第20話:五周目、五年ぶり
――……のままやと朱里が刺される!
「朱里!」
俺を庇うように飛び込んできた朱里へ手を伸ばしてから思った。
あぁ、アホや。朱里には触れんのに。
だけど、
「……そ、うすけ?」
伸ばした手には確かな感触。「え?」とその手を見つめれば、細い手首をしっかりと掴んでいた。
次いで黒のショートパンツが微かに覗く白のシャツが視界に入って、そのまま顔をあげていくとこちらを向いて俺の前に立っている朱里の姿があった。
「え、なん、で……」
呟いて朱里の目が大きく見開いていく。
俺もきっとそうだ。だって、え、なんで?
この手首はアカリじゃなく朱里で。だけどさっきまで俺らが触れ合うことはできなかった。
なのに、なんで。
ガタン。勢いよく立ち上がると椅子が大きな音をたてた。「嘘やん、蒼介……」朱里の声が震えている。そこで気付いた。朱里の背景が見慣れたうちのリビングであることに。
あれ……、森の中だったはずでは。
「……蒼介?」
ふいに聞こえた声は朱里ではなかった。
朱里へ吸い寄せられていた視線を左へ向けるとそこには……母さん?
白米を掴んだ箸を止めてぽかんとこちらを見ている母さんの姿があった。
「どうしたの、いきなり立ち上がって」
「え、あ」
「朱里ちゃんがどうしたん」
「へっ?」
「朱里ィィィ! って」
盛ってんじゃねぇ、母よ。俺はそんな絶叫などしとらん。
『――ひとりで抱え込まずに。相談窓口がありますので……』
朱里の奥にあるテレビから聞こえたアナウンサーの声にハッとする。
すぐさま画面に表示されている日付を確認。
あ、まさ……か、これって。
『次はエンタメコーナー!』
喉を押さえた。擦ると繋がっていることが分かる。
途端、肩があがってハッ、ハッ、と短い息が出て行った。
「ちょ、どうしたの」
「あ、いや……」
「ご飯食べながら夢でも見た?」
「え、と、うん」
母さんの声が、姿が、実感させる。
ああ、八月十七日だと。
本当に戻ってきたんだと。
「なあに、朱里ちゃんの夢?」
「へ」
「どんだけ朱里ちゃんに会いたいのよ。朱里ィィィィィィ! って」
更に盛ってきやがったな、母よ。
だけど嬉しい、もっと言ってくれとさえ思った。
だって俺はまた母さんと会えた。
「ほら、起きたんなら食べなさい。今日も暑いんやから」
「うん」
促されるまま椅子に座りなおす。
若干の放心状態、けれど俺は高揚していた。
すごい、まじで戻ってる……。
朝食、聞こえるテレビの音、母さんが俳優の話をしてるのも、何もかも同じだ。
だけど――。自分の右手を見る。
朱里の手首を掴んでいる右手を。
「蒼介……、なんでぇ? なんで触れるん……?」
困惑の中に歓喜が混ざっているような声に顔をあげる。
ぎゅ、と力を入れると朱里は小さく、ぴくっと体を上下させた。
「蒼介、手伸ばしてどうしたの」
「あっ!? いや、ちょっと、体操?」
「もう。ご飯食べてからにせんね」
「そ、そうですね」
頷くものの離せずにいると朱里にぺりっと剥がされた。
「後でのお楽しみや!」
悪戯っぽく笑ってるくせに、その目尻に涙があったのはきっと気のせいじゃない。
*
俺はどこかで思ってた。毎度死ぬなんてことが本当にあるのかと。
朱里のことを信じられないとかじゃない。俺にその記憶がないからどうにも受け入れられなかったんだ。
俺は俺が死んだことを知らない。
なのにすんなり「あーね」と納得なんて、できるわけがなかった。
だけど今回は違う。ハッキリ覚えている。
見たものも、首をなぞられたのも、突き立てられたナイフが体内に入ってくる感覚、も……。いや、これはちょっと思い出すと気持ちが悪くなるな。
でも痛みは思い出せない。なんとなく苦しかった、としか。
受けた衝撃の方が鮮明に覚えている。ドスンというか、ズクンというか、強くてでかい衝撃だった。
血ィめっちゃ出てたよな、そりゃ死ぬか。
正直、そこの感覚はない。最終的に視界が真っ暗になって意識がブツンと途絶えた感じだ。
だけど俺は死んだ。アカリに殺されたんだ。
それはきっと間違いない。
そうして俺はまた八月十七日を迎えた。
前回と、――いや。多分、今までと同じ始まり。
だけど決定的に違うことがある。
俺自身の記憶もそうだけど、なにより朱里だ。
「そ、蒼介ええええ!」
「うるさ」
「見て! あたし食器運べます」
「あら、お手伝いしてくれんの。助かるワァ」
「見て! 洗えます」
「ありがとう」
「やばっ! なんでなん!?」
母さんが出勤するや否や、朱里は興奮を爆発させた。
俺の分まではしゃいでくれるから、おかげで少し冷静になれている。
「ヤッ! 水! 冷たい!」
朱里が食器を片付けてくれているので、その間にテーブルを拭いて掃除機の準備。
リビングを眺め、改めて思った。……まじで戻ってんだよな、俺。
一体どういうことなんだろう。何で戻るんだ。
「蒼介、お疲れ?」
「ん?」
「お茶入れちゃろうか! ねっ!」
触れることがよほど嬉しいのだろう、朱里はキッチンでカチャカチャと飲み物の準備を始めた。
いちいち「冷蔵庫あけまぁす」「しめまぁす」と報告してくるから、ふはっと笑ってしまう。
朱里の存在が声以外の音で分かる。俺は椅子に腰をおろし、ゆっくり目を閉じた。
掃除は後にしよう。
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
さあさあ!蒼介、五周目スタート!なかむら共々頑張ろう!
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