第13話:アカリを感じた朝
***
いつの間に眠ったのか。眩しさを感じて目を覚ます。部屋にある小さな窓から差し込んだ光が顔面に注がれていた。
ぼんやりとした視界に映る天井にぼんやり思う。そういや理央さんちだったな、と。
ふわりとした手触りを腹の上に感じて掴む。タオルケット……?
左手でぺたぺたと辺りを触れば、俺は布団で寝ていたのだと気付く。敷いた記憶は全くない。
結構しっかり寝た気ぃする。朝なのは分かるけど、今何時だ?
スマホどうしたっけ……、顔を右へ転がした。
「……」
そこにあったのは朱里の顔。長い睫毛が見えて。小さく呼吸をしているのが分かって。
俺は無言でむくり体を起こした。
「あ、おはよ~」
「おは、おは、よ」
「ぐっすりやったねぇ、蒼介」
起きてすぐ朱里の顔、とは。
心臓打たれたか思った。
生きてる? 俺生きてる?
あ、大丈夫や。左胸バックンバックンいってる。それはもう皮膚突き破らんばかりに。
「さ、さすがに長距離移動やったしな、疲れてたっぽい……」
朝からなんて衝撃映像だ。
動悸を落ち着かせるべく顔を覆い擦る。
布団の横に朱里の体があるのが指の隙間から見えた。床で寝たのかと聞けば起き上がった朱里は両腕を伸ばす。
「横になっとっただけ。あたし寝らんでも大丈夫みたいなんよ」
「え?」
「こうなってからねご飯食べたりとか寝たりとか、せんでもいいみたい」
「……あ、そう、なんや」
朱里はへらへらと答えるけど、少し胸が痛む。
だって生物はそこ、大事やん。それがなくても大丈夫て、なんかちょっと、ちょっとさ。
「あれ、でも朱里、土産狙ってなかった?」
「イヤッ! なんでバレとん!?」
お前……、あれで何故バレてないと思える。あんな真横でじっくり凝視しとったくせに。
ちなみに前回も今回もだ。
「あーいうのは食べんでも興味あるやん? 気持ちはあるんよ、クリームソーダ飲みたいとか今夜はカレーの気分とか」
「ふう、ん……。そうか……」
昨日確認しただろ、朱里は生きてる。そう言い聞かせて過る嫌な疑念を消す。
うん、大丈夫。食べんでも寝らんでも、朱里はさっき呼吸をしていた。それは生きてるってことだ。
「そうだ。布団敷いてくれたんだな、ありがと」
「ううん、あたしやなくて理央ちゃん」
「えっ!? 理央さんここに入ってきたん!? お前大丈夫やったか!?」
「あははっ、やけ見えてないって」
「そんなん関係ない。びっくりしたやろ」
朱里はきょとんと目を丸くした後、「蒼介はやっぱ蒼介やなぁ」ふにゃり笑った。
どういう意味よ。
「てか蒼介。そんな普通に喋って平気なん? 理央ちゃんに聞こえるかもよ」
「ハッ」
**
トイレ、洗顔を済ませリビングへ入ると理央さんの姿があった。
ソファに寝転がりスマホをいじっている。
「おはようございます。理央さんもう起きてるんですか? あ、今から寝るとこ?」
「おはよ。んーん、起きた。仕事あるし」
つけられていたテレビは我が家の朝と同じ情報番組だった。
時刻は八時前、そろそろペットのわんこ紹介が始まる。一応日付も確認。うん、八月十八日だ。
「布団ありがとうございました」
「あー、勝手に入ってごめんね。電気点いてたから起きとるんかなって思って」
「うそっ。うわぁ、すいません」
俺ってやつは……。人様に部屋借りて電気の無駄遣いとは。気を引き締めよう。電気消す、絶対。
「蒼は朝食べる派?」
「あ、はい」
「当店、朝はパンと目玉焼きになっておりますがよろしいですか~」
「俺やりますよ!」
「おや、俺の朝食はご不満かね。しゃあないなぁ、ベーコンエッグにしてやるよ」
何時に帰ってきたか知らないけれど、あまり寝ていないのでは。「理央さん、ゆっくりしててくださいよ……」と、キッチンへ向かう後を追いかけると、「作りたいのー」とぴしゃり。
そういえば昔、理央さんが作ってくれたホットケーキおいしかったなと思い出した。ふわふわでさ。
食べ終わるのが寂しいと朱里がべそかくから俺のを分けたっけ。
「目玉二個でいー? 食べられる?」
「あ、はい。ばっちりいけます」
「いいお返事~」
テレビから「わんこはお母さんと離れるのが嫌で台所までついていっては~云々」とナレーションが聞こえた。まるで自分もそんな感じになってしまっていて、ひっそり恥ずかしくなる。
俺は違うぞ。そんなんじゃない。何か手伝えることありますか。そう聞こうとしたけれど、俺より先に口を開いたのは理央さんだった。
「……蒼、今日朱里と会うやんな」
もう会ってるんです。なんて思ったせいで変な間ができてしまったけど、「はい」と返事をすれば、理央さんは冷蔵庫から卵を取り出しながら「俺の気のせいかもしれんちゃけど」と前置きをして、
「朱里の様子がちょっと変やって」
と言った。
ベーコンと卵を調理台に置いて腕を組む理央さんに「え」と短い驚きの声が出る。
様子が変、て。それはまさか、あの朱里のことだろうか。
え、理央さんにも見えている……?
どきんと胸が高鳴る。これは歓喜だ。
だけど確定じゃないから不用意に発言はしない。
ぎゅっと拳を握って言葉を待った。だが、
「連絡あったと思うけど、昨日会ったんよね」
「え……。朱里から連絡は、きてないです……」
「もぉーアイツ。ちゃんとしとけって言ったのに」
理央さんの言葉は歓喜を困惑へ変える。
「朱里のスマホがうちの店――あ、居酒屋なんやけど。そこの近くに落ちとったんよ。んで、一昨日かな、たまたま道でバッタリ会って。そん時俺の手元になかったから昨日取りに来たんやけど」
「……」
一昨日、とは。それはどっちの朱里だ?
昨日は間違いなく俺と朱里は一緒にいた。
ということは。理央さんが会った昨日の朱里とは、それはつまり、アカリ――。
……まじかよ。
いや、疑ってたわけじゃないけど、でもそれが率直な感想だった。
まじで、朱里が二人、いる――。
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