえれば、そこまでぶっ飛んだ思考ではない気もした。

 だけど森ひとつでそれは早計だとも思う。だからこれはただの想像、妄想。そして可能性として。


 朱里が朱里である時に現れた女。

 それはアカリになる前の『ナニモノ』か、だったのではないだろうか。
















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 ハッピーバレンタイン!

 チョコあげた?もらった?なかむらはあんまん食うてます。



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