第16話:彼には何が見えていたのか


「……ママ、かえろ」

「え、どうしたん。朱里ちゃんよ、挨拶せんと」


 朱里がこの二人に見えてるとはどういうことだ。

 しかも俺の後ろ?

 朱里は駅の中にいるはずで。だから現れるとすれば長浦さんの後ろからのはずで。

 もしや、朱里に覚醒イベ発生した? 無事に特殊能力開花させて俺の後ろに移動したとか。


 実にくだらないことを考えていた。

 体が動かなくて。後ろへ振り向くことができなくて。

 だけど思考を止めてしまったら、暴れる心臓に飲み込まれてしまいそうだった。


「朱里ちゃん、今ね蒼介くんと話してたんよ~。グッドタイミングやわぁ」

「……そうすけ」


 後ろにいる。声が、後ろからする。

 真後ろじゃない。多分、ちょっと距離がある。

 なのにハッキリ耳に届いた。


 朱里と同じ声だ。なのに全く違う声に思う。

 なんだ、今俺は呼ばれたのか? それとも名を口にしただけか。

 どちらにも思えない。「そうすけ」は自分の名前なのに意味などない文字の羅列に聞こえた。


 いやいや落ち着け。俺は後ろにいる人物を朱里ではないと決めつけていないか?

 よく思い出せば朱里にだってこんな声を出すことはあったのでは?

 怒ってる時とか、悲しい時。あっ、引いてる時とか。ほら、ちゃんと思い出してみろ。


 なんて、記憶を探るまでもない。アイツはこんな温度のない声とかよう出さん。わざとそんな声を作ったとしても耐えられず笑ってしまうのが朱里だ。

 ……何でこんなにも違うのか。そうすけ、たった四文字だぞ。


 いろいろ考えているのは現実を受け入れる準備をしているためだと思う。

 存在は情報として頭に入っているけれど、初めましてのご対面となるんだ、心がどうなるか。きっと俺の本能が心を守ろうとしたんだろう。

 宇宙人とか、空を泳ぐ龍とか。思い浮かべられる程度に情報を持っていても、いざ目の前にした時すんなり受け入れられるか。「あ、どうもー」なんて言えないだろ。今から出てきますよ、とアナウンスがあっても緊張するだろ。


 だけどもう、準備は終わりにしなければ。


「蒼介くん、どうしたんよ。振り返ってあげんと。無視してるみたいやないの」

「あ、はは……」


 近づいてきている。足音が聞こえる。

 振り返るまでもなくすぐにその姿は目の前に現れるだろう。だけど振り返ろう、そう決めた時だ。

 俺の意識は背後から下へ向いた。

 だって、小さな彼の様子がおかしい。


「ママ……」


 ついさっき、数秒前だぞ。

 俺から隠れていたのに朱里の話になったら笑顔を見せて、「たすけてもらった」と言っていた彼が。

 ドヤって語ってくれた彼が。

 その相手を前にして……この表情はまるで、怯えている?

 そういえばさっき、彼は帰ろうと言ったような。


「何、どうしたのー。朱里ちゃんに会うの恥ずかしくなっちゃった?」

「おねえちゃ、……ちぁ、う」


 長浦さんからは見えないんだろう。

 だけど対面する俺からは見えている。恥ずかしいとか人見知りしてるとか、そういうことじゃない。

 そして今の「違う」は、恥ずかしさを否定しているのではなくに対して言っているように聞こえたんだが。これは深読みだろうか。


 右側に気配を感じて目の端を向けた地面、見えるのは黒いスニーカー。

 俺はしっかりと首を動かし隣を見た。

 淡い水色、ストライプ柄のシャツワンピースを着て朱里と同じ顔をした女が、いた。


 分かってはいたけど、――ごくりとのんだ息が喉を重たく滑る。


 あり、ありえねぇ、だろ。こんなの、朱里だ。どう見ても。

 違うのは服装くらいじゃねぇか。


 くらりと体が揺れる。

 覚悟したって、頭の中で結論を出したって。

 だけどやっぱりしまったら。

 俺の中がぐちゃぐちゃにかき乱される。


 あぁ、これが、そうなのか。

 これが、――。


 左足がベンチに当たって膝が崩れた。

 そのままストンと腰をおろす。


「蒼介くん? どうしたの」

「あ、すいませ。ちょっと暑くて、くらっと」


 おち、つけ、落ち着け落ち着け。感覚が狂った呼吸を整えるべく口元を押さえた。

 ざわつく胸も微かに感じる寒気も放っておけ。こんなん自分の力でセーブなんかできない。

 それより今はやるべきことがあるだろうが。

 しっかり見ろ。そこに立つを。


「長浦さん!」

「わ、びっくりした。どうしたん、蒼介くん」

「あの俺コイツとすぐ移動せんといけんくて!」

「そうなん? どっかお出かけ?」

「えぇ! なのでほんと、すいませんけど」


 長浦さんの足にしがみつき顔を埋める彼を見下ろすアカリの目つき。

 彼とアカリ。どちらの事情もさっぱりだけど、俺にとって俺が目にしたものが全てだ。

 彼をこの場にいさせるわけにはいかない。

 バッと立ち上がった俺はアカリと長浦さんの間に体を入れる。


「じゃあ私ら行こうかな。グズっちゃってごめんねぇ、眠くなったんかも。時間あったらうちにも遊びにおいでよ」

「は、はい、ぜひ」

「じゃあね、蒼介くん朱里ちゃん」


 長浦さんは終始笑顔だった。

 抱きかかえられた彼の顔は長浦さんの肩に隠れて見えなくて。

 それを見送るアカリの表情がどんなものだったかは、背を向けられていて分からなかった。


 静寂が流れる。きっと一、二秒程の時間しか経っていないだろうけど、時間の感覚がバグったみたいに、長く感じた。

 そしてくるり俺へ振り返る、その顔は――


「蒼介!」

「……」

「おかえり!」


 俺のよく知る、少し前まで見ていた、朱里の笑顔そのものだった。


 え。つかコイツ、何でおかえりて……。

 俺のことを知っている?

 ちょっと待ってくれよ。これはアカリ、だよな。朱里になった、とかじゃ、ないよな。













――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 遅い時間の更新すみません。

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