第14話:二度目のお守り探し
出勤の時間となった九時過ぎ。玄関にて、見送る俺と向き合う理央さんはサラサラの髪を耳にかけながら、「ごめんな」と言った。
「せっかく朱里に会う日やのに、変なこと」
「いえっ、全然!」
「もしかしたら緊張しとっただけかもって今更やけど思ったわ。ほら、蒼に会う前やったけん」
「え、えぇ……? それはないかと」
「まぁたっぷり楽しんどいで。あ、昼から盛ったらダメよ」
「さか、盛りませんよ! やめてください、そんな朝っぱらから! 聞かれたらどうすんですか!」
「え、誰に?」
すぐそこの部屋に朱里がいるんですよ!
とは勿論言えない。至極まっとうな返しをくらって「うぐぅ」、俺は口を閉じた。
**
「えっ、理央ちゃんが!?」
部屋に入ってすぐ俺は理央さんの話をした。
少々興奮が混じっていたかもしれない。早く言いたくて仕方なかったんだ。
「そっか、あたしスマホ落としたんか……」
「みたいやな。未読なんも納得したよ」
繋いでいた充電器を外してスマホのロックを解除する。メッセージアプリを起動させて、朱里とのトーク画面を開けば最後のメッセージは俺が送ったもので、既読は相変わらずついていなかった。
「こういう展開は今まであった?」
「ない! や、もしかしたらあったんかもしれんけど、あたしは知らん」
俺の頼りない記憶にもないように思う。でもそれは理央さんが教えてくれたから知れただけで、これまでの周回でも接触はあったのかもしれない。
いや、理央さんだけじゃない。もしかしたら他にも、アカリと接触している人がいるかも。
うん、頭に入れておこう。スマホをボディバックに突っ込んで部屋を出る。
「あ、お守り一緒に連れてってくれるん?」
リビングに入り戸締り確認をしていると朱里が嬉しそうに笑った。
旅行バッグにつけていたお守りをボディバックへ付け替えたのは昨夜。なんとなくだった。
いや、そうしなければいけない気がしたような。
「前回もつけてくれたよね」
「……あ、同じことはせん方がいい?」
「えー、それくらいいいやろ。てか大事にされとう感じしてめっちゃ嬉しい」
「……あ、そ」
朱里のストレートな言葉に照れくさくなって、俺は足早に玄関へ向かった。
*
十二時に朱里の家に行く。無論、その約束をした相手は朱里だから、アカリに会えるかは分からないのだけど。だけど事前に決めていた予定は変えない方がいいと思った。
それまでの時間は朱里のお守り探しをする。
明るいと見えやすいな。なんて思ってふっと笑う。だって俺、それは前回の記憶のせいでそう思ったんだろう? 順応してるな、俺よ。
「あいたっ! なんか踏んだぁぁ」
「裸足で歩いてっからだよ。……あれ、お前なんで裸足なん。靴は」
「え? 今更? ずっと裸足やったやん」
「うそ。全く気付かんやった」
「注意力ないなぁ、蒼介ぇ。あ、分かった。幽霊やって思いたくないけん足見らんやったんやろ」
そう、なのか? でも幽霊に足がないというのは俗説に過ぎないと考えているんだが。そんな俺がそんな理由で見ないフリをしていたとは思えない。
じゃあ何故。
朱里の姿はハッキリ見えているし、全身は何度も目にしていたはずなのに。
ただ気にならなかっただけ?
うぅ、ん? なんか腑に落ちないな。
そういえばひとつ、気になっていることがある。
こちらに関しては朱里の言うとこの「幽霊やって思いたくない」から、確認ができなかった。
「朱里はさ、物に触れるの?」
幽霊ってのは透けてて、触れたりはできないイメージがある。その類いの知人友人がいないのでほんと勝手な想像なのだけど。
でも朱里がそうなのかと過ってから、意識的に近付くのを避けた。
だってもし手を伸ばした時、その手に何も感じなかったら。空気しかなかったら――
「あー、無理。何回か試したけど、スカッてなるっちゃん」
一瞬、喉が苦しくなる。吸い込んだ空気が冷たい気がした。
……いや、いやいや違う。変な方向へ思考を働かせるな。
自己申告とはいえ、朱里は死んでないんだ。自己申告とはいえ。
でも、そうか。
じゃあ昨夜、あの時。俺が朱里の頭を撫でたとしてもそれはスカッとなったわけか。
想像したらちょっと気まずいな。「なんしとん蒼介」とか言われそう。うわ、きっつ。
「うーん、全然ないね……」
「朱里、スマホと一緒に落としたとかない?」
「ないとは言えんけど、でもそれやったら理央ちゃん拾ってくれるんやないかな。知っとるもん、あたしのお守り」
「そうか……」
さて、上り坂に着いた。探し物をしながら上がっていくのは少し気合が必要だな、「よし」と深呼吸して進む。
「……理央ちゃんさ、店の近くで拾ったんやろ?」
「あぁ、そう言ってたけど」
「理央ちゃんの働きよる居酒屋さんってさ、こっから結構あるんよね。……あたし何でそんなとこ行ったんやろ」
縁石も車線もない道は探し物をするには邪魔がなくていいな。車が来たらちょっと危ないとは思うけども。
おい側溝。まさかこの中に落ちたりしてないだろうな、そんなん絶望的だぞ。
右左、地面だけを見つめて歩いていると朱里の声は俺より高い位置から聞こえた。
顔を上げれば朱里は俺の前を歩き、ずっと坂の上を見ている。
「行った記憶ないんよね」
「え。じゃあそもそもスマホを落とした時、お前じゃなかったってことか?」
「うーん、そう、なんかなぁ……」
俺へ振り返ることなく、朱里の頭が左へ倒れる。
どうやら腕組をして考えているらしい。
うんうんうなる声を聞きながら俺は再びアスファルトへ視線を落とす。
このお守り探し、見つけるのが一番の目的だけどそれだけじゃない。
こうして道を辿ることで朱里の記憶に刺激がないだろうか、と俺は考えている。
朱里は自分のことに関しては少々雑、というか。顧みないとこがある。
だからこんな風になってんのは何か変なことに首突っ込んだんじゃないのかと行き着くのは割とすんなりだった。
いや、どんな変なことに首突っ込んだらこんな状態になるのかはさておき。
昨夜「最近、何してた」と聞いたら、朱里は「覚えてない」と答えた。
今の状態になる以前の記憶がはっきりしないのはなにかあると思えて仕方ない。
……でもまぁ、不安もあるんだけど。
だってもしその記憶があまりにも怖いことだったり、苦しいこと、悲しいことだったら。
自分の記憶が曖昧なのは朱里自身が一番心地悪いだろう。だから少しでも、と思う。
あわよくば手がかりが見出せれば、とも正直思っている。
だけど朱里が笑えなくなるようなもんなら、そのまま蓋をしててほしいとも思うんだ。
無茶苦茶だろ。俺も俺の気持ちが分からんよ。
だけど止まっているわけにはいかないから、とりあえず動くしかない。
これまでの周回通りただ殺されるなんて、そんなん死ぬ意味ないからな。
――――――――
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