第15話:かつてのご近所さん


 過去ここまで真剣に探し物をしたことはない。

 草があればかき分け、自販機の下を覗き、設置されているゴミ箱は持ち上げた。

 しかし見つけることはできず、駅に着いてしまった。

 収穫は、俺はもっと周りを見なければいけない。という気付きと羞恥だろうか。


 俺ときたらすぐにしてしまうんだ。

 普通に朱里と喋って、朱里を見て、たまに笑ってもいた。さてこれが何を意味するかお分かりか。

 えぇ、そう。すれ違った親子に「あのお兄ちゃん誰と話してるの?」「シッ、見ちゃダメ」という、フィクションの中にしか存在しないと思っていた会話をされるのである。


 ちなみに朱里は腹抱えて笑ってたよ。アスファルトに膝ついて、楽しそうで何よりだチクショウ。


 そんな朱里は到着するや「蒼介は休憩しとき!」と親指立てて駅の中へ入っていった。あたしに任せとけ! と言わんばかりの親指であった。

 見えないのをいいことにアイツ。ちょっと悪い顔してたなアイツ。

 線路も見てくると言っていたが、仮にそこが落とした場所であれば飛ばされるか轢かれるか清掃されてるのではないか、と今更だが思う。


 自販機でスポーツドリンクを買い半分ほど喉に流し込んで、ふらり改札近くのベンチに座った。

 あー……あー……すげぇ、体がホッとしてる気がする。求めてました、水分。


 屋根があって日陰になっていても暑いことに変わりはない。ペットボトルを額に当てると「ぅはあ……」声が漏れ出た。ちょっと震えた。


 だらんと背もたれの向こうへ腕を投げ出す。

 暑い、疲れたしか考えられなくなった俺の耳に、電車到着のアナウンスが聞こえた。

 やがて静かだった辺りが賑やかになる。


 人の声がし始めて改札へ目を向けるとスーツ姿の男性が一人、続いて小学生だろうか、少年三人組がぞろぞろと出てきた。

 最後に出てきたのは三十代半ば、肩に大きなトートバッグをひっかけた女性で。

 見覚えのあるその人に目が留まる。

 あれ、あの人は確か……。


「蒼介くんやなか!?」


 近所に住んでいた長浦ながうらさんだ。

 記憶と目の前の顔が一致したと同時、あちらも俺に気付き笑顔で駆け寄ってきた。

 当時ご主人と二人暮らしだったけれど、五年もあればその形は変わっていておかしくない。

 長浦さんとしっかり手を繋ぐ小さな子供がきょとんと俺を見ていた。


「帰ってきとったん、久しぶりやねぇ。元気?」

「お久しぶりです。はい、元気にやってます。長浦さんもお元気でしたか」

「あらら、すっかり大人な口きいてぇ」


 ベンチから立ち上がると警戒させてしまったらしい、ぴくっと小さな体が跳ねた。あ、ごめん。


「お子さんですか」

「そうなんよ、息子。三歳になったんよなぁ、ほら挨拶は~? あ、こらっ」


 ぶんっと小さな頭を横に振って長浦さんの後ろに隠れる。足を掴んだ小さな手にほっこり。


「朱里ちゃんに会いにきたん?」

「えっ」

「あら、違うの?」

「や、えと、まぁ、はい。違わないです」

「相変わらず仲良しでなんか嬉しいわ。もう会った? 朱里ちゃんえらい美人になっとるわよ~」

「あ、へ、へぇ」

「でもね中身は昔と変わらん。いい子のまんま」

「え。あ、ありがとうございます」

「あははっ、蒼介くんがお礼言うん?」

「ハッ、確かに」


 突っ込まれて顔が熱くなった。はっず、俺。

 でも朱里を褒められたら嬉しいんだ。

 もしかしたら俺は自分が褒められるより朱里のことの方が嬉しいかもしれない。親か、俺。


「ほんといい子で、頼もしくて。……この前ね、朱里ちゃんにすっごくお世話になったの」

「へぇ……?」

「この子がね、ちょっと目ぇ離したスキにおらんくなって。もう私らパニックになってしまって」


 言いながら長浦さんの手の平が彼の頭を撫でる。


「この子ったらえらい遠くまで行っとったみたいで。朱里ちゃんが見つけ出してくれたんよ」

「そうですか、朱里が……」

「警察の人らも驚いとったわ、あんな距離をこんな小さな子がって。最近変な噂もあったから、本当に不安で怖くてね……。無事に帰ってきてくれて、もう朱里ちゃんには感謝してもし足りんの」


 長浦さんの言葉にそれまでだんまりだった彼が声をあげる。


「あのねおねえちゃんね、ぼくだっこしてびゅーんってはしったん! くるまよりはやかったとよ!」


 ふ、ドヤってる。可愛い。

 こんな可愛いドヤ顔見たことない。


「車より? すごいな~」

「あっちがった! ひこーきよりはやかった!」

「まじで! やばいな、めっちゃ速いやん」

「でもでんしゃよりはおそかったよ」

「ほう」


 長浦さんの後ろから出てきた彼は俺へ語ってくれた。

 唇を尖らせ「びゅーん」と言いながら右手を左右上下に走らせるから、「これお姉ちゃん?」と聞くと、左手をのろのろと動かし「これひこーき」と朱里の速さをこれでもかと教えてくれた。

 俺も長浦さんもニッコリ。


「……って、変な噂? って?」

「え! あー……私そんなこと言った? ううん、ただの噂やけん気にせんで」


 その内容を知りたいんだが。

 だけど表情から「これ以上聞いてくれるな」と伝わってきて。なので質問を変えた。

 寧ろ俺にとってはこっちの方が気になっている。


「あの、って、いつのことですか?」


 長浦さんは「この前」と言った。

 その範囲は個人差があるだろうが、もしこの数日なのであれば具体的な日付を知りたい。

 朱里の最近を知れるチャンスだ。


「ついこの前よ」

「日付とかって覚えてますか」

「えっとね~……」


 日をさかのぼってくれているらしい、長浦さんの指が一本ずつ畳まれていく。

 その一本は一日なのか、一週間なのか。


 だけど長浦さんから続きはなかった。ぱぁっと笑顔になって、


「あら、朱里ちゃん!」


 俺の後ろへ手を振るから。


 ……朱里ちゃん?

 長浦さんの呼んだ名前を反芻し、俺の体は硬直した。












――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

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 引き続きよろしくお願いいたします。


 ではまた次回……!


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