第12話:四周目の覚悟


「信じられんかもしれんちゃけど、実はがおると」

「や、まぁ目の前におるけど」

「そうやなくて! 蒼介にしか見えてないあたしと誰からも見えとるあたし」


 俺にしか見えていない朱里、とは今目の前にいる朱里で。

 そうではない朱里が、いる?


「……よく意味が」


 分からない。と、思わず額を手の平で覆う。

 右半分の視界が僅かに暗くなって、ぎゅっと目を閉じた。


 言葉の意味を理解することを心が拒否する。

 俺のことならわけわからんでもまだいい。いや、良くはないんだけど、でも、うん。

 けど朱里が。ただでさえなんか変なことになってんのに。なのに朱里がこれ以上に。なんて。

 ちょっと受け入れられ――


「あたしも分からんよ、全然分かってないよ! でも本当なんやもん!」


 響いた声に目を開ける。

 不安が滲んだ声色にはっと見れば、朱里は自分のシャツを掴み唇を震わせていた。


 その姿に心も頭も真っ白になる。驚きのすぐ後、条件反射的に「ごめん」と言いかけた口は動かなかった。

 だって、最初からコイツは「分からない」と言っていただろ。と思ったから。


 最初から――そうか、思い出した。今俺が思ったは今日じゃない。

 いや、日付的には今日なのかもしれないけど、違う。この記憶は前回、だ。

 駅で突然現れた朱里は言っていた。「あたしがどうなっとうか分からん」と。


 朱里は俺のことについてはべらべらと喋ってくれる。だけど自分のことについては。

 そうだ、そういえばスマホ。それをどうしたかも分からないと――あぁ、ごめん。朱里、ごめんな。


「ごめん、おっきな声出して……」

「いや、俺がごめん。一瞬混乱のピークきて、変な反応した」

「蒼介はなんも悪くない。当然やもん。あたしいろいろ、おかしなことばっか言いよるし」

「朱里は悪くないだろ。それとも朱里が何かしたの? 朱里のせいでこうなってる?」

「違う! ……と思う」


 前回の記憶から変化がないのなら。朱里は自分の状況が分かっていないままだ。

 俺が理解も把握もできていないのと同じように。


 でも俺には朱里がいる。

 朱里は俺から欠けたものを補ってくれる。

 じゃあ、朱里は。朱里が分からないものは、誰が教えてくれるんだ。


 ――そんなん、決まってるやろ。


「朱里の言葉は疑ってない」

「……ほんと?」

「うん。やけんそんな泣きそうな顔すんな」


 俺の言葉に朱里はぎゅっと口を引き締めた。

 キリッとした表情に変わったけれどまだほんのり情けなくて。そんな場合でないのに胸が、きゅっとした。


 昨日までとは違う。腕を伸ばせばすぐ届く距離に俺らはいる。

 震える頭にそっと手の平を置いて撫でたい。それが叶う距離に朱里はいる。だけど……。グッと拳を握った。

 そんなことが簡単にできるほど、子供ではなくなっているんだよ、俺は。

 はーあ、よくできたな、かつての俺。手ぇ繋いだこともあったぞ、すごいな、幼い俺。


 謎の敗北感だ。けど上がった口角は自嘲じゃなかった。なんというか、吹っ切れた? 目を向ける覚悟ができた、といえばいいのか。

 天井を仰いで前髪を掻き上げる。スッキリした視界で朱里を見れば、自分の頬をめいいっぱい横に引っ張っていた。

 泣かないようにしてんのか、かわ……。ゴホン。


「伸びるぞ、顔」

「それはいかん」

「話戻すけど、俺は三回死んだんだよな。ってことは今、四回目?」

「そう、なるかな」


 いや、まだ死んでないのなら回は変か? なんと表現すべきなのか。四周目、でいいのか?

 しかし。うーん……。口にしたらありえなさが増すな。


「戻るのは俺が死ぬことが条件なのか? それ以外にはない?」

「……ん、今まではそうやった」


 腕を組んで朱里から聞いた話を繰り返し思い出す。何度も何度も。

 鼻筋を指でなぞりながら呼吸を深く吐いた。


「まずは朱里のお守り探そう」

「え、でも……前回は探しててあーなったんよ。同じことはせん方がいいっちゃないかな……」

「それでも探す。俺思い出したもん、お守り大事だろ?」

「そう、やけど……」


 お守りを探したのは前回の今日。時間は夜。

 同じ行動をしても状況は変わっている。

 まぁそれがどう作用するかは分からないけど。

 でも朱里はひどく落ち込んでいたんだ。動く理由はそれだけで十分だろ。


 うーんとかでもとか、反対したいらしい朱里の声に構わず続ける。


「あのさ、俺は毎回朱里に会ってる?」

「え?」

「お前やない、その、もう一人の」

「……前回は会ってない。でもにおったんやないかなって。蒼介は、あの、えー……っと、即死だった、から、すぐに戻ったんよ。やけ、誰がそんなんしたか見とらんくて」


 三回中、二回。俺は朱里に会い、殺される。とりあえず前回の犯人については置いておく。

 であれば、


「お守り探さんでも俺は死ぬよ」

「え、なんで? なんでそんなん言うの」

「だって俺、朱里に会うし」

「……あたし?」

「じゃない方。俺らは会う約束してんだから」

「そんなん、蒼介が無視すれば会わんで済むよ」

「いや。仮にあっちが俺を無視したとしても、俺は会いに行く」

「なんで……」


 朱里の姿をした朱里ではないがいるのなら会わなければ。

 そいつが全くの無関係だなんて、不自然だろう?


 会ったら殺される、ってんなら。死ぬまでに朱里に関わる情報をひとつでも、俺は手にしてやる。

 そうして戻った俺が果たして記憶を保っているかはアレだけど。でも少なくとも、朱里には情報を与えられるはずだ。


 自分のやりたいことがハッキリして気持ちが安定してきた。うん、ひとまずは動かんことには、だ。

 だけど安定したら余裕にも似たものも生まれるもので、余計な思考や不安がじわりと襲ってきた。


 死ぬのって、やっぱ痛い、よな。

 戻らなかったら、どうしよう。



「わっ! なんよ、蒼介。いきなり頭ぶるぶる振ってぇ」

「や、なんでもない。よし、明日は朝から動くぞ」


 そうと決まれば飯だ。ぐうう、今までおとなしかった腹が可哀想な音を出した。





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